大社広域交番 3
「まるで都市伝説だ」
門野相馬がそう呟いた
シェルター生活が始まって9カ月経ち、住民の状況も掌握し子供や年配者が孤独に苦しむ状態も無くなって平穏な日々が続いていたある日のことである。
食料や飲料水などは当初数か月分が地上のB区域に置かれていたがその備蓄分が減ると地下一階から移動させ、9カ月も経つとシェルター地下一階の設備で始まった水耕栽培の葉野菜も食用として利用できるようになった。
そんな中で誰もが気になりつつも日常生活に支障がないと敢えて見ないふりをしていた地下一階にある扉のことを門野相馬が敢えて『都市伝説』と例えて告げたのである。
彼と共に水のポンプを移動させていた本田顕と中村裕助は一瞬動きを止めて
「「……」」
とじっと彼を見た。
そして数秒後に中村裕助が
「門野、今は食料品を持って上で待機している宮前に渡してこい」
都市伝説はその後だ、と告げた。
門野相馬は抱えていた冷え冷えとした食料品保管用の箱をみて
「了解しました」
と階段を上った。
都市伝説と称された扉については大社広域交番のテントで巡回報告を書いていた富健吾と多田安男、そしてそれを受け取って確認している署長の神ノ宮命と現在は名乗っている兄に成り代わっている弟の尊の間でも話題にはなっていた。
富健吾は笑って
「いやはや、都市伝説か」
と告げた。
尊は苦く笑って
「まあ、あそこの向こうに地下二階に続く階段があることはわかっているんですけど……その地下二階がどういう状態かは副署長にも分からないみたいで」
と隣に座って報告書点検をしつつシェルターの時報と空気調整などを行っているロボット警察官POL032こと速水隆二副署長を見た。
隆二は彼らを見ると
「地下二階に行く扉を開くには暗証番号が必要だ。まあ、ただでどうぞ~って訳にはいかねぇんだよ」
と告げた。
「ただセキュリティ上の問題で俺にも『答え』は分からん。データにないな」
他に車の整備をしていた車両係の八重庄也と林大地、鑑識の道具を整備していた松村加代子と原田樹も顔を向けた。
小宮繭美と佐々木光男は休日でそれぞれの住宅用テントで休息をとっている。
勿論彼らも都市伝説の開かずの扉の事は認知しているのである。
尊は息を吐き出すと
「せめて何か手掛かりがあればな」
と呟いた。
それに隆二は
「あるぜ」
と答えた。
「忘れたとき用のヒントがな」
尊はカッと目を向けた。富健吾も多田安男も他の面々もカッと目を向けた。
隆二は紙を出すとサラサラとヒントを書いた。
「これがヒントな」
……。
……。
テント内にいた全員が神の置かれた机を取り囲むように集まり沈黙を広げた。食品と水の移動を終えた門野相馬や宮前青子、中村裕助、本田顕もテントに戻ると沈黙を広げて一つの机に集まる面々を訝しがりながら置かれた紙を見て顔を顰めた。
赤いウサギが眠っている絵であった。
宮前青子が尊を見ると
「署長、これはなんですか?」
と聞いた。
尊は彼女を見ると
「地下二階に続く階段の扉を開ける暗証ワードのヒントだ」
と答えた。
門野相馬は驚くと
「え!? あの都市伝説の開かずの扉って地下へ行く階段だったんだ!!」
と叫んだ。
全員が同時に『いや、それはもうほぼ全員分かってた』と心で突っ込んだ。
宮前青子は更に冷静に
「地下二階には何があるんですか?」
と聞いた。
尊は苦く笑むと
「それは分からない。副署長にもな」
と告げた。
「だが、緊急的に必要でなくても何かに利用できるものかもしれないとは思っている」
本田顕が納得するように
「確かにそうだな」
と中村裕助を見た。
「緊急性の高いモノを暗号付きで置いていて今みたいに暗号を知る者がいなかったらシェルター内で大問題になるからな」
正に生死の話である。しかし、全く意味のないモノを態々空間として限りのあるシェルターの中に置いておくことはしないというのも当たり前である。
松村加代子がそれに
「でも何があるか……知りたいわね」
と言い
「もしかしたらキーパッドに指紋が残っているかもしれないから取ってみる? ヒントのヒントになるかもしれないわよ」
と鑑識根性丸出しで告げた。
そして原田樹を見ると
「行きましょ! 原田」
とカバンを抱えて走り出した。
原田樹は驚いて見る全員に対して敬礼すると
「いや、我々ここのところ仕事がなかったものですから……」
と言い駆け出した。
入力はモバイル用のテンキーで松村加代子が睨んだ通りに指紋が残っていた。
彼女はフフッと笑むと
「使われた場所はバッチリ」
と胸を張り、まるで何かを企むように目を細めて
「誰の指紋か気になるわね」
と興味の向くまま密かに調べたのである。
その指紋は大社広域交番署長『神ノ宮命』のものであった。
彼女は一瞬「何故?」と考え、尊の使ったコップから指紋を採取して恐ろしい事実に気付いたのである。
つまり富健吾と隆二と尊の三人だけの秘密の真実に最初に辿り着いたのは彼女であった。
だが、松村加代子は沈黙を守ると指紋のデータを消し去り敢えて押されていたキーだけを伝えた。
「12分割中の『2と5と6と7と8と10』の場所に指紋が残っていた」
全員がそれを聞くと巡回のメンバー以外は再び机を囲んで頭を悩ませた。
ヒントは『眠っている赤いウサギの絵』
使われたキーは『2、5、6、7、8、10』
最初に口を開いたのは門野相馬であった。
「俺、わかった!」
それに全員が顔を向けた。門野相馬は頷きながら
「やっぱりヒントってすぐ分かるように作られているってことだろ」
と言い
「因幡の白兎だろ!」
と告げた。
それに宮前青子がう~んと考えながら
「先ず最初で違うわね」
と告げた。
「携帯でそれを入れたと考えると『い』は1よ。それにこれは赤いうさぎよ」
はい、終了! という具合に却下した。
尊は腕を組むと
「いや、でもこのウサギが因幡の白兎と言うのはあっている可能性がある」
と告げた。
「ここは出雲だ。国作りの伝説が残る場所で……ウサギと言えば因幡の白兎だからな」
富健吾がそれに
「赤い兎が白兎ならワニ渡りだな」
と言い
「大黒様とか」
と告げた。
中村裕助が困ったように
「『だ』は4と10です」
とそっと告げた。
……。
……。
佐々木光男が
「なら、スセリヒメ」
と告げた。
因幡の白兎の話に出てくるプロポーズを受ける姫の名前である。が、小宮繭美が冷静に
「『リ』が9よ」
と突っ込んだ。
全員が顔を見合わせた。門野相馬は膝をついて崩れると
「もっと因幡の白兎を勉強してればよかった」
と告げた。が、そこじゃない、と誰もが心で突っ込んでいた。
松村加代子はチラリと尊を見ると
「署長は、わかりませんか?」
と聞いた。
尊は腕を組んで
「それが俺も因幡の白兎は簡単な話でしか知らなくて」
と答えた。
「確か隠岐からこっちに来るのにワニを騙して並ばせて数を数える振りをして渡ってきたがギリギリで全部ばらして皮を剥かれて赤くなってそれをスセリヒメにプロポーズに来ていた大黒様と兄弟が兄弟は海水で傷を洗うと言いって嘘を言って兎の傷の症状がもっと悪くなって……大黒様が話を聞いて真水で」
そう言って尊は目を見開くと
「まさか」
と呟いた。
全員が顔を向けた。
「わかったかもしれない」
宮前青子が笑むと
「署長、試してみます?」
と聞いた。
全員が「ま、当たるも八卦当たらぬも八卦」というと
「レッツチャレンジ!」
と足を踏み出した。
テントには『結果だけ聞かせてくれ』と手を振って送り出した富健吾と多田安男と『私の興味は遺留品採取だけ~』と言った松村加代子だけを残して尊は隆二を連れて全員で地下一階の開かずの扉へと向かった。
そして、その扉の前に立ち尊は息を吐き出し
「では」
と指先を動かした。
が、緊張で指が震えて浮いてしまったようで『解錠』のボタンを押した瞬間に画面に赤い文字で『認証ワードが違います』と表示されたのである。
全員がはぁ~~と息を吐き出した。
本田顕は笑いながら
「これで三回失敗したらロックだったら最悪だな」
とポロリと告げてカッと全員の視線を受けた。
尊は「だったら俺は心が破裂する」と物騒なことを考えながらも表情に出さず冷静に
「次は大丈夫だ」
と告げて指を置いてスライドさせながら認証ワードを入れて『解錠』ボタンを押した。
『がまのはな』
皮を剥かれた兎に真水で身体を洗ってこの花の上で寝るように告げたのだ。
カチンと音が響き、画面には『解錠しました』と表示されたのである。
尊は安堵の息を吐き出すと扉を開けて闇の中へと下っていく階段を見つめた。しかし、真っ暗である。
尊は門野相馬を見ると
「懐中電灯を持ってきてくれないか? 門野」
と呼びかけた。
それに宮前青子が
「私が持ってきます」
と敬礼すると駆け出した。
階段を駆け上がりB区域を出ると大社広域交番のテントに入りかけて足を止めた。
中から松村加代子の声が聞こえたからである。
「それで誰なのかしら? 署長にそっくりさん」
……富さんは知っていたの? ……
富健吾は息を吐き出すと
「指紋は嘘をつかないか」
と苦く笑むと
「署長の弟で警察医だった神ノ宮尊くんだ。署長が、シェルターの中で署長と言う存在がいなければ俺たちも混乱するだろうから代わりになってくれと弟に頼んだんだ」
と告げた。
松村加代子はそれに
「そんな! だったら署長で良かったじゃない!」
と告げた。
それに宮前青子はテントを開けると
「署長は私たちにシェルターの中で一番大切なものを二つ残すために今の署長を残したのよ、きっと」
と告げた。
富健吾は驚いて
「宮前、お前」
と告げた。
宮前青子は息を吐き出すと
「わかるわ、だって……初めのころ足を振るえてたのよ? 敬礼だって手は震えていたし……素人丸出し」
と肩を竦め
「でも、今では署長だし、このシェルターの中で唯一の……医者だわ」
と告げた。
「確かに運が良くて怪我人も病人も出ていないけれど出ない確証はどこにもない」
松村加代子はハッとすると
「……署長はそこまで考えて……」
と呟いた。
宮前青子は泣きそうに笑むと
「それに助けられる人が一人でもいたら走ってしまう人だったもの」
と告げた。
それに誰もが苦く笑んだ。
宮前青子は手を出すと
「それで懐中電灯を借りれないかしら……地下二階の扉が開いたわ」
と告げた。
富健吾は「おお」と笑って懐中電灯を渡すと
「頼むぞ」
と告げた。
宮前青子は敬礼すると
「はい!」
と駆け出した。
彼女は尊に懐中電灯を差し出し
「私、署長好きですよ」
と笑み
「二人とも」
と心で呟いた。
尊は「は?」と驚きながら彼女から懐中電灯を受け取ると首を傾げながら階段を下りた。踊り場から中を照らすと幾つかの部屋の戸が見えた。
そして、その扉よりも手前に一台の機器が置かれていたのである。
誰もがそれが何かわからなかった。が、尊はそれを見ると
「これ、シンチレーション式放射線量測定器だ」
と告げた。
シンチレーション式放射線量測定器は精度の良い放射線量を図る機械である。その事からも恐らくシェルターから出てからのモノだと判断できた。
尊はすーと見つめて
「やはり、ここにあるのは緊急性のないシェルターを出た後に必要になるものだ」
と呟いた。
ただ電力の問題がありシンチレーション式放射線量測定器のみ持って上がり、必要性が出るまで二階への電力は使わないと決めたのである。
そのシンチレーション式放射線量測定器が外へ出た時に大きく役立つとはこの時は考えてもいなかったのである。
同時に、松村加代子と富健吾の会話を宮前青子以外にもう一人偶然に聞いてこっそり立ち去る人間がいたことをこの時は誰も気付かなかったのである。




