大社広域交番 2
シェルターの奥にあるB区域には100家族が生活できるようの住居型テントと食料などがあった。
正に『終末戦争』が現実化することを前提にした準備が極秘に勧められていたということであった。
神ノ宮尊は二歳上で大社広域交番の署長であった兄の神ノ宮命として14人の警察官を指揮して所帯数を確認して住居用テントを32セット居住区域に出して一般の人々の協力を仰ぎながら立てた。
そして、一回目の食事としてパンと飲み物を配った。
誰もがシェルター内の生活など想定もしていなければ経験もない、全てが手探り状態である。
尊は32個目のテントを仮大社広域交番としてB区域の出入り口の横に設置して中で今後のことを相談することにしたのである。
住居用テントだけに大きく平屋くらいの広さがあった。
その中に簡易の机を置いて真っ白なノートを一冊置いて丸くなって立つ全員を見回した。
尊はチラリと富健吾を見ると小さく視線で合図を送り
「これから決めておくべきことがあれば言ってもらいたい」
と告げた。
それに富健吾が手を上げると
「先ず、食事の配給だな」
と告げた。
「配給は我々が管理しなけりゃならん。無限にあるわけじゃないからな。それにいつまでというのもわからんからな……量と方法だな」
尊はノートにそれを書いた。
宮前青子が手を上げて
「時間と曜日感覚は必要だと思うわ、配給だって時間を決めてした方が良いと思うけれど」
と告げた。
尊はそれもノートに書いた。
おずおずと中村裕助が手を上げ
「俺のその……10歳の息子がいて……他にも子供が何人かいたのでやはり知識とか勉強とか」
と告げた。
門野相馬は「ああ」というと
「学校だ」
と指を立てて告げた。
「そう言えば、あの女の人先生だって言ってたし」
尊は山川奈緒と名乗った女性を思い出した。
「山川さんか」
彼女は実際にテントの設置にも前向きに手伝ってくれていたのだ。もしかしたら学校の先生もしてくれるかもしれない。
他にも幾つかの意見が出た。
最後に小宮繭美が
「最大の問題はこの生活が何時まで続くかだわ」
と告げた。
誰もその知識を持っていないのだ。が、尊はPOL032こと速水隆二を見た。
「速水、我々が外へ出ることが出来るかはわかるか?」
そう問いかけた。
隆二はそれに笑むと
「一応、2年と設定されているな。だが外につけている空気成分監視装置で大気の温度、放射線量などが人体に害する基準値が下回れば報告する」
と告げた。
「ただシェルター内には100名が5年生活できるだけの食料や飲料水などの備蓄が用意されている」
佐々木光男が腕を組むと
「確か我々を含めて50名だったことを考えれば5年以上は持つということだな」
と告げた。
それに誰もが安堵の息を吐き出した。
瞬間に隆二が口を開いた。
……午後12時の正午をおしらせしま~す……
全員が隆二を見て
「「「「「時報だ」」」」」
と突っ込んだ。
尊は息を吐き出すと
「よし、食事については大人と子供の一日の食事の摂取量を考えて配給していけるように朝に食料を一日分を確認して準備していく」
俺に任せてもらいたい、と告げた。
富健吾が尊を見て
「あ、そうか。署長の弟……いや、署長は医者だったな」
と心で呟いた。
そして目を細めて
「署長、あんたはそれも見越して弟を残して行ってくれたんだな」
と笑みを浮かべた。
警察官だけでは人々を守ることは出来ない。命を守るのには医者も必要なのだ。
尊は息を吐き出すと
「後、学校についてはテントをここともう一つ余分に立てている。その一つを利用して山川奈緒さんにお願いするようにする」
と告げた。
「時報は」
そう言って誰もが隆二を見た。
宮前青子が
「速水副署長にお願いいたしましょ」
と告げた。
誰もがぎょっと彼女を見た。
「何時、副署長になった!?」
そう考えたのである。が、富健吾は笑って
「そうだなぁ、適任だな。副署長でいいじゃねぇか」
と告げた。
それに鑑識班の松村加代子も
「そうね、このシェルターの管理者でもあるみたいですものね」
と苦笑をしつつ告げた。
尊は蒼褪めて呆然と
「警察ド素人二人が署長と副署長でいいのかー」
と心で雄叫びを上げたが、口に出すことは出来なかったのである。
食事と水の配給と学校の説明を学校用のテントに人々を集めて尊と富健吾は説明した。
最初に叫んだ男……妹尾牧夫は「俺は農会の会長だったんだ、お前たちが仕切るのは納得できん」と反論の声を上げたが、彼と彼の部下であった加賀信二という青年と山川育雄の二人以外は尊の提案を受け入れたので警察の方で食事の配給を行うことと時報を朝の6時と昼の12時と夜の6時に放送で入れることで決まった。
学校についても山川育雄の妹で学校の先生だと名乗ってくれた山川奈緒と彼女と同じ学校の教師であった浦野玉代が引き受けてくれることに決まったのである。
何とか最低限の生活がこの日から回り始めたのである。
しかし、その矢先に……その学校で盗難事件が起きたのである。
「お父さんが買ってくれたゲームがない」
佐藤翔一が机の中を見て泣きそうに呟いた。
学校には彼を含めて6人の最年少4歳から11歳の子供たちが集まってきている。全員が彼を見た。勉強を教えている教師の山川奈緒は佐藤翔一の机に歩み寄ると
「家に置いてきたとかじゃないの?」
と聞いた。
佐藤翔一は首を振ると
「持ってきた。お母さんが作ってくれた袋に入れて……」
と顔を顰めて鼻をすすり出した。
隣に座っていた一番年長で11歳の吉村匠は
「翔一、持ってきたの間違いないよ」
と告げた。
「学校始まる前に俺に見せてくれたし、遊べないけどお守りだってな」
佐藤翔一は小さく頷いた。
「父さんに勝ってもらってからずっと大切に使ってたんだ。画面でなくて遊べないけど……宝ものなんだ」
それに彼の前に座っていた浅田雪子が
「いーなー、私のゲームお家においてきたー」
と唇を尖らせて呟いた。
彼女の横に座っていた畑博美は
「ゲーム? 何するゲーム? 私持ってない」
とキョロキョロしながら告げた。
一番前に座っていた中村裕太はチラリと肩越しに見たものの黙って前を見た。同じように彼の隣に座っていた川坂仙花も肩越しにチラリと見て前を見た。
山川奈緒は全員を見回して
「じゃあ、翔一くん以外の子は数学を始めておいて」
と言い、佐藤翔一の元へ行くと
「先生と一緒に探そうか」
と告げて、泣きだした彼の手を引いてテントを出ると裏手のへと歩いた。
今日は一時間目としてドッチボールをしたのだ。そこへ向かったのである。が、佐藤翔一は泣きながら
「俺、机に入れたままで……持って出てない」
と目を袖で擦った。
「誰か取ったんだ。俺のゲームを学校の誰かが取ったんだ」
山川奈緒はドッチボールをした場所で彼と同じ目線になるように屈むと
「ちゃんと探さないのに人を疑うの? 教室で一緒に勉強している皆を疑うの?」
と聞いた。
佐藤翔一は口をへの字にすると
「だって! 俺、間違ってないもん!!」
というと山川奈緒の手を払って
「じゃあ、先生は俺疑ってるのか!」
と駆け出した。
山川奈緒は慌てて
「翔一くん!!」
と駆け出して、彼の手を掴むと
「そうじゃないんだけど……ごめんね、でも……探したりしないで直ぐに疑う癖をつけてほしくないの」
と告げた。
佐藤翔一は泣きながら
「もういい!! 先生なんかきらい!!」
と怒鳴ると走って立ち去った。
山川奈緒は足を踏み出しかけて学校から驚いて駆け寄ってきた浦野玉代に呼び止められた。
「山川先生、どうかしたの?」
山川奈緒は俯くと小さく頷いて事の顛末を話した。
彼女は息を吐き出して
「ただ、ドッチボールには全員出ていたので子供たちが盗んだとは思えなくて」
とため息を零した。
浦野玉代は困ったように
「そうね、まさか学校に誰か入って取っていったってことは……」
と蒼褪めた。
山川奈緒は驚くと
「まさか!」
と声を零した。
浦野玉代は息を吐き出して
「でも一応……教室を隈なく探しましょう」
と告げた。
山川奈緒は頷いた。
「はい」
二人は教室に戻ると山川奈緒が心配そうに見ている全員を見回して
「翔一君はお家に帰ってしまったんですけど、先生が授業終わったらお話するので心配しないでくださいね」
と告げた。
「先生は疑ってはいないんだけど……皆さんの荷物に間違って紛れていないか調べて貰えますか?」
それに全員が机の中から全ての荷物を出した。浦野玉代も山川奈緒も謝りながら机の中も鞄も全てをチェックした。が、無かったのである。
それはそれで安心しつつも大問題であった。
山川奈緒は吉村匠に
「匠くんは翔一君のゲームをいつ見たの?」
と聞いた。
吉村匠は頷くと
「朝きて、翔一君が座ってゲーム見ていたから話しかけたんだ」
と告げた。
「そうしたらお父さんに買ってもらって袋はお母さんが作ってくれてお守りだって話してて、その間に裕太くんと川坂さんと雪子ちゃんと博美ちゃんがそれぞれ席に座って、先生が呼びに来た」
山川奈緒は頷いて
「そうなのね」
と言い、ちらりと浦野玉代を見た。
「その時に私が全員にドッチボールをすると呼びかけて……みんな出て行ったのよね」
そう告げた。
中村裕太が立ち上がって
「最初に机に袋を入れて翔一と匠が出てその後に俺が仙花にボールを持ってきてくれるように頼んで俺が雪ちゃんと博美ちゃんを連れて教室を出たんだ」
と告げた。
浅田雪子と畑博美は大きく頷いた。浅田雪子は6歳で畑博美は4歳である。まだ移動を一人でさっさとするには難しかったのだ。そのフォローを中村裕太が良くしていたのである。
山川奈緒は頷いて
「そうね」
と答えた。
「教室をみんなが出ていくのを見送ってから私も向かったから間違いないわね」
確かに山川奈緒は教室の外で全員が出ていくのを見てから歩き出したのだ。
その間にゲーム機を持ち出すために戻った子供もいない。ただ、途中で浅田雪子と畑博美がやはりコケかけたこととドッチボールを始める前に全員が靴紐を整えたりしたことぐらいである。
ゲーム機さえ戻れば問題はないのだ。
山川奈緒も浦野玉代も溜息を零した。これ以上……もしシェルターの中にいる人々にこんなことが広まってしまったら出来心でゲーム機を持ち去った人間が村八分にあってしまう可能性がある。
それが子供だったらと山川奈緒も浦野玉代も考えた。
その時、佐藤翔一の母親の一美が翔一と共に姿を見せた。
「すみません」
山川奈緒も浦野玉代もハッと顔を向けた。
佐藤一美は頭を深く下げて
「先生、何時も息子がお世話になっております」
と言い
「その、お話が」
と告げた。
山川奈緒は息を吐き出し
「はい」
と答えると
「浦野先生」
と告げた。
浦野玉代は集まっている子供たちに
「今日は、学校はここまでで……もし何か思い当たることがあったら夜に山川先生か私に言いに来てちょうだい」
と告げた。
全員が荷物を持つと挨拶をして立ち去った。
そして、学校に山川奈緒と浦野玉代と佐藤翔一と佐藤一美の4人になると椅子に座って向かい合った。
佐藤一美は頭を深く下げて
「先生にはご迷惑をかけてすみません。翔一にはゲームが動かなくてもやはり何も持って来れなかった子供もいるから持って行くなと注意を私も夫もしていたんですが……色々翔一も不安があるみたいでこっそりカバンに入れていったようです」
と告げた。
山川奈緒も浦野玉代も首を振り、山川奈緒は
「いえ、こちらこそ……こんなことになってしまってすみません」
と告げた。
佐藤一美は息を吐き出して
「ただ、やはりゲームと袋は戻ってきて欲しいと思うんです。もちろん、学校の子供の誰かの悪戯なら大事にしなくて構いません。その……気持ちは想像できますから」
と告げた。
「私たち家族は運が良くて夫も私も息子も無事で……トンネルの入り口が近かったので写真と両親の位牌を持ってくることが出来ました。でも……中にはご家族を亡くされた方も多くいるので」
山川奈緒は視線を伏せた。
彼女も兄と自分は無事だったが母親は仕事で松江の方へ行っていて安否は不明なのだ。
……恐らくは……
そういう人たちは多くいる。子供たちもまだ始まったばかりで考え至らない部分があったが考えればそうなのだ。
山川奈緒は彼女を見て
「確かに私もそこまではまだ混乱して……考えれば子供たちの状態にまで至らなかったです」
と告げた。
「子供たちが盗ったと思いたくないですし、かといって他の人が学校に忍び込んで盗ったとは思いたくないですけど……やってはいけない事はどんな事情があってもやってはいけないと思います」
……明日ちゃんと聞いてみます……
学校の使えないゲームの盗難事件であった。が、翌日の朝に大社広域交番のテントに太田幸村が訴えに来たのである。テントには常駐している署長の神ノ宮命に成り代わっている弟の神ノ宮尊とPOL032こと速水隆二と当番の中村裕助と本田顕が配給の準備をしている最中であった。
「署長さん!! 盗難事件が起きているのにどうなってるんだ!!」
一日の野菜を所帯の人数に合わせながら纏めながら尊は寝耳に水の言葉に目を向けた。
「は?」
それは中村裕助も本田顕も同じ袋詰め作業をしながら怒鳴り込んできた太田幸村が入ってきた入口に目を向けた。
隆二は冷静に
「事件でしょうか? 事故でしょうか?」
とまるで電話応対を思わせる言葉を返した。
……。
……。
対応としては間違っていないが……と誰もが思った。
太田幸村は顔を顰めると
「事件だ、学校で佐藤さんところのゲーム機が盗られたそうだ」
と告げた。
「浅田さんのところに妻が総菜を持って行ったら雪子ちゃんが帰ってきて『翔一君ゲーム盗られて泣いて帰った』って話していて誰かが学校に入り込んで盗んだとしたら大変なことじゃないか」
本田顕は中村裕助を見ると
「お前のところの裕太君も行ってるんだろ? 昨夜何も言ってなかったのか?」
と聞いた。
中村裕助は首を振ると
「いや、裕太は何も」
と告げた。
「もしかしたら子供同士のことだと思ったからかもしれないが」
太田幸村は腕を組むと
「子供同士でも盗みはいかん!」
と告げた。
尊は立ち上がると
「本田と中村は作業を続けて配給はちゃんとしてくれ」
と言い
「俺は副署長と一緒に学校に話を聞きに行ってくる」
と告げた。
「今は内密に」
二人は頷くと敬礼をして袋詰め作業を続けた。
太田幸村は鼻息を吐き出すと
「内密にって」
と零した。
が、尊はそれに
「ここはシェルターの中です。ゲーム機を盗んだ犯人が村八分になるのも今後を考えると問題です。理解いただきたい」
と言い
「もちろん、犯罪は犯罪です。そこはきっちりします」
と告げた。
太田幸村は頷くと
「わかった、ちゃんとしてくれ」
というと学校に尊と隆二を連れて行った。
尊は心の中で
「……俺、警察官じゃないんだけど……犯人とか分かるのか!? 無理、無理、無理」
と自分で言ったことに突っ込みつつ
「だけど、兄さん代役だとこういうことはあることなんだ」
と息を吐き出して学校の住居用テントを見て中へと足を踏み入れた。
中には机があり、子供たちが机に向かって座っていた。そして前には山川奈緒が立っていたのである。
彼女は子供たちが尊と隆二に目を向けるのに
「あの」
と声を掛けた。
尊は一礼して
「確か、山川……さんでしたね」
と笑みを浮かべ
「少しお話を」
と告げた。
彼女は子供たちを見ると
「みんなは本を読んでいてね」
と言い、尊に駆け寄ると
「あの、何か」
と聞いた。
尊は小声で
「交番の方に昨日ゲーム機が盗まれたと話があり、見つかりましたか?」
と聞いた。
山川奈緒は慌てて外へ連れて出ると
「そんな、今日……ちゃんと調べようと思っているんです」
と告げた。
「それに子供たちじゃないかも知れませんし……子供たち以外だとしても」
尊は頷いて
「わかっています。だから俺と副署長だけできました」
と言い
「今は特殊な状態です。犯人であってもこんな中で村八分にするわけにはいかない」
と告げた。
彼女は頷いた。
尊は冷静に
「だが、罪は罪です。そこはきっちりした方が本人にも良い。温情や優しいだけではダメなんです」
と告げた。
山川奈緒は目を見開き静かに笑むと
「警察の方ですね」
と言い
「でもその通りです」
と告げた。
尊は心の中で
「いや、俺は本当は医師なんですけど」
と思いつつ
「状況をお聞きしても?」
と告げた。
山川奈緒は頷いて
「はい」
と答え、昨日の子供たちの話も入れて説明した。
「それでドッチボールをするのに翔一君、匠君、それから、裕太君が雪子ちゃんと博美ちゃんを連れて出て、最後に教室の前に置いていたボールを持って仙花ちゃんが出てきました。私は外で待っていたんですけど、全員順々でそれほど出てくるのに差がなかったので取って隠す時間はなかったと思いますし、教室に戻って少ししてみんなの机の荷物も鞄も机の中も調べてなかったんです」
尊はその状況を想像しながら
「なるほど」
と言い
「ドッチボールはどちらで?」
と聞いた。
山川奈緒はテントの裏手へ連れて行き
「ここです」
と告げた。
白いテープが貼られているだけの場所である。
尊はそこに立ち
「普通の床だ」
と言い
「ここでドッチボール以外は?」
と聞いた。
山川奈緒は首を振ると
「ドッチボールだけです」
と答えた。
尊は腕を組むと
「とすると誰かが教室に入って盗んだってことか?」
と呟き
「だけど」
と目を細めた。
「翔一君がそもそもゲーム機を持ってきていたと知っていた人が家族や学校以外の人間で誰が知りえたんだ?」
山川奈緒はハッとすると
「そうですね! 子供たちは朝に翔一君が匠君に見せていたので知ってはいたみたいですけど」
と呟いた。
尊は頷いて
「なるほど」
と言った。
その時、隆二がテントの縁をゴソゴソ探って袋を取り出すと
「ゲーム機はっけーん」
と告げた。
「テントの下に隠していたようだな」
尊も山川奈緒も驚いて隆二を見た。
山川奈緒に尊は顔を向けると
「この辺りで何かしたとかは」
と聞いた。
彼女はハッとすると
「確か子供たちがこの辺りで靴紐を直していました」
と言い
「でも、ゲーム機を持っている感じはなかったんですけど」
と告げた。
尊は笑むと
「一人だけゲーム機を持っていてもわからない子がいますよ」
と言い
「仙花ちゃんのことを教えてもらえますか?」
と告げた。
「彼女ならボールと身体の間に挟んで持ち出せますしここでボールに敷いて隠すことが出来ます」
……ただ彼女を責める前に話を聞きたいので……
「これは外に落ちていたと翔一君に返しておいてもらえますか?」
山川奈緒は言葉の意味を理解すると頷いた。
「ありがとうございました」
山川奈緒は教室に戻り
「翔一君、ゲーム機を署長さんが見つけてくれました。外に落ちてました」
と告げた。
佐藤翔一は驚いたものの泣きながら
「良かったー。戻ってきてくれたならいんだ」
と抱きしめた。
それに川坂仙花が目を見開いて視線を下に直ぐ向けた。
山川奈緒は手を叩くと
「今日は署長さんからお話があって、それが終わったら授業は終わります。明日からはちゃんと全ての授業しますからね」
と尊に話を振った。
尊は驚いて
「マジか!」
と心で叫んだ。
兄の命は国家公務員総合職の試験にも一発で受かりキャリア組としてトントン拍子に広域交番の署長にまでなった。しっかり者で優しく誰もが惹かれる素晴らしい人間だった。
両親の期待も高かった。
反対に自分は小さな頃から影が薄く同じ姿だけに何もかもを比較されたくなかったので一人で生きていける上に安定している職業として医師を選んだのだ。
両親は何も言わなかった。
……自分は何の期待もされていなかったのだ……
尊は思わず胸元で手を強く握った。
兄の命は嫌いじゃなかった。好きだった。出来すぎた兄だと思っている。
だけど、俺に変わりなんてできるわけない。
広域交番の人たちは元々できた人だし、兄の姿に誤魔化されているだけで本当のことを知ればどれほど落胆するだろうか。
だけど。
だけど。
『お前になら出来る』
尊は命の言葉を思い出しながら
「できるかよ」
と心で呟きつつも
「やるしかない」
と拳を握りしめると子供たちを見た。
「厳しい話になるかもしれない」
それに全員が目を見開いた。
尊は静かな声で
「誰も生まれて直ぐに罪を犯そうと思ったりはしない。皆も初めから悪いことをしてやろうと持ったりはしないだろ?」
と言い
「だが、例えば誰かが羨ましくて、誰かが妬ましくて、誰かより自分を良く見せたくて、誰かより得をしたくて、そんな心が芽生えて罪を犯してしまうことがある」
と告げた。
「それは間違っていると皆は分かっていると思う。だけど、欲や嫉妬や優越感、様々な気持ちで誰かのモノを盗んだり壊したり、人を傷つけたりしてしまう。だけど、わかってほしいのはそうしてしまうことで壊れるのは君たち自身だということだ」
……君たちの輝かしいはずの未来が壊れていくということだ……
「苦しいときは身近な人にそう打ち明けて励まし合いながら乗り越えて欲しい」
……誰かが羨ましいときや妬ましいときもあるだろう……
「だけど自身にも誰にも負けない劣らないものがあると信じて自分の可能性を引き出して欲しい。自分で分からなければ先生に聞いてくれればいいし、俺に聞いてくれればいい。一人一人違う良いところがある。誰かになれないけれど、誰かも君にはなれない」
一人一人が稀有の存在なんだ。
尊は笑むと
「だから、自分の未来を壊すような真似はしないでもらいたいし、躓きそうな時は君たちを見ている我々を頼ってほしい」
と告げた。
「罪をもしも犯した時は正直に名乗り出て罪を償ってほしい。そしてそこから未来を輝かす努力をして欲しい」
……最後に皆には他の人を思いやる気持ちを持って欲しい……
「それが犯罪を防ぐことにもなる」
山川奈緒は目を見開き微笑むと
「ありがとうございます」
と頭を下げた。
子供たちも全員しばらく尊を見つめていた。
佐藤翔一が立ち上がると
「ごめん!!」
と頭を下げた。
全員が彼を見た。
佐藤翔一は泣きながら
「俺、ゲーム機持ってきたの……本当は見せびらかしたかったからなんだ……お母さんやお父さんに言われていたのに……だから、だから、きっと罰が当たったんだ」
と頭を下げた。
「ごめん! 本当に、俺……」
それにチラリと中村裕太が隣の川坂仙花を見た。
彼女は泣きながら立ち上がると
「私が盗みました」
と言い
「私、羨ましかった!! 妬ましかった!! お父さんもお母さんもシェルターの中にいなくて……何もなくて……テントにいても……ご飯……そのまま食べてた」
冷たかったの! とそのまま机に突っ伏して泣きだした。
山川奈緒は走って抱きしめると
「ごめんなさい!! 先生……わかってあげられなくて……」
と叫んだ。
10歳だ。たった10歳の子供なのだ。
尊は彼女を知っていた。宮前青子と共に手を伸ばして引き入れた子だ。
尊は彼女の前に進むと
「良く話してくれた」
と言い
「だけど、盗んだことはダメだったってわかってるな」
と告げた。
彼女は小さく頷いた。
「佐藤君が泣いてて悪いことしたって思ったけど、バレて私もっと一人になったら……ここに来れなくなったら……死んじゃうって」
尊は笑むと
「そうだな」
と言い、佐藤翔一を見ると
「これは親告罪という佐藤君が訴えなければ罰を与えられない罪だがどうする?」
と聞いた。
佐藤翔一は首を振ると
「俺も悪かったし、もうしないなら良いんだ。俺もゲーム持って来ないから……ごめんな」
と告げた。
川坂仙花は立ち上がって佐藤翔一を見ると
「ごめんなさい……本当にごめんなさい」
と頭を下げた。
尊は安堵の息を吐き出して
「じゃあ、もう二度としないということで今回は注意だけにしておく」
と告げた。
「それから川坂さんだね」
仙花は尊を見て頷いた。
尊は笑むと手を出すと
「今まで把握できなくて申し訳なかった。君が良ければ俺が君の後見人になろう」
と告げた。
「君はまだ子供だ。俺が食事を作ったり君の生活のサポートをしよう」
……一緒に暮らして君は勉強に励むように……
仙花は目を見開いた。
「でも、いいの? 署長さんの家の人は?」
尊は笑むと
「俺も君と一緒で家族は誰もシェルターにいない」
と告げた。
仙花は腕を伸ばして尊に抱き着いた。山川奈緒は近寄り「署長さん」というと
「私もお手伝いします。料理は得意ですから」
と微笑んだ。
中村裕太も笑むと
「良かったね、仙花ちゃん」
と告げた。
尊は彼の様子を見ていてきっと彼は分かっていたが自分から言うまで黙っていたのだと気付いたのである。
佐藤翔一も元気に
「俺も……って俺、何もできないけど……一緒に色々頑張るからさ、何かあったら言ってくれ……その……せ、仙花ちゃん!」
み、みんなもな! と告げた。
全員が頷いた。
山川奈緒は微笑んで
「じゃあ、みんな。明日からまた頑張りましょう」
と告げて
「きりーつ! 礼!」
と頭を下げた。
全員が立って頭を下げた。
尊も礼をして敬礼をして川坂仙花以外の全員が去っていくのを見送った。そして、慌てて教室に入ってきた浦野玉代が
「あ、あの」
と告げた。
尊は頷くと
「ご安心ください、大丈夫です」
と言い
「それから、川坂仙花さんはこれから俺と暮らすことになりました」
と告げた。
「他の生徒は大丈夫でしょうか?」
それに山川奈緒が頷いて
「それは私と浦野先生と家を訪ねて調べておきます」
と告げた。
「仙花ちゃんのこと宜しくお願いいたします」
尊は笑むと敬礼をして
「はい」
と答え、川坂仙花に手を伸ばした。
彼女はそっと尊の手を掴むと強く握りしめた。
「ありがとうございます」
尊は頷いて
「じゃあ、帰ろうか」
と言い
「速水」
と呼びかけた。
隆二は山川奈緒と浦野玉代に敬礼をすると
「では」
と答え尊と共に足を進めた。
戻って報告をすると全員が腰を抜かせた。が、尊は大社広域交番の近くに住宅テントを設置してそこに仙花と住むことにした。
そして、全員に話す前に富健吾に考えていることを話した。
富健吾は尊から話を聞くと
「確かにこれまではとにかくシェルターにいる人々の生活が安定するように回すだけに必死だったからなぁ。落ち度だったな」
と言い
「良く気付かれた」
と告げて大きく頷いて賛成した。
尊はその日の午後の配給を終えるとテント内に全員を集めた。
そして
「これからのこの大社広域交番の仕事にもう一つ追加する」
と告げた。
「これまでは配給準備と何かあった時のための24時間交代勤務で待機していたがそれに巡回も入れる。そして、家族構成情報を把握する」
門野相馬は驚いて
「え!? 何故??」
と呟いた。
富健吾が彼らに
「一人暮らしの人間が多い。それは成人ばかりじゃないだろ」
と告げた。
全員がハッとして宮前青子が
「確かに……家族全員で避難している方が珍しいわね。子供一人老人一人って言うのも可能性としてあるわ」
と告げた。
ざわめきが広がった。
尊は頷いて
「そういうことだ、一人で悩んでいる人もいるかもしれない。その一人が万が一でも罪を犯したり、自殺したりすればそれは人々を守ることにはならない」
と言い
「家族構成を把握し生活で困っていることが無いかを聞く巡回を追加する」
と告げた。
全員が敬礼した。
尊は頷くと
「明日からの勤務表を作成しておくのでお願いする」
と告げた。
反対する人間は誰もいなかった。
尊は勤務表を作成してテントの壁に張ると夕方の6時に後のことを隆二に任せて新しい家へと戻った。
隆二は敬礼しながら
「こっちは任せておいてくれ」
と送り出した。
テントには川坂仙花が待っており笑顔を浮かべた。
「お、お帰りなさい。お仕事お疲れ様です」
尊はどこか懐かしい光景に笑みを浮かべると
「ただいま」
と答え、テーブルを見ると
「ん? 夕食……」
と告げた。
仙花は笑むと
「山川先生が作ってくれたの。署長さんと私の分を」
と告げた。
尊は笑むと
「礼を言わないとな」
と呟いた。
仙花は椅子に座って
「私、明日言っておく」
と告げた。
尊は頷くと
「ありがとう、じゃあ、ありがとうと伝えてくれ。俺もあったら礼をいうから」
と告げた。
そして、二人は同時に両手を合わせると
「「いただきます」」
と告げた。
富健吾は24時間当番で隆二と多田安男と交番に残りながら交番の外に出て身体を伸ばしドームの上を見ると
「署長……署長の弟さんは頑張ってますよ」
と微笑んで告げた。
……あんたが残してくれたあんたの自慢の弟はきっと未来に我々を繋いでくれる……
翌日から巡回が始まり人々の声を聞くようになったのである。漸く社会という枠組みができ始めたのであった。




