大社広域交番 1
ずっと捻くれていた。
兄弟なんてそういうモノだ。何時も長男は出来が良くて次男は出来が悪い。そういう評価が付き纏っている。その評価は自身の中にも定着していつの間にかその通りになってしまっているものなのだ。
神ノ宮尊は足を踏み出すと前を行こうとする兄の神ノ宮命の手を掴んだ。
「何言ってんだよ!! 俺には無理だ! 兄さんが残ってくれ」
蒼褪め足をガクガクと震わせ
「姿だけで何とかなるもんじゃないだろ? 兄さんなら直ぐに速水を扱えるようになるさ。 元々速水は警察官ロボットなんだからさ、俺は確かに警察医してるけど、医者! 医者なんだよ!」
と尊は告げた。
「誘導だけなら俺にだってできるしさ」
無理に笑みを作ろうとして顔が強張った。
青く晴れ渡った空はいつもと変わりがなかった。ただ、あと20分ほどでこの国譲りの土地・島根が壊れるということだ。
終末戦争……核の応酬が全世界で勃発したのである。
命は弟の尊の隣に沈黙を守って立つPOL032こと速水隆二というロボット警察官を一瞥し笑みを浮かべると視線を尊に戻した。
「尊、お前はこれから俺の代わりに大社広域交番の署長をするんだ。お前になら出来る。県本部長がPOL032をお前の警護につけたことが運命だったんだ」
……島根という枠が無くなろうと、日本という枠が無くなろうと、世界という枠が無くなろうと……
「人が生きている限り人々に尽くす警察機構を無くすわけにはいかない。それに俺はずっとお前の強い優しさが警察には必要だと思っていた」
お前になら託せる。
命はそう言うと逃げまどう人々を誘導する富健吾を見ると手を上げて
「富さん、神ノ宮警察医とPOL032……名称は速水隆二だ。神ノ宮警察医の護衛の任につき彼が名前を付けた。二人を頼む」
富健吾は命と尊を交互に見て目を見開いた。
「え?」
そっくりだったのだ。
命は笑むと
「こいつは俺の弟で神ノ宮尊という。だが……医者と警察の心と技術を持っている。恐らく暫く全員が動揺して混乱するだろう。だから、こいつを俺の代わりに」
と告げた。
富健吾は全てを飲み込むと
「署長」
と顔を一瞬歪めたものの
「わかりました」
と敬礼した。
命は笑むと「10分後に完全に戸を閉めるように」と戸惑う尊に自らの帽子をかぶせ背中を押して富健吾に押し付けた。
「俺は入口が分からない人々を一人でも多くこの先で誘導する」
敬礼をすると命は足を踏み出し駆け出した。
富健吾は近隣の人々が入っていくのを見てゴッと尊の鳩尾を手で押し
「神ノ宮署長! 今からあんたが俺の上司だ。あんたの兄の……前大社広域交番署長の……いや、島根県警全ての警察官の思いを無駄にしないでくれ!」
と強い口調で告げた。
蒼褪める尊に笑みを浮かべると彼の隣に立つPOL032を見て
「だがなぁ、俺だってまさかこういうことを想定してPOL032……いや、あんたの護衛であんたが名付けた速水隆二が島根県警に回されたなんて思っちゃいなかった」
きっと全員がな、と告げた。
「あんたは署長としてこれから生き残った人々を俺達とその速水隆二と共に守ることを考えてくれりゃぁいい。特別の事なんて考えなくていいんだ。ただ警察官は人々を守り尽くす……それだけで良いんだ。俺がフォローする」
尊は兄に被された帽子をとって涙を拭うと
「俺は弟で……勉強も何もかもダメで……比べられるのが嫌で……医者になったんだ」
と喉を鳴らして息を吸い込み吐き出すと涙にぬれた目で前を見つめ
「だけど……『いま』は兄さんの代わりに署長をする」
と前を見つめると人員整理をしている人々を見るとゴキュッと固唾を飲み込み
「速水、手伝ってくれ」
というと足を踏み出して前を行く人々に呼びかけた。
「後5分だ!! 急げ! 今見えている人々を助けるんだ!!」
速水隆二は口元に笑みを浮かべると
「わかった」
と答え、尊の横で
「急いでトンネルへ駆け込め! 俺はあと10分後にシェルターを閉めるぞ!!」
と叫んだ。
「急げ!!」
富健吾は驚いてPOL032こと速水隆二を見た。まるで人間のような所作である。ロボットもここまで極まったかと言う感じであった。
尊は警察医として走り回る代わりにフォローとして『押し付け』られた速水隆二に当初こそ人間らし過ぎると驚いたが、彼のAIシステムの中に『ビックデータ』の解析による『行動回答』だけでなく、ある人物の『趣向』『選択判断基準』が組み込まれていることを知り驚くことが無くなったのである。
所謂、人間の脳で言うところの前頭葉の下の扁桃体の疑似的プログラムが追加されていたのだろうと理解できたからである。
より人間らしく。POL032こと速水隆二と共に47都道府県に配備されたロボット警察官は正に実践型警察ロボットだったのである。
人々の波が一頻り落ち着くのを見て尊は速水隆二に
「あと何分だ?」
と聞いた。
速水隆二は一度目を閉じて開けると
「あと4分32秒……視認範囲の一番奥の警察官が戻る最低ラインになるな」
と答えた。
尊は意を決すると
「警察官も側にいる人を連れてシェルターに戻れ!! あと4分だ! 急げ!!」
と叫び、去っていった兄の姿を思い浮かべると拳を握りしめて
「警察官も命を無駄にするな!!」
と呼びかけた。
富健吾は声に振り向き笑むと
「宮前! 門野!! 急げ!」
と一番遠い若い二人に声を掛けて腕を動かし
「他の奴等も急げ!!」
と叫んだ。
そして尊の前に来ると
「署長も、行きましょう。あんたがいかなきゃ、誰も救われねぇ」
と告げた。
尊は走って戻ってくる面々を見て唇を歪め
「兄さん」
と呟いたものの、潤む視界を振り切って踵を返して駆け出した。
シェルターに続くトンネルに飛び込みながら速水隆二を見ると
「速水、シェルターの制御は」
と告げた。
速水隆二は前を見ながら
「俺の中に入ってる」
と答えた。
……そのために俺は作られたんだからな……
そうだったのである。終末戦争を想定して各都道府県に一台ずつシェルター管理の警察ロボットが緊急処置として配備されたのである。ただ、その真実は時が来るまで伏せられていたのである。
終末戦争がリアルに迫っていると分かると人々がパニックになると政府も警察上層部も考えたからであった。
尊は頷いてシェルターの入口に立つと閉まりかけた扉にギリギリに間に合わなさそうな宮前青子の伸ばした手と泣きながら走ってきた少女の手を足を踏み出して掴むと強く引き寄せて中へと飛び込んだ。
同時にシェルターは音を立てて閉まり意味が分からないながらも逃げ込んだ人々は蒼褪めながら扉の方に目を向けた。
間に合わないところだった彼女と少女の手を引き寄せて中へ入れた彼を見つめ富健吾は苦く笑むと
「署長によく似ているじゃないか」
と言い、滲みかけた目を一度閉じて直ぐに開くと
「守りますよ、署長」
と扉に向かって独り言を呟き、尊を見ると背中を軽く叩いた。
速水隆二は尊と富健吾を見ると
「シェルターの扉を完全に閉鎖した」
と報告し斜め上を見ると
「……核弾道ミサイルが現在地西に33Km北に3Km松江上空で破裂。外は放射線と灼熱の嵐だ」
と告げた。
尊と富健吾は顔を見合わせた。シェルターの中にいると外の状況が全く分からない。高いドーム型の天井に広々とした円形の空間が広がっており、50名ほどの人々が身を寄せ合って上を見つめているだけである。
3人のところに12名の制服を着た警察官が駆け寄ってきた。全員が大社広域交番の面々であった。
富健吾は手を上げると
「おう」
と声を掛けて、集う彼らに
「これから俺たちが生き残った人々を守っていくことになる」
と言い
「ですね、署長」
と告げた。
尊は頷いて
「あ、ああ……今から我々が……」
とチラリと一瞬不安そうに富健吾を見た。
富健吾は頷いた。
「大丈夫ですよ、署長」
そう言外に告げた。
尊は息を吐き出し
「島根県警であり警察機構を……守っていかなければならない」
と告げた。
「階級と役割はこれまで通りで状況に合わせてやるべきことを……伝えるようにする」
……協力をおねがい、します……
足がガクガク震える。元々人の上に立つタイプなのではないのだ。兄の命の影に隠れて生きてきたのだ。
「無理だ、無理、無理」
尊は心で叫んでチラリとロボット警察官のPOL032こと速水隆二を見たがじっと立っているだけであった。
「……」
それに先ほどの若い女性警察官が
「わかりました、神ノ宮署長」
と言い
「私、宮前青子。階級は巡査ですが任務に励みます」
と敬礼した。
そして隣に戸惑う青年の足を軽く蹴った。
青年は「おひょっ」と声を零して直ぐに敬礼すると
「え、え?」
と戸惑いつつチラリと富健吾を見ると彼が頷くのに
「俺、は、門野相馬で宮前巡査と同じ巡査であります! 頑張ります!」
と告げた。
「って、それくらい署長なら知ってんだろ」
そう突っ込んで他の面々の笑いを誘った。
尊は蒼褪めながら
「そ、そうだな」
と返した。
「俺は知らないんだが」
そう心で突っ込んだが口にすることは出来なかった。
宮前青子はそんな彼を見ると
「見目は署長にそっくりだわ、でも全然違う」
と心で突っ込み
「署長がいないとなると大混乱で折角助かってもどうなるか……それに」
と手を一瞬見つめて笑むと
「『署長』として扱ってあげるしかないわね。でも、もし『署長』自身の重荷になるくらい役に立たなかったらリコールして富さんに仕切ってもらわないとだめだけど」
と冷静に判断した。
尊は笑みを浮かべると
「部署が違ったり顔を合わせても言葉を交わしていないものもいると思う。俺も全員を詳しく知っているわけじゃない」
と言い
「だがこれからは全員が一丸となって助かった人々を守っていかなければならないので……自己紹介を続けよう」
と告げた。
富健吾は驚いて尊を見たが笑みを浮かべた。
尊は息を吐き出すと
「皆も知っていると思うが、大社広域交番の署長をしている神ノ宮命だ。宜しくお願いする」
と敬礼をして告げた。
手がピクピク震えるが愛嬌で許してほしい、と尊の心で呟いた。
富健吾が続いて
「よし、俺は富健吾だ。48歳だ。宜しく頼む」
と敬礼した。
側にいた長い髪を結い上げたすらっとした綺麗な女性が
「私は小宮繭美、ぴちぴち29歳よ、宜しく」
と言い、隣の男性が
「……佐々木光男警部補だ……24歳だ」
ぴちぴちではないが、と告げた。
他にも車整備を担当していた八重庄也、林大地、鑑識班で道具鞄を抱えた鈴木勝江、松村加代子、原田樹が挨拶をした。
最後に富健吾と安田安男、本田顕に中村裕助が大社広域交番でも巡回など地域課交番勤務としての面々が挨拶をした。
富健吾は48歳。彼の相棒の多田安男も39歳と二人は古株であるが、他は全員30歳から19歳の若手ばかりであった。と言っても尊も26歳の医師になりたてのホヤホヤであった。
彼らのいるシェルターの中は静かであったが、シェルターを守る山の外では熱風が吹き荒れ正に焦土とかしていたのである。
それを知っているのは外部装置と繋がっているロボット警察官の速水隆二だけであった。
シェルターの中には広々とした居住空間があるが全員が入口近くに集まっている状態であった。しかも寄り添い黙っているだけでまるで人形館の中の人形であった。
尊は息を吸い込み吐き出すと
「先ず」
と小さな声を零した。
それに富健吾は顔を覗かせ
「署長」
と呼びかけ
「指示があるんですかね」
と告げた。
尊はハッとすると
「あ、つい何時もの癖で」
と言って、全員が立って待っている状態なのに気付くと
「あ、あの」
とがくがくと震えながら
「先ず、パーティションとか何かないか探した方が良いです」
と「うぉー敬語とかがめちゃくちゃになったぁ」と心で叫んだ。
速水隆二が敬礼すると
「了解、署長。パーティションはありませんが奥のB区域に配給用電動車及び移動用電動車、救急車などが各二台ずつあります。また、テントと日常品の備蓄があります」
とにやりと笑みを浮かべて告げた。
「食料の備蓄は地下一階に、地下二階には『何か』がある」
尊は速水隆二を見て安堵の息を吐き出した。
こういうことだ。
警察に配属されたロボット警察官が何故各県に配属されたか誰も知らなかったが……『終末戦争』後を想定して作られたロボットだったということだ。
尊は理解すると帽子を目深に被り
「わかった、速水。その場所に案内するように」
と言い、呆然としている面々に
「これから助かった一般の人々の為のテントの設置と食べ物の配給を行う」
と告げ、疲れたように集まって項垂れる人々のところへ進むと顔を上げた35名ほどの一般の人々を見つめた。
「松江上空で核弾道ミサイルが爆発しました。損害の規模も状況も今は分かりませんが、このシェルターは大丈夫です」
それに男の一人が立ち上がり
「そ、そんなこと言って!! どうするんだ!? これから……政府はどうした!! 国会はどうしたんだ!!」
と叫んだ。
隣にいた男の妻らしい女性が
「貴方! 止めて!! 怖いわ!!」
と叫んだ。
尊は拳を握り絞めたものの息を吸い込み己を落ち着かせると笑みを浮かべた。
「我々は大社広域交番の警察官です。皆さんのここでの生活をサポートして行きますので安心してください」
そう言って
「そのためにご協力をお願いすることもありますがお願いします」
と笑みを深めた。
一人の女性が立ち上がると
「あの、それで……私に何かお手伝いできることはありませんか?」
と告げた。
「私、大社中央小学校の教師をしている山川奈緒と言います」
叫んでいた男は舌打ちして横を向いた。
他にも山川奈緒と同じ教師の浦野玉代という女性と彼女の夫の浦野政次も名乗り出た。
尊は頷くと
「今から奥にテントがあるようなので確認し設置してプライバシーを守れるようにいたします」
と言い
「皆さんは大きく深呼吸をして体の力を抜いて落ち着いておいてください」
と笑むと速水隆二と後ろについてきていた富健吾を始めとした警察官たちと共に奥へと向かった。
これが……終末戦争後の人類の一歩であった。




