怠惰色の歓迎会
「ですからあの頃は、天使になるという努力を、皆さんの期待に全力で答えようという形で邁進していた時期でして」
天使さんの今の立場は、少なからず天使さん自身が作り上げたことが分かった所でこの校舎での案内は終わったらしい。
「分かりましたって。ごきげんようでしょう、ごきげんよう」
「うー、全然分かってくれてません。タチさん、意外に意地悪です」
「タチくん」
サラさんが声をかけてくれた意図は分かる──天使さんは、必要以上に何かを恐れている。それを確かめた方がいいといった具合だろう。
「はぁ──そうですね。天使さんは何がそんなに心配なんです」
「ですから、タチさんとサラさんには変わらず友人でいて欲しいとお願いしてるんです」
「それなら大丈夫だと先程、」
「ではタチさん、近いうちに嫉妬のクラスに入ることになったとして今のように私と話すことが出来ますか? クラスメイトの皆さんは、私を天使様と他のどのクラスよりも称えるかもしれません」
「う゛っ……」
「ほら見なさい。ぜんっ然、分かってないじゃないですか。サラさんは機会が少ないかもしれませんが、タチさんには近い将来必ず訪れる出来事なんです。なので、今から覚悟を決めて頂こうと声をあげているんです」
確かに……全然考えていなかった。僕はいずれ『ごきげんよう』と、挨拶が飛び交うようなクラスにも入らなければならない。
大丈夫だろうか。
「いや、うーむ……」
「ちなみにですが、またクラスが決められない場合は嫉妬か暴食のクラスに入る予定です」
「暴食にしませんか?」
「タ~チ~さ~ん」
いやそんな天使がしてはいけないような顔で睨まれても、
「その、及び腰になっても仕方ないと言いますか、もう少し学園に慣れてからでもと思いまして」
「ふー、仕方ないですね──でしたらっ、学園の皆さんが私とタチさんが友人であると認識するまではっ、出来得るだけタチさんと行動を共にしましょう」
天使さんが傍にいてくれることは望ましいことであって、それを天使さんが心から望んでくれている。そのこと事態は、非常に喜ばしいことである筈なのに、こうも嫌な予感だけが募るというのは不思議な感覚だ。
「お手柔らかにお願いします」
「はいっ」
「タチ君にサラ君、天使様もご一緒でしたか。学園案内は終わりましたか?」
「この教室棟は終えました。えーと、これからは……」
一階に戻った僕達にかけられた声は、特にサラさんに向けてかけられた声ではなかった。それでもサラさんが答えたのは、委員長はサラさんが先導していると認識した上で話を進めているからであり、それを僕達が理解してしまったからだ──でもそれだと、後が続かない。
天使さんが学校案内をするということを、誰もが想像すらしないのかもしれない。少なくとも委員長でさえそうなのだから、やはり天使さんは特別な存在なんだと実感してしまう。
「どうしましょうか?」
いや天使さんは続けて下さいよ。
「えー、残るは食堂棟兼部室棟と体育館くらいですが」
「いや、すまない勘違いさせたみたいだ。僕は学園案内に云々言うつもりはないよ、タチ君に連絡事項を一つ伝えようと思って声をかけたんだ──それともサラ君から既に聞いたかな?」
まだ学園に来たばかりの僕に連絡事項とは何だろう。
「いえ、特には」
「怠惰のクラスの生徒が教室に足を運んだ──タチ君は特別かもしれないがクラスメイトであることには違いない、ならば行う定例行事がある」
「あ、歓迎会」
「まだ言ってなかったみたいだな。タチ君がよければ今夜にでも行おうと思うがどうだろう?」
そうか……歓迎会。考えもしなかったが、それでも先の言葉を熟慮すれば一つ答えがでる。
「その、僕の場合、皆さんを騙すような形になるのが申し訳ないと言いますか、恐らく本来の意図とは違う内容になってしまうかもしれないという不安があるのですが……」
「君は頭の回転が速いな。まぁしかしだ、気にすることはないと言っておこう──確かに、従来のものとは少し違うものなるかもしれないが、歓迎会という根本が変わることはないさ。それに歓迎会と言っても非常に簡易なものだ」
「そうですか──有難うございます。是非参加させて貰います」
「では今夜、日が落ちる頃教室に集合だ。君が特に準備をすることはないと思うが、自己紹介の文言くらいは思い描いておいた方がいいかもしれないね」
「あの委員長さん」
「何でしょうか、天使様」
「えーと、私も参加してもいいでしょうか?」
「え、ええ、天使様がよろしいのであれば歓迎致します」
「有難うございます、では私もタチさんと同じように何か文句を考えておきます」
委員長の表情から、少しの疑問が浮かんだのが窺えたがそれ等を発することは決してなかった。
「ではまた後で──天使様、私はこれにて失礼いたします。今夜の歓迎会楽しみにしております」
「はい、私もです」
完璧な礼をもって去って行く委員長に迷いはなく、これから行われる歓迎会が万事が滞りなく進むことを確信させた。
「天使さん、この後はどうしますか」
「色々と考えていたんですが予定が出来ちゃいましたね」
「天使さんはどんな予定を考えていたんです?」
「サラさんの言った食堂棟兼部室棟は、軽くですが今朝方案内しているので後はタチさんの気になった場所や要望を聞いて──時間があれば礼拝堂も見てもらったりして、最後に食堂でお食事でもと考えていました。サラさんの言うように体育館もありましたが、予定が入っちゃいましたね」
僕の意見を聞こうと、それで『どうしましょうか?』だったのか。
「周れても一カ所か二カ所くらいでしょうか」
「そうですね。何か気になる場所などはありませんでしたか?」
「──あの、天使さん、タチくん。申し訳ないんですが、私はこれで失礼してもいいでしょうか? 恐らくですが……歓迎会の準備と言いますか、それに付随する雑務等に人手が足りないと思うので私も手伝いに行きたいんです」
「──決まり、ですね」
「ええ」
「えっ、何がです?」
「体育館や運動場自体はなんとかなるでしょうし、学園案内も今日中でなければいけないという訳でもないでしょう?」
「なら、私もタチさんも歓迎会の準備の手助けをしようと思います」
「そんなっ、それは何と言いますか、会の主賓となる二人が、会の準備をするのはどうかと思います」
もっともな意見だが僕には分かる。恐らくだが委員長が率先して準備をするのだろう、ならばあの背中をもって信頼に足ると断言するには充分の筈だ──それでも、サラさんが人手が足りないというのなら、それもまた真実なんだろう。
「簡易なものなんでしょう? 少し早めに会場に着いた僕達が少しだけ手伝う、それだけです」
「そもそも私は主賓とは呼べませんし、友人を助けるのは当然です」
全幅の信頼を置けるように思われた委員長であっても、今は……少し疲れている──ならば、少しでも負担を減らしてあげたいと思うのが人情だ。
「それに今サラさんが委員長の元へ向かえば、何も知らない委員長に『天使様を置いて何をしている』と怒られるかもしれませんよ」
「お二人とも──」
「私達三人だけの秘密です」
「サラさーん、机はこんな感じでいいでしょうか?」
予想していた通り、会場である教室の準備は全く進んでいなかった。
「はい、いいと思います。後は、すいませんが椅子の方を十五脚程並べて頂ければ助かります」
「了解です」
主な力仕事を僕が、その他の細かい作業を天使さんとサラさんが行う。簡易なと言うだけあって、装飾を施したり催しものを準備する必要はなかったが、それでも日暮れに間に合わせようと思えば人手が足りない。
「天使さん、ここはさすがに天使様にしましょう」
「いえこういう場でこそ、私の主張を示すべきです」
それにしても、先程から天使さんは何を主張しているのか──
「ですから、タチくんもタチ様と、こうして揃えることで釣り合いをとろうと」
「取り繕った言葉はいらないんです。タチさんもタチさんとして私も天使さんとすればいいと思います」
「あー、これは」
手を休めた僕が見たものは、唯一の装飾と呼ぶことの出来る黒板に描かれた、本日の会の主役となるべき二人の名前だった。
「タチさんも、これでは不満ですよね?」
「いや、いいんじゃないですか──天使さんは今回の歓迎会で伝えるべき文句を考えているのでしょう? それまでに無駄な混乱を与えてしまうのは得策ではないと思いますよ」
「うー、……それはそうかもしれません」
「それにしてもこっちの絵はどちらが書いたのでしょう?」
黒板の両端──中心に書かれた僕達を歓迎する言葉を、祈るような姿勢で女性が二人描かれていた。
「はいはい、わたしですっ」
「ちょっとした芸術作品みたいになっていますが、これを天使さんが? ──この短期間でですか」
正直驚いた。チョークだけで、どこかで見たような絵画を描けることもそうだが──それ以上に、これを天使さんが描いたことにだ。
「何ですー、褒めるならもっとこう感激を言葉に込めて下さい」
「すいません、少し驚いていまして──素晴らしい作品だと思います。驚きました、歌だけでなく絵も描かれるのですね」
「えーとですね、実はこればっかりは少しズルをしてます」
「ズルですか?」
「模写と言いますか、模写に少し手を加えてそれらしくしているだけで、芸術なんて言われると誰かに怒られちゃいます」
「ではその誰かも黒板に描かれるとは思わなかったでしょうね」
「そうかもしれませんね」
「なんだ、準備出来てるじゃねぇか」
「先生、どうしてこちらに?」
驚きと関心の中にいた僕より先に、サラさんが反応した。
「いや、ユウシのヤツが歓迎会の準備を手伝ってくれってな」
「あっ」
突然一人得心したように呟き、サラさんは俯いてしまっていた。
「どうしたんです? サラさん」
「いえ、あの、すみません……どうやら人手の心配は必要なかったようです」
「え、どういう事です?」
「委員長さんがブルートさんに頼んでいて、ブルートさんがそれを了承したのなら、会場の準備なんて一瞬で終わるという事ですよ、タチさん。まだお伝えしていませんでしたが、天使様達──いえここにいる方達は、自身の思いを想像し形にする力があります。その中でも天使様達は別格で、教室一つくらいであれば一瞬です」
ああ、あのあんぱんと牛乳か。
「ちなみにな、天使。その話はオレが軽く伝えてるぞ」
「えー、またですか」
「──すいませんっ。貴重なタチくんと天使様の時間を不用意に消費してしまいました」
「サラさん、戻ってしまっていますよ」
頭を下げたサラさんに天使の慈愛が注がれる。
「て、天使……さん」
「不用意なんて、そんな事はないですよ。あなたは初め、一人で行こうとしていたでしょう。それを私とタチさんが、一緒にと引き留めたんです」
「……それは」
「それに私は楽しかったです。タチさんはどうでした?」
学校行事の準備と言えば規模が小さいのかもしれないし、まだ何も終わっていないのかもしれないけれど、それでも久しぶりに──本当に久しぶりに学生としての日常をすごした。そう、いつの間にか自然に。
「ええ、全くもって同意見です」
「オマエ等、少し見ない間に仲良しな──サラ、オマエも含めてだぞ。それに、オレはこれで良かったと思う。確かにオレが準備すれば一瞬だ、だが今と同じものには決してならない。そのー、なんだ、友情の証みたいな」
「せんせー、台無しです。馴れないんだったら言わなければいいと思います」
「ウッサイッ、天使」
「少し照れくさいですが──ブルートさんの言う通りなのかもしれませんね。僕には……久しぶりだったんです、有難うございます」
「オマエ等二人いい性格してんなっ」
「ふふっ、何故でしょう──おかしいです」
天使さん、貴方は凄い人だ。一時、悲壮感すら漂わせた彼女が笑えている。
「ええ、おかしなことです」
「……もういい。オマエ等三人とも知らん」
「ほらほらブルートさん、拗ねない拗ねない」
こうやって少しずつ取り戻して、皆、日常に帰っていくのだろうか──もしそうだとしたなら、いつの間にか僕はその一歩を歩みだしていたのかもしれない。
「……──まぁ、それでもこれだけじゃあ味気ないわな」
「そうですね、机と椅子の準備は終わりそうですし、何か飾りつけの道具はないんですか」
「いや、オマエたちはオマエたちの作業を続けてろ。パーティの主役に何時までも手伝わせてちゃぁ、カッコがつかねぇからな」
「えっと……」
「まぁ見てろ。オモシロイものを見せてやる」
パンっと耳に響く一つの拍手があった。
「……すごい」
「まぁこんなもんは朝飯前だわな。どうだ、これぐらいならオマエでも出来るようになるかもしれない。ちなみに天使のヤツは出来ないがな」
「ち、ちょっと、何故今それを伝える必要があるんですっ」
「さっきの仕返しだ」
文字通り、瞬きの間にというやつだった。部屋の四面には幕が引かれ要所を草花が彩る。天井の照明は暗くなりすぎない程度の間接照明に変わっていて、僕の用意した机にはクロスも敷かれている。僕達が準備したものには手を加えず、オーソドックスでありながら学園で行われる歓迎会の会場としては最上のものが用意されていた。
「驚くのも無理はない──だが、これに驚いているようじゃ出来るようになるにはまだ先だわな。さぁさっさと椅子を運べー、委員長たちが食べ物やら飲み物を持ってきたら始まるぞ」
「は、はい」
「ち、ちょっと待って下さいよ、まだ絵を描き終えてないですよー」
僕達の秘密だったかもしれない最初の共同作業はこうして終わっていった。
「では始めようか。ではまずブルート先生、挨拶をお願いします」
怠惰のクラスには僕を除いて十三名が在籍しているらしい。僕達が準備を手伝った会場には既に飲食物が運ばれ、現在総勢十二名で賑わいをみせている。
「あー、なんだ。タチと言う転校生が来た。少し変わり種だが──まぁ、その詳細は今から聞くこともあるだろうからオレの口からは伝えない。それでもソイツはいいヤツだ、オレが保障しよう。例のごとくオレは途中で抜けるが今日はスペシャルなゲストを呼んである──おい」
総勢十二名というのは僕と天使さんとブルートさんを加えているので、実質の級友の参加は九名になる。失礼ながら、正直に言えばこれほど集まってくれるとは思っていなかった。昼の授業のこともあったし、なによりここは怠惰のクラスだったから。
「天使です、どうぞよろしくお願いします」
(アレ? これ、紹介の順番失敗してるよね)
僕の現実逃避に似た思考すら吹き飛ばす、驚きと戸惑いと喜びとが混じった静かな熱気が会場を満たしていた。
この後に……、僕が挨拶をするのか──いやいや、弱気になるな今度こそ正真正銘の自己紹介なんだ、しっかりしろ。
「コイツもまた変わったことを始めようとしてるが、それはまた後の楽しみにしておけ。では紹介する──タチこっちに来い」
「……──タチと、言います。宜しくお願いします」
ようやく絞り出せた言葉は本当に最低限のもので、伝えたかったことの半分どころか、初めの部分すら言葉に出来ていなかった。そんな情けない挨拶であったにも関わらず、控えめな拍手が起こったのは素直に嬉しかった。当然、先程の熱気は幾分か冷めてしまったが……。
「じゃあ軽くオマエが挨拶したら始めるか」
「はい──……先程、先生が僕を変わり種と紹介しました。僕自身も正直、戸惑いの中にいます。簡単に言えば僕は怠惰の罪を背負っていないのかもしれません。僕にとってそれは七つある罪の内の一つであり、可能性です。皆さんと同じ気持ちを共有することは出来ないのかもしれませんが、僕は判断しなくてはいけません。僕の罪がどこにあるのか、それを知る為に僕はここにいます。皆さんにとっては迷惑なだけかもしれませんが、これから宜しくお願いします」
ブルートさんのおかげで、言おうと決めていたことは伝えられた──でも、どうやら失敗したらしい。
熱気は完全に冷め、重苦しい沈黙だけが会場を支配していた。
「タチさんはっ──前例のない困難に立ち向かおうとしています」
「……天使さん」
「私が天使見習いであるように、タチさんも学園生見習いと言えます。ですので天使様達の許可を頂いて、私天使が責任をもってタチさんをサポートすることになりました──転校生の天使です、どうぞよしなに」
どこかで詠嘆と言える声があがった──それは呟きと言える大きさだったが、まるで伝染するように次々に拡大していく。
「──それは天使様が毎日授業に来られるってことですかっ?」
「はい、出来れば」
「今日みたいにまた歌っていただけるんですかっ?」
「そうですね、ブルートさんが許せば歌いたいです」
「お……お食事をご一緒させて頂いてもいいのでしょうか?」
「その時はタチさんも一緒になりますが」
「おいっ、タチって言うの、やってくれたなっ」
「え、えっと……」
次々に称賛の声が上がり、僕の返答が追いつかない。
「よくやったぞー」
「はぁ」
そして、それはどれも好意的なもので、先程の重苦しい沈黙が懐かしくなるほどだった。
「はいはいはい、質問タイムも冷やかしも終了。……もうオマエ等、オレの段取り完全無視な。天使、オマエにはまた後って言ったし、タチ、オマエには軽くと言ったぞ。メインもサプライズも一気にやりやがって」
「先生、横やりは野暮ったいですよー」
「そうだ、天使様の話を聞かせてくれー」
「ウッサイッ、オマエ等っ。もう始める、知らん、乾っ杯ー」
「「かんぱーい」」
そうか、この場所はこういう場所なんだ──影を影と受け止め、光を疎むことなく見つめ続ける。
この場所に来たことを喜ぶことは決して出来ないけれど、それでもこの場所を嫌いになることは出来そうにない──そう思えた。
「ふぅー、何とか抜け出してきました」
「お疲れ様です、タチくん」
乾杯の音頭とともに始まった質問攻めからようやく解放された。
「それにしても天使さんの人気は凄まじいですね」
「そうですよ。そうなんですっ、あれが通常の天使様の扱いなんです。私自身未だに天使さん、なんて信じられませんし話すだけでドキドキします」
件の天使さんは──仕方なかったので置いてきた。
「そんなものなんですかね」
「委員長だって驚かれましたよね?」
「あ、ああ……何と言うべきか。恐れ多いと言えばいいのか、他にも相応しい言葉があるようにも思うが、何にせよ、このことが他のクラスに知れたら──ちょっとしたパニックになるかもしれないね」
「それ程ですかっ?」
「いやそれ程のことなんだよ。少なくとも、天使様が歌われることが伝われば廊下が埋まるかもしれないね」
恐るべし天使様の人気ぶり。
「ではやはり、あれは難しいですか」
「難しいだろうね」
「難しいでしょうね」
「ですから今日から私は皆さんと同じく同級生ですっ。気軽に天使さんとお呼び下さいっ」
「いえそれは……私たちにとって天使様は天使様ですから。ねぇ?」
「流石に天使さんとは」
「いいんじゃね、その方が親しみやすくて。天使さーん」
「かもな」
「ちょっとっ、男子っ。簡単に言ってるけど、他のクラスの人に何を言われて、されるのか考えときなさいよ」
「ああ、それもそうか」
「大丈ー夫です。いずれは全クラスで呼んで頂きますから」
「えっ、それはどういう事です? 天使様は他のクラスに行ってしまわれるのですかっ」
「そんなぁ……」
「いえそれはだから──」
「僕はいずれ後ろから刺されるのでしょうか?」
「否定出来ないのが悲しいね」
恐るべしと言うより、既に実害を想定すべき事柄なんですね……。
「今からでもなんとかならないですかね」
「それは天使さんが許さないでしょう。少なくとも私とタチくんは」
「君たちは──この短期間でそこまでの関係を築いたのかい? それは凄いな」
「いえ、私はまだなんとかなるかもしれませんが、タチくんは……」
「いや、その遠い目で見るのはやめてもらえます?」
「委員長も昼の授業の様子は見られたでしょう? 万事においてあの様子です」
「懐かれてるな」
いや委員長、そんなペットか何かみたいな言い方は流石にどうかと。
「僕には初対面の時からあの様でしたよ」
「──そうだな。現実的でありながら取り留めもない予想なら出来るかな」
「先程、似た話を天使さんとしましたね。僕達なりに──というかはほとんどサラさんがですが、天使さんという特別な立場が築き上げたものではないかと予想しました。委員長はどのような考えを?」
「いや、そっちは概ねそうなんじゃないかな」
「えーと、そっちとは?」
「僕が言いたかったのは反対さ。主語が逆──今のは僕たちが天使様に向ける感情の理由、では天使様がタチ君に向ける感情の理由は? そっちは話さなかったのかい?」
言われてみれば──何故か僕は、それを既に当然のことのように受け入れている。その理由は……
「是非聞きたいです、委員長の予想」
「いやそう改まれると恥ずかしいが、そうだな──では何故、皆が皆天使様を敬う? こういった集団生活の場で、真実等しく慕われる存在など希少と言うか存在し得ない。その理屈は想像出来るだろう」
「……ええ」
そうだ──あの時サラさんは何の躊躇いもなく、学園生全てが声を揃えて崇っていると言い切った。正直、比喩とまでは言わないが、誇張表現だと認識していた。それがもし、誇張ですらなく言葉通りの真実だとしたら……それは異常だ。
「もちろん彼女自身が慕うに値する人物であることには疑いはない。では何故か──それは僕たちに問題があるからさ」
「……問題ですか?」
「この学園では特別ではない、皆が抱えているもの。ここに来たばかりの生徒は例外なく──とは言えなくなったね。まぁ、そのことで心も体も一杯なんだ。それを時間をかけて癒していく場がこの学園なんだから当然さ。なら天使様とは何時出会う?」
「分かりました──歌ですね」
「そう──心と体が癒えてくるころに一度は触れるんだ。もちろん天使様だけでなく、他の先生方の場合もある。そうしてさらに少しずつ癒えていくんだ」
あの歌には人を癒す力があると──昼間に想像した思いはあながち間違いではなかったらしい。
「それが……この学園の制度」
「こればっかりは個々で差が出てくるけどね、概ねそうだと言ってもいい。だから、僕たちは天使様たちを信仰する。僕たちは天使様たちと向き合うのにそういう手順を踏むんだ──タチ君、今までに君以外は」
「それが理由、ですか?」
「ここからは本当に取り留めもない夢想の話だ──嬉しかったんじゃないかな。対等に話せる友人が出来たみたいで、君たちを見ているとそう思うよ」
心暖まる夢想に、始めの内に浮かびかけていた答えは既に遠くなり、霞に向こうに消えていた。
「僕にとってもこの学園で最初に出会った人でしたから──天使でしたけど」
「そう言えば君は初めに会った時から天使さんと呼んでいたけど、あれは」
「先生方ではなく、天使様のことだったんですね」
「えー、はい」
「ふっ、確かに先生の言う通りとびっきりの変わり種だな、君は」
「──あの、話の流れを切ってしまって申し訳ないんですが、先程から見えているあれは何かの間違いでしょうか? 僕には酒等に、酔っているようにも見えるのですが」
「なんでです、なんでなんです。天使さんって呼んで下さいよー」
「いえ、ですから私たちにとっては天使見習いであっても天使様には変わりなく」
「天使様、顔が赤くないか?」
「うーん、教壇の上にそれらしきものが見えないでもない」
「ちょっとそこっ、ちゃんと聞いてくれてますっ?」
「はいっ、間違いなくっ」
「なんで酒なんてあるんだよ」
「いやそういや前ん時もあったような」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょっ」
「酔ってるな」
「酔っていますね」
やっぱりかー。
「何でお酒なんてあるんですっ? そんなもの最初は──」
「いや実に困った先輩がウチにいてね」
心当たり、あるんですね……。
「いいんちょ~、助けて下さ~い」
「今日はこのあたりでお開きにしよう。君には天使様を任せてもいいかな?」
「はい」
「礼拝堂の場所は分かるね、そこに連れて行けば先生方の誰かが対応してくれるだろう」
「分かりました、行ってきます」
「おーい、皆今日はこのあたりで終わりにしよう。言いたいことや聞きたいことはまた今度でいいだろう?」
「「はいっ」」
満場一致の見事な即答だった。
「天使さん、今日は終わりみたいですよ。戻りましょう」
「ターチさんっ、今までどこに行ってたんですー。今ー、話が纏まりそうだったんですよ、協力して下さいよ」
いや全くそういった兆候は見れませんでしたよ。
「すいません、先程ブルートさんに呼ばれまして、お忙しいかもしれませんが礼拝堂まで案内してくれませんか?」
「うー──仕方ないですねー」
この後、滅茶苦茶ブルートさんに怒られたのは言うまでもない。




