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七罪の色(仮)  作者:
4/11

級友の誓い

 今では怠惰に過ごした日々を振り返ることが出来る。

 個々における時間の価値は等しく、正しく報われなければならない──

 この学園に来て僕は、僕を取り戻す事が出来た。

 善き行いには心躍る吉報を、悪しき行いには心沈む悲報を──

 この場所で培ったものをこの場所で芽吹かせたいと思うことは罪なのだろうか。

 報われるべき者に報酬を、資格無き者に制裁を──

 出来得る全てを捧げてきた。

 報酬とは美しき別離であり、制裁とは加速する孤独である──

 だからどうか許して欲しい。

 等価の時間など望める筈もない──


【僕等の罪は、怠惰なのだから…………】


「クルス君、おはよう」

「おはよーっす、委員長。目は覚めたんで準備したら行きます」

 今日もこの時間が続けばいい。

 違う、それだと言葉が悪い──利己的な行いに違いはないが、酷く利己的に過ぎ、その本質を見失っているかのようだ。

「ヨシ君、おはよう」

「もうそんな時間ですか。今日は調子がいいので顔を出してみます」

 唯、二言三言を交わすだけの触れ合いが僕等の罪を軽くする──そうして、幾らかのクラスメイトを見送った。

「メイ君、おはよう」

「いいんちょー、今日はすんごい眠いです」

 何も強制することはない。唯、触れ合う──それだけを続けてきた。

 クラスメイトも十三名に、いやタチ君を入れれば今では十四名になった。

「ハラ君、おはよう」

「ぅあーい……」

 初めは、それ等を意図していた訳ではない──僕自身、自分がお節介焼きだったと認識している。その認識は今もって現行のものだが、少し利己的な行いと化したと、自覚出来る程度にはいられている。

 あぁ……タチ君は大丈夫だとも、少しすれば自身の思う処に向かうだろう。

「ミナ君、おはよう」

「だいじょーぶでーす。流石に起きてますよー、委員長」

 それでも救われたから、認めてくれたから──この場所で、あの約束を最後まで果たしたい。

「テラト君、おはよう」

「お早うございます、委員長。今から昼飯でもと思っていたところです」

 今いる皆は、ほとんどの者が落ち着いてきている──……もうすぐだったから、少し焦ったのかもしれない。こんな僕だからこそ、あの場所にだけには向かえない──約束を交わしたあの人の元へは。

「……今更になって何故こんなことを思うのか。考えない様にしていた筈だった──」

 間違いない、タチ君のせいか。


「委員長っ、おはようございます」


 思考の間隙を突かれる形となって返事が遅れてしまった。

「委員長ひどいですよ、私の部屋を飛ばそうとしたでしょう?」

「すまない、昼はもう戻らないと判断していた」

「冗談です──すいません、私勝手に案内を。上手く……案内を出来ていたでしょうか?」

「いや僕の方こそ迷惑を掛けた。それに大丈夫だ、あの様子なら彼は心配ないだろう。案内した君が一番分かっているんじゃないか?」

「ええ、そうですね。でも良かったです、実は心配してました」

「君の行いは心配されるものではなく称賛されるものだ。自信を持てばいい」

「──これからどうされるんですか?」

「食事に向かった者たちと合流して、その後タチ君と改めて話をしてみようと思っている」

「なんで……、ですか……。────あっ、す、すいません、私っ」

 経験上、彼女はもうすぐにでも卒業出来得る資格があるように思う。十四名中、僕とタチ君を除けば恐らく一番に。

 その彼女が、何をもってこのように思いつめた顔をしているのか。その何かが解決されれば、卒業に一歩近づけるのではないかと僕は先を促す。

「いや構わない。何か心掛かりがあれば言うといい」

「……聞かせて下さい。もう、ウルスさんの部屋には行かないのですか?」

 そう、簡単ではないが解決出来ると僕は思っていた。


「何故……」


 今、君の口からその人の名前が出るんだ──。

「やっぱり委員長、少し変です。心配なんです──きっと、彼女の所に行かなくなった辺りから変わったと思うから」

「それでも何故……君が」

 不思議……でもないのか。彼女は既に卒業に近い、ならばその身の罪は既に相応に軽い。

「私何度か、といっても二回ですが、委員長とウルスさんが話しているのを見たことがあります。委員長は、ウルスさんとすごす時間を大切にしていたんだって知ってます」

「……ああ、きっと間違いないとも」

 その問いに、肯定する以外の応えを僕は知らない。

「だったらっ!」

「心配してくれてありがとう、……色々と事情が変わってしまったんだ」

 だけどその先は決めた事だから、約束だから応えられない。

「でも──」

「大丈夫だ、心配ない。不甲斐ないかもしれないが、まだ僕を委員長でいさせてくれ」

「──委員長は……もう」

「それもだ。君は僕の事など気にせず、自分の思うようにすごせばいい」

 きっと彼女は気付いてしまった。

「分かりましたと言いたいです──でも、やはり心配なんです」

「分かった。そうだな、いずれか少しでも落ち着けば顔を出すと約束しよう」

 今の僕が不確定な期間の約束をするのはひどく滑稽だろう。

「えと、はい、お願いします」

「ああ、了解した。ではこれからどうする、食堂に行こうと思うが君も来るかい?」

「いえ、今からだと少し遅いですし、これから私はタチさんを気にかけてみようと思います」

「それを何故と聞くのは無粋かな」

「そんな事ないです。今の話とは別に──私も、委員長のようにしてみたいと思って」

「分かった。では後一度だけ声を掛けて、その後は君に任せよう。何かあれば相談に来ればいい」

 それでも僕への気遣いが無い訳ではないだろうに──ありがとう。

「ありがとうございます。では失礼します」

「ああ」

 彼女は、もうすぐにでも卒業するだろう。何か一つ切っ掛けがあればいい。それがタチ君の決断と同じくするのなら、それはきっと素晴らしい事だ──それでもまだ、あの人の元には行けない。


 時間という制裁がいくら僕を裁くとしても──約束は、未だ遠い。



「あれ? 天使さん、誰かお待ちですか?」

 学生寮を出た先に待ちぼうけをくらい、小さく足を蹴り上げる彼女を見付けた。

「『あれ?』じゃないですよー。タチさんを待ってたんですっ」

「そうでしたか。えと、お待たせしてしまったみたいですいません」

「いえいえ、私の勝手ですからそんな謝らないで下さいな──それと、制服、お似合いです」

「そうですか? 有難うございます──唯、一つ問題が」

「なんでしょう?」

「実は──このネクタイをしなければならないんでしょうが、上手く出来ませんでした」

 今まで学ランだったからネクタイは必要なかった。それはいい訳にしかならないのかもしれないけど、出来ないものは出来ない。

「ですので、後で委員長に聞いてみようと思います」

「素晴らしい事です。衣服の乱れは心の乱れ、タチさんはよく分かっています。では私が──」

「ちょっと、待って」

 言い終わる頃には既にネクタイは彼女の手の中だった。

「待ちませーん。はい、ブレザー脱いで」

「いや、そもに自分で出来るようにならないと意味が──」

 今の所そこまで多くない人通りだが、ここは学生寮の正面だ。適正な場所と時間が他にいくらでもあると思う。

「だから、私が教えますって。はいっ」

「いや、それにこんな場所ではなく、どこかの個室かせめて教室の隅でひそかにしましょう」

 それを、既にやる気を十全に訴える目の前の彼女に、どうやって伝えるか──それが問題である。

「駄目ですよ、正そう思っていたならすぐ行動しましょう。それを知る私がここにいます──今は私の目にしか止まりませんでしたが、例えば教室に行くまでの間に誰かに見られるかもしれません。折角あなたが身嗜みを整えていたいというのであれば、等しく皆に示しましょう。身嗜みとはそういうものです」

「負けました、お願いします」

 駄目だ、正論過ぎて何も言い返せない。恐らく恥ずかしいからと言っても、恥ずかしい事などないと、このままこの場を離れることこそ恥ずかしいと返されるだろう。

「はいっ」

「はぁ……」

 頷き微笑む彼女は天使などでなく──伸ばせば触れてしまえそうな哲婦のようで、どこか懐かしささえ覚えた。


「──では、膝をついて立って下さい」


 彼女の背は特に高いわけではない。それでも手を伸ばせば、ネクタイを結ぶ程度問題ない筈だった。

「何故?」

「ほら、早くして下さい」

 肩を軽く叩きながら促す彼女に従い、膝立ち状態になる。

「これは?」

「いいですか、説明しながら結んでいきますのでしっかり見ていて下さい」

 彼女はそれが当然のように僕の背中に回り込む。

「まず右側にこの大きい方が来るように通して下さい。これはネクタイの長さによりますが、ここのネクタイだとこのくらいでいいかな」

 羽のような接触は唯優しくて──

「左右の長さを整えたら、こっちを上に重ねて一周──重なった所を押さえてこっちを下から通す」

 唯のそれだけで涙が溢れそうになるのは何故だろう──

「そして通した先を今度はこっちに通します──少し形を整えて、こっちの小さい方を引っ張りながらこの結びを上げれば完成です」

 天使の羽が実在するのなら、この優しさに包まれるかのような軽さをもって、空に至るのかもしれない。

「有難うございます」

「あっ、最後にまた形を見て、整えるのも忘れないで下さいね」

 僕の正面にまわりネクタイを確認した彼女は、そう言ってこの講習を終わらせた。

「分かりました」

「では、自分でやってみましょう」

 ああ……、この講習は自分で出来るまでこの場所で続くのか。

「では失礼して──こうして、回して通す。で、こっちにこうで整えてと──どうでしょう?」

「すごーい。すごいです、一回で出来てしまうなんてっ」

「ああ、いえ昔から教えられるのは得意でして」

「なんて言いますか、ずるいです。私は覚えるのに苦労した、気がするのに」

 安維……と、僕は習い事すら同じくしていたことを思い出す。

「すいません──よく、同じことを言われてました」

「その方の心中をお察します──では改めまして教室に行きましょうか」

 安維がピアノをしたいと言えばピアノ教室へ、僕が近くの道場に通いたいと言えば道場へ、その動機も通った期間も様々だったけれど、安維と比べればそのほとんどを上手くこなした。

「はい──ん? えー、それは天使さんも一緒に授業を受けるという意味ですか?」

「もちろんです」

「えーと、何と言いますか。天使さんの仕事と言うか、役割と言ったものの都合はいいのですか?」

「それはですね、私は現在天使見習いという立場にいまして、この学園で日々をすごすことが仕事と言うか役割と言うものになっています」

「それはつまり何も──」

「あーっ、それ以上はいけませんっ! あの、私が悲しみますよ……──仕方ないじゃないですか、何かお手伝いをと進言しても断られるんですっ」

 思い出したように科を作った後の反転攻勢は、彼女の性分がどちらに傾くかを如実に表しているようで微笑ましい──器用で、感情豊かな人だ。

「ではあの朝は散歩か何かで僕を見つけたんでしょうか?」

「はい。稀にですが塵が落ちてたりしますので、掃除を兼ねた散歩です」

「そうですか、それは良かった」

「なんですー、私なんて所詮は天使見習い、清掃作業にでも従事してろとでも言うんですか──ヒドイっ、スンッ、ぃー」

 何故自分で言っておいて本気で落ち込むんだこの人は……。

「違います。僕は天使さんが天使見習いだったから、訪れたこの学園で初めに出逢えた──それが天使さんでよかった、そういう事です」

「えへー、そうですかー。では希望にお応えして、私天使見習いの天使、タチさんの補佐役となります」

 敬礼でもしそうな勢いで宣言する天使さんだったが──補佐役?

「……えーと、そういった役職は現世での学園では非常に珍しい役職ですが、この学園では常識なのでしょうか?」

「そんなことないですよ。ですが、現世にも姉妹制度なるものがあると聞きます」

「いえ、それもかなり特殊と言える制度ですね──まさかそういった制度なんですかっ!?」

「私はそういったものがあると聞いた覚えがあるだけで、内実は知りません。ですので、その疑問には返答しかねますが、そのように難しく考えないで下さい」

 それはまた、偏った知識だと思う──この学園的に相応しいのか、相応しくないのかが微妙な所も問題だ。

「では一体どのようなものでしょう?」

「補佐役という名も相応しくないのかもしれません。唯私がタチさんの周りをウロウロするだけですので」

「それは何と言いますか、思い切った制度ですね」

「いえっ、今のは少し恥ずかしいですねっ。えーと、タチさんがお悩みであればご相談に伺います。タチさんが苦しんでおられるなら手を差し伸べます。そしてタチさんが喜びに触れているなら見守っています。そういう風に、これからすごしていきたいと思います」

 それは、きっと大変なことだ。昨日今日に出会った人間に対して出来ることではないし、それを享受する側は負い目すら感じるのでないか。

「その様なこと……」

「だから難しく考えないで下さい。四六時中付いて回る訳ではありません、こうして教室に向かったり、一緒に授業を受けたり、言わば私が常にタチさんのクラスメイトでいます。タチさんはこれからクラスを移動し続けるんですから、様々な問題が起こるでしょう。そのような時の変わらぬ友人、と認識していて下さい」

 故に聞きたい、その意図と意味を。

「何故です……──何故、そこまでよくしてくれるんでしょう?」

「以前お伝えしましたよね、私達は特殊だと。覚えている筈の者が覚えていない、覚えていない筈の者が覚えている。私達が丁度反対だったなら全てが上手くいっていたのかもしれません──他の天使様達は私によくして下さいます、不満を感じたことなど一度もありません。しかし私は天使ではありません、あくまで天使見習いとして扱われます。これからタチさんも、この霞のような疎外感を味わうかもしれません。もしかしたらのそんな時……私とお話しましょう、そしていつか私達の問題が解決することを祈り、誓いましょう。そんな風にいられたら、と思います」

 答えを聞いて尚浮かぶのは、天秤の傾き。

「……非常に有り難いお話です。僕はそれで救われることも多々にあるでしょう。ですが天使さんはそれでいいのでしょうか? 僕には君を救える知識も経験もない──君だけが救われないかもしれない、それでは僕が同意できない」

「タチさんは優しいですね。その優しさで私が救われるかもしれないと、そう言えれば──それはお伽噺みたいで素敵ですね。でも、ここではヴィオラさんをも説き伏せた私の計画をお話しましょう」

 彼女は微笑んでいた。憂いも憧憬もなく、純粋にそんな事があれば素敵だと言い切った──ならばその計画もきっと、


『……私達がお互いを必要としてるから、かな』


 何故今更それを思い出す?

「えとですね──欠けている私達はきっと、お互いを必要としているから。だから彼の近くで学んで、伝えて、そうすればお互いに欠けたものを取り戻せる気がするんです」

 と、そう伝えましたと彼女は言う。

「そ、その言葉の……根拠は?」

「根拠なんてありません。何となしにそうかな、と──それにですね、私の方の問題は時間が解決してくれるんです。ここに来たばかりの私に天使様達はこう言いました、『この場所ですごせば天使の何たるかは次第に身につく、その時──君の心も相応しいものとなるから心配はいらない』と。だから、タチさんがこの学園に来られなかったとしても、卒業してしまったとしても私の問題は解決するんです」

 今の会話を僕は上手く咀嚼出来ただろうか──思考が追いつかないのは、いつかの日に似た言葉を、他の誰かから聞けるとは露にも思っていなかったから。

「そう……なんですか?」

「はいっ──ですから何も気負うことなく、そして天使見習いとしてではなく友人として、この学園で共にすごしましょう」

 あぁ……──決めた。この学園ですごす間、この人には出来るだけの協力をしよう。僕に何が出来るか、彼女が何を必要とするのかは分からないけれど、それでも決めた。時間の許す限り彼女に尽くそう。それでやっと、この話は等価になり得ると僕は思う。

「分かりました、宜しくお願いします」

「はいっ、減点です」

「いきなり何でです?」

「私達は既に友人です。気の置けないとまでは言いませんが、もう少し肩の力を抜いてすごしましょう?」

「その、何ていうか慣れていなくて──少しずつ直していきます」

「……まさかとは思いますが、怠惰のクラスメイトさんにも現在の話し方をしたりしていませんよね?」

「えっと……」

「呆れました。タチさんの言葉遣いは恐らく正しいものです。ですがそれ以上に壁を作ります。私、知ってるんですよ、タチさんの本当の話し方っ」

 それがとても誇らしく、喜ばしいことであるかのように彼女は微笑む。

「何故そんな──」

「駄目でーす、今のタチさんには教えてあげませーん」

 その微笑みは浮かべたまま、彼女はやはり手を差し出す。

「天使さんにはどこかに連れられるばかりだ」

「ふふっ、今のは少し良かったかもしれません。では行きましょうか、授業が始まります」

 この先、この差し出す手が一度でも僕からになればいい──僕はそんなことを思いながら、この学園での最初の授業へと向かった。


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