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七罪の色(仮)  作者:
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3/11

罪というもの

「「失礼します」」

 礼拝堂の奥、生徒会室と書かれた部屋で、僕達は目的の人物に出会えた。

「お早う御座いますヴィオラさん、タチさんを連れて来ました」

「お早う御座います。ありがとう、天使さん──どうですか、少しは落ち着きましたか?」

 先日の厳格さは幾分か和らぎ、僕を気遣う言葉と温和な態度が見て取れるのに安心した。

「先日は失礼しました。出自不明の僕に心を砕いて頂き有難うございます。タチと申します」

「いえこちらこそ、配意が足りませんでした。ヴィオラと言います、ここでは傲慢の担当とこの学校の生徒会長の役に就いています。何かありましたら、私までお願いします」

 どうやら二度目の挨拶は問題なく終われたようだ。

 傲慢の担当と言う事はやはり、彼女も天使。昨日はシスターと言い表したけど、その見事な金髪と趣は天使さんとは異なる、一つの天使像とも言えたのかもしれない。

「では、早速になりますが怠惰クラスへの転入をお願いします」

「それは……天使さん?」

「はい、彼はもう大丈夫です。少なくともここで前向きにすごす意味と価値を知りました」

「そうですか。あなたが言うのなら信じましょう──ではタチ、貴方はこのまま怠惰のクラスに向かいなさい。担当天使のブルートが取り計らってくれるでしょう」

「はい、有難うございます」

「大丈夫です、そのように緊張することはありません。私たち天使も先生や生徒会役員といった役割がありますが、貴方方と同じく学徒でもあります。もう少し肩の力を抜いてから行きなさい」

「ヴィオラさんがそれを言ってもタチさんが緊張するだけですよっ──では行きましょう、タチさんっ」

「天使さん、あとはブルートに任せてここに残りなさい。タチ、天使さんが大丈夫と言ったからではありません。私が今ここで認めたのです、胸を張っていなさい」

「有難うございます。天使さんもここまでご迷惑をお掛けしました、助かりました」

「い、いえ私はそんなっ。えぇと、後ほどまた会いましょう」

 ここに残ることは想定外だったのだろうか、再開の約束は不確かなものとなったみたいだ。


「ええ、では行ってきます」


 部屋から出た僕は真っ直ぐに外を目指す。

 今はこの礼拝堂が、新鮮で輝いて見える──ようやく僕は、この学園の生徒になれた気がした。



「よう、オマエがタチか?」

 もう通学時間ということだろうか。少ないながら行き交う生徒に目をとられていた僕は、その気さくな声と笑みを見逃しかけた。

「──は、はい、タチと言います。ヴィオラさんの紹介で、怠惰クラス担当天使のブルートさんを探しています」

「おう、オレの事だな。話は聞いている、難儀だろうがまぁ気楽にやれや」

 失礼だとは思うけど、日曜大工の似合う頼もしい父親と、そう評していい風貌だ。

 天使さんやヴィオラさんが特別なのだろうか。共通な部分といえばその白い制服──天使さん達とものと対と言える筈だ。

「え、えぇ」

「──軽すぎたか? ヴィオラのヤツに脅かされたんだろうが、時間が許す限りのんびりやればいい。オレもオマエみたいなのは初めてだ、不備もあるかもしれないが許してくれ」

「い、いえ、こちらこそ宜しくお願いします」

「はっ、オレからすればオマエみたいなヤツは怠惰じゃねぇけどな。まぁ、他のヤツ等の考えることも分かるが──とりあえず行くか。すぐそこな訳だし、話の続きは教室で、な?」

 と、旧友を迎え入れるように肩を叩いた彼から窺えたのは、底抜けの信頼。

 前言を撤回しよう──この人も間違いなく天使なんだと思う。まだ天使さんとヴィオラさんにしか会ったことはないけれど、向けられた無償の善意が、皆暖かい。

「はい、お願いします」

「っと、その前に──少し、待ってろ。多分時間はあるだろうが、確認してくる。呼んだら入って来い」

 正直、とても緊張している。転校なんて経験はもちろんで、知人が一人もいない場所に出向いたことすら、経験が少ないんじゃないだろうか──僕という人間の矮小さが浮き彫りになりすぎる。

 転入生というのは皆、このような気持ちを抱えるものなのだろうか。そう言えば、天使さんは怠惰クラスなら危険や不安が少ないと言っていたけど、この緊張が無意味だったと後で振り返れるよう祈るばかりである。

(……信じてますよ、天使さん)

「おーい、入ってこい」

 数秒もしていないと思う、特に歓声が上がった様子もなかった。どうやらそういう場所ではないらしい。

 もしかして歓迎されていないのだろうか。ブルートさんの呼び声が聞こえたんだ、行かないわけにはいかない。怠惰のクラスか……。

「──はいっ」

 今から僕の学園生活が始まる。万感の思いと決意をもって教室の扉を開けた。

 

(誰もいないね…………──級友が)


 天使さーん、危険や不安が少ないってこういうことですかー。

 誰もいなければ危険も不安も無いですよねー。

「おい、どうした。そんなトコで突っ立ってないで適当に座ってくれ」

 この状況の説明的なものはないのだろうか。このままだと勝手に転入生気分で無駄に緊張しただけということになる。

「あの、質問してもいいですか?」

「おう、何でも聞いてくれや」

「今は始業時間にあたる時間ですか?」

「そうだ。聞いてなかったのか? 礼拝堂の鐘がなっただろ、あれが一日に三回、朝昼夕の区切りだ」

 確かにここに来る途中に鐘が鳴った。でも、たったの三回……?

「三回では学園の授業として成り立たないのではないですか?」

「あー、その変も説明しないとなぁ。いいか、現世と言えば分かるな? そこでの学園と同じとは考えなくていい。出席なんて誰も確認しないし、授業だって国語算数理科社会ってわけじゃない──もちろんそっちもしないわけじゃないがな」

「はぁ、そう……なんですか?」

「簡単に言や、教会の真似事やって学園の真似事やるってとこだ。その内というか、少なくとも午後の部からは通常営業だ。興味があるなら出ろ、実際に授業に出るのが一番早い」

 教会の真似事……か、こればっかりは経験してみるしかないな。

 ん、……興味があるなら?

「興味がないから今この場に誰もいないという事ですか?」

「オマエな、仮にもここは怠惰のクラスだ。朝の一番のこの時間に、人が集まる訳がないだろうよ」

 どうやら僕は、勝手に転入生気分で無駄に緊張しただけの間抜けらしい。

「怠惰……ですか。僕も含めてですが、ここにいる人達は何をもってその罪を認められ、この場所へ来るのですか?」

「それはまた……それこそが、この学園から卒業する鍵だ。それを自分で見つけ省みるんだよ。まぁ何でも聞けと言った手前、ヒントをやろう」

「お願いします──僕は出来るだけ早く、この学園を卒業したいと思っています」

「それは淋しいこって。ここに来る連中の罪は、現世で過去、現在、未来で持ち得る現世の法から弾かれた罪だ。生徒によってその経過は様々だが、現世でそう認識されたってことだ──ただし、七罪に属されるものって制限はあるがな」

「現世の法……それは法律という意味だけではないですよね? 秩序や人の有様のようなものも含まれると考えていいのでしょうか?」

「オマエは優等生だな。ただあまり考えすぎるなよ──聞いているぞ、ここに来てすぐ死を自覚して眠りについたと。いいかよく覚えとけ、ここでの肉体という部分は然程大事じゃねぇ。心が死んだ時、ここでは本当に死ぬぞ。それこそ何も残らず、この場所でも現世でさえ」

「なっ……!」

「スマン、どうやらおしゃべりが過ぎたらしい。あー……なんだ、今のは極端な話でこの場所で普通にすごせば、ほとんどが何事もなく卒業できる。まぁそれに悪いことばかりじゃない──ホレっ」

 衝撃を受ける僕に、なんでもない掛け声と共に僕に投げ渡されたのはあんぱんと牛乳。それだけなら何もおかしな事はない──ただ、僕が正気でいられているなら、ブルートさんの手から突然現れたように見えた。

「……今のは?」

「簡単に言や、忠実に思い描けるモノなら再現できるってトコか。まぁ条件も色々あるが、ここまで出来るようになるのはまだ先だから覚えておくくらいでいい」

「……そうですか。えーと、あとでいただきます」

「ちなみに飯も現世ほどの重要性はない。ただ現世での習慣ってのは大事だ、まぁ三食とは言わねぇが食べた方がいい」

「それは食べなくても生きていけるということですか?」

「究極的にはな。そこまでここに馴染んじまうのもどうかと思うがね──実際オマエ、今まで飯のことなんて頭になかったろ?」

 言われて顧みれば、少なくとも一日以上はご飯を食べていない筈だ。

「そう、ですね」

「そんな訳で、衣食住のうち衣食は解決した訳だ」

「ちょっと待って下さいっ、先程の死ぬっていうのは──」

「だから考えすぎるなって。特殊な環境ではあるが、現世と変わらず転んだら怪我をするかもしれないし、高い所から落ちたら死ぬかもしれないってだけだ──安心しろ、ここを早く出たいと言うオマエには縁のない話だ。他の生徒より難しいかもしれないが、出来るだけの助けはオレたち天使がしてやる。だから心配するな」

 天使である彼が言うのだから、その言葉は保障されるものなんだろう。だけど、僕には縁が無いというだけで、そういった事実が少なからずあるという証左とも言えるのではないだろうか……。

「……分かりました」

「ってな訳でだ、後はオマエの住む場所だな」

「いえ衣食住で言うのなら、衣という部分もまだかと」

「あー、そうか──こう言えば良かったな、必要なら自分の好きな服は自分で再現しろってこった。学園の制服は今から案内する学生寮に完備してあるし、別に今のままの格好でも問題はない。ホラ、解決だ」

 そう言えば聞こえはいいけど、そこに縋るしかない状況を作るこの学園は一種の……

「学生寮、ですか──」


「お、おはようございます」


 僕の思考と言葉は、控えめな乱入者によって遮られていた。

 ショートカットに大きめの目、整った顔立ちは先の天使達にも劣らない──綺麗な人なんだと思う。

「ああ、おはよう。丁度いい所に来てくれた、出来れば頼まれてくれないか?」

「はい、何でしょうか?」

 こちらを窺うような体勢であった彼女は、姿勢を正して即答していた。

「コイツ、転入生のタチだ。寮の案内を頼まれてくれないか?」

「宜しくお願いします、タチです」

 そんな使命感さえ感じる応答に対し雑な転入生の紹介だったのは、このクラスの気質なのだろうか。

「はい、よろしくお願いします。私はサラと言います。では先生、このまま案内すればいいでしょうか?」

「ああ、頼んだ。昼からの授業だが、ソイツはどうやら出たいらしい。そのつもりで頼む」

「えっ、は、はい、分かりました……。えーと、ではタチくんついて来て下さい」

「はい、お願いします」

 サラと名乗った、この学園で初めての同級生は、急な話に嫌な顔一つせず僕を導いてくれる。もしもこのクラスの生徒が、皆サラさんのようであるのなら──天使さんの言うように、この場所は危険や不安とは無縁な場所でないかと思えた。


「えと、お話しても大丈夫ですか?」

 暫し続いた沈黙を打ち破ったのは彼女だった。

「ええ、この学園に来たばかりですので右も左も分かりません。ですので色々と教えてもらえればと思います」

「はい、もちろん。私にお答え出来ることであればなんでも聞いて下さい。ですがその前に一つだけ、あの、大変失礼な話かもしれませんがタチくんは怠惰クラスの転入生なんですよね?」

 僕も会話の出だしをと考えていたが、先の言葉はそれ以前の何かを気遣うような言葉のように感じていた──一種の疎外感を感じた

「あー、なんて言えばいいのか……その、手続き上と言えばいいのかどうか分かりませんが、その上では今日から怠惰クラスに転入することになっています。けれど、君が聞きたいのはそういうことじゃないですよね?」

「えと、はい、そうです」

 ブルートさんに言わせれば僕は怠惰ではないらしい。おそらく彼女が聞きたいのはそういうことだろう。

「早速バレたみたいですけど、隠してるつもりはなかったんです。僕はどうやら特殊らしくて、自分の罪が分からない状態でこの場所に来てしまったらしいです。ブルートさん達曰く、僕はまず自身の罪を知らなければならない。だから総当たりでクラスに転入する予定でして、その最初のクラスが怠惰のクラスという流れです──これで伝わりますか?」

「そう……ですか。では短い間かもしれませんが、私たちはクラスメイトですね──改めましてよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、宜しくお願いします──それにしても、僕はそんなにも何かおかしいですか?」

「いえ、すごいなぁと思いまして」

「それは一体どういう意味でですか?」

「すいません、私! 複雑な事情がおありなのにすごいなんて──」

 猛烈な勢いで頭を下げる彼女にこちらが申し訳ない気持ちになる。言葉というのは難しい──彼女を責めるような言葉尻だったという理解は後に、自身の欲求だけが先行してしまった。

「いえいえ、別に気にしません。ただ、ブルートさんも会ってすぐの僕に『オマエみたいなヤツは違うだろう』と言うので、何か僕におかしな所があるのではと気になったんです」

「そう、ですか──他のクラスの方のことは分かりませんが、私たちのクラスに転入してくるということはタチくんのように……何と言うか能動的ではいられない筈なのです。私たちのクラスで、もしも今のタチくんのように振る舞えるのなら、その人はもう卒業に近いと思われます」

 怠惰という罪とはそういうことです、と。声の調子を落としながらも答えてくれた。

「僕は怠惰というクラスに相応しいのでしょうか? ──もしも相応しくないのであれば、早々であったとしても次のクラスへ行かなければ……」

「そうですねぇ──私のような若輩者ではタチくんの事情についてとやかく言うことは出来ませんが、委員長にも同じ話の内容を聞いてみてはどうでしょう? 博識な人です、何かアドバイスを貰えるかもしれません」

 彼女の言葉とブルートさんの言葉を鵜呑みにするのなら、僕はこのクラスの罪を負っていない。

 あともう一人、同じ言葉が聞けたなら──

「それはありがたいですね。時間が許すならば是非紹介して下さい」

「はい、分かりました。丁度学生寮にも着きましたし、時間も問題ないと思います」

 天使さんと慌ただしく駆けた渡り廊下を戻り、礼拝堂を背にする形で曲がればその建物はあった。先程から見えていたし、天使さんと行動している時にも目に入っていた──その建物は決して、その大きさを隠せるモノではない。

「大きい建物ですね」

「全学園の生徒がこの場所で過ごす訳ですからね。人が増え、必要となれば更に大きくなりますよ」

「今更驚きはしませんが、ここは不思議な所ですね」

「ええ、私も未だに新たな発見がある日々です。それでは簡単ではありますが建物を案内しますね」

 お願いします、と答えた僕は確かに言葉を紡いでいただろうか。

 学生寮の自動ドアを越えた僕は、学園の名には相応しくない程の清廉な施設の中にいた。学生寮というよりは企業ビルと呼べそうな外観は見えていたが、内部もその外観に劣らない。唯、詰屈とした筈の建物は、その高く続く吹きぬけのためか、拵えた装いのためか──清廉たる学生寮として成立していると言えた。

「これは……」

「この学生寮は基本的に一つの階に七つの罪が二部屋ずつ、合計十四の部屋で構成されています。その例外がこのエントランスホール兼、各クラスの集会所となるそれぞれの部屋七部屋です。え、あれ? 聞いてました?」

「すいません聞いています──ただ少し圧倒されてまして、綺麗な所だなと」

「私も先走ってしまって申し訳ない──そうですね。私には少し眩しいくらいに感じています。でも、ここからはおそらくタチくんには必要な事柄ですからしっかり聞いていて下さいね」

 そうだ、僕は圧倒されてばかりではいられない。この場所に少しでも早く順応していかないと──

「この階には各クラスの集会所があると、先程私は言いましたが、既に有名無実のものとなり一部の人間がそれぞれ私室として利用しています。本来の怠惰の転入生であればこのような気遣いは不要なのですが、何と言いますか──各クラスの一つ飛び出た人物がそれぞれに集まっています。なのでタチくんの場合いずれ必要かもしれませんが、名称通りの集会所と受け取って軽率な行動は避けた方がいいと思います」

「お気遣い有難うございます。えーと、それは例えば各クラス同士の仲が悪いというような要因からという認識で間違いないですか?」

「いえいえ、決してそういった意味ではありません。学園の行事で競い合うこともありますが、各クラスが真実反目し合うことは過去にありません。そういった部分も一般の現世での学園と変わらないと思います。クラスによっては集会所のような使われ方をする場合もありますが、基本的には私室と思って頂いて相違ありません。いきなり私室に、見知らぬ他人が入室してきて気分がいい人はいないと、今はその程度に思っていて下さい」

 成程、その通りだろう。その過程はどうであれ、現状私室となっているのであれば考慮はすべきだ。

「分かりました、気をつけます。ちなみにですが、怠惰ではどのような方が使われているかというのも聞かない方がいいのでしょうか?」

「いえいえ、私たちはクラスメイトなのですから是非聞いて下さい──と言っても、うちも同じようなものです。ウルスさんという方が長く私室として利用しています」

「えーと、この様なことを聞いてもいいのか分かりませんが、各クラスの一つ飛び出た人物とは一体どういう意味で捉えればいいのでしょう?」

「私も詳しい人となりは知りませんが共通点を挙げるのであれば、クラスを仕切っていたり、クラスの代表のような立場であったりする場合が多いです。うちの場合は、一番怠惰な人が使うというのが通例のようになっていたと聞いています」

「なっていた、ですか?」

「はい。私もここに来て少なくはない時間を過ごしてきましたが、それよりも遥か以前からあの部屋で過ごしているそうです」

 表情も声色も変わらなかったと思うけど、今のは……少し聞きすぎたのかもしれない。

「えと──そう言えば僕の部屋はどこになるのでしょう?」

「──そう言えば説明していませんでしたね。うちのクラスではまず委員長が、今の私のように転入生を案内するのです。必要であれば相部屋をし、ここでの生活を支えてくれます。そして必要ないような転入生であれば、現状の最上階に──委員長と同じ階の部屋に案内します」

 なんとか上手く話を変えられたと思いたい。

「ではその通例に習うのであれば、僕も委員長と話すのですね?」

「はい、タチくんの場合まず間違いなく相部屋は必要ありませんので、空いた時間でアドバイスを求めればいいと思います」

 着実に歩めているという自覚はある。ただそれでも、一番怠惰な人──もしも、委員長の言葉だけで足りないと思うのであれば、求めるその言葉に最も近いのはかの人に違いないと理解した。



「ここが委員長の部屋になります。会話の準備は問題ないですか?」

「はい、大丈夫です」

 ここまでの足取りも心も、幾らか軽くなっていた、これは事実だ。それでも、また一つ増えた光明に、心浮ついていた訳じゃない。

「では──委員長、転入生が来ましたのでここまで案内してきました。入ってもいいでしょうか?」

「お休みなのかもしれませんね」

 唯、ここまでに出会った人全てが、明るく親切で優しかっただけ──だからこそ僕は、この学園の本質を欠片も理解していなかったらしい。

「そ、そんな事は……委員長に限って──委員長失礼します、入りますよ」

「ちょっとっ──」

 先程私室について語っていた彼女の強引さに少し驚いたが、目に入った光景に僕は立ち尽くしていた。

 博識であり委員長を務め、話を聞く限りでは人格者であると想像に容易だった。もしもこれが、部屋が汚いであるとか体裁が筆舌に尽くし難いとかであればよかった。だが、開け放した部屋は整理整頓がなされ、その身なりも整えられていた。なのに彼は、まるで命題に挫折したかのように体が、心が、虚ろに佇んでいるようだった。

 一目で理解した、これが──


「……怠惰」


「委員長……、あのっ──」

「おはよう、サラ君。そちらは?」

 奇しくも重なった呟きと言葉は、今までの何事をも否定するような明瞭な意志をもった声色にかき消された。

「──転入生のタチくんです。以前聞かせてもらった転入生への案内は終わらせたつもりです」

「ありがとう助かったよ。えーとタチ君、僕はクラス委員長をやっているユウシだ、よろしく。突然の事で驚いていると思うが何か分からないこと、困ったことがあれば聞くといい」

 委員長の異常とも言える変貌に彼女は話を合わした。なら、僕もそうあるべきなんだと思う。少なくとも今は──。

「宜しくお願いします、タチです──では一つだけ聞かせて下さい、この学園についてやクラスについては天使さん達やサラさんに聞けました。ですが僕は特別らしく、罪を負いながらも自身が何の罪を負っているか分からないまま、この場所へ来た事に間違いないようです。大まかに言えば安全ということで、怠惰のクラスに転入という形になりましたが、僕はここに相応しいと思われますか?」

「あぁ……──君が少し眩しいよ」

 最後の方が聞き取れなかったけど、先程の虚ろな彼が一瞬顔を出して、息をつく間に消えた。


「委員、長……?」


 サラさんの表情は窺えないけれど、決して望ましいものであるとは思えない──ここは、早めに切り上げよう。

「えと、すいません突然お邪魔して迷惑だと自分でも思います。また後日、話を聞かせて下さい」

「いや構わない、失礼した──ここ最近疲れていてね、君が僕たちのクラスに相応しいかだよね?」

 何に疲れているかなんて今の僕には想像もつかない。だから今は、出来るだけ話を手早く終わるようにしよう。何も分からなくてもいい、この人はきっと僕に関われるほどの余裕が無い筈だ。

「はい」

「率直に言えば可能性は低いと思うよ。ただしね、一概にも言えない。罪を負ってここに来る転入生の中にはその身の奥深く、表面上は決して見えないような罪を負っている子がいる──実際にそういった部分で、今も悩む子が他のクラスにはいるんだ。そしてそれを判断するのが七石でありおそらく天使様たちになる。ブルート先生は何と?」

「『オマエみたいなヤツは怠惰じゃねぇ』と」

「では違う可能性が高いのかもしれない──んー、こういうのはどうだろう? 人伝に聞いただけでは、このクラスに転入した事にはならない。とにかく、僕たちのクラスに転入してこの学園で生活してみる。その期間は自分で判断するなり誰かに聞いてもいい。今の君の境遇で、それを君の歩むスピードで落ち着いて出来るのは、この怠惰のクラスが一番適していると僕は思うよ」

 今の応答は、正しく伝え聞いた委員長のそれだった。この人は頼りになり、信頼に値すると誰もが思う筈だ。

「この学園に馴染むことが出来て、自身の罪を確認出来るかもしれない。願ってもない最良の案だと思います──改めて宜しくお願いします」

「ああ、よろしく。では君は昼からの授業に参加してみるといい、いい経験が出来る」

「これから私はどうすればいいでしょう?」

 サラさんの窺うような問い掛けが、未だ予断は許されないのだと伝えていた。

「そうだな、君が良ければタチ君はこのまま君に任すよ。といっても彼の場合、もうほとんど心配することはないと思うから残る部屋案内だけしてくれればいい。僕はいつものように皆に声をかけて授業に向かうよ」

「はいっ──では行きましょう、タチさん。お部屋に案内します」

 返答は明瞭──彼女もそれに満足したのか、その声色は明るい。そして、その意図も意味も今の僕には理解が及ばないものだった。

 


「と言う訳でこちらです」

 別れの挨拶もそこそこに終わらせ、辿りついたのは廊下に出て正面の部屋だった。

「僕でいいのでしょうか?」

「えと、何がでしょう?」

 話には聞いていた、同じ階に住みながらサポートをしていると──だが、僕にそれ等の気遣いが必要だろうか? 他に必要としているクラスメイトがいるのではないか? とそんな思いに今は駆られる。

「なんと言えばいいか──僕よりもこの場所を必要としている人はいないのかな、と。少し失礼だったかもしれません、すいません」

「いえ……何故そう思ったんですか?」

 間違いなく、委員長のあの姿を見たからだ──あのような応答が出来る人でさえ、罪を背負っているのだから。

「いや、それは……」

「お願いします、正直に言って下さい」

 彼女は僕の答えに軽蔑するだろうか。彼女はきっと──

「委員長の様子が少し印象的だったので……委員長は大丈夫かもしれませんが、他のクラスメイトの方で、もっと悩んでいる人がいるかもしれないと」

「そう──見えましたか」

 彼に敬意ないし好意を抱いている。

「あの、」

「いいんです……、すいませんが私は少し用がありますので失礼します。いくらかすればお昼の鐘が鳴ります。それに合わせて教室に向かえば間違いなく午後の授業に出れますので、授業でまた会いましょう」

「はい、有難うございました、また」

 僕は丁寧に頭を下げた彼女に、気の利いた言葉一つかけられずに見送った。

 僕は彼女に何を伝えて、何を噤むべきだったんだろう──罪というものを目の当たりにした僕は、また新たな罪を生みだしただけなのかもしれない。



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