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七罪の色(仮)  作者:
2/11

寿ぎのない転入

「ナナツミノ、学園……? もしかしてですが、漢字で書くのなら数字の七に罪悪の罪ですか?」

「そうですよ」

 彼女の話とあの光景を照らし合わせると一つの答えが出ても可笑しくなかった。

 だけどその答えを口にすることが出来ない……信じたくない。

「そう、ですか……」

「転入生さん、転入生さんが思うような所とは少し違うと思いますよ」

 引く足取りの変化に気付いたのだろうか──歩く速さを、少し落とした彼女がそう呟いた。

「ご入学おめでとうございますと言うべき場所ではありませんが、それほど悪い場所でもないと、私は思います」

「では、ここはいったい」

「懺悔と更生の場、と他の天使様から伺いました」

「天使……」

「申し遅れました。私、天使見習いの天使といいます」

「え、と、僕の名前は館豊繁と言います」

「──えっ!?」

 処理するべき情報が多すぎて、会話が上手くいかなかったらしい。ここまでに聞くことのなかった彼女の声を聞いた。

「何か問題がありましたか?」

「あなた、名前──」


「天使さん、何かありましたか? 隣の──あなたは何ですか……?」


 彼女に手をひかれた僕は既に正門から遠く、その場所で新たな生徒に声をかけられた。

「ヴィオラさん、お早う御座います。えと、この方は正門で迷子になっていたそうで名前をタチトヨシゲさんと言うみたいです」

「名を……名乗ったのですか?」

 校舎と言うよりは礼拝堂と言うべき場所で立つ彼女には、生徒と言うよりシスターと呼ぶに相応しい厳格さがあった。

「はい確かに。私も驚いています、彼も天使こ──」

「いえ、そんな事はありえません」

「え、──と、」

 言葉を遮った彼女はおもむろに僕に近づき、例のネックレスを自身の眼前まで引き寄せた。

「貴方、この石は確かに貴方が身に着けていたものですか?」

「い、いつの間にかですが、そうです」

「悔い改め信じるものはありますか?」

「いや、き、急にそんな事言われましても……」

「貴方の名前は?」

「……館豊繁、です」

 その厳格さが衰えることはなかったが──それでも、彼女の厳格さというものが、ほんの少し間でしかないのかもしれないけれど揺れていたように見えた。

「解りました──少し困りましたね。天使さん」

「は、はい、何でしょう」

 そして彼女は、そんな心の動きを微塵も残さぬようにと、直ぐさに次の行動へと移っていく。

 それじゃ駄目だ、僕はまだ何も解っていない、今の問答に何の意味があったんだ──僕が知りたいのは、そんな事じゃないっ!


「すいませんっ! 一つだけお伺いしてもいいですか?」


 心に任せるままに声を出しただけだ──ただそれでもやっと、心の準備が出来たと思う。

「構いませんが」

 今と言う現状を受け入れる覚悟を。


「僕は帰れますか? 僕のいた場所に──あの日々にっ!」


 情けない──……。

 今僕が思い浮かべたあの日々は、いつでどこだ……。

 僕の心が弱いから……。

 受け入れた瞬間に心が折れた。

(──ごめんな、安維。……僕、死んだみたいだ……)

 僕の頬から落ちた涙と、崩れ落ちた膝が地に届いたのは同時で、さらに同じくして意識すらも闇へと落ちていった。


(豊ちゃんっ、豊ちゃんってば! しっかりしてっ、豊ちゃん!)

 落ちていった闇の中で懐かしい声が聞こえた気がした。



 ここは……。

 少し背中の辺りが痛いのと、左腕全体が痺れている。

『僕は帰れますか? 僕のいた場所に──あの日々にっ!』

 そうか、あの後意識を失ったのか、僕。

 ならば、このまま目を開ければ地獄の審判でも行われるのだろうか。


──……高い天井と、傍らに微睡の中の天使がいた。


 恐らく、あの礼拝堂の内部なのだろう。長椅子に寝かされた僕に、天使見習いの彼女が体を伏せていた。

「痛っ」

「あ、あれ、ごめんなさい。私眠っちゃったみたいで」

「いやこちらこそ、起こしてしまって」

「あ、体っ! 体は大丈夫ですかっ?」

「少し腕が痺れましたが、大丈夫です」

「違いますっ、そういう事ではなくて! いや、それも申し訳ないんですけど──……自己否定の思いは落ち着きましたか?」

「自己否定……」

「あーーっ、今は深く考えては駄目です。ですがこれだけは理解して下さい。タチさん、あなたは死んだ訳ではありません、あなたの思う帰れる場所に帰れる可能性もあります」

「僕は帰れるのかっ──!?」

「きゃっ」

「いっ──っ」

 縋り付くように起き上った僕の体は、心の動きにはついて来てくれなかった。

「そんなに慌てないで下さい。体と──心を休めながら私の話を聞いて下さい、これからの先の大切な指標となるものです。出来ますか?」

「──……ふぅ、申し訳ない、もう大丈夫です。これ以上の無様は晒しません」

 落ち着け、まだ全てを投げ出すには早いらしい。

「いえ、私はあなたの無様な姿など見ていませんよ。ただ、私の思慮が足りなかっただけ、申し訳なく思っています。ですからあなたの力になりたい」

「君の名前──名前ですが、天の使いで天使ですか?」

 僕の座る長椅子に、座りなおした彼女の微笑みがあまりにも──誰もが想像する天使そのもので、

「はい、その天使です。んー、ではこの学園での名前の役割からお伝えしましょう」

「天使さん、有難う」

 心が落ち着いた。この気安さと暖かさは、近い日々の中でさえ僕の隣にいた筈だ──彼の名前は、なんだったろう。

 ああ、そうだよな。

「ど、どうしたんですか、急に?」

「いえ、話の腰を折って申し訳ない。続きをお願いします」

 どの道あんな生活が続くはずなかった──友人と呼ぶべき人間の、名前すら憶えていない日々なんて。『悔い改め信じるもの』、か……。

「──それでは失礼しまして。まずこの学園に来られる方は、名前を憶えていません。言い方は様々ありますが、現世としましょうか。その現世と呼べる場所での唯一記憶が欠ける部分です。自身もですし、友人、家族ですら例外ではありません。ですから、この学園では罪ごとの担当天使が名をつけます。タチさんもお持ちになっているその七石を標として」

「でも僕は──忘れてない」

 両親におばさんやおじさん、そして安維の名前も。

「そうですね。だから私はあなたを新たな天使候補の方なのかと勘違いしてしまいました──どうやら私達は少し特殊みたいですね」

「私達、ですか?」

「天使候補らしい私は、本来タチさんのように自身の名前を憶えているそうです。ですが私の場合名前はおろか、現世の記憶すら曖昧でして。で、タチさんの場合ですと七石を持つからには転入生であり、この学園でその罪を懺悔し更生しなければならないとヴィオラさんが言っていました」

「まさかそうすれば」

「はい、その通りです。あなたの望みは叶えられるでしょう」


「──有難う、ございます」


 この学園については何も分かっていないし、現状把握も出来てはいないけれど、彼女が断言する可能性があるんだ──それが分かっただけでも、心が救われた気がした。

「ただし、少しの問題があります。タチさんの特殊性は記憶だけではありません。本来転入生はここに辿り着いて自然と自身の向かうべき校舎へと向かうのです。そして担当天使にある程度の説明と名を貰います」

「だったら僕もその担当天使の方と会えば」

「いえ、それは既にヴィオラさんが確認しています。結論を先に言ってしまいますと、あなたがここですごすべきクラスが決定出来ません」

「それは……一体どういう事ですか?」

 それが事実だとすれば、僕は名前の記憶の変わりに更生の場を失ってしまったということになる。

「この学園の名前を聞かれて、思うものはありませんでしたか?」

「……僕にだって七罪の一つや二つあると思う」

 七罪──人の欲望や感情の先にあるもの。

「やはりですか。この学園に転入してくるということは、七罪をその身に深くに宿す者──一つや二つというものではないのです」

「だから僕は迷っ……た?」

「はい。そして、その七石も特別と言えます。七石は持ち主の心を表す、言わば試金石と言えます。七罪には目安となる色があります。その色と、そしてその人の心の形を七石に映すのです」

「僕のこのネックレスにはそんなもの……」

「ですから、あなたはまず自身の罪が何処から来るのかを知らなくてはなりません」

「そう、ですか──この礼拝堂もですが、僕にとって七罪という考え方や文化に造詣がありません。少し、時間を頂きたいのですが?」

 見回した建物は当然見慣れたものでは無く、僕に少しの寂寥感をもたらす。

 少し時間が掛かるかもしれないけど、見つけよう──僕の罪を。何故こんなことに、と悲観には浸らない、浸れられない──これはきっと罰だから……。

「ですからっ、学校案内ですっ」

「えっ?」

「体はもう大丈夫ですか?」

「え、えぇ」

 彼女は跳ねるように立ち上がると、当然のように手を差し出した。

「では、行きましょう──続きは歩きながら、ですっ!」

「……お願いします」

 僕は差し出された手をなんとか握り返したけど、彼女と顔を見交わす事は……まだ出来ないみたいだ。情けないけれど、覚悟を決めたばかりだけど──いつかの誰かと、重ねて見てしまいそうで怖かった。



「それではタチさん、一つだけ約束して下さい」

 礼拝堂から出た彼女は、いきなり学校案内とは関係のない言葉を発した。

 そう何もかも上手く事は運ばないということだろうか。

「何でしょう?」

「そんなに畏まらなくても大丈夫です。またしても私の不手際です、申し訳ありません──えとですね、あなたの名前のことです」

「名前ですか?」

「はい、ここの学生さん達は自分の名前を覚えていません。ですから一定の名前を、私達天使から貰うんです。ですがタチさんは自分の名前を覚えている。覚えていること自体は悪いものではないのですが、覚えているからといってその一定から外れるのは恐らくあなたにとって不利益になる、とのヴィオラさんからの助言です」

「そうですか、では僕は何と名乗ればいいのでしょう?」

「ですから、『タチ』です。漢字も使わずただ『タチ』です。ここの学生さん達とお友達になれば分かる事ですが、皆さんそのように名を貰います」

「姓名ではなく、姓でも名でもない。そういうことですね?」

「はい、はいっ! その通りですっ、私説明に自信がなくて不安だったんですよ」

 うん、重要な部分を代名詞ですませてた──でも、どうなんだろう。会話の上では大して変わらないけど、その意味は変わってくるのだろうか。

「──何か破った際の罰はあるのですか?」

「ないと思いますよ。ヴィオラさんの言ですと、ここの生徒であり少しでも早く卒業──あ、卒業とはこの学園ではその罪を更生し終えるということです。早く卒業したいのであれば一刻も早くその罪を悔い改めなければならない。ならば極力この学園の規則に則った生活をするべきでしょう。ここはそのための学園なのですから、とのことです」

「分かりました、お気遣い有難うございます」

「それとですねー」

 んー、何と言うべきだろうか。天使には変わり得ないんだけど──女の子がしてはいけない顔をしていた。

「な、なんでしょう……?」

「私達っ、もう仲良しですよねっ?」

 あー、この流れは嫌な予感がする。

「いや、まだ出会って数日も経っていませんけどね」

「それはタチさんが気を失っていたからですっ」

 そう言えば、今はいつの何時だ?

「えっ──まさか僕、そんなにも長い間気を失ってたのでしょうか?」

「えーと、まだお伝えしていませんでしたがこの学園には現世のような正確な時間はありません。現世に似せた、朝昼晩があるだけです。それを踏まえて頂いてお伝えするなら、あなたがこの学園に来たのが朝の早い時間で、あなたが目を覚ましたのが次の朝の早い時間です」

 ということは丸一日僕の看病をしていたということなのだろうか……?

「申し訳ない、そして有難うございます」

「よろしー。では親睦も深まったことですし、お互いもう少し言葉を崩しませんか?」

「……いやそれでも数日も経っていないことには変わらないかと」

「よくなーい──寝食を共にすると言うでしょう? 私達はすでのその域まできている筈です」

 そろそろ僕が折れた方がいいのだろうか──いや、経験的には僕が折れた方がいい。

「いや、寝の部分は仕方ないとしても食はまだっ──」

「は・いっ! なら、まずは食堂に行きましょう?」

 あー、やっぱり怒ってしまった。

 悔やんでも、今はそれを謝ることも出来ない。なぜなら──

「ちょっと待ってっ──そんなに急がなくても」

「待ちませーん」

 僕達は礼拝堂から出た倍の速さで目的地に向かっているのだから。


 礼拝堂を左に出て少し奥へ行けば、目的と一瞬で分かる校舎が目につく。

 どうやらこの学園はあの礼拝堂を中心に様々な建物が建てられているらしい。

「到着ですっ。この校舎の一階部分の全てが食堂兼喫茶店です」

「一階、全てですか?」

 それだと相当大きな食堂となる。

 思い浮かんだのは、一度だけ安維と行った近くの大学の食堂。小中高のどの建物とも違う、独特の大きさと自由な雰囲気を感じたのを覚えている。

「はい、あと購買部も兼ねていますから必要なものがあればこちらで探して下さい。そして二階より上が部室棟となっています」

「部活動も行っているのですね」

「いやー、あまり正常なものは期待されない方がいいと思いますよ」

「そう、……ですか」

 そうか。曰く、七罪をその身に深くに宿す者が集まる、というなら僕もここで過ごしていくのにそれ相応の覚悟がいるのかもしれない。

「いや、それ程に覚悟を決めるものでもないですよ。言ってしまえばまともに活動している部活動など皆無だということです。なので、二階より上の校舎はほとんど使われていないという現状です」

「そういう事ですか。僕のようなはずれ者はこの様な場所で過ごすのがお似合いかもしれません」

 あれ? なら、僕はここでどうやってすごしていくんだ? 肝心のこれからの事を、まだ聞いていない気がする。

「はずれ者なんて言わないで下さい……先日も言いましたが、ここはおめでとうと言うべき場所ではありません。ですがここに来る方は、どこか傷つき疲弊した部分をこの場所で癒していくんです。だからきっとあなたも……」

「あぁ、今のは別に──……いえ、お気遣い痛み入ります」

 成程、彼女は天使の名に相応しい。

 何気ない冗談の欠片の本音に、真摯過ぎるほどに向き合ってくれる。

「いえいえ」

「では、僕は何処でこれから過ごしていくんでしょう?」

 僕はもう心配はいらないと、大丈夫だと伝わるように、明るく言葉を紡ぐ。

「こっちですっ! まずあなたが通うべきクラスを決めましょうっ」

「えっ? 決められないのではなかったのですか?」

 どうやら彼女にはこれで伝わったようで、僕達は再び駆けだす。

「決められないのなら、決めてしまえばいいんですよっ」

「いや、それはいいのでしょうかっ?」

 ここまでの彼女を見て来て、彼女に言葉に疑いはないが、不安は残る──端的に言えば先と同じ嫌な予感がある。

「この渡り廊下を真っすぐ行けばすぐですよー。覚悟を決めて下さーい」

「いやいや、それはどんな覚悟が必要なんでしょう」

「罪と向き合う覚悟ですっ──それと、気難しい同級生達と」

「ちょっと今っ──」

 今明らかに早口で不穏な言葉が聞こえた。

「でしたら私の提案を受けましょう。私は誤魔化されませんよー」

「それとこれとは話が別なのでは──っと」

 それでいてどうやら彼女の方が一枚上手らしい。

「着きましたよ」

「これは……」

 話を遮られたことも忘れ、その校舎を目の当たりにした。恐らく先程の校舎と大きく違わない校舎だけど、この場所はどこか違うように思える。

「この校舎の一階部分が皆さんの教室です。何処か惹かれる場所はありませんか?」

「いえ、入ってみないとなんとも」

「そうですよね、どうぞ。今の時間ですと、誰もいませんので何も気にせずにいて頂いて構いませんよ」

「一つ一つの教室が大きいですね、それでいて不思議とどこがどの教室か分かりますね」

 校舎内は、その学園の名が表すように七つ分の教室をもって僕を待ち構えていた。

「その感性は天使に近いものなんですけどね。やはり──うーん」

「そうですね、惹かれるもの……──すいません、やはり僕は自分の罪の向かうべき場所が分からない」

 僕は……迷い子のままだ

「そうですか──これはヴィオラさんからの提案です。あなたの心が落ち着いてからとのことでしたが、もう大丈夫でしょう。あなたはあなたの罪と向き合えるまで全てのクラスを周る、様々な困難があると思われますがこれが一番早い解決策であると」

「いいですね、お請けいたします」

 単純に言えば、総当たり──七つしかないんだ、いずれかは僕の収まるべき所に収まる。

「いや、その……よく考えて下さい。そうした案があるというだけで、それがどの程度の期間必要なものなのか、その判断を何をもってするのか、全てにおいて前例がない事柄です。今直ぐに答えをと、求めている訳ではないのですよ。それに危険とまでは言いませんが──少しの、衝突があるかもしれません」

「いえ大丈夫です、覚悟もあります。僕は少しでも早く帰りたい、その可能性があるなら掴みたい」

「それはあなた自身のためですか?」

「もちろんです」

「──忘れないで下さい。あなたもまた心を傷めた者なのですから」

「それは、……はい」

 心を傷めた者……それはきっとその通りだろう。

「ではですよ、そうと決まったなら転校する最初のクラスを決めなければなりません。もしあなたが決められないのであれば最初のクラスは私に決めさせて下さい」

 

 でも今はっ──今だけは、七つから一つの選択を。


 七つの僕の罪──

 彼女に、……対してだけは傲慢でいたこともあったと思う。

 彼女の存在に、嫉妬することもあった。

 彼女と、無茶な暴食まがいのこともした。

 色欲、……はまぁ男の子ですし。

 憤怒とまではいかないのかもしれないけど、彼女と喧嘩だってした。

 強欲にしても、彼女に対して無欲でいられたことなんてない。

 彼女と、過ごした日々には怠惰に似た甘さがあった。


 僕は……馬鹿か。


「決められない……まだ、今は」

 天使さんは大丈夫と言ってくれたけどこれだけは……あの日々は僕にとって必用なものだった。

 罪と言われてさえ思い浮かべるのは彼女の事柄だけ──もし、この思いにこそ罪があるとするならば僕は……。

「──そうですか。でわ、怠惰のクラスにしませんかっ?」

「はい……僕には丁度いいかもしれません」

 今はこの気遣いにすら、負い目を感じてしまう。

 怠惰……か、こうしてすぐに立ち止まってしまう僕にはお似合いかもしれない。

「いえいえ、決してそういう訳ではなくてですね。何といいますか、怠惰のクラスであれば他のクラスに比べて危険や不安が少ないと思われると思うんです」

「……ふっ、ははっ、すごく微妙な言い回しですね。ですが、そうですねせっかくですからお言葉に従いましょう。なにせ天使様のお言葉ですから、従わないわけにはいけません」

 僕はいつも……こうやって助けてもらってばかりだ。

 でもこの人が大丈夫だと言ってくれた、それにあの日々で彼女が待っている。だから──僕に出来ることをやろう。

「もうっ、からかっても誤魔化されませんからねっ」

「では怠惰のクラスに決めたとして、僕はこれから何をすればいいのでしょう?」

 それはいつかの日々と変わらないのかもしれない──僕に出来た事と言えば、彼女の声に答えることだけだったから。

「では早速となりますが、今日から転入しますか?」

「本当に早速ですね、ですがお願いします」

 彼女のいない今は…………少し視野を広げよう。それで足りないのであれば、見つけよう。

「今の時間ですと、もうヴィオラさんが礼拝堂にいると思います。起きたら一度連れて来るようにも言われていますので丁度いいですね」

「そうですか、僕もあの方とちゃんとした挨拶をしたいと思っていました」

 変わっていこう──それはいつかの日に決めた事。

「では行きましょう」

「ええっ」

 やはり彼女は手を差し出す。

 今度は自然に、その手を握れたと思う。

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