承武
「玥寧。この仕事、降りる気はないのか?」
翌日。野犬で深手を負ったことで、玥寧には荷の重い仕事だったのではと思った村長が彼女を家に呼び、訊ねた。
呼び出された玥寧は、時折筆を持つ手に痛みを感じながらも護符を書きつつ、そんな村長に対し飄々とした顔のままで応える。
「無いね。これは私の道士としての初仕事なんだ。それに前金貰っている以上、ここで降りたら残りの金も貰えないだろ?」
「この仕事を降りても、残りの金なら渡す。それよりも、これ以上お前を危険な目に遭わせるのは忍びない……」
玥寧は持っていた筆を置くと、深いため息を吐いて村長を挑むように見た。
「村長さま。心配してくれるのは有り難いんだけど、依頼を受けた以上最後までちゃんとやるよ」
「……玥寧」
「中途半端なことはしたくない。それに、今凄くわくわくしてるんだ」
にやりとほくそ笑む玥寧に対し、村長は深いため息を吐くしかなかった。こうなった以上、頑として譲らないのが玥寧だ。止めようとしても無駄だというは分かっていた。
「……せめて、誰かお前と一緒に仕事をしてくれるやつがいればなぁ」
「村長さま」
玥寧は机を両掌で強く叩く。その拍子に痺れるような痛みが右腕に走り抜けて思わず固まったが、すぐに村長の前に身を乗り出した。
「言っておくけど、誰の助けも借りる気はないからな。これは私が請け負った仕事で、私の初仕事なんだ。誰にも譲らない」
「……分かった。分かったよ玥寧」
村長は頭を抱え、そう言うしかなかった。
そんな村長とは裏腹に、玥寧の目はギラギラと輝き、不敵な笑みさえ浮かべて、書き終えた護符数枚を手に取り見つめる。
「今夜、勝負を決めてやる」
ぐふふ、と笑う玥寧のその背後に、ふと大きな影がかかった。
「何の勝負だって?」
突然背後から聞き覚えのある声がかかり、そちらを振り返るのと同時に村長が声を上げた。
「承武、帰ったのか」
「ただいま、爺さん」
承武と呼ばれた大柄な男は、持っていた大きい荷物と、彼の相棒でもある六尺棒を無造作に床に置く。
彼は村長の孫であり、棒術において若くして師範の座を務める、玥寧よりも二つ年上の幼馴染だ。突然の幼馴染の登場に、玥寧も驚いたあまり一瞬動きが止まっていた。
荷物を置いて肩の凝りをほぐすように肩と首を回した承武は、興味津々の顔で再度玥寧に訊ねる。
「で? なんの話してたんだ?」
「……別に。承武には関係ない」
玥寧はしれっと答えると、手早く護符を鞄の中に捻じ込む。そしてもう一度彼を振り返り、何も言わずに無造作に手を差し出した。それが何を意味しているのか、承武は理解している。理解はしているのだが、どことなく腑に落ちない。
「……お前さぁ、久し振りに帰って来たってのに、いきなりそれかよ。変わってねぇな」
「久し振りに帰って来たからだろ。それとも無いのか?」
「いや、ある」
「ん」
承武は慣れた様子ながら、渋々と大袋の中から小袋を取り出して玥寧に手渡した。玥寧は中を見るなり目を輝かせる。
「月餅だ!」
「お前、それ好きだろ?」
「好き好き! ありがとう!」
彼は出稼ぎから帰ってくれば、何かしら土産を欠かさずにくれるのだ。完全に当てにしているわけではないが、それでも期待はする。
見えない尻尾を振りながら、嬉しそうに椅子に座り直した玥寧は、隣に腰を下ろした承武に声をかける。
「今回はどこまで出稼ぎに出てたんだ?」
「南の方。帰りに、お前の実家にも顔出してきたぞ」
世話になっていたからと、わざわざ幼馴染の実家にまで挨拶に立ち寄る律義さは、子供の頃から変わらない。
母親の話になると、玥寧は途端に気まずそうな顔を浮かべた。
「……母様、元気にしてたか?」
「あぁ、元気だったぞ。近頃は玥寧から何の連絡もない、あの子は元気にしてるのかって怒ってもいたけど」
「……だよな」
近頃母親に連絡できていない。その後ろめたさはあった。
道士として何も仕事をしてないことが知られることが嫌だったのと、祖父の故郷に暮らしていることがバレることが面倒なことになりそうで、ここ一年は連絡をしていなかった。
「近々手紙書くことにするよ」
いつもなら出し渋る手紙だが、今回は久し振りにいい手紙が書けそうだ。何せ道士として初めての仕事をこなすのだから。
土産を貰った嬉しさ以上に、本人は隠しているつもりかもしれないが、滲み出る歓喜の雰囲気に承武が気付かないはずもなかった。
テーブルに肘を着き、顔を預けて玥寧の顔を覗き見る。
「何かいいことあったのか?」
「ん? まぁね」
「さっき護符みたいなの見えたけど?」
鞄を指さしながらそう言うと、玥寧は無意識にもぎゅっと鞄を握りしめて首を傾げた。
「は? 何言ってんだ? んなわけないだろ」
「……」
「承武、お前疲れてんだよ。長旅だったもんな。もう休んだ方がいい」
玥寧は笑いながらそう言うと、そそくさと荷物を掴み「土産ありがとな。じゃあ、また」と挨拶を手短に済ませて家路へと着く。
部屋の窓からそんな彼女の様子を、肘をついて見送った承武は、背後にいる祖父に声をかけた。
「爺さん」
「ん?」
「あいつ、嘘が年々下手になってるよな」
ボソッと漏らす言葉に、村長が頭を再び抱えたのは言うまでもない。




