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仙遷瑪  作者: 陰東 紅祢
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4/12

騒動

 自宅に帰り固い布団に潜り込んで眠った玥寧だったが、しばらくして空腹に目が覚める。


 のそりと体を起こして窓の外へ視線を向ければ、昼をだいぶ回った頃だろうか。玥寧は眠たい目を擦りながら寝床から起き上がり、残したままの食材を食べようと壺の蓋を開いた。しかしその瞬間、どこに潜んでいたのか一匹の野良猫が素早く駆け寄り、壺の中に残してあった魚の干物を咥えると、もの凄い勢いで家を飛び出して行く。


 寝起きで頭がうまく働いていないのと、電光石火の如き素早さに圧倒されて玥寧は俊敏に動きが取れなかった。が、それはほんの一瞬の出来事。傍にあった竹箒を握りしめ、家を飛び出す。


「こんの、泥棒猫! 食材返せっ!!」


 家を飛び出して早々、大きな声を上げると家の前を往来していた村民たちが驚いたように視線を向けてくる。しかし、玥寧はそんな視線に目もくれず、恨みの籠ったジト目で魚を持ち去った猫を探し回っていた。すると、すぐ傍の家から物が倒れる大きな音が聞こえ、玥寧は驚いてそちらに目を向ける。当然、周りの村民たちも一斉にそちらに目を向けた。


「そんなことを言われる筋合いはないっ!!」


 玥寧の家よりも少しだけ高い石段の上に建つ家のために、ここからでは何が起きているのかは見えない。だが、家人の男性は相当腹を立てているようで、その後も何事か叫び続けていた。


「……最近、どうしたのかしらね?」

「あんなに怒るような人じゃなかったのに」


 男の叫び声を聞いていた村民たちが、ひそひそと声を潜めて話す言葉が耳に入る。

 玥寧も不思議そうに家を見つめていた。

 あの家に住む男は非常に温厚で、これまであまり怒るようなことはなかった。ましてや、こんな風に声を荒らげて怒鳴り散らすようなことは聞いたことが無い。


 ――星漢(シンハン)のやつ、誰かと揉めたか?


 そう思いはするものの、根っから揉めごとや争いを好まない大人しい男だったはず。ここまで騒いで暴れるなど、よほど鼻持ちならないことがあったんだろう。人間だ。そう言うこともある。


「……それよりもまず、自分の飯を確保しなきゃ」


 玥寧は猫を追うことを諦め、家に戻って着替えると饅頭を買いに再び家を出た。

 こうして昼間、村の中を歩いている分には何の問題もない長閑な村だ。往来する人々たちは皆顔見知りだし、時折先ほどのような諍いが起きたとしても、すぐに何もなかったように静かになる。

 山間の村という事もあって、自然には恵まれていた。街ではおよそ見ないような絶景に包まれ、山からの湧き水は清らかで美味い。

 少し開けた場所で立ち止まると、頭上を鳶が鳴きながら飛び去っていく姿が見える。


 ――祖父さん、あんた本当にいい場所に住んでたんだな。


 一面に広がる、切り立った山々と緑の大地が一望できるこの場所が玥寧は大好きだった。その鼻先に、蒸したての饅頭の良い香りが掠めていく。


「饅頭、饅頭~」


 匂いにつられて、玥寧はそちらに足を向けると、村で唯一の店先で真っ白い饅頭の入った蒸籠が見え、数人の村民たちが並んでいる。


「おや、玥寧。ようやく饅頭が買える金が入ったのかい? 今回は収入が入るまで長かったみたいじゃないか」

「おばさん、分かってるなら一つまけてよ」


 白饅頭を三つ、肉包を二つに菜包を二つ頼んだ玥寧が、むっとした表情でそう言うと、店先のおばさんは「しょうがないねぇ」と言いながら、周りを見回して店の奥から肉みその詰められた小さな容器を持ってくると、それを差し出した。


「あげるのはあんただけにだよ。こっそり持って帰んな」

「おお! ありがとう!」


 冗談半分のつもりだった。それが思いがけず想像以上にいいものを貰うことができて玥寧の目が輝いた。

 山奥だけに、肉を仕入れるのは容易ではない。そんな貴重な肉みそを手に入れられて、ご満悦にならないわけがない。

 饅頭を入れた紙袋を手に、ほくほく顔で足取りも軽く家に戻って来ると、早速白饅頭に肉みそを乗せて頬張った。


「んん~~! 最高に美味い!」


 口中に広がる甘じょっぱさが、空腹の腹を存分に刺激する。この勢いに任せて、もう一つ手に取ろうとしてハタと止まった。


 ――いやいや、待て。勢いに任せて食ったら、また後で困ることになるな。今は一つで押さえておくか。


 日頃の倹約癖か、満たされ切らない腹ではあるが、饅頭を一つと水を飲み、昼の食事を終えた。


 ――畑の様子を見に行ってみるか。


 食事を終えた玥寧は、鞄を肩にかけて畑へと向かってみる。

 畑では、野菜の収穫がされていた。


「おはよう、子安」

「おお、玥寧」


 汗を流しながら傍に置いてあった籠の中に収穫した大量の野菜を入れている子安に声をかけると、彼は汗を拭いながらこちらを振り返る。見れば、他の村人たちもせっせと収穫に励んでいる姿が見て取れた。


「まだ固そうな実も獲るんだな?」


 玥寧は子安の足元にある籠の中を見つめながら呟く。


「あぁ。収穫には少し早くても、時間が経てば熟して食べ頃になる実は採ることにしたんだ。また野犬に食われでもしたら困るからな」


 当然と言えば当然のことだろう。これ以上荒らされでもすれば死活問題だ。子安も玥寧のような貧相な生活を余儀なくされる可能性は捨てきれない。


「今日の内に収穫できるものは収穫しようって話になってな。村中の皆で集めているところだ。ところで、昨日は野犬降りて来なかったんだな」


 子安は話しながら作業を続けた。

 玥寧の傍から少し離れた場所に植えられていた大根を見分け、頃合いのものだけを引き抜いて土を払い、玥寧の傍に置かれている籠の中に入れに来る。


「あぁ。人相の悪い案山子がいたからだろ」

「案山子……?」


 少し離れた場所で大根の葉を握りながら不思議そうな顔をして一瞬首を捻った子安は、じっとこちらを見てくる玥寧を見て、思い出したように笑い出した。


「お前か!」

「……笑う必要なくないか?」

「まさかお前が自分でそんな揶揄をするとはな」

「……」


 自分で言いだしたことではあるが、そこまで笑われては妙に腹が立ってくる。裏を返せば、子安は玥寧の人相が良くないと認めていると同じだという事になってくる。だからと言って、これ以上この話に取り合う気もなく、玥寧は深いため息を吐いた。


「仕事の邪魔して悪かったな。また日が暮れる頃に来るから」


 玥寧がそう言うと、子安は慌てて彼女を呼び止める。


「あぁ、玥寧。言っとくがお前、別に人相が悪いわけじゃないからな? 普通にしてれば可愛いんだぞ?」

「あ~、はいはい」


 玥寧は適当な返事を返し、その場を一度後にした。

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