星漢
二人は星漢の自宅を訪ねた。
何軒も似たような造りの家が建ち並ぶ内の一つが彼の家なのだが、他の家と比べてみても綺麗にされている。
「星漢は昔から綺麗好きだよなぁ」
家を見て、玥寧は感心したように呟く。
玄関前にはチリ一つ落ちていない。鉢植えの花も枯れることなく活き活きとしている。バケツなどの日用品は一つにまとめられ、家の隅にきちんと寄せられていた。
玄関先に立った時、玥寧は家の傍にロープを張って干してある洗濯物に目が向く。
「あれ?」
「どうした?」
「いや、この時間に洗濯物が干してあるの珍しいなと思って。あいつ、いつも昼過ぎに洗濯してたはずなんだよな」
玥寧が首を傾げた。
「昨日の取り込み忘れじゃねぇの?」
「そんなことする奴じゃないの、承武も知ってるだろ」
「まぁ、確かに」
毎日洗濯して皺にならないよう干し、夕方には取り込む。その姿を見てきているだけに、取り込み忘れをするような人間ではない。
「体調が悪いとかかもな?」
珍しいこともあるものだと思いながら、星漢の体調が悪いのかもしれないと思うと、心配になった承武は玄関のドアをノックする。だが、シン……と静まり返り、出てくる様子はなかった。
「星漢ー! いないのかー?」
扉を開けず、声をかけてみたがやはり反応はない。人が動いているような気配もなく、いよいよ本格的に体調が優れず寝込んでいるか倒れているのでは、と思い承武は玄関のドアノブに手をかけた。すると、扉はすんなりと開いてしまう。それには玥寧も承武も驚いたように顔を見合わせた。
「戸締りしてない……」
「入るぞ!」
いつもとは違う様子に、慌てて扉を開き中に入った。
玄関先も特に何かがあったわけでもなく、いつも通りの綺麗な空間が広がっている。
承武は無遠慮にも家の中に入り、星漢の姿を探し始める。
「星漢! いるのか?」
そこまで大きな家ではない。二間ある部屋の一つに立ち入ろうと、部屋の入り口にぶら下げられていた布に手をかけた瞬間、声がかかった。
「承武?」
聞き慣れたその声に振り返ると、星漢が困ったような顔で姿を見せる。どうやら、奥の部屋から慌てて出てきたようだった。その姿を見た瞬間、承武はホッと胸を撫で下ろす。
「いるじゃねぇか……。呼んでも出てこねぇから、ぶっ倒れてんのかと思ったぞ」
「……あ、うん。ごめん」
星漢は申し訳なさそうに視線を下げ、ぼそぼそと小声で謝りながら、指先で服を揉んでいる。
背を丸め込み、自信がなさそうな星漢。身長は平均並みで、顔立ちはどちらかと言えば好みが分かれてしまう平凡さがある。
「承武、いつ村に戻ってきたの?」
「三日前だ。色々あって遅くなったけど、土産持って来たから渡しに来たんだ。半分は玥寧に持ってかれたけど」
そう言いながら箱を差し出すと、星漢は躊躇いながら受け取る。
「ありがとう。ユ、玥寧は相変わらずだね」
へらっと笑う様子を見は、いつもと変わらない。
「お前、洗濯物干しっぱなしだったぞ」
「え? あ、そうだ。忘れてた」
玥寧が外を指さしながらそう言うと、星漢はまるで初めて気が付いたように顔を上げ、僅かに狼狽え始めた。
今までこんな反応をするような奴だっただろうか?
玥寧は首を傾げる。そして承武も何か様子がおかしいことに眉間に皺を寄せた。
「……体調が悪いわけじゃねぇんだな?」
「体調? 悪くないよ、全然、元気だし」
星漢はそう言うと、僅かに視線をそらしながら長くなった前髪の先を指先でいじった。
「何か手伝うか?」
玥寧がそう訊ねると、星漢は戸惑ったように視線を彷徨わせ、小さく首を横に振った。
「だ、大丈夫だよ」
「……」
視線を合わせない星漢に、玥寧はふと彼の背後に目が向いた。
どこを見ても完璧なほど掃除も整理もされ尽くしている部屋だと言うのに、彼の奥に僅かに見える部屋は色々なものが散乱している。
――何か変だ。
玥寧はじっと星漢の顔を見る。
よく見れば顔色があまり良くない。痩せたというよりもこけていると言った方が正しい顔をしていた。唇も乾燥しているようだし、何より落ち着きがない。目もどことなく濁っているように見えるし、落ち窪みかけているようにも見える。
「……なぁ、星漢。数日前、突然怒鳴り散らしてたこと、あったよな?」
「え?」
玥寧の言葉に、驚いたように顔を上げて振り向く。
窓から差し込む太陽の光に照らされた彼の顔は、いつも見ている顔とはやはり少し違って見える。
「何かあったのか?」
「べ、別に、何もないよ。そ、それに怒鳴ってなんかないし」
「……」
星漢はすぐに顔を俯け、そわそわとし始める。
玥寧は目を細めて彼の挙動を訝し気に見つめた。
「い、今すごく忙しいんだ。お、お客さんが来てるから、もう帰ってくれないか」
玥寧と承武以外に客人が来ている様子はない。だが星漢はそう言って二人を追い出そうとしていることだけはハッキリと分かった。
「……分かった。じゃあまた来るわ」
承武も異変を覚えながらそう言うと、二人は星漢の家を後にした。




