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⑧父

「父様……」

 遠くから近付く父の神気に気付き、綾羅は思わず明黄色の袖をぎゅっと握り締めた。その指を優しく解いて手を取り、椅子へと座らせると、黄龍は囁く。

「綾羅はここに居よ」

 黄龍は不安げな表情の綾羅に背を向け部屋を後にする。

 目を閉じ、すうと一呼吸して全身に神気を巡らせると、先程までとは打って変わって眼差しを鋭くし、徐に御殿を出る。

 そこには、怒りに満ち満ちたオオノ神が、沸き立つ神気も露わに仁王立ちしていた。

「そこを退け!!!」

(まが)つ神とならん勢いの御前を通す訳にはゆかぬ。まずは話を聞け」

「うるさい!!! 綾羅を返せ!!! 綾羅っ、綾羅あああぁ!!!」

 拳を振りかざして襲い来るオオノ神の一撃を、黄龍は掌で軽く受け流す。

「今の御前では私には勝てぬ。いいから、とにかく話を……」

「父様、ごめんなさい」

 余りにも荒ぶる父の神気に居ても立ってもいられず、綾羅が姿を見せた――慌てて身に着けた様子の上衣に帔巾、寝乱れた衣、何時ものようには整っていない髪、それと、涙の、跡。

 一目でオオノ神は正気を失い、荒ぶる狼と化した。

 牙を、敵意を剥き出し唸って飛び掛かってくる狼に黄龍は身構える――が、狼は寸前で黄龍の身を飛び越えて背後へと駆け、その大きな口中に己が娘を攫って姿を消した。 

 黄龍はそれを追うでもなく、何事もなかったかのように冷静に、ただ、空を仰いで狼の消えた方角を眺めやる。

「捕らえますか?」

 上から声が降る――三本足の(からす)が、何時の間にか梢に止まっている。

 いや、と涼やかな声が応える。

「天狼将軍は娘を迎えに参ったに過ぎぬ」

 黄龍はすっと手を上げ、尖らせた爪の先で中空に文字をすらすらと書く――まるで其処に紙があるかのように書き終える……と同時に、実体を持つ巻物が現れた。手ずからくるくると巻いて紐で封印を施すと、烏に向かって投げ上げる。

「サクヤへ届けよ」

 器用に趾足(しそく)で巻物を受け止め、烏は短く、は、と応えた。ぴょ、ぴょんと跳ねて向きを変え、飛び去ろうとする背に、それから、と声が掛けられる。

「天狼の当面の職務は御前が兼任せよ」

 一瞬、うげ、と出そうになった声を飲み込んで、代わりに再度、は、と応え、烏は光を残して飛び去った。

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