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⑦鱗

 鳥の(さえず)りがいつもと違う――夢の出口で綾羅はぼんやりと考えた。

 誰かの影が覆いかぶさって来る気配に眠い瞼を半分開く……良く知っているような、初めて感じるような、心地良い香りをすぅと吸い込む。

「お香を変えたのぉ……? お母さまぁ……とってもいい香り……」

 〝早く起きなさい〟の声が掛けられる筈……なのに、影は小さく笑い、綾羅の髪を撫でる。

 瞬きをしてから見開いた瞳に映されたのは、少し可笑しそうに笑う黄龍の顔。その余りの美々しさに見惚れながら、昨夜の夢のような出来事を思い出す。

「目が覚めたか?」

 とても嬉しいのに恥ずかしくて、照れて顔を半分、布団で隠して綾羅はこくんと頷いた。やがて、昨夜を過ごした寝台の上でもぞもぞと身を起こし、隣に座す黄龍に寄り添い、肩へ頭を預ける。

 気だるい心地良さにぼんやりとしながら、少し俯いて綾羅は乱れた髪を手で整えた。その動きでゆると空気が動き香りが舞う。

 あ、と声を上げ、綾羅は黄龍の首元に顔を埋めた。

 黄龍様の香だわ……神界に遍く満ちている御力の……源……

 衣ごしでも分かる逞しい胸、力強く脈打つ鼓動、己が身を包む腕の熱――どくん。

 昨夜とは違う胸の高鳴りに綾羅は戸惑い、身を固くした。

 兄の、父の腕の中とは全く違う。

 どこがどう違うのかは分からないまま濃い香に呑み込まれ、綾羅は水面から顔を出すようにして黄龍を見上げた。

 潤んだ琥珀色の瞳に、濃くなる甘やかな香に誘われ、互いの顔が引き寄せられ……唇が触れる……

 寸前。

 ぴくり、黄龍の眉が動いた。

 綾羅の肩に両手を置いて少し離すと、黄龍は窓の方へと目をやる。綾羅もまた同じ方向へと視線をやり、外から差す蒼い光に目を細めた。その眩さに我に返り、あの、と口を開く。

「また会って……くれますか……? 私……御召の声がかかったら、何を置いても飛んで……」

 いや、という否定の言葉に、綾羅は、やっぱりそうよね、と心で呟き、俯く。

「綾羅は今よりこの城に住まうのであるから、いつでも会えよう」

「えっ!?」

 思わず高い声を上げ、綾羅は目を見開いて黄龍の顔を見た。

 黄龍は悠然とした笑みを湛えて両手で綾羅の細い手を取り、大事そうに包み込む。

永久(とわ)に我が隣に居るのであろう?」

 昨夜、自分が目を輝かせて語った言葉――想い神の声でそのまま返された響きは耳に届いて心を震わせる。胸の内に満ちてあふれた幸せが涙となって目からぽろぽろ零れて落ちる。

「居て……いいの……?」

 確かな頷きを返して黄龍は、ああ、と答える。

「御前を永久に守護すると約そう」

 零れる涙もそのままに綾羅は喜びにその身を震わせる。

 幾度となく己が身に打ち寄せる幸せの波に溺れ、紅潮した頬が涙に濡れる。

 黄龍はその整った指先で涙を拭うと、綾羅の髪をそっと掻き分け、その細い肩に顔を埋めた。首の後ろに唇が寄せられる……這う唇は一瞬の熱を残してすぐに離される。

 綾羅は早鐘を打つ鼓動を感じながら目を閉じ、黄龍の吐息を耳朶に感じてぴくり、身を震わせた。

 嬉しいのに何だか怖いような、不思議な感覚を持ちながら、綾羅は熱い抱擁を待つ……その間に、うなじの違和感に気付き、そっと、指を伸ばし、触れる。

 硬くて小さい何かが、生えているような感触――そこからは黄龍の力を強く感じる。

 目を開けると、黄龍が笑みながら腕を伸ばし、両掌で頬を撫でた。未だ乾かぬ涙を再度拭うと、寝台を下り、こちらへおいで、と両腕を開く。

 照れながらもおずおずと側近くへと寄ってきた綾羅を迎え入れると、そのまま抱き上げて移動し、鏡台の前に下ろして袖鏡を左右に開いた。髪を肩の片側へと纏め寄せて、首の後ろを鏡に映して見せる。

 そこには小さな、黄金色(きん)の鱗が生えている。

「これは約束の証」

 ぼんやりとした瞳で鏡を眺め、綾羅は黙り込んでしまう。

「……宝玉の方が、良かったか? ならば後で……」

 いいえ、と振り返る微笑みはあどけない娘のそれではなく、幸せに満たされた、大人びたものであった。

「綾羅はなぁんにも要りません。ほんの一部だけでも、黄龍様と同じになれて、あんまりにも嬉しくって……」

 そうか、と、安堵の色を浮かべる黄龍と微笑み合う……だが、不意に、綾羅の表情が曇った。

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