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⑥王華と金烏

 低い唸り声を上げ、毛を逆立てながら去って行く父の姿に、王華も慌てて狼へと姿を変える……一歩踏み出そうとした所で、首根っこを上から押さえられた。そのまま猫のように持ち上げられ、呆れ顔をしたヤタノ神と向き合う形になる。

「おイおイ、オマエにはまだ任務がある。一族の大事は長に任せておけ」

 とても落ち着かない体勢に、王華はきゅいんきゅいんと鳴き声を上げて手足をばたつかせた。分かったとばかりに首を縦に振ると、ようやく解放され地面へと落とされる。神身へと戻ると四つん這いのまま、非難するような目で軽く睨み上げた。

「ったく……フツーなら懲罰モンだぞ、アイツも……オマエも」

「えっ? 僕も……ですか?」

 立ち上がりざまに、王華は落ちていた龍の人形を片手で拾い上げた。もう片方の手で衣に着いた土を払いながら、心外な風に小首を傾げる。

「オマエの持ち場は、ホントなら今は軍幕の中だ。だぁれも見てねェからって、任務中に髪まで解いてぼーっと歩いてんじゃねえよ。アイツがもし魍魎の親玉なら、オマエの細っこい神身(カラダ)なんか喰われっちまってる所だ」

 ヤタノ神は言いながら王華の両肩に手を置き、くるりと背を向けさせた。戸惑い、振り返ろうとする王華の頭をぐいと前向かせ、じっとしてろ、と囁く。はい、と王華は大人しくそれに従う。

 ヤタノ神は手櫛で銀色の柔らかな髪を軽く梳くと、整えながら持ち上げて高い位置に手で固定し、紐で縛り上げた。慣れた手付きで髪をくるくると捻じりながら纏めると、神力で造り出した黒い簪を掌から出現させ、髪に刺して固定する。

 ぽん、と王華の頭を軽く叩いて、まァ、とヤタノ神は続ける。

「オレの結界でんなこたぁさせねェけどな」

 己の行動が軽率であったと思い知らされ、王華はしゅんとして項垂れた。

「はい……申し訳……ありませんでした……」

「いいから、持ち場へ戻って身支度しろ。でなきゃアイツまで懲罰モンになるぞ」

 そう言われ顔だけで振り返る――薄い茶色の縮毛をきちんと総髪に纏め、すっかり準備の整った様子の熊威が少し離れた場所から、真っ直ぐこちらに視線を注いでいる。無表情に見えるが、長年の付き合いから心配している事が解る。

「あっ、熊威、ごめん! 僕もう戻るから!!」

 王華は慌てて踵を返して走り出す。途中で足を止め、振り返って大きな動作で一礼をした。

「ヤタ様、ありがとうございました!!!」

 以後気を付けますぅ~! と言いながら駆けて行く王華を眩しそうに眺めながら、ヤタノ神は笑んでその姿が見えなくなるまで見守る。

「おい、何があった?」

 王華と入れ違いにこちらへやって来た男が声を掛ける。艶やかな黒髪を結い上げ、黒漆の冠でまとめている男は、黒目の中心が放射状に白く傷ついているように見える。その身に纏う黒い軍衣の肩口には、銀糸で飛雲の刺繍が成されている。

「まァ……アイツの親父が様子見に来ただけだ」

 オオノ神の神力から溢れる怒気に気付かぬ筈は無いのだが、そう(うそぶ)くヤタノ神に、男は冷ややかに、ふん、と鼻で返事を返す。

「甘っちょろい小坊主と遊んでないで、お前もそろそろ戻れよ。その間に兵どもを静かにさせておく」

「へーへー、頼んだぜ、夜鳥(ぬえ)

 夜鳥と呼ばれた男はヤタノ神に背を向け、解ったとばかりに右手を上げ去って行く。

 その背を見送ると、ヤタノ神は一度だけゆっくりと瞬き……それから空を見上げて肩の烏を天高く羽ばたかせた。

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