第9話 受付係と危険人物
受付が行われている怪しげな集団に占拠されたロビーは人いきれとコートの湿った匂いで、暖房が追いついていなかった。
「皆さん!ここで当部隊西園寺大尉によるストリッ……フゲ!」
そこまでアメリアが言ったところでかなめは、目の前に積まれた同人誌を一冊丸めて叩いた。
かなめは慣れた手つきで次にアメリアを引きずり下ろし、しゃがみ込んだ頭を見てヘッドロックをかけた。
女子プロレス顔負けの連続技に、観衆は盛り上がった。
「ナイスよ……かなめちゃん。その反応を待っていたの……ちょっとくるしいけど……掴みはOK !」
首を締め上げられながらにんまりと笑うアメリアに身体を張るにもほどがあるというような顔をしてかなめの腕の力が抜けた。アメリアは器用にそこを抜け出し手をたたいて観客に向き直った。
「それでは皆さん!では受付を開始します!」
まるで何事も無かったかのようにアメリアはそう言うと彼女の体を張った芸に感心する知り合い達に愛想笑いを浮かべながら手を広げた。いつの間にか受付と書かれたテーブルに座っていたカウラが準備を済ませて先頭に立っていたアメリアの知り合いらしい無精髭の男から札を受け取った。
「それでは鑑賞料は五百円になります。……それじゃあこれがお釣りで……」
準備が念入りだったわりにカウラはこういう客を相手にするのは苦手らしくなんともぎこちない感じで受付をしていた。時々、5円玉と50円玉を間違えたり、釣りとして札を出す時に一枚多く出したりと逆に客の方が気を遣うありさまだった。
見かねた誠がカウラの隣に立ってその手にした小銭が間違っているたびに声をかけると、カウラは恥ずかしそうにうなずいて受付を続けた。
だが、一部の熱い視線が彼女に注がれているのが、そう言うことには疎い誠にもすぐに分かった。携帯端末のカメラの照準がかなめ達に向かうたびにかなめは無言で安全装置のない拳銃に指を添えるふりをした。
どう見ても不愛想で、愛想笑いの一つも出ない。そして丁寧な言葉を話すのに慣れていないカウラの姿が一部のコアなアニメオタクたちの『萌え』に火をつけてしまったのだろう。明らかにメタボで美少女のプリントされたなにがしかのグッズをバッグなどにつけている彼等の釣り銭の受け渡しを見つめる目が、値札ではなくカウラの指先を追っていた。誠はここに菰田達『ヒンヌー教団』とは別のカウラのファンクラブが結成される可能性を感じて頭を抱えた。
「誠ちゃん、暇そうね。それならちょっと列の整理お願いできるかしら?それと何もしないで観客を怖がらせているだけのかなめちゃんは邪魔だからそのまま帰っていいわよ。こんなに人が一杯で酸素が足りないの。少しでも酸素を消費する存在はこの場にいて欲しくないわけ。ああ、サイボーグは代謝の調整も自分でコントロールできるのよね。じゃあ、出来るだけ酸素を使わない方向でよろしく……もちろん冗談よ。たぶん……」
アメリアは恨みがましい目つきで観客をにらみつけているかなめに向ってそう言った。
「なんだと!その『たぶん……』ってのがすっげえ腹が立つんだ!コラァ!アタシが邪魔だって言うならアタシが出たシーンを今日上演する内容から全部カットしろよ!あんだけ恥ずかしい思いをしたんだ!アタシが何処にいようがアタシの勝手だろうが!それに酸素を食うって言うならデカいオメエの方が酸素を使ってるはずだぞ!ランの姐御くらいちっこくなってからそのセリフを吐け!」
食って掛かろうとするかなめを引っ張って誠はそのまま受付のロビーから外に並んでいる列の整理に当たることにした。威圧感満点のにらみを利かせた上にいつものように明らかに司法局の防寒ジャケットの上からでも分かる拳銃の存在は騒ぎを起こそうというような不届き者が現れる抑止力くらいは務まると誠は踏んでいた。
とりあえず今のところ混乱は無い。だが……。誠は隣に立っているかなめの様子を伺っていた。明らかに不機嫌である。右足でばたばたと地面を叩いていて、観客達を舐め回すように見つめた。誠はかなめの存在が誠が予想したよりもはるかに強力すぎる抑止力であることを身に染みて感じてため息をついた。
元々それほどかなめの顔つきは威圧的ではない。どちらかと言えばその特徴であるタレ目が愛嬌を誘っている顔だと誠は思っていた。遼州や地球の東アジア系にしては目鼻立ちははっきりしていて美女と言って良い部類に入る顔である。
だが、明らかに口をへの字にまげて、ばたばたと貧乏ゆすりを続けていて、しかも着ている制服は東和警察と似たものを冬だと言うのに目の前のかなには深いとしか思えない客を見てわざと自分がサイボーグであることを示すように人工皮膚の継ぎ目が見えるように腕まくりまでしていた。さらに一部のミリタリー系のマニアが写真を撮ろうとするたびにかなめは威嚇するように目を剥いた。先ほどのアメリアとのやり取りで一回り大柄なアメリアの頭を楽に引っ張り込んだ力を見ていた客達はそんなかなめに歯向かう度胸は無いようで粛々と進んだ。誠が見る限りかなめの前を通る時は並ぶオタクや親子連れは明らかに危険人物を見る目でかなめを見つめていた。
『西園寺さんがまたキレるのは時間の問題だな……好きなタバコも吸えず、客は気持ち悪く、しかも『出演者』として逃げることも許されない。西園寺さんが機嫌が良くなる要素が一つもない。これはまた一波乱あるかも知れない……』
誠は目の前を通る誰かれ構わず睨みつけて威圧しているかなめを見ながらそんなことを考えて冷や汗をかいていた。
「なんか、僕はすることあるんですかね……第一、サイボーグの西園寺さんがこれだけ威嚇してるのに混乱を起こすような人が来るとは思えないんですけど」
今にも噛み付きそうな表情でイライラした調子で貧乏ゆすりを続けているかなめを見ると、不器用で何度も釣り銭の勘定を間違えているカウラの受付で苛立った客達も明らかにおびえた表情を浮かべて愚痴の一つも言わずに黙り込んで会館のロビーへと流れて行った。トラブル対応係と言われた誠の出番は無さそうだった。『トラブル係』の腕章が、むなしく冷えた。
「そこ!タバコ!喫煙所の場所ぐらい分からねえのか!」
突然かなめがそう叫ぶと列を抜けて離れてロビーの影でしゃがみこんでいた一人の迷彩服の男に近寄っていった。誠もこれはかなめが一方的に問題を起こすだろうと思いそのままその背中についていった。
「あっ、ここは禁煙ですか……消します!すいません!」
かなめの迫力に負けて男はすぐに持っていた携帯灰皿に吸いかけのタバコをねじ込んだ。それを見ると不思議そうな顔をしてかなめは誠の待つロビーの前の自動ドアのところに帰ってきた。
「くそったれ、もう少し粘ったらタバコを没収してやろうと思っていたのに……当てが外れたぜ」
そう言うとかなめは今度は自分でポケットからタバコを取り出しそうになってやめた。その様子を誠に見られていかにもバツが悪いと言うように空を見上げた。誠はかなめは没収する気満々のくせに、自分も吸つもりなのがいかにもかなめらしいと思っていた。次第にアメリアの交友関係から発展して集まった人々はいなくなり、町内の見知った顔が列に加わっているのが見えた。
「おい、もう大丈夫だろ?大体アメリア絡みの面倒な客もさばけられたみたいだし。カウラの所に戻ろうぜ」
そう言うとまるで誠の意思など確認するつもりは無いと言うようにかなめは受付へとまっすぐに向かっていった。誠もそれに引き摺られるようにして彼女の後を追った。
「あ!外道がサボってますよ!まったくタバコを吸うのと酒を飲むのと仕事をサボることしかしないから外道って呼ばれるんだ。そんくらい考えねえのかな?」
劇場へ向かう通路から甲高い声が響いた。小夏はかなめのことを本気で『外道』と呼ぶ。『特殊な部隊』のたまり場である小夏が看板娘を務める『月島屋』でトラブルをひたすら起こすかなめは小夏にとっては飲み屋に通う価値のない『外道』にすら過ぎなかった。そこには白を基調としていて青いフリルが目立つひざ丈のドレスに手に先端のとがった金色の杖を手にした魔法少女姿の小夏がかなめを指差して立っていた。
「おい、ちんちくりん!人を指差すなって習わなかったのかよ?オメエも来年は高校生だろ?義務教育終了の年だ。そんな年になってもそんな事も分からねえのか?そう言う風に意味もなく人を指さすのは縁起が悪いんだ、よく覚えとけ!」
そう言ってかなめは小夏にずんずんと近づいていった。小夏の周りには慣れている誠ですらどうにも近寄りがたいオーラをまとった男達が小夏をギラギラとした目つきで見つめていたが、小夏の周りにはその子分である友達の中学生達が遠巻きに小夏を守るように立ちはだかっているので何とも奇妙な対立の構図が出来上がっていた。
「とう!」
突然の叫び声と同時に、誠の目の前ではサラの飛び蹴りがかなめの顔面を捉えた。そして何者かが頭を振って体勢を立て直そうとするかなめに向かって叫んだ。
「やはり寝返ったな!キャプテンシルバー。このキラット・サラが成敗してあげるわ!」
それはピンク色を基調としたロングドレスといかにもファンタジーの魔法使い然とした杖を手にしたサラだった。手に銀色の杖を持って頭を抱えているかなめにそれを向けて身構えている。
「テメエ……テメエ等……アタシを怒らせてどうなるか分かってんだろうな……ただで済むと思ってるわけじゃねえだろうな……小夏は良い……餓鬼だし、いつもアタシにはこんな扱いだから慣れてる……。しかし、サラ……オメエは島田の影に隠れてアタシがちょっとでも機嫌が悪いと逃げ回るよな……それがその恰好になると人格が変わるのか……じゃあ、実際に魔法が使えるようになったかこの場で試してやってもいいんだぜ……?どうする?試してみるか?」
かなめは膝をついてゆっくりと立ち上がった。サイボーグの彼女だから耐えられたものの、生身ならばいくら平均的な女性の体格のサラの飛び蹴りといっても、あの角度で入れ病院送りは免れないと思いつつ、誠はサラ達の様子をうかがった。
「さすがグリファンさん!反撃ですよ」
小夏の叫びにロビーが一瞬静まり、次の瞬間、ざわりと波が立った。
「違うわ!なっちゃん。私はキラット・サラ!魔法で世界に正義と愛を広める使者!行くわよ……グヘッ!」
小夏に向って共闘を叫ぶサラの顔面をかなめは無造作にわしづかみにして締め上げる。かなめの顔には明らかに殺気が見て取れた……いつもの『脅しのスイッチ』だ。
「卑怯だよ!かなめちゃん。ちゃんとこういう時の主人公側のせりふが続いているときは……痛い!本当に痛いの!痛いんだから!」
サラが必死になって言い訳する間もかなめのベアークローは続いていた。ただかなめが実力行使に出ている時はむしろ安心で、黙って銃に手を伸ばした方が命の危険があることはこれまでの数か月で誠も学んでいたのでサラは安全なのだろうと黙って見守っていた。
「ほう、続いているときはどうなんだよ?早く言えよ。口は開いてるぞ。良いんだぜ、アタシはこのままお前の顔面を握りつぶしても、なあ神前……オメエ魔法少女アニメには造詣が深かったよな?魔法少女がサイボーグからベアークローを食らうとどういう展開になるかっていうアニメはこれまでにあるか?あるなら教えてくれ」
そう話を振ってくるかなめに観衆は一斉に眼を向けた。
明らかに一方的に女性を痛めつけている警察官の格好をした女とその仲間がいる光景がある魔法少女アニメと言うものは誠の記憶には無かった。群集はかなめへの反撃を警備担当である誠に要求していた。
「ああ、西園寺さん。そんな展開の魔法少女アニメはこれまで存在しません。それに、二人ともこれくらいにしないと。人が見てますから止めませんか?それに西園寺さんもそれ以上本気で握ったらサラさん死んじゃいますよ?市の依頼の映画上映会で労務災害で死者なんて洒落を通り越して大笑いですよ」
何も知らない群集ではなく誠はかなめの怖さは十分認識していたのでできるだけ穏便にと静かに声をかけた。
「おお、そうか。大笑いか。良いじゃねえか……神前もここでこいつの人生を終わらせるのが一番と言うことなんだろ?安心しろ、サラ。痛がることも無くすぐに前頭葉ごと握り締めて泣かせて……」
そこまでかなめが言ったところで……今度は竹刀での一撃がかなめの後頭部を襲った。




