第10話 舞台挨拶という罰ゲーム
「いい加減にしろよな!馬鹿共!とっとと引っ込んで持ち場に戻ってろ!」
再びランの登場だった。あいかわらず彼女は赤と黒をベースにしたゴスロリドレスと言った格好をしており、よく見ると恥ずかしいのか頬を赤らめていた。
『恥ずかしい……それ以上に、腹が立つ』
ランの顔はそう叫びたい衝動に包まれているように誠には見えた。かなめもさすがにサラの顔面を握りつぶすつもりは無いと言うようにそのまま痛がるサラから手を離すと、今度はランに目を向けた。
「これは中佐殿!すっかりかわいらしくなって……ぷふっ!やっぱり……本当に……お似合いで……特に見た目の年齢的に……」
途中まで言いかけてかなめは笑い始めた。こうなると止まらない。ひたすら先ほど指をさすなと言った本人がランを指差して大笑いしていた。普段はかなめが叩かれる側だ。その逆転が、可笑しくて仕方がないらしい。
「おい、聴いたか?あの子……中佐だってよ」
「すげーかわいいよな。でも中佐?どこの軍だ?……遼帝国?」
「でもちょっと目つき悪くね?」
「馬鹿だなそれが萌えなんだよ。分からねえかなあ……」
あっという間にオタクたちはランを指さして大笑いするかなめとそれに呆れかえる誠達の隙を突いてランを十重二十重に取り囲みランは完全に包囲された。最初は何が起きたか分からず呆然とした顔でランの目の前には『量産型菰田みたいな連中』にしか見えない集団に写真を撮られていたのだが、それが本人の望まない自分の『萌え』が目当てと分かってくると、そのこめかみに怒りの青筋が浮いているのが誠にも分かった。
ここでランが燃えたら、上映前に事件になる。そのランのさっきに満ちた鋭い目つきに嫌な予感がして誠はとっさに気を回すことにした。
「すいません!これでアトラクションは終了ですので!……クバルカ中佐、ここはたぶんアメリアさん達がなんとかしますから楽屋に戻ってくださいよ。中佐はただでさえ目立つんですから!」
そう言うと誠はランとかなめの手を引いてスタッフ控え室のある階下の通路へと二人を引きずっていった。小夏とサラも誠の動きを察してその後ろをついていった。
関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開いた。ロビーの熱とざわめきが、関係者通路では急に薄暗い静けさに変わった。そのまま舞台の袖が見えるがそちらには向かわず舞台の裏側に向かう通路を一同は進んだ。汗、化粧、スプレー。衣装箱の段ボール臭。空気が妙に甘ったるい。そしてそのまま雑用係をしているらしい整備班員が雑談している前を抜けて楽屋の扉を開いた。
そんな誠の前に立っていた人物を見て誠は反射的に胃のあたりを押さえた。派手な銀の地に各部に象眼めいた装飾が入った鎧と呼んでいいか悪いか迷うその上半身は胸はほとんどトップだけが隠れる程度しか隠しておらずとても鎧と呼べるモノでは無かった。さらに下半身も太ももどころかほとんどかなり攻めている系のグラビアアイドルでも着るのを躊躇するほどに肌を露出させているコスチュームである。ただ、こんな格好を喜んでする人物が『特殊な部隊』には存在した。自他ともに認める露出狂である第二小隊隊長、日野かえで少佐である。
「ああ、今着替えたところだが……これからどうすればいいんだろう?神前曹長、クバルカ中佐から何か指示を受けているかい?」
かえでは何度かその巨大な胸を覆っている黒い鎧めいたものを確認するように撫でながら誠に聞いてくる。だが、その視線が小夏に手を引かれて入ってきたかなめに気がつくとすぐに頬を染めて壁の方に向かってしまった。
誠はそもそも今かえでが着ている鎧だか水着だか分からない格好がもうすでにかなり恥ずかしいものだということは言わないで置いた。
「神前曹長!お姉様が来てるって何で知らせないんだ!僕にも心の準備と言うものが有るんだ!でもまあ、『許婚』である神前曹長にならこの僕の恥ずかしい格好を見られるのも構わない。いや、もっと恥ずかしくていやらしい格好を見て欲しい!そして……君と僕は何処までも深い仲になることを望んでいる……僕達は結婚を誓い合った仲なんだ……衆人環視の下でも婚前交渉も決して罪には問われないよ!」
かえでは小声で誠にささやいた。
「日野少佐!こんなところで変なこと言わないでください!それに衆人環視の下でそんなことをする人間には『公然猥褻』という取り締まる法律がこの東和共和国には存在します!捕まります!即逮捕です!すでに何回も日野少佐は捕まってますよね?その度にクバルカ中佐が謝りに行っているから問題になっていないだけで本来なら即解雇の案件ですよ!」
誠はいつものようにかえでのペースに巻き込まれまいと沸き起こる欲望を押さえながら必死になって叫んだ。
「はいはーい。かなめちゃん!これ」
いつものように日の当たる部隊に出ることは『誠の目に付くのは私が許さないから』ということでアメリアに雑用係を押し付けられているパーラがジュースを配ってまわっていた。
「パーラさんこっちもお願い!」
そう言って手を上げるのは、音響管理端末をいじっている整備部の巨漢の大野だった。
「まったく面倒くせえなあ。なんだってこんなことに付き合わなきゃいけねえんだよ」
そう言いながらかなめはジュースのプルタブを開けた。そんな彼女を見て大変なものとであったとでも言うような表情で巨大スピーカーの後ろからひよこが箱を抱えて近づいてきた。
「西園寺さん。これ。恥ずかしいですけど我慢してくださいね。クバルカ中佐だって我慢しているんですから」
おずおずとひよこが箱を差し出すが、中身を知っているかなめは思い切りいやな顔をした。
これから上映されるバトル魔法少女ストーリー『魔法戦隊マジカルなっちゃん』のメインキャストでの一人、キャプテンシルバーの変身後のコスチューム。わざとらしくつけられたメカっぽいアンダーウェア、そしてある意味、かなめにはぴったりな鞭と言う武器が光っていた。
「やっぱやるのか?舞台挨拶。これが終わったら。この格好で……あの魔法少女もどきと一緒に……予想はしていたけど現実になると結構きついもんだな」
約二時間の上映が終わったら開催されるメインキャストのトークショーと撮影会が予定されていた。当然それをすべて仕切るのはリハーサルでもさすが元芸人と言うトークで慣れない誠達をリードして見せたアメリアだった。昨日もこれを嫌がって、かなめは寮で一悶着起こしていた。その割にアメリアはかなめのその暴走キャラを引き出す才能には驚くべきものがあり、ボケまくるアメリアとかなめに誠のツッコミが追い付かないということで今の時点ではこのイベントでは映画の内容よりもこのトークイベントの方がよっぽど面白いものになるのではないかと誠は思っていた。
「ここまできたら諦めた方がいいと思うんですけど。私もかえで様もすでに諦めています……と言うかこんな中途半端な衣装など私には不愉快です」
そう言ったのはかえでの副官である渡辺リン大尉だった。彼女もまた肩から飛び出すようなとげのある鎧に胸と股間は大事な部分だけを覆うように作られた際どい衣装とすら呼べないものを身につけていた。
「あのー、リン?なんか怖いんだけど。それとそのセクシーランジェリーみたいな格好なんとかならねえのか?ここは風俗店じゃねえんだぞ。叔父貴は……そう言う見るだけ系の行く金は無いって言ってたな。月3万円で生きる男だから」
そう言うかなめの目には主君の趣味に付き合わされるリンへの同情が見て取れたが、誠の目には明らかにかえでと同じようにより過激な衣装を着ることが市からの指導で止められたのが不満だというのがはっきりと分かるような顔をしていた。
確かにリンの顔には白を基調にしたおどろおどろしいメイクが施されている。役名『機械魔女メイリーン』。本人は気乗りがしないということがそのこめかみの震えからも見て取れた。そしてその股間と胸の大事な部分のみを隠す衣装も親子連れが観る映画の登場人物とはとても思えない姿だった。かえでよりもより過激な露出狂であるリンである。そもそも隠れていることが不満なのだろうということが想像がついて誠はリンがいきなり衣装を脱ぎ始めたらどう対応するかを心配し始めた。
『これでリンさんまで暴走を始めたら……今日だけで始末書が何枚増えるんだ……』
誠は今この瞬間にも全裸になりかねない雰囲気のリンを見ながらそんな恐怖に包まれていた。
楽屋は、露出に快感を感じるかえでとリンの二人と、露出を拒むかなめと、露出させられる誠が同居する地獄だった。
「皆さんおそろいで……」
そんなどう見ても異様なコスプレ系露出系女子の集団のような場所に現れたのは両手に鞭のようなバラのツルをつけてほとんど妖怪めいた格好をさせられた司法局実働部隊のたまり場『月島屋』の女将、家村春子だった。
「お母さん大丈夫?かなりヤバい格好に見えるんだけど」
その姿に少し引いている娘の小夏が声をかけた。
「なに言ってるの!これくらいなんてことはないわよ……ねえ!」
そう言って春子はジュースを配りに来たひよこに声をかけた。
「そうよ!いっそのこと私がやりたかったくらいですもの」
アメリアはすっかり彩り豊かな衣装に囲まれて興奮しているようで、顔が笑顔のままで固定されているようにも見えた。
「それと、これ誠さんのですね」
ひよこは誠に数少ない男性バトルキャラ『マジックプリンス』の衣装を手渡した。
「やっぱり僕も着るんですね。まあ、デザインしたのは僕ですから仕方ないですよね……今ここで逃げたらたぶん僕は西園寺さんに射殺されるでしょうから」
誠もその箱を見て落ち込んだ。
「テメエのデザインじゃねえか!アメリアとサラと一緒に考えたんだろ?それにしてもアメリアが何でこういう格好しねえんだよ!地味なスーツを着た伊達眼鏡の一般教師なんて……誰でもできるだろうが!」
かなめは思わず衣装を投げつけんばかりに激高した。
「なんのことかしら?そう言うキャラも必要だって台本を考えた私なりに出した結論なの。映画では監督の言うことは絶対。一役者が逆らおうなんて考えない事ね」
そう言って控え室に入ってきた運航部の女子隊員から伊達メガネを受取ったアメリアがコスプレ中の面々を見て回った。明らかにいつも彼女が見せるいたずらに成功した子供のような視線がさらにかなめをいらだたせた。その後ろからは疲れ果てたと言う表情のカウラがしずしずと進んできた。
「おい、大丈夫なのか?受付の方は。主だった受付に居たメンバーがこっちに集まってきちゃってるじゃねーか。遅れて来る客とかの対応はどーするんだ?」
心配そうにランがアメリアを見上げていた。
「大丈夫よ。菰田君が仕切ってくれるそうだから。それと応援できた白石さん達のパート陣がオタクの人達を上手く言いくるめてなんとかなってるみたいだから。安心して」
そう言ってほほ笑むアメリアの視線はダンボールを手に更衣室に入ろうとするかなめに向けられた。
「早く着替えて見せてよ。久しぶりにキャプテンを見たい気が……」
アメリアがそこまで行ったところでかなめが髪をとかしていたブラシを投げつけた。
「テメエ等!後で覚えてろよ!テメエはただ射殺するだけじゃ済まねえな。機銃掃射で挽肉にしてやる」
かなめは捨て台詞と共に更衣室に消えた。アメリアは自分の額に当たったブラシを取り上げてとりあえずその紺色の長い髪をすいた。
「あのー、僕はどこで着替えればいいんでしょう……」
「ここね」
「ここだな。そして、パンツ越しに見える君の自慢のモノを僕にも見せて欲しい」
「ここしかねーんじゃねーの?あと、日野。ろくでもねーことは言うな」
誠の言葉にアメリア、かえで、ランが即座に答えた。
「でも一応僕は男ですし……」
そう言う誠の肩にアメリアは手をやって親指を立ててみせた。
「だからよ!ガンバ!」
何の励みにもならない言葉をかける彼女に一瞬天井を見て諦めた誠はブレザーを脱ぎ始めた。
「あのー……」
『何?』
声を合わせるかのようにそう言うと誠の周りの女子達は誠をじっと見ていた。
「そんなに見ないでくださいよ!」
誠はじっと誠の下半身に目を向ける女性陣の視線に耐えかねて悲鳴にも近い叫び声をあげた。
「自意識過剰なんじゃねーの?ああ、自信あるんだったな。オメエのはデカいからな」
「そんなー……クバルカ中佐!」
一言で片付けようとする副部隊長に誠は泣きつこうとした。だが、大野もニヤニヤ笑うだけで助け舟を出す様子も無かった。
ついに諦めた誠は仕方なくズボンのベルトに手をかけるのだった。その場の全員の視線が、衣装ではなく誠の『ズボンの線』に集まっていくのが分かった。




