第11話 地獄の企画会議
「また……今年も節分祭に合わせて、豊川市役所から映画を作れってさ……ねえ……面倒だねえ。去年で懲りなかったのかな?不思議な話もあるもんだ」
時は12月初旬、司法局実働部隊の会議室に主だった隊員達を前にして司法局実働部隊長嵯峨惟基特務大佐は口を開いた。会議室には、第一小隊の主だった面子に加えて、運用艦『ふさ』のアメリアのお気に入りのサラと操舵手のルカ・ヘス中尉だけでこういう場で抑えを利かせるパーラの存在は無い、整備班長の島田、さらに著しい問題児集団であることが日々明らかになることで誠を驚愕させている第二小隊まで揃っていた。
嵯峨が選んだこのメンツは誠から見れば嫌な予感しかしない顔ぶれにしか見えなかった。
呼び出された司法局の人型機動兵器シュツルム・パンツァー部隊の第一小隊隊員である神前誠曹長も配属されて半年が過ぎ、理由も知らされず会議室に召集されるなどと言うことがこの『特殊な部隊』では日常茶飯事なのはよく分かってきていた。
「なんでこのメンツ?それより叔父貴、このメンツで考えることなんてろくな結論出ねえぞ。そこんところを考えて呼んだんだろうな?叔父貴、返事しろよ」
明らかに不機嫌なのは西園寺かなめ大尉である。喫煙可と言うことで口にタバコをくわえて頭を掻いていた。その隣で嵯峨の言葉に目を輝かせているのは司法局実働部隊のゲルパルト連邦共和国製ローレライ級高速巡洋艦である運用艦『ふさ』艦長のアメリア・クラウゼ中佐と彼女の部下のサラ・グリファン中尉の二人だった。187cmの長身の誠の隣に彼より少し小さい185cmのアメリア、170cmに若干届かないかなめと小柄なサラ。まるでマトリューシカ人形だと思って思わず誠の口元に笑みが浮かんだ。
「豊川市役所はうちを何でも屋だと勘違いしているのか?飽きもせずに……またかよ……去年のアレで懲りなかったのか?なんでアタシまでがなんで付き合わなきゃなんねえんだ?こんなことなら千要県警の手伝いで駐禁の取り締まりにでも駆り出された方がよっぽどマシだ。あんなもんに協力してうちに何の得が有るんだよ?イメージアップとか叔父貴は言うんだろ?そしてイメージをダウンさせているのはアタシが常日頃銃を持ち歩いているからだと。でもこれは貴族主義者のテロリストからの自衛のために持ってるんだ。それに『東都戦争』でもアタシはかなりあっちこっちのやくざ屋さんには恨みを買ってる。それに神前の護衛の為にも必要だから平時でも持ち歩いてんの!うちの勤務規則じゃあ平時でも銃の持ち歩きが自由だっていうことでアタシはここにいるんだぞ!その辺を考えて市役所とも交渉しろ!」
そう言いながらもかなめの目は頭を掻きながら抜け出すタイミングを計っていた。誠がちらりとかなめを見るたびにドアノブまでの距離を、かなめの目が測っている。面白いものには食いつく彼女がいつでも抜け出せるようにドアのそばにいるのは東和陸軍の領空内管理システムのデバッグ作業中に呼び出されたせいなのは誠にもわかった。
「これも任務だ。銃云々の問題じゃない。市民との交流を深めるのも仕事のうちなんだ。仕事のえり好みは良くないぞ、分をわきまえろ。貴様のわがままにはもううんざりしているんだ。いい加減もっと他人の事を考えるようにしたらどうなんだ?」
完全に諦めたと言う表情でそう言うのは、第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉だった。嵯峨の言葉を聞いてアメリアの反対側に立って、隣の誠を前に押し出すように彼女が半歩下がったのを誠は見逃さなかった。
「カウラの言うとーりだ。これもお仕事。だからオメー等でなんとかしろ。これは上官命令だ。テメー等には拒否権なんて言う贅沢なもんはねーんだ。そこんとこ分かっとけ!」
執務机に座って頭の後ろに手を組んでいる嵯峨の隣には、司法局実働部隊の実質上の最高実力者として知られた副隊長兼機動部隊長のクバルカ・ラン中佐が控えていた。そしていろいろ愚痴を言いたい隊員達でも彼女の言葉に逆らう勇気のあるものはこの部屋にはいなかった。実働部隊の上部組織である遼州同盟司法局の幹部で、たまたま視察のために『特殊な部隊』に来ていてこの場に呼び出された明石清海中佐も諦めた調子でうなずいていた。
「俺も今日は早く帰りたかったんだけどな……バイクの部品。結構溜まってるんですよ。いい加減ちゃんと調整して付けないと錆びちゃいますよ。ようやくパーラさんの『ランサーエボリューション』の仕上げが終わって暇になったのに……面倒ごとはこれ以上こりごりですよ。それに今度面倒な機体がうちに来るんでしょ?そこに今度クバルカ中佐の超ピーキーで法術師専用の機体が来てそっちの微妙な調整までうちでやるなんて話になったらうちは今の機体の整備からも手を引かせてもらいますよ!最初に言っときますけど隊長の振ってきたどーでもいいような業務なんかにうちの整備班は一名だって協力できませんからね!機動部隊と運航部で何とかしてくださいよ!整備班は実務の沼なんですよ!うちが活動できるのは俺達が血涙流して縁の下で働いてるからだってことを忘れてもらっちゃ困りますね!」
こちらもあきれ果てたようにつぶやくのは整備班班長の島田正人准尉だった。その表情からはどうせ自分が何の意見を言ってもかなめとランの反対で潰されるのは目に見えていると言う諦めが見て取れた。
「そんな!映画だよ!甲武では映画は庶民の最大の娯楽なんだ!ここは自由の国東和共和国だ!甲武のような酷い映画規制も官憲による検閲も無い!自由に映画が作れるなんてすばらしい事じゃないか!」
そう叫んだのはかなめの妹の第二小隊小隊長日野かえで少佐だった。隣に控える副官の渡辺リン大尉も同意するように大きくうなずいている。
「映画ですか……僕は映画を見たことが無いんで……小さなころから戦場ばかり歩いてきましたから。出たいな……映画」
第二小隊の三番機担当予定の『男の娘』アン・ナン・パク軍曹は元少年兵と言うこともあって娯楽と無縁な生活をしてきたこともあり、憧れの表情で嵯峨を見つめていた。
「このメンツとこの雰囲気……どうせろくなことにならないんだ。さすがの僕も学習してきたよ」
誰にも聞こえないように誠はそう言うと、自分の意見は絶対に口にしないことを心に堅く誓った。この部屋で意見を言う=責任を背負う、だ。誠は学習していた。特にキャストに性犯罪常習者や窃盗常習者や『人外魔法少女』などと人様から見たら卒倒する人物をあてはめなければならないような映画の企画となればなおさらだった。
「それで隊長。映画と言ってもいろいろありますが、どのような方針で作ればよろしいのでしょうか?」
いつもの趣味に暴走するアメリアとは思えないまっとうなその言葉に嵯峨は頭を掻きながら紙の束を取り出した。
「まあ……内容は……去年と同じでこっちで決めてくれって。ただ去年みたいにつまらない作品にはするなとは強く言われた。見ていて楽しくなる。観客を楽しませることを前提とした作品にしてほしいと言うのが市の方針らしいんだ。市長も俺の流鏑馬のおかげで観光収入と豊川の知名度が上がって気分が良いところに去年のうちが作ったあの映画だろ?それが議会で突き上げ食らって大変だったって話。でも、こっちは素人だよ、プロの映像作家じゃないのに難しいこと言ってくれるじゃないの。何が面白いのを作れってんだ。そんなのだったら市の予算でどこかの劇団にでも頼めばやってくれるのに。まったくうちに頼めばなんでも破格の値段でやってくれると思って舐めてるんだろうな」
嵯峨はそう言って会議室の一同を見渡した。それぞれに腹に一物抱えた人物達を前にして誠はこの会議が波乱に満ちたものになることを予想した。
「とりあえず、島田。お前さんから頼むわ。お前さんの部下の技術部が一番人数が多いんだ。出番も多くなるはず。新型の搬入もそのことを言い訳にして伸ばしてくれるように俺も協力するから。その言い訳を使うからには優先権は当然お前さんにある。遠慮しないで好きなテーマを言ってみな。自由に好きなのを言っていいよ。お前さんにはその権利がある。まあ、うちの女性陣がそれを許すかどうかまでは俺も保証は出来ないがね」
嵯峨は明らかにやる気の無さそうな島田に話題を振った。
「映画ねえ……去年はドキュメンタリーみたいなもんでしたからねえ……今年もそれでいきますか……話は変わりますけど、皆さん、レースに出ません?野良レースじゃなくて、ワークスとかが本格的に参戦してくるクラスのレース場でやる奴。カウラさんとこのルカさんとか乗ってくるんじゃないですか?二人の『スカイラインGTR』や『ハチロク』が大スクリーンに投影されるんですよ?」
突然島田はひらめいたと言うような顔をしてそう言った。島田が言い出した瞬間、誠の脳内に『カウラのスカイラインGTRとルカのハチロク地獄』が再生された。
運用艦『ふさ』の操舵手を務めるルカ・ヘス中尉。彼女は根っからの車好きで、愛車のAE86カローラレビントレノ、通称『ハチロク』を愛車とする路上レースマニアとして隊でも有名だった。
低い重心と軽さにより、この山が無い千要県の300m級の峠では物足りないと連休の度に函根や赤木山系の峠まで非合法の公道峠下りレースで連勝を続ける『峠の女王』と呼ばれる伝説の女としてその筋では知られていた。
彼女のその趣味は徹底していて、その『ハチロク』の名を不動のものにしたフィクションの車体の塗装を再現するために隊のある豊川市から遠く離れた成束町の『藤原豆腐店』というところを見つけ出し、そのマーキングをリアルなものにしたいという思いだけで店主に頭を下げて下宿させてもらって文字通り『藤原豆腐店』の営業車としてその塗装を完全再現して休みの日は実際にその『ハチロク』で下宿先の豆腐を売り歩いているというほどの熱の入れようだった。
嵯峨は島田の話をまるで聞いておらず、椅子の背にもたれ、紙束を指先でトントンと叩いた。
「レースだ?しかもワークスが出てくるようなレベル?アタシはレギュレーションに引っかかるから御免だね。要するに島田は自分が目立ちたいだけなんだろ?四輪の部門は2時間映画の30分で残りは全部島田の出番ってわけだ。かえでとリンにレースクイーンでも頼んで好きにやってろ。こいつ等際どいハイレグで観客を釘付けにできるって言いだすぞ、きっと。それを撮って流せば映画の観客も喜ぶ。一石二鳥じゃねえか。なんでアタシがそんな島田やカウラやルカに華を持たせるためのピットクルーなんかしなきゃなんねえんだよ。アタシは御免だね!」
明らかに不満そうなのはかなめである。かなめもバイク乗りだが、サイボーグなのでレギュレーションでレースには出られない。自分がのけ者にされることがすぐに分かる島田の企画には当然乗る訳が無かった。
「そんなこと言わないでくださいよ西園寺さん。レースですよレース!しかも合法!ルカさんだって堂々とコースを走れると言ったら文句は言わないでしょ?それに、うちの技術力と資金力なら下手なワークスチームより速いマシンを作れますよ!なんと言っても俺の生み出した『福利厚生予備費』300億円があるんですから!バイクは俺が乗るとして、四輪部門でルカさんとカウラさん、そしてパーラさんも出られるじゃないですか。伝説の名車『ハチロク』と『スカイラインGTR』、そして俺の自信作の『ランサーエボリューション』がレースに出るなんて絵になるじゃないですか!」
島田は、島田の数ある悪行の中でも究極の物である『福利厚生予備費』を誇らしげに振り回す。島田は完全に自分の言うことに乗り始めていた。誠は詳しいことは知らなかったが、ルカの『ハチロク』とカウラの『スカイラインGTR』、パーラの『ランサーエボリューション』は20世紀の日本ではレース界で知らないものは居ない名車として名をとどろかせたと言う。確かに企画としては面白いと、ただのヤンキーだと思っていた先輩の島田がまともなことを言う状況に誠は感動を覚えていた。
「あのーいーか、島田。ちょっと確認したいと言うか質問しておきたいところが有るんだ」
そこで手を挙げたのがランだった。レースとは無縁な上にいつも自分が起こす窃盗事件の際に世話になっている頭の上がらない相手であるランの突然の発言に島田は戸惑っていた。
「確かにオメー等の技術力がすげーのは知ってる。アタシもアタシの愛機である『紅兎弱×54』の整備で世話になってるのも事実だ。オメー等の技術力ならレースで活躍できるのは間違いねー。ワークスだろーがメーカーがエンジンを提供している公式チームだろうがガチでやりあえる技術力が有るのは認めてやる」
ランはまず島田の技術を褒めて持ち上げることから始めた。ランの教導方針は常に『褒めて伸ばす』つまり今ランが島田を褒めた。つまり、落とす。誠は当然、落ちを付ける前触れなんだろうと不機嫌そうなランの表情を見て察した。
「でしょ?良いアイディアでしょ?でも、さすがにメーカーがエンジン出して来る相手にはちょっとうちじゃあ勝てませんよ。まあそんなこと言ったら隣の工場の人間から怒られるかもしれませんがね。でも隣の工場が作ってるのはシュツルム・パンツァーのエンジンでガソリンエンジンじゃない。やっぱり餅は餅屋で分相応ってのが有るんですよ」
自分のアイディアを自分が一番尊敬している上官のランに褒めてもらって島田は得意満面だった。
「でもだ。その『資金力』ってのが問題なんだ。オメー等、あれの金、どーやって稼いだか思い出せ。それ、人前で言える金か?……言えねーだろ?」
『あ……』
ランの言葉で全員が金の出どころについて思い出した。
島田は技術部の技術を総集結してフルスクラッチの車を作ることを技術鍛錬の課程として行っていた。
その中で、一台、地球の大富豪が目を付けてしまった車が有った。
『ランボルギーニ・ミウラ』
これを島田は遼州圏駐在の米軍経由で地球に密輸することで多額の資金を手にすることに成功した。そして、そのことがランにバレてその金は没収され、隊の福利厚生費の予備費に編入された。その隊内では周知の事実が隊外に表ざたにされればどうなるかは誰もが分かることだった。島田の企画も今回の映画作成もその予備費をあてにしてのものなのは間違いない事実だった。
「レース映画か?そんなもんを公開したら、どこからそんな金が出てきたかって話になって密輸の事実を自白するようなもんだな……島田。地球への禁輸物資の密輸は重罪だ。一遍、本当に刑務所の中に入って見ろよ。少年鑑別所とは違う世界が味わえるかもよ」
冷やかすようにかなめがそう言った。
その視線の先には自分の企画を予想通り潰しに来たかなめに敗北したことにうなだれる島田の姿が有った。




