第75話 失脚した脚本家と消えた女王様
「とりあえず……台詞……はあるかも知れないんで……アメリアさん、台本に変更あります?」
誠はうずくまって床に『の』の字を書いている185cmの長身の紺の長い髪が床に着くのも気にしないでいじけているアメリアに声をかけた。
「どうせ私の出番は無いわよ!端役よ!眼鏡教師よ!悪かったわね!脚本家と監督の地位を取り上げられたらただの人よ……もう完全に傍観者を気取っちゃうから!」
誠が声をかけるが無視するアメリアは頬を膨らまして部屋の隅に向かった。
「あ、いじけた」
無神経なサラが誰が見ても今のアメリアの状況を的確に表す言葉を口にした。
「しょうがないわよ。アメリアはこの映画にかなり力を入れていたもの。こんなにやる気のあるアメリアなんて私はこれまでアメリアにあって初めてだもの……ただ方向が完全に間違ってるけど」
パーラのツッコミとその隣でいつものように能天気な笑みを浮かべるだけでいつものようにはかばってくれないサラの姿を見上げてアメリアはさらに部屋の隅に位置を変えて再びうずくまって床に『の』の字を書く作業を続けていた。
「そう言えば西園寺は?一緒じゃないのか?」
そんな何気ないカウラの一言にアメリアが反応した。彼女はそのまま立ち上がるとパーラとサラの手をつかんで引っ張った。
「何すんの!」
サラが暴れているがそんなサラの耳にアメリアが一言二言ささやく。すぐにサラの目が輝いてきた。
「あのー?」
誠はアメリアが復活が早いのは知っていたし、だいたいその復活の理由はどうしようもない理由なこともこの半年で学んでいた。
「ああ、誠ちゃんは聞いちゃ駄目!」
手を振るサラ。パーラも自然とアメリアのつぶやきに耳を貸した。
「なにがしたいんだか」
カウラはそう言うと一人カプセルの中に体を沈めた。誠もアメリア達の奇妙な行動の意味を詮索するのが無理だと悟ってカプセルに体を横たえた。
「あ!そう言えば小夏ちゃんはどうするの?」
サラの言葉に誠は新藤を見た。相変わらず目の前のモニターを凝視していた。
「アイツのボイスサンプルは十分取れたからな。俺が編集で何とかするよ」
新藤はそう言うと目の前の機械をいじっていくつかの小夏のボイスサンプルを再生して見せた。 確かに見事に意味のない早口言葉を言うサンプルボイスは完全に小夏のそれだった。
誠はそれなら最初からそれを使ってくれと思っていたが、そんなことはアメリアは知ってはいたが誠達をおもちゃにして監督として権威を振りかざして遊ぶために自分達に役者をさせていたのだろうと理解した。
「だったら全員のでやってくれれば良かったんじゃないか?ボイスサンプルだけならすぐに取れる。あとはアメリアが勝手にやれば良い。あんなに恥ずかしい思いをするのはもうこりごりだ」
誠ほどアニメや映画に詳しくない上に仕事が優先だと考えているカウラはこれまでのすべての撮影活動がアメリアの自分勝手な欲望を満たすための行為に過ぎなかったことを悟って愚痴った。誠も苦笑いを浮かべながら一度ヘルメットをしたもののそれを外して起き上がった。
「そう言えば西園寺さんは……」
誠は戻る気配の無いかなめを思い出した。考えてみればかなめがトイレを済ませてタバコを二本吸ったとしても戻ってこない時間が妙に長い。その言葉にアメリアとサラとパーラがいかにもうれしそうな顔で誠を見た。
「……どうしたんですか?」
明らかに変な妄想をはじめた時のアメリア達の瞳が輝いている、誠は自然と背筋が寒くなった。
「そうだな、西園寺がいないとはじめられないな。アメリア、呼んで来たらどうだ」
こちらも上半身をカプセルから持ち上げているカウラの声。今度はアメリア達の視線はカウラに向いた。
三人に浮かぶ明らかに何かをたくらんでいる笑いがそこにあった。
「……気味が悪いな。西園寺が何かやってるのか?」
カウラはいかにも何かを知っているアメリア・サラ・パーラに向ってそう尋ねる。パーラが何か言おうと口を開いた瞬間、アメリアは対格差を活かしてその口をふさいだ。
「大丈夫。もうそろそろ来ると思うぞ。アイツも日野と一緒でムラムラする時が有るんだろう」
突然そう言ったのは新藤だった。アメリアが特別うれしそうな顔をした。
「新藤さん!もしかして覗いてたの?一階の北側の女子トイレの奥から二番目!言っちゃだめよ!そのことを口にした瞬間に新藤さんの命とカウラちゃんのピュアさが失われるから!かなめちゃんによって!」
パーラはかえでとリンが配属になってから事実上二人専用になっている北側の女子トイレのことを口にした。誠が聞く限り、二人が一緒にトイレに入るとなんだか変な声がするということで運航部の女子隊員もそのトイレは使用しないのが普通になっていた。
そこに今かなめが居る。誠には頭が痛くなる想いだった。
「バーカ、俺だって傭兵で飯を食ってたんだ。命をそんなところで無駄にしたくは無いよ。勘だよ勘!それにしても細かい指定だな。居るところがわかるならお前等が連れて来いよ。何をしてるかは『釣り部』の全員が予想がつくくらい日野少佐と渡辺少佐の変態性は隊の間じゃ知れ渡っているんだ。そこにそれを一番知っている西園寺大尉が居る。してることなんて予想がつく。男が乱入したらそれこそ犯罪だ。だからお前さん達の誰かが連れてこないと仕事にならないんだ。そんな暇があるなら俺は釣りがしたい」
そう言う新藤をパーラが汚いものを見るような目で見ていた。
「なんだよ!信用ねえな!見て無いって!女子トイレには監視カメラは無いから。付けてようものなら日野少佐に斬られるよ」
新藤もかえでの変態の噂は知っているようでそう言うと苦笑いを浮かべた。
「はいはい!わかりました」
手を叩くアメリアを新藤がにらみつけた。
「本当に見てない……あっ来た」
新藤の言い訳にあわせるようにいつもよりも明らかにテンションの低いかなめが入ってきた。そしてかなめは誠を見るなりすぐに視線を落としてしまった。
「ねえ、何をしていたのかな?」
アメリアは誠が予想していた最悪のことをかなめがしていたと分かっているというように笑顔でかなめを迎えた。
しかし、その割にはかなめはごく普通にアメリアの顔を見つめて面倒な人間に出会ったといういつものかなめの顔をしていた。
「タバコだよタバコ」
アメリア達は再びうれしそうな視線をかなめに向けた。いつものように酒……ではなく、走ってきたせいだろう、と誠は勝手に納得したがその割には誠を見つめて来る視線が妙に色気を感じて誠はもしかしたらかなめも妹であるかえでのように隊内で変態行為に励むようになったのかと疑いの視線を向けた。
「あ、トイレでタバコなんて感心しないわね……こんなところに!」
そう言ってサラはかなめのスカートのすそを指差した。かなめは慌てて視線を落とした。
「なんだよ!何も付いてないだろ!」
その言葉に飛び跳ねそうな反応を示すかなめ。誠とカウラはわけも分からず見守っていた。
「あのさー。人数そろったんだからはじめろよ」
奥のカプセルからの声。ランが痺れを切らしたのは間違いなかった。
「じゃあ深くは詮索しないからそこのカプセルに……」
監督の地位も脚本家の地位も新藤に奪われたアメリアはそれでもADと言う地位に嬉々として甘んじていた。
「詮索しないならはじめから言うんじゃねえよ」
アメリアの言葉にかなめは少しうろたえて見えた。彼女はなんどかちらちらと誠を見ていた。その頬が赤く染まっているのを見て、誠はいつものように酒を飲んでいたのだろうと安心してヘルメットをかぶりバイザーを下ろした。
「でも本当に何をしていたんだ?」
カウラの言葉をかなめは完全に無視した。
バイザーを降ろした画面には夕暮れの河川敷が写されていた。魔法少女のコスチュームの小夏、サラ、ラン、そして誠とかなめ。その隣には悠然とパイプを吹かしている明石の姿があった。さらになぜかカウラ、ルカ、嵯峨の姿まであった。
「ランちゃん……」
夕焼けの中、小夏を見つめて立ち尽くしているラン。手を伸ばされてもしばらく躊躇していた。
「貴様も私も裏切り者ってわけだ。まあ、機械に意志などと言うものが有ればの話だがな」
そう言ってかなめは小夏とランの二人の手を握らせた。ランの隣にはランの国の助力に向うことになった誠ことマジックプリンスの姿もあった。
「機械魔女が機械帝国に逆らうとは……いつか消されるぞ。それでも逆らうと言うなら貴様には意思が有ると言うことだ。もう戦うだけの機械ではない。一人の人間だ」
ランの普通の女の子のまねをして搾り出した言葉にかなめは笑みを浮かべた。
「所詮アタシは機械だ。寿命がくれば壊れるものさ。人間にも寿命が有るだろ?それと同じことだ。ただ、ブラッディー・ランよ。別れる前に私を人間扱いしてくれて感謝するぞ」
そう言うとかなめはランの手を握り締めた。
「よし、小夏だけじゃ心もとないものね!」
そう言ってサラがその手を上に載せた。
「プリンス!」
小夏が誠を見つめてきた。全身タイツの誠もそこに手を乗せた。
「いつか……きっと救えるよ。諦めなければ!ランちゃん頑張ってね。そして誠二お兄さん。ランちゃんの国を機械帝国から解放したら必ず帰ってきてね……カウラお姉ちゃんも待ってるから」
小夏の言葉に全員の決意の表情が画面に映った。誠はようやく役名の誠二から普通の誠に戻れることに安堵していた。
「ああ、帰ってくる。カウラ。待っていてくれ」
「誠二さん。待っているわ」
見つめあう誠とカウラ。それを満足げに見つめる明石。そこで画面が途切れた。
「あれ?これだけ?」
小夏は起き上がって新藤を見つめた。
「あっさりしすぎてないか?それともいろいろといじるのか?」
小夏を無視して画面を見つめている新藤にランも声をかけた。
「まあ、そんなところかな……これだけ素材があれば後は編集でどうにでもできる。足りなければ俺のテクで市の依頼に近いような劇映画を作ればいいだけの話だ。俺はそれよりも早く釣りがしたい」
誠は要するにこれまでのドタバタは全てアメリアの我儘が原因で、各登場人物のサンプルボイスと顔写真と誠が描いた衣装デザインがあればすべて新藤一人で完結することだったことを知ってカプセルから起き上がってこの混乱の元凶であるアメリアの姿を探した。
一方、アメリアはそんな誠をにらみ返して完全に開き直って全部の罪を『私が楽しめたのだからそれで良い』と言い切る気満々の笑顔で見つめて来るので、そのどこから来るのか分からない自信に負けて誠は目を逸らした。
「なんだよ、これだけなら全編オメエと新藤で編集してつくりゃあ良かったじゃねえか!アタシは何しに来たんだ?これまでの騒動は一体何だったんだ?」
かなめも誠と同じ結論に至ったらしく、こちらは完全に何時でもアメリアを射殺できるような残忍な笑みを浮かべてアメリアをにらみつけながらそう言った。
ただ、今のアメリアは銃で撃っても死なないんじゃないかと誠は思うほどに自信に満ちていた。
「さあ、それじゃあ見せてもらうわよ。新藤さんの実力と言う奴を!私は十分楽しんだ!それで十分なの!」
誠やかなめの非難の声にも得意の開き直りとちゃぶ台返しで応じる気満々のアメリアだが、暴走ばかりのアメリアから監督の地位を取り上げた新藤はまるでかまうつもりは無いと言うように相変わらず画面を覗いて無視を決め込んで画像編集の作業を続けていた。
「そう言えば西園寺はさっきいなかったのはタバコじゃないな。貴様の服からは貴様のいつものキツイ貴様しか吸わないたばこの匂いがしなかった。トイレで何をしていた。言ってみろ」
カウラは詰問口調でかなめに迫った。 誠はそれは口にしてはいけないと思いながらカウラを見つめたが、カウラはピュアなのでまるで誠の視線の意味を理解していないようだった。
「カウラ。純情なオメエには知らなくていいことだ。かえでやリンはあのトイレでよくしているらしいことだ。何も言うな……ってその目はなんだ!アメリア!オメエもかえでが来てからあそこに人が来ねえことを知っててやってるところ見たことあるんだぞ!良いのか!そのことを神前に話しても!」
かなめは再び、ニヤニヤしているアメリアを怒鳴りつけた。
「寂しいのね、そうなのね、かなめちゃん。だから自分で自分を慰めて……」
その言葉を聞くと顔を真っ赤にしたかなめはカプセルから飛び起きた。アメリアはここでかなめの殺意を感じて部屋を出て逃げ出す。顔を真っ赤にしたかなめは鬼の表情でその背を追って部屋を出て行った。
「元気があっていーねー」
もはや呆れたと言う状態を超えたと言うように笑うランの姿がそこにはあった。
「何か言いたそうね。私はあそこは使ってないわよ。あそこに行くのは女子でもかえでちゃんとリンちゃんとかなめちゃんとアメリアだけだから」
顔を出すサラ。誠はうなずくが口に手を添えて忍び笑いをするだけでサラは何一つ答えるつもりは無いように見えた。
「……僕、何も知らない側で良かったです……カウラさんも何も知らない方が良いですよ。きっとその方が幸せになります」
諦めた誠は廊下の外のかなめの怒鳴り声とアメリアの言い訳を聞きながら苦笑いを浮かべていた。
「なるほど……世の中に走らなくてもいいことがあるというが……日野と渡辺が絡むことには知らなくていいことが多いんだな。勉強になる」
カウラは純粋に今回のかなめの不在のことは深く考えないことに決めたというように大きくうなずいた。




