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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と魔法少女  作者: 橋本 直
第二十二章 『特殊な部隊』とクランクアップ

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第73話 甘酒の湯気と拗ねた背中

「チキショウ! あと少しだったのに!ああ、今回はアタシのミスだ!済まねえ!今回ばっかりはどうしようもなかった!」

挿絵(By みてみん)

 かなめの叫び声がハンガーにこだました。誠もカウラもそれぞれ05式のシミュレータから身を乗り出してぶんぶんと腕を振り回して悔しがるかなめを見つめていた。


 シミュレータの冷却ファンがまだ唸っていた。訓練直後のハンガーには、機械の熱と焦げたような油の匂いが残っている。


「そうね、かなめちゃんのミスだわね。あそこであの距離を当てるからかなめちゃんは一番狙撃手なんでしょ?それを完全に誠ちゃんに見切られて外した。なんなら二番狙撃手の私にその地位を譲る?いいわよ、いつでも引き受けてあげる」 


 今日は予備パイロットのアメリアもシミュレータ訓練に参加していた。たまにしか顔を出さない割に、シュツルム・パンツァーの操縦技術はかなめに匹敵する。


 誠は、運航部の戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』の中でも特に戦闘能力の高いアメリアの、こういう時の活躍には期待していた。

 

 ただし、一般社会に馴染み過ぎたエロゲ・お笑い・アニメマニアぶりには、いつも振り回される。誠は結局、苦笑いするしかなかった。 


「アメリア!オメエだって進撃プランを完全にランの姐御に読まれてたじゃねえか!所詮二番狙撃手のオメエの狙撃じゃ、弾道を読んで動く姐御には勝てねえ。もちろん姐御の指導でめきめき腕を上げてる神前の敵じゃねえ!所詮、オメエもアタシと同じで法術師じゃねえんだ!そのくらいの自覚は持て!でかい口を叩くのは姐御の鼻をへし折ってからにしろ!そうしたら認めてやる!」


 アメリアは罵倒してくるかなめの言葉に完全無視を決め込んで笑っていた。一方、かなめは自分の言った言葉にさらにヒートアップするように怒鳴り続けた。


「その点、うちでは法術師である神前は射撃は下手だがそれを完全に捨てて接近して格闘戦に持ち込むような戦い方で最後までもった!アタシの渾身の一撃をあの距離から銃身の動きでアタシがどこを狙ってるか読んで軌道を変えるなんて大したもんだ!そんな神前に比べてアメリアは神前にはふさわしくねえ!それにシングルマザーの三十女が、二十代イケメン童貞に手を出そうって時点で間違ってる!神前はアタシが男にしてやる!神前!千人を超える男を骨抜きにしてきた女のテクニックを期待してろよ!」 


 ハンガーの真ん中にオペレーションシステムを模したテーブルに座ってアメリアがニヤニヤしながらかなめを見上げていた。タレ目でにらみつけようとしたかなめにアメリアが大爆笑していた。一方でかなめは、アメリアのコンプレックスを刺激すれば誠を諦めるだろうとでも思ったのか、さらに暴言を吐いた。しかし、誠はそんなことでアメリアが誠を狙うことを諦めるとは到底思えなかった。

挿絵(By みてみん)

「これでも実戦経験はテメー等の想像を超えるような数こなしてるんだ。そう簡単に貴様等に追いつかれるわけにゃーいかねーんだよ。一応、東和陸軍アサルト・モジュール部隊の教導官を勤めてたわけだかんな。アタシがそうあっさりと負けたらこれまでアタシに教えを乞うた教え子達に顔が立たねーや。神前が上手くなってる?当たりめーじゃねーか!アタシが箸の上げ下ろしからすべて教えてやってるんだ!上手くなって当然だ!それと西園寺もアメリアも神前の相手としてはアタシは認めてねー!そもそもアタシはアタシが見込んだ将来ある神前にはしっかりした嫁を迎えてやるつもりだ!オメー等はどちらも失格!一生独身で過ごせ!」 


 そう言い放つランの姿は、誠の目には何度見ても小学校低学年にしか見えなかった。だが、その毒舌だけは相変わらず切れ味十分だった。


 誠は毎度のことながら、あの小さな体のどこにこれだけの威圧感が詰まっているのかと思った。


「クバルカ中佐の読みは凄いですからね。最後のクバルカ中佐相手の全員での共同作戦の際はまず完全に神前を無力化から手を付けるだなんて私も予想していませんでした。こちらも神前に頼り過ぎました。反省することの多い模擬戦でした。射撃に活路のない神前とは距離を取り、その他は遠距離から隙を突いて一撃で仕留める。私には真似のできない戦い方です。私の小隊も神前の格闘戦を封じられると終わりだということがこの戦闘で良く分かりました。対策を後にレポートにまとめてより神前の格闘戦能力を生かせるために西園寺の光学迷彩を展開するタイミングや私のECMの展開のタイミングを再検討したものを送るつもりです」 


 感情論に流れがちなかなめとアメリアに対してカウラは生き生きとはしているがいつもの理性的な分析をしてそう言ってほほ笑んだ。


「それだけテメー等が神前に頼りすぎた戦術を立ててるってこった。ちゃんとテメーの世話も焼けねー奴は戦場じゃ邪魔になるだけだぞ。一人の強さに寄りかかった戦術は、相手に『アタシ等を倒す答え』を渡してるのと同じだ。神前はアタシから言わせればまだよちよち歩きの赤ん坊だ。オメー等の守りが無けりゃあ戦場であっという間に袋叩きにされる。得意の『光の(つるぎ)』も使う間も無くな。確かに今の時点で法術を売りにしたシュツルム・パンツァーパイロットは神前と日野ぐらいのもんだ。だが、日野にはまだ機体がねー。そして神前は見ての通り欠点だらけだ。もし法術を使わねーでもエースと呼べる法術が使えるパイロットが現れればオメー等は全滅だ。少なくともうちには隊長と言う法術を使いたがらない法術師が居る。他の敵対勢力にそんな存在が出てこねー保証はどこにもねー!」 


 そう言うとランもエレベータでシミュレーションの戦闘記録を取っているサラとパーラのところへと向かった。


「まったくなりはロリなのにでかい口ばかり叩きやがって。法術が使えればランの姐御には偉いんだろ?だったら法術師の支配する世界を実現しようとしている『廃帝ハド』の陣営に寝返りゃいいんだ。『廃帝ハド』に間違いなく勝てる姐御ならハドも厚遇して来るぜ」 


 ぼそりとかなめがつぶやいた。当然のようにランは鋭い目つきでかなめをにらめつけた。


「おい、さっきは負けたのは自分のせいだって言ったな?じゃあグラウンド20週して来い!アタシはサイボーグだろうが容赦しねーかんな!生体部品が減る?結構じゃねえか、金ならあるんだろ?交換してもらえ。そんな自分の不幸に甘えんじゃねー!見てて腹が立つ!あと『廃帝ハド』の考え方はアタシを道具として使った外道と大差ねーから連中にアタシが寝返ることはねー!それより『廃帝ハド』を倒すためにオメー等を鍛える方がよっぽどアタシには気持ちいーんだ!」 


 ランの目の前で『ロリータ』と『幼女』は禁句であった。誠も軍事機密らしいので深くは詮索していないが司法局機動部隊二代目隊長クバルカ・ラン中佐の幼い姿について口にするのは事実上のタブーとなっていた。


「おい、アメリア。おとといの続きはどうしたんだ?あれじゃあ中途半端だろ?市の担当者だって別の仕事もしてるだろうからそれなりに余裕を持った日程で上映会を実施しねーとこっ恥ずかしい映画を人様にお見せすることになるぞ!」 


 ランがそう言ったのに誠は驚いていた。おとといまで隊全体を振り回して魔法少女モノなのか戦隊モノなのか、あるいはロボットモノかもしれない自主制作映画を作るべく走り回っていたアメリアが何も言わなかった。それはいかにも不自然だった。


 昨日は編集を買って出たアメリアがずっと会議室のモニターに向き合って画面の修正作業をしていたらしい。


「ふっ、さすがに積極的かつ強気な戦術を本分としているクバルカ・ラン中佐。遼南内戦で『人類最強』と呼ばれたのもうなずけるわね。誰かと違って。新藤さんも遼南共和国に雇われてたらしいじゃないの、あの戦争では。でもきっちりその雇い主のガルシア・ゴンザレスはランちゃんに殺されてるわね……その時あの人は釣りでもしてたの?」


 アメリアはシミュレーションルームに現れ、映画の作業が一段落したことを告げに来た新藤に向けてそう言って、糸目をさらに細めた。


「余計なお世話だ!そもそもクバルカ中佐に勝てる存在がこの銀河に居るのならお目にかかりたいね!」 


 アメリアが不敵な笑いを浮かべながらそう言うと新藤がすかさず口を挟んだ。


「いやあ、そんなに力まなくても……」 


 つまらないものに火をつけてしまった。ランは慌ててそう言ったがすでにアメリアはギアを切り替えてオタクで痛い本性を現そうとしているところだった。


「知らねえよ、アタシは!それじゃあランニング!行ってきます!」 


 かなめはアメリアのごたごたに巻き込まれるくらいなら走っている方が良いと言うことで逃げ出そうとした。


「逃げるんじゃねーよ!ランニングは中止だ。テメーはアメリアに協力しろ。これは上官命令だ!とりあえず例のどうしようもねー映画をマシにする作業が最優先!良ーな!」 


 ランニングと称してそのまま逃げ出そうとしたかなめをランが押さえつけた。誠とカウラは仕方が無いというようにすでにシミュレータの撤収を始めたアメリアを生暖かい目で見つめていた。


 一同はそのままシミュレーションルームを出て撮影現場の倉庫に向かう途中のハンガーに差し掛かった。


 甘い香りが歩いていた誠達の鼻をくすぐるので誠はランを先頭にして撮影現場に向かう列を外れて周りを見回した。


 ここだけは、あの『全自動温泉卵製造器』こと嵯峨の専用機『武悪(ぶあく)』が発する熱のせいで、冬だというのに春先のような気温だった。


「正直最後はやっつけで書いたのよね……矛盾点とかあったらあとで編集の時に何とかするから。うまくやってね」 


 灼熱のハンガーを抜け、倉庫奥の撮影現場に着くと新藤は定位置の画面の複数並んだ映像編集機材の担当者の席に腰かけ端末のコードを差し込んでいた。


 そんな新藤に向けての自分が監督であるということをどこまでも主張し続けたいという本心が見え見えのアメリアの言葉が響いた。アメリアに逆らうのは無駄だと諦めている新藤はメガホンを機材の山に放り投げていた。


「おい、やっつけなのかよ。まったくストーリーができたのは俺のおかげなんだぜ。やっつけって言う表現は取り消してもらいたいねえ」 


 新藤はそうこぼすとハンガーから駆けてきたサラから紙コップを受け取った。サラはハンガーの奥から鍋を持って出てきた技術部の西高志兵長と紙コップを持った神前ひよこ軍曹からさらに紙コップを受け取った。


 鍋に満たされた甘酒の湯気が、冷えていた倉庫の空気をやわらかく押し返していた。米の甘い香りが、油と機械の匂いに混じって妙に人心地つかせる。


「おう、甘酒か。ひよこが朝から何やってるのかと思えば気が利くじゃねえか。こういう時は温まるもんが一番なんだ。ここにはあの『全自動温泉卵製造器』の熱は来ねーからな。さっきから急に寒くなって仕方なかったんだ」 

挿絵(By みてみん)

 いかにも嬉しそうにランがテーブルに置かれた大きな鍋の蓋を開けた。白いどろどろの甘酒がかぐわしい香りを撮影現場一杯に拡げた。


「クバルカ中佐。帰りに飲酒運転になる心配はありませんから。アルコールは飛ばしてありますから酔いませんよ。日本酒のように楽しい気分になることは期待しないでください」 


 ひよこはそう言いながらいつの間にか監督の後ろに列を作っていた整備兵達に甘酒を振舞い始めた。


「しかし、こうしてみるともう冬なんだな。季節が巡るのはあっという間だな。本当に時間の経つのは早いものだ。神前がうちに来たのは真夏の暑い日だった。今でもあの時のことは思い出せるくらいだ」 


 その列の中にいつの間にかいたカウラがエメラルドグリーンの髪に手をやった。


「なんだ?人造人間でも風雅ってもんが分かるんだ。カウラに風情が分かると言うのは初めて知る発見だ」 


 かなめの言葉にそれまで隣の甘酒を覗き見ながら機器を片付けていたアメリアが立ち上がった。


「ひどい偏見!私達も一応人間よ!取り消しなさいよ!カウラちゃんはロールアウトして時間が経って無いからあまり理解できていないだけ!私みたいにいろんな経験をすれば風情もわびもさびも分かるようになるの?そんなことも分からないから人の心が分からない我儘娘に育っちゃったのよ!」 


 顔を近づけてつばを飛ばすアメリアにかなめも一歩もひかない。すぐさまジャンプしたランがかなめの頭をはたいた。


「馬鹿やってんじゃねーよ。甘酒やらねーぞ!」 


 そう言いながらランは副長特権で甘酒の列に割り込んで手にしたコップを傾けた。


「それより未成年の飲酒は……」 


「アタシは大人だ。それにさっきひよこはアルコールは完全に飛んでると言ってた。つまりこれは酒じゃねー。西も19歳だったな!オメーも飲んで良し!」 


 カウラの言葉を切り捨てるとランはそう言って甘酒を飲み干した。


「これ、おいしいですよ。西園寺さん。西園寺さんも飲みましょうよ、暖まりますよ」


 何気なく声をかけただけのつもりだった。だが、かなめはなぜか機嫌を悪くしたように、黙って実働部隊の詰め所のあるハンガー奥の階段へ向かって歩き出した。

挿絵(By みてみん)

「素直じゃねーな。アイツも」


 ランの言葉に、誠は苦笑いした。自分のどの言葉がかなめの癇に障ったのか、まるで見当がつかなかった。


「あの、じゃあ僕も遠慮します」 


 誠の言葉にひよこに代わって甘酒を振舞っていたアメリアが目の色を変えた。


「そんな、かなめちゃんの我儘に付き合う必要なんて無いわよ!」 


 そう言うとアメリアは警備部のスキンヘッドの兵士から甘酒の入ったコップを奪って誠に持たせた。


「別にそんな……」 


「いいから!持っていきなさいよ……これもね」 


 そう言うとアメリアはもう一杯の甘酒のコップを誠に持たせた。彼女の笑顔に背中を押されるようにして誠はそのままかなめのあとをつけた。


 誠が甘酒を持って振り返るとかなめの姿は無かった。早足でそのまま階段をあがって管理部の白い視線を浴びながら隣の詰め所に飛び込んだ。


 そして誠は、そっぽを向いたまま机の上に足を投げ出しているかなめを見つめた。


 手の中の紙コップでは、甘酒が小さく湯気を立てていた。

挿絵(By みてみん) 

 かなめがなぜ機嫌を損ねたのか、誠にはよく分からなかった。だが放っておくと余計にこじれる気がして、結局その背を追っていた。



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