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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と魔法少女  作者: 橋本 直
第二十一章 『特殊な部隊』と宿命

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第71話 法術師の宿命

「どうやら休憩を取られているみたいですわね。丁度いいタイミングですわ」 

挿絵(By みてみん)

 にこやかな表情で会議室に現れたのは遼州同盟司法局・法術特捜の主席捜査官……嵯峨茜警部だった。


 これまでの異常空間に通常空間の住人である茜が現れたことに誠は安堵するとともに違和感と不安でいたたまれない気持ちになっていた。

 

「おお、茜。お前も食うか?仕事ばっかじゃ疲れるだろ?少しは栄養取ってそれから仕事しろよ。父として言えることはその程度かな?……俺も父親らしいところが有るだろ?」 


 いつも通り下品な食べ方をしている嵯峨が娘の茜に声をかけた。


 そんな異常空間を作り出した張本人である嵯峨に向けて茜は父に対するというよりもむしろ物わかりの悪い弟に向けて接するような笑顔を向けていた。


 確かに誠から見ても不死人でどうやら25歳前後で老化が止まった嵯峨と現在26歳の茜ならばそう見えて当然と言える。さらに、この悪ふざけの中で一番悪ふざけの限りを尽くしていた嵯峨は、『特殊な部隊』の部隊の隊員では無いものの同じ建物で仕事をしている数少ない社会からそれなりの評価を受けている茜から見たら父と言うよりも弟と言った方が的確なのではないかと誠は思い始めていた。


「お父様。(わたくし)はちゃんとお夕食はいただきましたの。なんでも過ぎたるは及ばざるに劣るですわ」 


 嵯峨になだめるような口調でそう言うと彼女は誠に目をやった。


 通常空間の住人もやはり関心を持っているのは自分なのだと知ると誠はどう振舞えばいいのかだんだんわからなくなってきた。


「ちょっと神前曹長の提出した資料についてお話がありますの。お時間をいただきたいんですけどよろしくて?」 


 茜の微笑みに父である嵯峨は何かを訴えたいと言うような視線を誠に送ってきた。


「おい!こいつの資料になんか文句でもあるのか?こいつは仕事を始めてまだ半年だぞ!オメエみてえに以前は東都警察の刑事課に居た捜査資料を見るのに慣れていて、今ではその専門家として何時もおんなじ仕事をしている訳じゃねえんだ!そんくらい考えろ!」 


 かなめは茜のこの特殊空間のノリを完全に無視した態度が気に入らないというように明らかに怒りを前面に出して茜に迫った。それを軽く受け流すような微笑をたたえて茜は誠を見つめた。あくまでかなめは『特殊な部隊』でこの異常空間の住人で、茜はその外の一般社会の住人なのだと誠は理解した。


「ああ、良いですよ。なにか……」 


 自分の事を思ってくれてはいるものの半分はあまり馬の合わない茜に対する嫌味のつもりでそう言うかなめを抑えて誠は立ち上がった。


「よろしいみたいですわね。じゃあかなめお姉さまと……」 


「げ!アタシも?アタシは今飯を食ってるんだ!そんなもん飯を食ってからにしろ!」


 明らかに不服そうにかなめはそう言って食べかけの丼を置くと渋々立ち上がった。


 茜はキャリア採用で東都警察に入るまでは父である嵯峨の弁護士事務所を切り盛りしていた議論で飯を食べていた人間である。銃で飯を食べていた人間であるかなめが口論して勝てる相手ではない。


「そう言うことなら私も行こう。西園寺の馬鹿が何をするか分からん。ここに居ても不安になるだけだ。アメリアのお遊びに付き合うのはこりごりだ」 


 茜の視線を見つけてカウラも立ち上がった。


 カウラもこの異常空間には似合わない思考の持主である以上、ここから逃げ出す口実があればその機会を逃すわけが無かった。


「食べかけだよ!どうするの?」 


 誠、かなめ、カウラの中にまだ十分中身が残っている丼を見てサラがそう叫んだ。


「グリファン中尉。それほどお時間は取らせませんわ。とりあえずラップでもかけておいて下さいな」 


 気遣うように茜はサラに向けてそう言うと立ち上がった誠とかなめ、そしてカウラをつれて部屋を出た。


「本当にちょっと見ていただければ良いだけですの。本当にお手間は取らせませんので」 


 そう言うとそのまま仮住まいの法術特捜本部と手書きの札の出ている部屋へと入った。


「ああ、警部!」 


 部屋ではお茶を飲みながら端末の画面を覗き込んでいる捜査官補佐カルビナ・ラーナ巡査が座っていた。


「ラーナ。どうなの?やっぱりこの現象は『アレ』で決まりなのね」 


 茜のそれまでの上品そうな言葉が急に鋭く棘のあるものに変わった。


 かなめはそれをニヤニヤと笑いながら見つめていた。茜の顔が曇るような事象があるということは銃が必要になるような場面が想像される。どこまでも『戦う女』を自称するかなめには茜の焦燥はかなめの快楽のネタにしか過ぎなかった。


「やはり間違いないっすね。これは見事な……と言うか典型的な『アレ』です」 


 真剣な顔のラーナが言った『アレ』という直言を避けた言葉を聞くと、かなめは茜が誠を呼んだ理由が自分の想定とは違うと悟ってにそれまでふざけていたかなめの顔が一瞬で切り替わった。


 その顔にはかなめがラーナの言う『アレ』の中身について知っていることを意味しているように誠には見えた。


「アタシも気づいていたけどやっぱりか……言うのか?『アレ』について、神前に……いわゆる『法術暴走』について……」 


 かなめはそれまでのふざけた調子を変えて真剣な顔でそう言ってから、少し申し訳なさそうな瞳を誠に向けていた。


「どういうことだ?西園寺、貴様は何か知っているな?まあ、法術特捜の二人の方がその現象について正確に理解してるだろうから……説明を願いしたい」 

挿絵(By みてみん)

 カウラの言葉にかなめは画面を指差した。そこには奇妙な死体が映されていた。出来上がったばかりの白骨死体。以前の誠ならあり得ないと切って捨てただろうが、それが人体発火による法術の発動によるものであることは瞬時に理解できた。


「典型的な人体発火……でも僕の資料でしたっけ?死体の資料ばっかり見てたんでどの死体が何なのかはよく覚えていないんですよ」 


 その白骨死体を見ても誠はいまひとつピントこなかった。そんな誠を茜とカウラは呆れたような視線で見つめた。


「しょうがないじゃないか。法術犯罪のここ30年にわたる秘匿されていた死体の写真の整理を神前はしていたんだ。当時は法術の孫座は公にされていなかったから普通の『火の不始末による火災』として処理された現場の写真ばかり数百と見せられてそれが法術によるものかそれとも本当にただの失火によるものなのかの選別を依頼されていたんだ。そんな数百の焼死体は私も見てきた。こんなもの、珍しくも……!」


 カウラの声が、そこで途切れた。誠をかばおうとしていたカウラもその白骨死体の画像に引き込まれて黙り込んだ。


「いや、人体発火じゃないですね……これは……こんな死体……僕はてっきり典型的な人体発火だと思って資料をそちらに流しちゃったんですけど……明らかにそれとは違う?何なんです?この死体は」 


 自分が整理した資料だったが誠には覚えが無かった。だがその白骨死体はこうしてそれだけを目にするとその奇妙さがはっきりと分かるほどのものだった。


 それは普通の白骨死体ではなくミイラ化した死体であることに気づいた。それと同時に眼孔の奥に見える目玉だけがまるで生きているように輝いているのが分かった。その割にはきっちり来ていた衣服は完全に焼け落ちてまるでそのミイラの身体だけはその衣服の燃焼でダメージを受けていなかったように見えるのがあり得ないことのように誠には見えた。


「ようやく気付かれましたか、神前さん」

 

 穏やかな茜の言葉。誠はこの死体の発見された連続放火事件の詳細について思い出そうとしていた。


「おい、茜!ちょっとこの死体の検死の結果を見せろよ!当然、オメエはそれも見てるからアタシ等をここに呼んだんだろ?」 

挿絵(By みてみん)

 かなめはそう言って助手を気取ってモニターの前に座っているラーナの頭を小突いた。彼女は少し不服そうな顔をするが、茜がうなずくのを見るとキーボードを叩いた。


「この死体の特異性はその脳の水分の分布状況にあるんすよ。大脳の水分はほぼ蒸発しているのに小脳や延髄の細胞には一切の異常がなかったんす。で人体発火なら、全身の水分は一気に飛ぶ。こんな『偏り』は残らないっす」 


 画面には脳のレントゲン、CT、MRIや実際の解剖しての断面図までが表示された。この画像に次第に先ほどまで食べていたどんぶりモノの中身が逆流しそうになって誠は口を押さえた。


「何びびってんだよ。さっきは死体なんて見慣れてるとか抜かしてたじゃねえか……さてはろくに見もしないで資料を茜に流してたな?このサボり魔め!」 


 そう言いながらかなめはそのまま横からラーナのキーボードを奪って断面図を拡大させた。


「これが噂の法術暴走か……法術の制御が出来ない覚醒していない法術師にも突然起きる現象……遼州人の宿命のような現象……厚生局の時の外部から人為的に起こさせるそれとは違い、人為的で無く自然に起きる現象ですから防ぎようがない」 


 ぽつりとカウラがつぶやいた。その言葉にかなめは画面の前の顔をカウラに向けた。明らかに呆れたようなかなめの顔を見てカウラは自分が言ったことの意味を気づいて誠を見つめた。


「法術暴走?それってこの前の『同盟厚生局事件』で見られた……」 

挿絵(By みてみん)

 手足の感覚がなくなっているのを誠は感じていた。画像の中の輪切りの脳みそ。ほとんど持ち主が生きていた時代の姿を残していない奇妙な肉塊にしか見えないそれと、自分の視野だけがつながっているように感じた。音が遠のいて、画面の『それ』だけが近づいてくる。誠は力が抜けてそのまま上体がぐるぐると回るような気分になった。


「おい、大丈夫か?」 


 そう言って誠の額に手を当てたかなめはすぐに茜をすごむような視線でにらみつけた。


「お姉さま。落ち着いていただけませんか?」 


 茜は表情を殺したような顔でかなめを見つめ返した。しばらく飛び掛りそうな顔を見せていたかなめも次第に体の力を抜いてそのまま近くの狭苦しい部屋には不釣合いな応接用のソファーに体を投げ出した。


「神前。お前もいつかこうなるかも知れねえってことだ。これは旧厚生局のマッドサイエンティストが作ろうとした『不死の兵隊』の出来損ないにだけに起きる現象ではなく、法術の能力の種類とは関係なく起きる現象だ。そしてこの現象に耐えられる法術師は『不死人』だけだ。暴走して『致命傷』になっても戻れるのが不死人だからな。それに対してただ腕力があるだけで何の法術も他に使えない島田は『死なない』だけで、暴走そのものを止められるわけじゃねえ……と言うかアタシが法術に関して見た情報の中にこれが起きた時に外部からそれを止める手段は今のところねえらしいや」 


 かなめはそう言うといらいらした様に足をばたばたとさせた。誠は画面の肉の塊から必死になって視線を引き剥がした。その先のカウラは一瞬困ったような顔をした後、すぐに目をそらした。


「力を持つ。人に無いものを持つ。その代償がどう言うものかそれを知ることも必要ですから……だからそんな存在の一人である誠さんにはこの情報は話しておくべきだと思ったんです」 


 そう言って茜はまだ子供のように足をばたつかせているかなめをにらみつけた。かなめもさすがに自分の児戯に気づいたのか静かに上体を起こしてひざの上に手を組んでその上に顔を乗せた。


「だけど今なんでこういうものを見せるんだ、神前に。茜、コイツを不安にするのがそんなに楽しいのか?アタシには茜が神前を虐めて楽しんでるようにしか見えねえけどな!」 


 かなめのタレ目の視線がいつもの棘はあるが憎めないようなものに戻る。それを見ると茜はかなめの前のソファーに腰を下ろした。


「ベルガー大尉。神前さん。おかけになられてはどう?少し落ち着いて話をする必要が有りそうですわね」 


 その言葉に茜の声から、上品な装いが剥がれ落ちた。カウラは神前の肩を叩く。我に返った誠はカウラの隣、茜の斜め左側に腰を下ろした。


「それではうかがいますが、お二人に神前曹長がこうなる前に手を打てる自信はありますの?この現象は純血の遼州人であれば法術適性に関係なく誰にでも起きる現象です。特に法術適性の高い人物の場合この現象が発生する確率は高い。しかも、神前さんは『不死人』では無いからこの現象に耐えることは出来ない……その事実を認識してらっしゃいますか?」 


 優雅に湯飲みに手をやる茜を誠は見つめていた。誠は先ほどの写真とかなめと茜の言葉を聞いてから異常な発汗は続いている。そして自分がいつかはその死体と同じ運命をたどるかと思うと体の力が抜けていった。


「お二人は神前さんを助けることができるのですか?もしこうなる状態にまで追い込まれたとき……法術発動中はこの現象が起きる確率は格段に上がります。そのことはこれまでのデータで明らかになっているところです。お二人は神前さんの法術に何度も助けられてきた。ではご自分達は神前さんを助けることができるんですか?それが『できない』と言うこともお二人には覚悟しておいていただきたいんです」 

挿絵(By みてみん)

 その穏やかな表情に似合わぬ強い語気に誠は茜が間違いなく嵯峨の娘であることを確認した。


「それは……」 


 カウラはうろたえ気味に言葉に詰まった。


「その方法が知りてえんじゃねえよ!アタシは何で今頃そんな話をしてきたかを聞いてるんだ!今更あの時は凄く危なかったんですよなんて言われて今更どうしろって言うんだよ!」


 そう言って怒りに任せてかなめはテーブルに右手を打ち付けた。 


「かなめお姉さま!そんな興奮なさっても状況は変わりません!」 


 今度はその笑顔が言葉とともに茜から消えた。その表情を見てかなめも落ち着いたようにソファーに腰を下ろすと視線を下に落とした。


「分かってるよ、そんなこと。ねえよ、そんな自信は。アタシは神前に守られてばっかりだった。その度に神前はこうなる可能性が有った。その事実……知って今更どうすると言いてえが……こいつにそう度々力を使わせるなって言うなら話は分かる。そもそもその為の護衛としてアタシとカウラとアメリアがいつも神前のそばにいるんだ。その事実を知っててその言葉を言ったのか?そこんところは教えてくれ」 


 そう言ってかなめは端末のキーボードを叩くラーナに目をやった。


「確かに例の北川のように本気で戦う気のない相手なら三人が銃で威嚇すれば向こうは戦う気が無いのだから立ち去ってくれて誠さんは力を使わなくて済む。それでも事件は起きますわ。その時は必要に応じて神前さんは力を使うでしょう。その時お二人ともこの状況になった神前さんを見殺しにするおつもりだと?力に、法術に取り込まれて我を失って暴走して自滅する誠さんを……」 


 非常に的確に茜はかなめを論理的に追い詰めていった。


「そんなこと言ってねえだろ!なんとかできる方法が有るなら教えろ!頼むから教えてくれ!神前には死なれちゃ困るんだ!アタシは嫌なんだ!」 


 かなめはテーブルを叩いた。テーブルがひしゃげなかったのが不思議なほどの大音響にそれまで淡々とモニターを覗いているだけだったラーナもかなめの方を向いた。


「これまでも特に必要が無い限り神前曹長には力を使わせないような作戦を取るように心がけている、それに対策が有ればすぐに対応する心づもりではいる」


 カウラは冷静にそう言うと湯呑に手を伸ばした。 


「事実としてはこれまで二回、神前さんの力のおかげで助けられていますわね?お二人とも。その時もこの危険性はあったと言うことをお伝えしておきたかったんです。それ以上の深い意味はありません。法術師に法術を使わせると言うことの意味を理解していただきたいんです。純血の遼州人でないお二人には神前さんを守ることは今のところできない。それが私の結論です。その事だけは理解して今後も事件対応に当たってください」 


 そんな茜の穏やかな言葉にかなめとカウラは押し黙った。


 誠は黙って話を聞いていた。発火能力、パイロキネシスの使い手の法術暴走による自滅した成れの果てのミイラ。それが自分にも訪れるかもしれない未来だと思えば次第に震えだす足の意味も良く分かってきた。


「じゃあ、それを知ってどうしろっていうんだ?アタシ等には何にもできねえんだろ?それじゃあ知ってても知らなくても同じじゃねえか!何の解決にもなってねえぞ!茜!それに法術暴走の可能性ならオメエにもあるだろ?オメエは確かに地球人とのハーフだが、法術師であることには変わりはねえ!法術を発動している時は純血の法術師とハーフの法術師にどんな差が有るか知らねえが、同じ法術師だ。法術の暴走の可能性がねえとは言わせねえからな!」 


 ようやく話の糸口を見つけたかなめの言葉を聞いても茜はにっこりと笑っていた。


「そうですわね。私にも起こりうる出来事には違いありませんわ。でもそれを覚悟しているか、知らずに境界を踏み越えて自滅するか。私なら覚悟をする方を選びたいと思っています。誠さんにもその覚悟をもって今後の任務に当たっていただきたい。ただそれだけです」 


 そう言うと茜はラーナを見つめた。その目に反応するようにラーナはそのまま戸棚の紅茶セットに向かおうとした。


「そんなにここに長居する気はねえよ。気分が悪くなるだけだ」 


 再びソファーに体を投げたかなめを見てラーナは手を止めた。



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