第70話 お約束が破られて
巨大リンの上空を誠達の乗る巨大ロボットに変形するらしい巨大戦闘機のようなものはただ旋回するだけだった。
誠のお約束では一回りしてから変形シーンに入るはずなので間もなく変形の見せ場に移るだろうと感じながら誠は余計なことを考えていた。
『いつも思うんだけどなんでこのときに攻撃を仕掛けないかな……そこだけは昔から不思議だったんだよな。今はパイロットやってるけど敵がそう言う状態なら射撃が下手な僕でもオート照準ならたぶん当てられるぞ。まあ、そこはお約束ってことなんだろうけどね。フィクションとリアルはそこらあたりが違うんだろうけど……ただこの台本を書いているのがアメリアさんだということは考えに入れておくべきなんだろうけど』
そんな不謹慎なことを考えていた誠だが、やはり同じ意見のようなリンはきっちり肩のミサイルポッドからミサイルの雨を浴びせてきた。アメリアはお約束を無視することが大好きだということを誠はその事で改めて思い知った。
「うわ!こんな時に攻撃?」
お約束は守るだろうとたかをくくっていた小夏が顔面から突っ込むようにコンソールに頭をぶつける様子が目に入る。笑いをこらえながら誠は叫ぶ準備をした。
「卑怯だよ!全力で戦える状態にならなきゃ攻撃するのはおかしいよ!」
この小夏の言葉から小夏もどちらかと言うと女の子向けのアニメよりも誠に趣味が近い特撮の愛好者だったことを誠は理解した。
「戦いに卑怯も何もない!油断するな、キャラットなっちゃん!ここは戦場なんだ!何が起きても不思議なことなど一つも無い!僕達には勝利以外は許されないんだ!」
誠の台詞に小夏は我を取り戻したような表情を浮かべた後、満面に笑みを浮かべる。その表情には元気がいっぱい蘇っていた。
「でもあんな弱いミサイルで倒れるほど私は甘くないわ!変形は止められないよ!覚悟することね!」
そんな小夏の強気な叫び声にあわせて変形が進行した。さらに高鳴る音楽を聴いてさすがのリンも空気を読んでおとなしくしていた。お約束の腕が伸び、首が回転し、ひざが伸びてロボットの形になった。そのままどういう理屈かよく分からないエンジン音を流しながらがっちりと採石場の中央にロボットは着地した。
「マジューンスペルターロボ!見参!」
小夏は得意げに見得を切ってみせた。今後突っ込みどころがあっても完全に出来上がったモードの小夏に誠は黙っていようと心に決めた。
誠の目の前、五人全員からみえる巨大なモニターにはすでに第二波のミサイルが、巨大モニターに映っていた。台本どおりだ。戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』であるアメリアにとって、無防備な敵を叩くのは本能みたいなものだ。無防備な敵は攻撃するのが当然というのがアメリアの発想であり、この展開は誠も十分に予想がついた。
「うわー!」
小夏の大げさに過ぎる叫び声を聞きながら巨大ロボはそのまましりもちをつくような感じで倒れた。
『憎し!この世界!憎し!』
理性が破壊されているらしい渡辺リン大尉こと巨大化した機械魔女メイリーンは巨大な鞭を手に倒れたロボに襲い掛かった。右手の鞭が鋭くロボに向って放たれる。
「かわすよ!」
小夏の叫び声で右に大きく転がってリンの攻撃を避けた。リンは再び鞭を振るう。そして小夏が避けると言うことが繰り返された。
『良く動くな。このロボ。島田さんの合体ロボの原画もかなり動いてたからな……こっちの方が合体が無い分自然に動けるな。でも今の技術ではこんなどう考えても50mを超えるようなロボをこんなに動かせるようなアクチュエータなんて開発されてない……いや、これはフィクションでアメリアさんの脳内の妄想なんだから……真面目に付き合うだけただの馬鹿だ』
誠は半分観客気分でころころ転がるので揺れまくっているロボの中でアトラクション気分を満喫していた。
「これなら!」
胸の前で腕を十字に交差させると言うまったく意味の分からないポーズをとったサラが目の前の一つしかないボタンを押した。いきなりロボのバックパックからジェットが噴射され、浮き上がったロボが体勢を立て直した。
『こういうのがあるなら早く使えば良かったのに。アメリアさんもこのロボは実は圧倒的に強いけど止めを刺す時まで本気は出さないというお約束をきっちり守りそうだな。まあ、そうでもしないと戦闘モノ特撮作品は成立しないんだけど』
そう思いながら隣を見ると、飽きたような感じのかなめことキャプテンシルバーがあくびをしていた。
このロボの操縦は全て小夏一人が行っている設定になっている。つまりそれ以外のメンバーはただ乗っているだけですることが無い。
誠のようにロボットもののお約束を自分なりに評論してアメリアの台本のツッコミどころを考えるなどということをする趣味の無いかなめにはどうせ勝つに決まっている戦いを何にもせずに見ているだけなどという退屈な状況に耐えられるわけが無かった。
「かなめさん、戦闘中ですよ!」
無駄だと分かりながらもめんどくさそうに戦闘コスチュームの胸のあたりがかゆいのかそれを外して思わずその豊かな胸が画面に映りそうになるのを誠は気にしてそう言った。
「だって仕方がねえだろ?することねえしよ。そもそもなんでこのロボは5人乗りなんだ?小夏一人で操縦すればいいじゃねえか。アタシ等が乗ってる意味は何かあるのか?そこんところを教えてくれよ。オメエこういうの詳しいじゃん」
そう言いながら素に戻ったかなめは再びあくびをした。
一方、パイロット役で真面目に戦闘をしていた小夏は巧みな機体裁きで次々と鞭を打ち込んでくるリンの攻撃を次々とかわす。
「今度はこっちの番だよ!」
小夏の叫びとともに目の前の空間に手をかざしたロボ。光に包まれたその手には巨大な剣が握られていた。
「チャンバラか?好きだねえ……そもそもあんな敵なんて銃か何かでハチの巣にすりゃあ終わりじゃねえのか?この大きさのロボなら『ふさ』の主砲クラスの火器くらい持てるだろ……アメリアも何考えてるんだよ」
興味がなさそうにかなめがつぶやいた。誠はただ冷や汗をかきながらそんな彼女を見つめていた。
「ふっ!たかが剣の一本で!」
そう叫んだリンの鞭がうなりをあげてロボを襲った。
「舐めるな!」
ランがそう叫んで目の前のレバーを下げた。ロボの頭部を襲おうとした鞭は空を切った。そしてロボの剣が鞭を切り落とした。
「なっ、何!」
巨大メイリーンはうろたえた。再び剣を握りポーズをとるロボ。
「それじゃあみんな行くよ!」
小夏は笑顔でそう叫んだ。
誠のバイザーの下に台詞が映し出された。そこにはいかにもアメリアが考えたらしいセンスのかけらも感じられない必殺技発動のセリフが映し出されていた。
『マジ?これ読むの?』
その台詞に誠は真剣に焦った。だが高らかに最終決戦を告げる音楽が流れた。嫌でも盛り上がる雰囲気。そして誠は見栄を捨てた。もはやどうにでもなれと言うのが誠の心境だった。
「世の中に!」
誠はとりあえず恥を捨てて叫んだ。
「悪は栄えず!」
ランはすっかりノリノリだった。
「情け無用!」
やけなのがすぐに分かるかなめ。
「いくよ!」
短い台詞に明らかに不満なサラ。
「必殺!」
一番力の入っている小夏の雄たけび。
『一刀!真剣!瞬殺斬!』
その言葉とともにロボは明らかにバレバレの避ければいいじゃないかと誠にも見える太刀筋で、目の前の巨大メイリーン将軍を一刀両断にした。
『グモー!!機械帝国万歳!!』
そう叫んで巨大メイリーン将軍は大爆発した。そしてロボは決めポーズを見せた。
『はい!お疲れ!』
アメリアのOKが出てほっと胸をなでおろす小夏達。誠も安心してシーンが終わるのを確認するとバイザー付きのヘルメットを外した。
そこに香ばしいにおいが立ちこめていることを誠はすぐに悟った。
「ずるい!ずっこい!」
食べ物のことなら彼女と言う小夏が叫んでいる声が聞こえた。上体を起こした誠は嵯峨と春子、そしてなぜか特務公安隊の隊長、安城秀美までがどんぶりを抱えて誠達を見つめている光景に出くわした。
「なんだ、これが良いのか?」
そう言って安城がどんぶりの中の食べかけのアナゴのてんぷらを見せ付けた。
「あ!それ佃屋のでしょ!あそこは値段も良いけど味も良いのよね……うちだって近いのに滅多に食べに行けないんだから!」
小夏がそのきらびやかな赤い赤絵の高そうなどんぶりのどんぶりを指差した。
「いいじゃないの、さっき春子さんのお弁当散々食べてたでしょ?」
食べ終わったどんぶりを手にアメリアがそう言うが、小夏はじりじりとアメリアに近づいていった。
「へえ、餌付けかよ。ずいぶんな熱の入れようだねー、安城少佐?最近はこれまでひたすら袖にしていた『駄目人間』にすっかりご執心じゃねーか。半月に一度は用もねーのに東都からこの豊川くんだりまで来るんだもんな。気が変わったのか?」
ランは明らかに安城に敵意を込めてにらみつけた。その先では余裕の表情で春子とランを見回しながらアナゴを食べる安城の姿があった。
「餌付け?何のこと?私はまた嵯峨さんが変なことをしないか上から言われて監視に来ているだけ」
涼やかな印象がある美女、安城がとぼけたのが気に入らないと言うようにランは今度は春子を見つめた。いつの間にか会議室の隅に、どんぶりの山が増えていた。
「ああ、これね。安城さんの差し入れ。他にもあるわよ」
そう言って春子は奥に寄せてあったテーブルの上のどんぶりモノを指差す。
「やったー、じゃあカツどんある?」
「オメエさっきもとんかつ食べてたじゃねえか!」
かなめの忠告を無視してサラはラップのかけてあるどんぶりを覗いて回った。
「サラの姐御!親子丼しかないですよ」
小夏はそう言って自分の分のどんぶりを確保する。サラも仕方ないと言うように小夏から親子丼のどんぶりを受け取った。
「アタシは天丼で、神前は?」
かなめに声をかけられて誠は我に返った。
「じゃあ僕も親子丼で」
「残念!私が最後の親子丼を食べるのよ!」
アメリアはかなめが手を伸ばしたどんぶりを奪い取った。にらみつけるかなめだが、アメリアは気にせずラップをはがすと口にくわえていた箸をどんぶりに突き刺した。
「テメエは餓鬼か!」
呆れながらアメリアを見ていたかなめだが、サラやパーラ、かえでやリンがどんぶりを手に食事に集中していた。そしていつの間にか来ていた島田と言った面々がどんぶりを取っていくのを見て仕方なく適当に一つのどんぶりを確保した。
「これで良いだろ?」
誠が受け取ったどんぶりは深川丼だった。
「ああ、僕は貝が大好物ですから!」
そう言って誠はうれしそうなふりをしてラップをはがした。
「嘘つくなよ、この前アサリ汁飲まなかった奴が……」
低い声でかなめがにらんでくるので誠は静かに箸を置いた。
「じゃあ、私のかき揚げ丼と交換するか?」
誠の後ろに立っていたカウラの言葉に誠は自分のどんぶりを差し出した。
「俺のは?」
新藤が窓際で叫ぶ。両手にどんぶりを持っていた小夏がちょこちょこ駆けていって新藤にどんぶりを差し出した。
「……安城にしては良い差し入れだな。アタシもこの店の味は嫌いじゃねーからな」
喜ぶ部下達を見て複雑な表情でランがつぶやいた。誠はその様子を見てアメリアを見つめた。
アメリアはそのまま誠の袖を引き、入り口の嵯峨達から遠い場所で誠の耳に囁いた。
「あのね、安城さんもランちゃんも隊長に気があるのよ。二人とも遼州人だから恋に不器用なの……誰かさんみたいに」
そう言われてみれば安城とランが微妙な距離を取っているのも、春子とばかり話す嵯峨を時々のぞき見るのも納得できた。言われてみれば、安城と春子の嵯峨に向ける視線だけが、ずっと忙しい。




