第69話 ここらあたりで決戦
かえでのアジトから空間転移してその場を逃れた傷だらけのランはよたよたとお約束である採石場を歩いた。
その足取りは重いものだった。
わき腹を押さえる左手が光っているのは治療魔法を使っているからのように見えた。それでもぽたぽたとリンの鞭の直撃を食らって開いた傷口から血が流れ続けた。
傷ついた身体では十分な魔力を発生させることが出来ないらしく誠もはらはらしながら見つめていた。
『でもやっぱり決戦と言えば採石場か。ここは僕の意見を入れてくれて戦隊モノのお約束シーンを用意してくれたんだな。ここだけはアメリアさんに感謝しよう』
自分の案の戦隊モノチックな展開に誠は手に汗握った。ランの周りにはすぐに不気味な黒いタイツに骨をかたどるような扮装の手下が現れた。恐らく島田の非協力体制も解けて整備班員達が雑魚キャラとして登場してくれているらしかった。
しかし全員武装もせずに素手でランに襲い掛かろうとしている展開を見て誠の目は点になった。
『ちょっとー!アメリアさんベタ過ぎ!ちょっとベタ過ぎ!これじゃあ魔法少女の要素一気に忘れ去られるから!これじゃあどう見ても戦隊もの化変身ヒーローものになっちゃうから!もっとゴーレムとか魔物とか出して!僕もそこまでは頼んでないですよ!』
そんな誠の声も届かず手下役である整備班の男子隊員が演じているらしい雑魚達はどう考えても実際に戦ったら勝てそうにないランに挑んできた。
小さいとはいえ『人類最強』のランである。相手が得物を使わないこととアメリアから『デチューンしてくれ』と口を酸っぱくするほど言われているだけあって素手で応じるが、最初は満身創痍の幼女が変質者に襲われている状態だったが、それも一瞬のことで一撃で的確に死なない程度の一撃を的確に急所に放つランの拳の前に、手下はあっという間に散っていった。この時点で誠はあまりのアメリアの誠への配慮に呆れを通り越して何かしらの作為を感じた。
しかし、採石場を降り切ったところでまた次々と手下が現れた。そして同じく肉弾戦を挑んできた。それに対してランもまた魔法を使うことなく肉弾戦で応じた。元々、法術師同士の戦いなら『身体強化』の法術で肉弾戦において最強を誇るランなので、ランを知っている人ならば肉弾戦になっても不自然ではなかったが、ランを知らない人からすれば魔法が使えるのになぜ肉弾戦にこれほどまでにこだわるのか理解しかねる展開だと誠は思っていた。
「きりがないな。これがアタシの運命と言う奴か」
誠から見てもここまで圧倒的にランが強い以上、ランだけですべてが解決してしまいそうな雰囲気が漂い始めた時に、ようやくランはアメリアの『デチューンでお願い』の言葉を思い出したように、わざとらしくがっくりと膝をついた。
どう見てもこれまでの手下の意味がないと思っている誠の目の前でランはようやく剣を抜いた。
ここで現れて来る島田は以下の整備班の雑魚役の手下たちは明らかにこれまでのランの攻撃に怯えているのは誰が見ても分かる程度だったが、ここで逃げ出せば撮影協力を始めた島田の本当の鉄拳制裁が待っているのは確実だと悟って、どうせなら映画なのでそれほど痛くない攻撃を仕掛けて来るランへと突撃してきた。
ランは完全に『デチューン』モードで演技を始めた。傷ついた体は明らかに切れがなく、振り下ろされるたびに剣は空を切った。手下達は今度は一撃、一撃と致命傷にならない打撃をランに繰り出してくる。そこには日頃一方的に怒鳴りつけて不条理な命令を次々と与えて来るランへの個人的恨みが誠にも明らかに見て取れた。
そんな整備班のここぞとばかりにその崇拝の対象となっている『偉大なる中佐殿』であるランに一撃を食らわせる機会を逃すまいと日頃の屈折した恨みを晴らそうと幼女相手に本気で殴っている整備班員演じる雑魚たちの攻撃で、ランの全身に切り傷が増え、剣の切っ先もさらに鈍ってきた。
「そこまでよ!」
ほとんどランへの個人的恨みでランを袋叩きにしている整備班員達が演じる雑魚たちがようやくここで台本を思い出して声の方に目を向けた。
そこには二人の少女と一人の女性の姿があった。
「行くわよ!」
そう言うと石の上に立っていた三人が飛び降りた。
まずは小夏。瞬時にピンク色に画面が占められ、すぐに手にした杖のミニチュアが巨大化した。
「友情、愛、そして真実の為に!私は誓う!」
『いや、だからそれ前と違うって!誰が監修してんの!アメリアさん適当にやるのもいい加減にしてください!』
脳内で突っ込みを入れる誠の視界の中一杯に回転を始めた小夏の服がはじけとび、白と青の魔法少女のコスチュームが現れた。すぐにサラの変身シーンに切り替わる画面。同じように今度はオレンジの光の中、くるくる回り黒とオレンジの魔法少女のコスチュームがサラを包んだ。
『まさか……』
誠がそう思ったときは遅かった。
かなめのぴちぴちのレザースーツが黄色い光の中ではじけとび、魔法使いと言うより魔女と言うような胸をわずかに覆う金属製のブラジャーとぎりぎりのパンツ。そしてきらびやかな金色のマントを翻すキャプテンシルバーの姿が現れた。
『違うよ!シルバーじゃない、どう見てもゴールドだろそれ!それ!』
そんな誠の心の声を無視して三人がランを襲う手下の前に現れた。手下達は突然現れた新手に混乱して敵を認識できないでいた。整備班員達は映画を作るという言い訳が通じるランには本気で殴る蹴るをしても『人類最強』で不死人のランなら後でどうにでもいいわけがつくが、天然『女王様』でサディストのかなめに同じことをすれば後で言い逃れが出来ずに射殺される運命が待っていることは分かっているので本気で焦っているのはその内部事情を全部わかっている誠にはまるわかりだった。
「こいつ等の処理速度では私達の技の特定はできないはずだ!行くぞ!」
そう叫ぶかなめが先頭を切って敵に切り込んだ。かなめも整備班の島田の部下達が自分に手を上げれば後でどうなるか分かっているので遠慮なく一方的に彼らを手加減無しでぶちのめした。彼女の振るう鞭で手下達は次々と倒されていく。小夏も手にした鎌で次々と手下をこちらは演技として倒していった。予想したとおり、どう見ても銃器を使えばかなめ達を倒せるだろうという状況なのに手下達はただひたすら肉弾戦を仕掛けて吹き飛ばされた。
ここでも不自然に魔法少女が魔法を使わず肉弾戦を行うと言う奇妙な映像が出来上がっていた。
『肉弾戦の割に血は出ないんだな。やっぱり血を見るとまずいだろうからな。コンプライアンス的に。その辺の配慮はアメリアさんでもできるんだ……ここは一安心だな……というかなんで僕はアメリアさんのおふざけを制御する心の準備ばかりさせられているんだ?あの人は僕をおもちゃにして楽しんで……いるんだろうな。これは全部僕への嫌がらせとしてアメリアさんがわざとやってるんだ。まったく困ったもんだ』
そう安心してみていた誠の視界をピンク色の爆発が覆い尽くした。どう見てもその爆発の中心にランがいるにもかかわらずと言うのがいかにもアメリアらしいと思った。
「ランちゃん!助けに来たよ!」
小夏は笑顔で爆発系の魔法を使って見せた。ようやく魔法を使ったものの、その威力のすさまじさに誠はなんで最初からこの魔法を使わなかったのか疑問に思った。
『あのー!それまずいと思うんですけど!完全にクバルカ中佐巻き込んでるように見えますけど!それに最初にこれを使えば楽勝で勝ててたような気がするんですけど!』
しかし、爆発の煙が収まると一人無事に爆発を避けるためにマントに隠れていたランの姿だけがあった。手下の姿が一つも無いのが妙にご都合主義でアメリアらしいと言えた。
ランはそのまま力尽きたように倒れこもうとした。静かに小夏はそれを支えた。
「ふっ。アタシが敵に情けをかけられるとはな。ついにここまで落ちぶれたか。笑えよ」
ランはそう言うと手にした銀色に光る剣をそばに来たかなめに手渡した。
「アタシが生きて貴様達の手に渡れば、アタシを慕ってくれた『赤色の魔法国』の民は皆殺しにされる。これで止めを刺してくれ。そうすれば民は助かるはずだ」
どこかいい顔をしながらランはどこに隠していたのか不明な短刀を小夏に手渡した。
「馬鹿!」
そう言うと小夏はランに平手をかました。明らかに驚いたような表情のランは瀕死の人物の顔色ではなかった。そもそもランをこの程度で倒せるのならばランが『人類最強』を名乗る訳も『人外魔法少女』とかなめやアメリアが弄る訳も、あの嵯峨が『人生最高の敵』とランを評するわけもない。ランはとりあえずこの映画のクランクアップまでは付き合ってやるという義務感だけでそこに居るのは間違いないと誠は思った。
「ランちゃんが死んだらその人達は永遠に機械帝国の奴隷なんだよ!間違っている世界、間違った力。生きているからその間違いを正せるんだよ!」
熱い手でランの剣を握る手を引っ張って小夏は自分の胸に当てた。
「どう、私も生きてるでしょ。だからこうしてランちゃんに会えたの。だから機械帝国を相手に戦えるの。だから死ぬなんて……殺してくれなんて言わないでよ!」
そんな小夏を見てかなめは微笑むと剣をランに返した。
「そう言うわけだ。貴様に戦士の誇りがあるならこの剣を取れ。無いならもう一度機械帝国の黒太子カヌーバの前に行って殺してもらって来い。それが女のけじめと言うものだ」
かなめはランの視線を感じながら鞭を握り締めた。義務感でここに居るランはかなめの妙なノリに引きながらかなめを奇妙な生き物を見るような目で見上げていた。
「キャプテンシルバー、敵のアジトは分かるのか?」
殊勝に小夏がかなめを見上げる姿が誠には非常に新鮮に見えた。
「ああ、この先の廃鉱山の中に黒太子の秘密基地があるはずだ。あの地下を前線基地としてこの世界を侵略しようと企んでいる」
そう言うと歩き出そうとしたかなめだが、地鳴りのようなものが採石場全体を覆った。
「なに!なんなの」
ランに治療魔術をかけていた小夏が当たりを見回す。採石場の不安定な石は崩れ落ち、森の中から動物達が先を争って逃げ出した。
「私も分からない。何が起こったと……!」
狼狽えた様子のかなめの目の前には信じられない光景が広がっていた。
そこには巨大な女性の像が廃鉱山のあった場所に立っているのが見えた。正確に言えば立っていたというよりも廃鉱山を壊して姿を現したという状況だった。
『へー、あの設定がこう生きてくるのか。描いててどこで使うのか不思議だったんだけど……なるほどねえ……でもこれをどうやって倒すの?アメリアさんそこまで考えてますか?』
興味深げに誠はより機械的なキャラと言うことでアメリアに頼まれたデザインの巨大化した機械魔女メイリーンこと渡辺リン大尉の姿を見つめた。
「これは最後の切り札だが、それを使わせた貴様等には敬意を表するぞ!」
巨大になった分良く響く声でリンが叫んだ。そのギリギリの衣装はどう見ても子供の鑑賞に堪えるものには見えなかった。
「このリンさんの衣装のきわどさは……見なかったことにしよう。新藤さんがきっと後で何とかする……と思いたい」
誠はぶつぶつとそうつぶやくことしかできなかった。
「巨大化魔法を使うか……。あの魔法を使えばゆくゆくは自滅するというのに」
そう言ってかなめはこぶしを握り締めた。かなめはここでは完全に役にのめり込んでいるように誠には見えた。
「自滅?それはどういうこと?」
サラがかなめことキャプテンシルバーを見上げた。
「ああ、我々機械魔女の体の構成を魔法で組み替えることで巨大化する術だ。だが、これを使えば元に戻れない。下手をすると、人格ごと『魔術』に食われることになる。まさに機械帝国の機械魔女の『禁断の秘儀』だ。アタシでさえ使うことをためらうこの技を使うとは……メイリーンめ……もはや後は無いと踏んでいるな……貴様も所詮あの黒太子の駒の一つに過ぎなかったということだな」
そう言ったかなめの視線の先でリンは意味も無く山を崩して暴れ回った。
『誠ちゃん出番よ!ここからの台本を表示するから』
アメリアが淡々とそう言うと画面の下に文字列が流れ始めた。
『無茶ですよ!こんなのすぐ……』
媚を売るようなアメリアの声に頭を抱えながら誠は自分の出番である場面へと画面を切り替えた。
それはコックピットのようだった。
一応、誠もアサルト・モジュールパイロットでありコックピットには慣れていたが、その巨大なコックピットにはなぜか燃えるものを感じた。
『これ!戦隊モノのロボのコックピット!一度、座ってみたかったんだ。ここに。デザインもサラさんと島田先輩でやったんだ。ああ、サラさんの合体ロボのデザインを流用したんだな。遼州人らしい無駄遣いをしない精神に感服するよ。それにしても……凝っていると言うか細かいと言うか……まあ島田先輩は毎日僕達のシュツルム・パンツァーのコックピットをいじってる訳だから細かいのは当たり前か』
誠は二つ隣の小夏が座るコックピットを羨望のまなざしで見つめた。
「キャラットなっちゃん!キャラットサラ!キャプテンシルバー!ブラッディーラン!こちらはマジューンスペルター!……名前のセンスは置いといて、切り札だ!」
アメリアには服のセンスとネーミングセンスが皆無なのに呆れそうになる自分に鞭を打っての誠の声に小夏達は飛行する巨大マシンを見上げた。
「これが僕達の切り札だ!転移を!」
誠の叫びに小夏とサラはうなずいた。
「私にはその資格は無い……」
ランは力なくうなだれた。だが、小夏は叫んだ。
「そんなわけ無いよ!ランちゃんは一生懸命やったじゃない。この世界を救うために力を貸して!この世界を救ったら次はランちゃんの世界を救う番だよ!お願い!」
小夏の言葉。彼女の治療魔術でほぼ傷の癒えたランは静かにうなずいて手をかざした。少し恥ずかしそうにランが手を伸ばした。そしてランと小夏の手が重なった瞬間二人の周りの空気が輝き始めた。
そして瞬時に全員がそれぞれの座席へと転移した。モニターには理性が崩れかけて破壊を繰り返す機械魔女メイリーンの姿があった。
「変形よ!」
『おう!』
小夏の声にあわせて全員で目の前の無駄に大きなボタンを押した。高らかに流れるクライマックスな音楽。
『心配そうな顔しないでよ、誠ちゃん。ああ、この音楽、権利的には大丈夫だからね。新藤さんの曲なんだって』
アメリアのあっけらかんとした声が響いた。
『おい、俺の曲だからきっちりあとで礼をしろよ』
新藤の言葉を無視して超巨大戦闘機のような姿の機体が変形していった。




