第68話 復活する人
ひたすらカツだけを食べながらかなめは新藤の言葉に嚙みついた。
「宣伝?ならねえよ!ただ痛い映画が一つ増えるだけだ。それにかえでとリンが出ている部分を本当にカットせずに流すつもりか?アメリアは結局セクシービデオ監督になりてえのか?そもそもあそこをカットしたら物語がわけわかんなくなるだろ?かえで……オメエやりすぎ。オメエはスタイルが良いからセクシー女優も務まるから自分で主演監督で好きなだけ撮れ!それに変な奴が変なことしてアタシを気持ちよくするからアタシが変な方向に目覚めちゃったじゃねえか!あんなの公衆の面前で見せる気か?規制がかかるぞ?確かにアタシとしては神前によりアプローチできるチャンスが増えたのは良いことだがな!」
吐き捨てるようにそう言うとカツを食べ飽きたかなめが稲荷寿司に手を伸ばそうとする。アメリアはすぐにそれを取り上げた。
「なんだよ!」
かなめは突然のこれまで嵯峨の口撃に焦り切っていたアメリアが自分にはいかにも監督面をして接して来るのが気に入らないというようにそう叫んだ。
「だって宣伝にならないってことはこれは仕事じゃないんでしょ?働かざるもの食うべからずよ」
そう言ってアメリアはかなめから取り上げた重箱の中の稲荷寿司を口に放り込んだ。勝ち誇ったようにかなめを見ながらおいしそうに頬張った。
「屁理屈言うんじゃねえよ!返せ!」
かなめは相変わらずアメリアの監督と言う立場を利用したかなめに対する上から目線が気に入らないというようにそう叫んだ。
「いつからかなめちゃんの稲荷寿司になったの?名前も書いてなかったし」
アメリアの言葉にかなめは頭にきたとでも言うように立ち上がって重箱を奪おうとした。アメリアもさるものでひょいひょいとかなめをかわした。
「暴れんじゃねーよ!」
ランの一喝で二人ははしゃぐのを止めた。誠はどう見ても小学校一、二年生にしか見えないながらも貫禄のあるランに目を見張った。やっていることは小学校だが、明らかに大人のかなめとアメリアを生徒にしか見えないランが注意した。その奇妙な光景に誠は噴出しそうになった。
「でもかなり修正するんだろ?新藤。これまでアタシも見てきたが日野と渡辺の出るシーンはかなりアウトだ。西園寺が変な趣味に目覚めるシーンも当然アウト。その点は知ってるんだろうな?」
そんなランの一言で話の中心に戻された新藤は口にとんかつをくわえながらうなずいて右手を上げて了解して見せた。
「それなら最初からアタシ等のどうせアメリアがわがままで『役者の演技じゃないと映画は映画じゃない』とか抜かしたんだろ?今の技術ならそのくらい簡単に出来るんだろ?付き合うこっちの身にもなれってんだ。どうせかえでとリンがエロい展開にアドリブする事なんか見えてたんだ。そんな事も分からねえなんて監督失格だな」
かなめはようやくアメリアから取り上げた重箱の中の稲荷寿司を独占して食べ始めた。
「確かに技術的には可能だけどそんな面倒なこと俺に全部任せようってのか?そんなに給料もらってないぞ俺は。今回だって俺は釣りが出来るからここまで出張って来たんだぞ。そんな無給で働く俺を酷使してそんなに楽しいか?それより俺は釣りがしたい。その為に俺はここに来たんだから」
そう言った新藤は今度は嵯峨を見つめた。
「なに、俺の方見てるんだよ。お前さんの好きなターゲットが『ふさ』の母港近くに少ないのは俺も知ってるから。だから、今の時間も『釣りをしている時間は勤務時間に換算する』と言うルールはちゃんと適用してやるから。それにしてもこの蕪の煮付け良い出汁が効いてますね。かつおですか?」
嵯峨は自分をこれまでにない粘着質な視線で見つめて来る新藤の目から逃げるように話題を春子に振った。
「ええ、確か嵯峨さんはかつお出汁の煮物が好きだったと思って……。この場面だとやはり新さんが言うようにうちでも軍鶏鍋をお出すべきかもしれませんね……クバルカ中佐は軍鶏鍋がお好きなんですけど軍鶏は東和では養殖が無理で闘鶏の為に飼っている甲武まで頼まないといけないんですよ。まあ、かえでさんのコネがあればそれくらい出来ますけど……そうするとグルメなクバルカ中佐がうちに居座って皆さんが休める時間なんて無くなってしまいますよ?」
そう言って今度は春子がこんにゃくの煮たものを取り出した。
「ああ、クバルカさんもどうですか?こんにゃくは嫌いだったかしら?」
春子にそう言われてランは複雑な表情でそのそばまで紙皿を手に歩いた。
「すみません……気を使わせて、いただきます」
殊勝な表情でランは箸を伸ばす。彼女をニヤニヤ笑いながら見つめているのはかなめだった。
「やっぱり料理ができる女が良いよな、叔父貴も。叔父貴の自炊生活は長いからな……と言ってもカップ麺しか食わねえけど。まあ、前のかみさんも家事なんかせずに間男を作るのに一生懸命だったからな」
かなめはそう言って場を和ませた。誠は状況が分からないでランと春子を見つめていたが、ランが殺意すら感じるような鋭い視線でかなめを見つめたところから、深くは突っ込まない方が身のためだと思って皿の上のとんかつにかぶりついた。
「それでさあ、あとどんだけやるんだ?」
相変わらず春子の差し出す重箱から煮物を口に運びながら嵯峨がつぶやいた。
「ええと、後は。クバルカ中佐が日野少佐に見捨てられて最後の決戦に挑むところとリンとの最終決戦……」
アメリアはかなめから取り上げた重箱の中のいなり寿司を口に入れながらそう言った。
「つまりカヌーバ皇太子を倒すところまでは行かないんですね?じゃあ続編とか作るつもりですか?来年は続きをやるとか……勘弁してくださいよ。あんな恥ずかしい格好二年連続で公衆の面前で晒すなんてすごい罰ゲームですよ」
どうやら敵ボスであるかえでを倒すところまではアメリアにとっては尺が足りないと誠はそれだけは理解した。
「そのつもりだけど……誠ちゃんは嫌?」
完全に開き直りモードでアメリアはそう断言した。その足元ではなんとかアメリアの手にある重箱からいなり寿司を奪う機会をうかがっているかなめが虎視眈々とアメリアの隙を伺っていたがアメリアはそんなかなめの行動など読み切っているというように平然としている。
「嫌です!僕はこれ以上恥ずかしい思い……と言うか皆さんも恥ずかしいでしょ?この映画」
誠は首を横に振った。一同が大きくうなずく中、カヌーバ皇太子役と振られていたかえでががっかりしたような表情を浮かべた。かなめの騎士を自負する彼女はいいところを見せたいという気持ちなのだろうか。そんなことを考えながら出来るだけ目立たないようにと誠は部屋の隅でとんかつを食べた。
「やっぱりあれでしょ、基本は『戦いはまだまだ続く!これまで応援ありがとうございました』じゃないの?」
完全にゆがんだアメリアの趣味に誠は呆れた笑いを返した。
「ロマンだなー、いいなー!人気少年漫画の定番の終わり方じゃないの?」
言葉の響きだけはそんなサラの後頭部を新藤がペンでつついた。
「なんですか!新藤さん!」
サラの怒りの一言に新藤もまたこんな思いをもう一度させられるのは御免だと元傭兵らしい凄みの聞いた瞳でにらみ返す。
「いや、なんでもないから……多賀港からここって結構遠いですもんね……」
サラは新藤の視線に負けて小声でそうつぶやいた。その態度に満足すると新藤は笑顔で再び作業に戻った。
「はい、飯も食ったな。次のシーンは誰が出るんだ?」
嵯峨は要するにお腹いっぱいで動くのが面倒くさいというのが丸見えの態度で倉庫の隅に置いてあったパイプ椅子に腰かけるとアメリアに向けてそう語りかけた。
「隊長、いきなり仕切り始めないでくださいよ。監督は私なんです!次は小夏ちゃんとサラとかなめちゃんの三人。それに……」
完全に監督の椅子を狙っているというような嵯峨の一言に煽られるようにしてアメリアはそう言ってそのまま視線を恐る恐るかえでとリンに向けた。
「僕が出るんだね。そしてリン……見せ場だよ。これは面白くなりそうだ。当然だね、僕とリンが出るんだから」
そう言って笑みを浮かべたのはかえでだった。かえでとリンは要するに出番さえあればあとはどうでもいいらしいということだけはその爽やかな笑顔を見て誠も理解した。
そして同じくいつでも露出行為に走りかねないかえでに隣でようやくアメリアからいなり寿司の入った重箱を奪い取ってそれに集中していたかなめはあからさまに嫌そうな顔をした。
「おい、何度も言うけどこいつ女だぞ。皇太子って……普通男じゃないのか?いい加減アメリアのキャスティングセンスはなんとかならねえのか?そもそもかえでとリンをこの作品に出した時点でこの作品は終わってるんだ」
かなめは不謹慎なことを平気で口にした。その言葉にかえではかなめを熱いまなざしで見つめていた。
「まあ仕方ないじゃないか……先日の『司法局イケメンコンテスト』一位になってしまう僕の美貌が罪なんですよお姉さま。それとお姉さまの前では僕は一匹の雌豚に過ぎません……神前曹長。君の前でも淫らな雌になってみせるよ。いつでも君の性欲を満たす雌奴隷になるのが僕の希望だ。どのようなプレイも僕は受け止めてみせるよ」
全ての自分の嫌味を都合よく解釈する妹のかえでにかなめは呆れて誠を見た。
「まあ、うちの男子は……どいつもこいつも……女に負けて悔しくないのか?まあ、うちの野郎は『不細工コンテスト』で菰田が一位になる以外はどれもこれも似たり寄ったりだからな。しかも二位が『男の娘』のアンだぜ?島田がキレるのも無理ねえな」
そう言ってかなめは今度は嵯峨を見た。そして深く大きなため息をついた。
「まあな。こいつが選択肢に入っていること自体おかしいんだけど……まあそうなっちゃったし。事実として受け止めれば?それに三位はちゃんと神前だったじゃん。誰が入れたかよくわかる票数だったけど」
女子隊員全員にアンケートをした運航部主催の自主イベントで、ぶっちぎりのトップをかえでが飾ったことにより隊の男性陣の士気が著しく落ちたことは事実だった。そして誠が三位なのも投票したのがかなめ、カウラ、アメリア、かえで、リンとあと一名と言う非情に分かりやすい票数だったのも思い出して自然に赤面していた。
「アタシは入れてねえからな!アタシは……その……島田に入れた!」
そうつぶやいたかなめだが、島田の得票は一票で誰が考えてもその投票はサラによるものであるのは間違いないのでかなめが島田に投票していないことはこの場にいる全員が理解できた。
全員が生暖かい目で自分を見つめて来るのに耐えかねて真っ赤になるかなめを見るとかえですたすたと歩み寄りかなめの手をがっちり握り締めた。
「お姉さまは当然僕に投票してくれたんですよね!分かっていますよ!嘘なんてついても僕の美しさがお姉さまの手で磨かれたものであることに変わりはないのですから!」
そこまで言うといきなりかえでの後頭部にアメリアの台本が振り下ろされた。
「そんな個人的な趣味の話は後!ランちゃんが驚くでしょ!姉妹で変態行為に走るのは自重!」
同感だった誠だが、かなめの怒りの矛先をランの方に向けようとするアメリアの作為に誠は嫌な気分になった。かなめも『人外魔法少女』のランには絶対に手を出せないのは誰もが知るところだった。
「なんでアタシが驚くんだよ。こいつらの趣味なんか別にどーでも良いからはじめろよ。西園寺姉妹が変態なのはアタシも知ってる。今更驚くことじゃねー」
すでにカプセルの中にスタンバイしているランが要するにこの面倒な状況をさっさと終わらせたいという本音の態度にアメリアはしぶしぶ引き下がった。誠はとりあえずこの状況がどう展開するのか気になってカプセルの縁に腰掛けてバイザーをかけた。
しばらく暗闇が続き、すぐに以前見たアジトっぽい雰囲気の部屋が映し出された。
相変わらずかえでの役のカヌーバ皇太子の前には緞帳のようなものが下りていて素顔を見ることができない。静々とランが進んできた。そのまま彼女は緞帳の前に立てひざでかしこまった。
「黒太子、メイリーン将軍の作戦は失敗しましたが……」
「もう良い!」
かえでの凛とした声が響いた。さすがの誠もこういう凛々しい感じはかえでに向いているなあと思いながら見つめていた。
「もう良いとは?もう良いとはどういうことでしょうか?」
ランはすがるような声で顔を上げて影だけのかえでを見上げて叫んだ。
「有機生命体には期待するなと父上がおっしゃっていたが……貴様を見てそれが真実だと私は気づいたところだそれにメイリーンが倒れただと?」
その言葉とともにいかずちのようなものがランに放たれた。
「ウグッ」
「私を勝手に破壊されたと判断されては困るなあ」
ランはそのまま倒れこむ。そしてその視線の前に現れたのは以前の姿よりさらに機械の部分が増えて悪役っぽくなった機械魔女メイリーンことリンだった。
『アホだ、あの人アホだ……この格好を市の文化予算の映画で上映する予定なんですよ?その点分かってます?リンさん』
その怪しげな笑いを見て心の中で叫ぶ誠だが、妖艶な笑みを浮かべながら動けずにいるランのあごを手で持ち上げる姿にひきつけられる誠だった。
「やはり弱いな、有機生命体は。あの程度の仕置きで動けなくなってしまうとは……」
明らかにノリノリなリンをこちらも乗っているランが見上げていた。
「貴様……貴様達はじめから……」
ランは痛みに耐えながらかえでの顔を見上げた。
「そうだ、お前には最初から何も期待などしてはいない。運がよければあの雑魚どもの始末もできるかと思ったが、刺し違えることすらできないとは……ほとほと情けないものだな」
緞帳の後ろのかえでの冷酷な声にランは唇をかみ締めた。
「さあ、亡国の姫君。今すぐに父上と母上のところに行ってしまいなさい!」
そう言うとリンは鞭を振り上げた。だが、ランはその鞭をすんでのところでかわした。焼け焦げたマントの下で肩で息をしながらリンをにらみつけていた。
「まだ動けたとは……さすがと言っておこう」
そう言うとリンは次々と鞭を自在に操って攻撃を仕掛けた。だが、傷つけられながらも致命傷は受けずにランは逃げる機会を探した。
「しつこい!いい加減に!」
そう言って一度鞭を引いたのを見るとランは手を顔の前にかざした。
「しまった!」
リンが呪文を唱えて電流を含んでいるようなエフェクトのかかった鞭の一撃を放ったのは何もいない空間だった。ランの輪郭が揺らぎ、次の瞬間、そこには焦げたマントの残像だけが残った。
「転移魔法……」
リンは驚いたような表情をうかべてかえでの方を見つめた。
「失態だな、機械魔女メイリーン。ここでの処分は君に任せる。あらゆる手段を用いてこの世界を征服したまえ。いいか、あらゆる手段を使ってだ……この私の言う言葉の言う意味をちゃんと理解しておけよ……ふふふ……」
緞帳の裏のかえでの言葉に戸惑ったような顔をするリンだが、そのまま去っていく影に深々と頭を下げた。
「あらゆる手段……仕方あるまい……伝家の野望の為……このメイリーン、すべてをささげさせていただきます……」
そう言うとリンは立ち上がって謎っぽい機械の中に消えていった。




