第67話 煮詰まって小休止
誠が撮影開始の開始の合図で目を開くと目の前に以前見た、実家の台所と寸分違わぬ部屋のテーブルに座らせられていた。思わず吐き気を催したのは以前ここに乗っていたカブトムシの幼虫を思い出したからだった。
「……そうか。これが……春子なのか……もう帰ってこないものとばかり思っていたが……この姿とは言え帰ってきてくれたか……そうか……帰って来てくれたのか……」
嵯峨は先ほどまでの間抜け面から真剣な表情へと見事な切り替えを見せて花瓶に刺された一枝の薔薇の花を見つめていた。その目はさすがに実際に妻を亡くした経験があるだけに誠が見ても感心するほど見事な演技でこれは新藤の編集も必要が無いと思えるレベルだと誠は思った。
「そうです。春子さんはカウラさんのことを思って洗脳に打ち勝って我々を救ってくれたんです。もしそれが無ければ我々は負けていました。そうなればこの世界もきっと機械帝国の物になっていたことでしょう」
誠はそう言うとテーブルに着く人々を見つめた。カウラは泣きつかれたように呆然とした顔で座っていた。小夏とサラは黙って嵯峨の父親の南條新三郎役の嵯峨を見つめていた。
「春子さん……」
嵯峨の後妻南條ルカ役のルカはハンカチで目元をぬぐっていた。走り屋で今回のイベントにまったく興味がないルカが、嵯峨の後妻役を引き受けた。アメリアが嵯峨の希望もあって ぜひにと頼んだ安城秀美少佐は『そんな暇はない』と断固拒否した。 結果、運航部の女子の中で『運用艦が動かない限りどうでもいい』という立ち位置を崩さなかったルカに役が回った……アメリアの嫌がらせが透けて見える采配だった。
「生き物はすべて死ぬものだ。嘆くなんざナンセンスだな。有機生命体の思考と言うものは今一つ理解に苦しむ……実にくだらん」
かなめは非情にそう言い放つとニヒルを気取る笑みを作って見せた。かなめにとっては『ニヒルな戦うヒロイン』というポジションがかなりお気に入りなのは誠から見てその表情ですぐに見て取れた。
「あなた!機械人形に人の気持ちの何が分かると言うの!そうよ!人は悲しむものよ!悲しむから喜びもあるのよ!機械のあなたにはそんな簡単なことも分からないのね!なんてかわいそうな人なんでしょう!」
地に戻ったカウラが怒鳴りつけた。廊下に出る戸口に寄りかかって立っていたキャプテンシルバーの世を忍ぶ仮の姿、探偵西川要子役のかなめがハードボイルドを気取って吐き捨てた台詞に酔っているようでかなめはカウラのセリフをまるで聞いていないように見えた。
「つまらない意見の相違だな。そんな事は世界の危機に比べれば些細なことだ。それよりマジックプリンス。本題に入ったらどうだ?」
出動でも血栓が近い時に見せる緊張した目をしたかなめはカウラの目つきをいつものように無視して誠と明石にそう言った。
「娘さんたちの協力がなければ同じ悲劇がまた繰り返されます。幸い小夏さんには魔法の素質があります!協力を……お願いしたいんです!」
そう言って下座の明石が頭を下げていた。無茶な設定に苦笑いを浮かべる誠だが、突然思うところがあった。
『あれ、明石中佐は来てなかったよな?きっとあの時にこのシーンも別撮りしてたんだな……アメリアさんも何も考えていないようで考えてるな』
そう思う誠だったが台本どおりちゃんと嵯峨に目を向けた。
「やだ!」
嵯峨ははっきりとそう言い切った。嵯峨の性格を考えればそんなアドリブを飛ばすことくらいは誠にも容易に想像がついた。
「そうですか!ありがとうございます!」
明石が別の撮影だったことがすぐに分かる展開が繰り広げられた。そしてにんまりと笑う嵯峨に誠は呆れていた。
『隊長!』
そこでシーンが止まりアメリアの叫び声が響いた。
「え?何?俺普通に思ったことを口にしただけだけど。いきなりこんなヤクザみたいなデカいハゲげに頼みごとをされて言うことを聞く親が居ると思う?俺も現実問題として茜の父親なんだよ?俺の前に茜にそんな使命があるなんて言われても即答で嫌だと答えるのは親として当然の話しでしょ?これは現実に親子関係を経験したことのある人間なら当然の反応だと思うよ。違うかな?」
明らかに狙っていましたと言う表情の嵯峨に別撮りの明石以外の面々は冷たい視線を送った。嵯峨の持ち前のひねくれた根性は誰もが知るところだった。
「そもそもこんなハゲの怪しい親父やいかがわしい探偵もどきや居候の自称娘の恋人の言うことなんて聞けるわけないじゃん。人の親をやったことが無い連中はこういう時にご都合主義で協力を逆に持ち掛けたりするんだよな。でも、俺なら断るな。当然の話だよ。それが人の道だよ。伊達にシングルファーザー歴が長いわけじゃ無いんだよ?舐めないでくれるかな?」
そう言って嵯峨はふんぞり返った。
『あの、これ物語ですから。そんな人道とか、人の親になった事が有るか無いかとか関係の無い話ですから。私にも会ったことは無いですけど子供を産んだことはあるんで。まあ、なんだかあの娘も東和に来てるらしいですけどそんなことは関係ないんで』
慌ててそう言うアメリアだが、完全に面白がっている嵯峨にはまるで無意味な言葉だった。その後も嵯峨は何度も脱線し、誠とカウラが何度も引き戻し、アメリアが何度も止めた。新藤だけが無感情に『編集で』と言った。
「アメリアの場合は誰の子か分からなかったし本人も望んでいなかったことだからしょうがないとしてだ。やっぱり時にはシュールな展開も良いんじゃないの?こういうあからさまに食い違っている台詞って結構新鮮だろ?」
嵯峨はにやにやしながらそう言って食い下がった。
『別にポスト・モダンとか脱構築とかの矛盾だらけの作品を目指してるわけじゃないんですが……おい、アメリア。いっそのことここから脱構造の新機軸映画にするってのはどうだ?そうすればお前の矛盾だらけの台本もそのまま生かせる。きっとその方が映画の分かる観客には受けがいいぞ』
新藤の一言だが、アメリアがそれに同意しないことは誠にも分かった。
『隊長。もう一度。お願いします。真面目にやってください』
はっきりとした言葉でアメリアが言った。
「だってこっちの方が面白そうじゃないの。今その道のプロの新藤も認めてるんだし、この方向でこれからは進んでいこうよ」
嵯峨はここで完全にアメリアをからかって遊ぶことが楽しくてしょうがないというような顔でそう言った。
『もう一度。お願いします!こちらも真剣にお願いしているんで!』
今度は怒気を含んだ声でアメリアがそう言った。
「冗談の分からない奴だな。そんなだからお見合い百件も断られるんだよ」
嵯峨はそうつぶやくと大きく深呼吸をした。
『ああ、今のところ編集と合成でどうにかしますから続きで大丈夫ですよ』
新藤の明らかに事務的な言葉を聞いて、誠は止まったままの姿の明石の顔を見つめて満面の笑みを浮かべた。
ようやく話は台本どおり進んだ。とりあえずシュール展開を希望してアドリブを飛ばしまくる嵯峨を誠とカウラが本題へと引き戻す繰り返しの末、小夏とサラは誠達と戦うことを嵯峨が許した。
「それならお願いがあるんですけど」
そんな嵯峨の暴走の果てに嵯峨はまたアメリアの台本にはまるで無いアドリブを飛ばした。冷や汗混じりに誠が目をやった。
「この子達って変身するんでしょ?見せてくださいよ。できれば誠二とか言う居候やそこのグラマーなお姉さんのやつも」
嵯峨はニヤニヤ笑う。要するにこの『駄目人間』はこの機会を利用して姪のエロい姿を見たいだけというのが誠にもありありと分かった。明石が再び監督の修正でこのアドリブに対応する会話を展開しようとしていた。
「それくらい簡単なことですよ。誠二君と要子さんもよろしいですよね?」
いかにも自然に明石が笑顔を向けてくる。かなめがうなずくのを見ると誠も嵯峨の方を見た。
「良いですよ、その程度なら」
そこで椅子から一番早く飛び降りたのは小夏だった。そのまま応接間のソファーの上に立つと彼女はジーパンのポケットから小さな杖を取り出した。止まったままの明石の顔だけが、場違いに笑っていた。
「宇宙を統べる力よ!正義を求める人々の心よ!その力を私に!勇気を私に!」
『また違う!このお話では変身呪文は無いはずだぞ!忘れてるよ』
誠の魂の叫びもむなしく再び変身画面に切り替わった。来ていたボーイッシュなスタイルの服がはじけとび、白と青とピンクの印象的な魔法少女のコスチュームに切り替わった。
「キャラットなっちゃん!ここに参上!」
『決め台詞要らないし!』
また誠の心を無視して立ち上がったサラは、首のイヤリングの飾りを手にした。魔法少女アニメで清純を売りにしている魔法少女がイヤリングをつけているということは何か意味しているというのが誠の読みだった。同じように着ていた服がはじけとび、黒を基調とした魔法の服に切り替わった。
「あの、質問!」
再び嵯峨のアドリブである。これはと思い誠も覚悟を決めた。
「なんでしょうか?」
「服が飛び散ってくるくる回るのはなぜですか?」
『ストップ!』
またアメリアがシーンを止めた。
『隊長!これはお約束なんで!魔法少女は裸になって変身してくるくる回るものと決まってるんで!というか隊長向けにぶっちゃけましょうか?衣装をデザインするより裸の方が安く済むでしょ?そう言う大人の事情です!これなら隊長でも納得できるでしょ?』
アメリアは語気を強めて明らかにふざけ半分の嵯峨に向ってそう言った。
「いやあ、知ってはいたけどさ。いつもなんでだろうなーって思ってたんだよ。これまで質問する相手がいなかったからさ。魔法少女とか変身なんたらとかいろいろ知ってそうな神前に答えてもらおうと……アメリアはいい。お前さんは結構しつこく説明してきそうだから」
誠はどうせ嵯峨はそんな話を聞くつもりなど無くただ話の腰を折りたいだけだと確信していた。
『隊長。こんどじっくり三日ほど私のアニメ講座を受けますか?私が厳選した上級者向け魔法少女アニメを一々私が解説してさしあげてもよろしいんですけど』
甘い口調ででアメリアがそう言うと青ざめた嵯峨が首を振った。
『それじゃあここまででいいわ。後は新藤さんの腕で何とかしてもらえるでしょ?それより晩飯にしましょうよ』
その一言で画面が消えた。誠は起き上がって周りを見回した。周りの人々は手を伸ばしたり首を回したりしながら立ち上がった。
「そう言えば、皆さんにお弁当を作ってきたのよ。この前はおはぎを作りすぎちゃったみたいなんで、整備班の人達は食べないことを前提に今回は適当な量を用意しましたから」
そう言うと春子は着物の袖を握りながら部屋の隅に走った。
「いつもすいませんね。お礼は?」
嵯峨はアメリアに対するのとは違って春子に対しては空気を読んだ対応をした。
『ありがとうございます!』
嵯峨の合図に一同が春子に頭を下げた。
「いえいえ、今日はルカさんも手伝ってくれましたから」
そう言って照れ笑いを浮かべるルカ・ヘス中尉の手でまた重箱が広げられた。
「おいしそうだね!」
「師匠も一緒に盛り付けやってたじゃないですか!」
小夏はつまみ食いをしようとするサラの手を叩いた。
「へえ、サラも手伝ったのか。これおいしそうだな」
そう言って紙皿を配っていたパーラから皿を受け取ったランが手を伸ばした。
「じゃあとんかつを行くぜ」
「ランちゃんそれとんかつじゃ無いよ!」
同じく皿を受け取った小夏がいなりずしを皿に乗せながら、衣の付いたどう見てもとんかつにしか見えないものをつかんでいるランに言った。
「おい、どー見たってとんかつ……ああ、あれか」
ランはそう言うと皿に乗せたとんかつをそのまま会議室のたたんだテーブルに置いた。
「もしかしてイノシシ?」
誠の言葉に春子は大きく頷いた。
「かえでの趣味って奴か……アイツも自分の自慢のMカップの巨乳とシックスパックに割れた腹筋を持った自称最高の美女兼王子様として女子高生をナンパする以外にも趣味が有るんだな。確かに猪はショットガンじゃ厳しいこともあるから東和じゃ所持資格が難しいライフルを持ってる人間が足りなくてライフルの所持資格を持ってるかえでにも猟友会にはコネクションが出来てるからな。春子さん、かえでの奴、何キロくらい持ち込んだんですか?」
嵯峨はそう言うとランがようやく決意が付いたように皿を取り上げるのを見ながらイノシシのとんかつをつかんだ。
「だいたい今回は20kgくらいじゃないかしら。なんでも数頭捕れたうちの一番おいしそうなロース肉だけ選んでいただいたんですって。本当に助かるわね」
春子は嬉しそうにそう言って笑った。
「好きですよねかえでさんも。狩猟って銃の管理とかで結構お金がかかるって話ですからね。さすが甲武貴族。趣味のレベルも違うわけですね」
誠はそう言うととんかつに箸を伸ばした。春子に合わせて小夏もとんかつに箸を向けた。
かえでは狩が得意なのは有名な話だった。非番の時には猟友会のオレンジ色のベストを着て副官の渡辺リン大尉を従えて豊川の町のはずれの農村へ向かった。近年の耕作地の放棄と山林の管理不足からイノシシがこの豊川でも問題になっていた。
春子の『月島屋』には時々かえでが狩った猪を持ち込むことがあった。先月も今年の初物と言うことで実働部隊主催の牡丹鍋の会を開いて誠はそこでイノシシの肉を食べたのを思い出した。
「どうですか?かなめさん」
野菜に嫌いなものが多いかなめは早速ソースをリアナから貰ってイノシシのとんかつを頬張っていた。
「ちょっと硬いけどいいんじゃねえか?野生動物は狩った後の処理が大事なんだが、かえではそう言うことは上手くやるんだよな。甲武にも狩猟専用のコロニーが存在する。それこそ殿上貴族でしか足を踏み入れることが出来ねえほどの金を取られるがかえでに取っちゃあはした金だ。アタシも拳銃でそこに行こうとしたが拳銃はそこじゃあ使っちゃいけねえんだと。つまんねえの。まあ、甲武の場合自然動物なんて居ないから貴重な獲物を大切に扱う傾向にあるからな。アタシが言ったらそこの獲物を全部狩り尽くしちまうから」
そう言ってかなめは今度は重箱の稲荷寿司に手を伸ばす。誠もそれを見てとんかつに箸をつけた。
「野菜も食わないと駄目だよー」
相変わらずの間の抜けた声で嵯峨が蕪の煮付けに手を伸ばした。それは明らかに春子の手作りのようで、優しげな笑みを浮かべながら彼女は嵯峨に目を向けた。
「お茶!持ってきたわよ」
そう言いながらポットと茶碗などをアメリアが運んできた。ついでにこちらの様子を伺いに来たかえでとリンがもの欲しそうに重箱を囲む誠達を覗いていた。
「おう、かえで。旨いぞ。食えよ。お前の手柄なんだ。お前さんが食わなくてどうするよ」
嵯峨のその声と、柔らかに笑う春子の姿を見てかえでとリンも部屋に入って来た。
「はい、お皿」
そう言って小夏が紙皿を二人に渡した。
「お姉さま、このカツはおいしいですか?お姉さまと『許婚』である神前曹長の事を思いながら仕留めたんです……ああ、僕も神前曹長の立派なモノに仕留めてもらいたい……そして僕のすべてを仕留めて征服して快楽の海におぼれる僕の美しい顔を鑑賞してもらうのが僕の理想だよ」
そう言ってかなめと誠を見つめて微笑むかえでだが、かなめは無視を決め込んだ。誠はと言えばこういう時は愛想笑いを浮かべるのが一番だと学習していた。
「引き締まっていて味が濃いな。豚のカツも良いがイノシシのにもそれなりの味があるぞ。無駄な脂が無いというのは最高だ。一般的に猪肉には臭みがあるというがそれも無い。前処理がしっかりしている効果だろう」
カウラの言葉にうなずくとかえでは箸をイノシシカツに伸ばした。
「それにしても本当にできるんですか?映画。なんか、あっちこっち破綻していて見るに堪えないものが出来上がりそうなんですけど……というか二人ほどどう見ても18禁映画に意地でもしようとしている女優が居るからそれが原因だと思うんですけど」
とんかつに箸を伸ばすかえでとリンを見ながらそう言った誠をアメリアが怒気をはらんだ目でにらみつけた。
「いえ!そんなアメリアさんを疑っているわけじゃ……だって僕が出た場面でも相当変ですよ。第一どうせみんな演技なんてしてないじゃないですか!」
「地が出て暴走してるだけってことだろ?日野少佐と渡辺大尉の逮捕歴は俺でも知ってる。そんな事は当たり前の話だ。そこら辺は全部修正可能だ。俺の技術を舐めてもらっては困るな。そのおかげで戦場と釣りに専念できたんだから」
そう言ったのはサラに自分の分の稲荷寿司ととんかつを運ばせて頬張っている元傭兵の釣り師の新藤だった。
「そこが面白いんじゃないか。うちの売りは個性だからな。いろいろと変わった連中が出てくる方がうちの宣伝にはなるだろ?それに成人用になりそうな部分はカットすればいいだけの話だ。まあ、ディレクターズカットと称して無修正版を持っているアメリアが勝手にアダルトソフトとして売り出すことには俺としては何も言えないが」
そう言いながら手元に置かれた猪のカツを食べながら新藤は休むことなくモニターに目を走らせていた。




