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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と魔法少女  作者: 橋本 直
第三章 『特殊な部隊』とメインイベント
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第7話 最短ルートは遠回り

 アメリアの流麗な顎のラインから水が滴った。山越えの乾いて冷たい冬の風が彼女を襲った。そしてその冷たい微笑は怒りの色に次第に変わっていった。誠は背筋が冷えた。水より先に、空気が凍った。

挿絵(By みてみん)

 誠は反射的に喉を鳴らし、足元の石畳の冷たさを思い出した。


「小夏ちゃん……これはなんのつもり?この寒空の下水風船爆弾なんて……これは私への宣戦布告と受け取っても良いのかしら?年上、しかもお店の常連である私へのこの狼藉……あの店はランちゃんの払いでタダ酒が飲めるのを期待してるから私があの店に出入りするのは止めるつもりはないと踏んでのことなんでしょうけど……覚悟はできているんでしょうね?」 


 アメリアは一語一語確かめるようにして話した。基本的に怒ることの少ない彼女だが、闘争本能を強化された戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』であるアメリアの怒りが爆発した時の状態はかなめとのいさかいの場面で何度も見ていた。そんな彼女を怒らせた小夏が無事では済まないだろうことは誠にもわかっていた。誠とカウラはいつでもこの場を馬鹿に巻き込まれるのはこりごりだと立ち去る準備を整えた。屋台の客が笑いながらも、どこか距離を取るように輪を広げた。


「そうだ!宣戦布告だ!あの作品の結末をなんだかアタシの知らないところでアタシに無断で勝手に変な展開にしやがって!この寒さの中、水の冷たさで凍え死ねばいい!いくぞ!連続水風船アタック!」 

挿絵(By みてみん)

 二か月前、熟れた柿をアメリアに思い切り投げつけた時と同じように小夏は無邪気な表情で笑った。周囲の屋台客が警察風の制服姿のかなめ達とどう見ても中学校の制服姿の小夏のもめごとに『何だ何だ』と笑いながら視線を寄せた。


「お仕置きなんだけど……かなめちゃん風に上着だけ剥いで冷たい神木の前で反省させるとかえでちゃんがかなめちゃんにして欲しがっているみたいに鞭か何かでしばくのは小夏ちゃんは未成年……ああ、かえでちゃんは3歳の時からかなめちゃんが鞭でしばいて遊んでたとか言ってたっけ。それじゃあ東和の性倫理の基準に合わせて節分の豆で集中砲火とどっちがいい?いいえ、どっちかなんて贅沢は言わないでどっちも食らわせてあげようかしら……」 


 アメリアは指を鳴らしながら小夏に歩み寄った。ここまできて小夏もアメリアの怒りが本物だとわかってゆっくりと後ずさった。


「ああ、アメリア。居たか。何ふざけてんだ?小夏の相手なんてするだけ時間の無駄だぞ。アタシ等は急ぐからそいつの相手は頼むわ。行くぞ神前」 


 いつの間にか追いついてきていたかなめが誠の肩を叩いた。カウラも納得したような表情で小夏とアメリアをおいて立ち去ろうとした。


「敵影発見!えい!」 


 小夏の叫び声と同時にかなめの背中で水風船が破裂した。すぐに鬼の形相のかなめが振り返った。背中を伝う冷水が、義体の温度調整を一瞬だけ乱した。

挿絵(By みてみん)

「おい、なんじゃこりゃあ!なんのつもりだ!ただで済むと思ってるのか!糞餓鬼が!」 


 突然の攻撃と背中にしみるような冷たい水。瞬間核融合炉の異名を持つかなめである。だが今回は隣に同志のアメリアがいることもあって彼女にしては珍しくじりじりと小夏との距離をつめながら邪悪な笑みを浮かべた。


「ちょっとこれは指導が必要ね。かなめちゃん。普段はどういう風にかえでちゃんを調教してるのかしら?マゾでない人にその方法を用いるとどうなるか私は見てみたいの。ちょっと現役の『女王様』の手並みと言うものを私にも見せてくれるかしら?」


 アメリアは指を鳴らしながら小夏に近づいて行った。 


「おお、アメリア。珍しく意見が合うじゃねえか。いいだろう、アタシがいつもかえでを気持ちよくしてやる方法を小夏の奴で試してやるよ……アタシが東都の租界で男女を問わず店にやって来たドM共を満足させた手並みを見せてやる。小夏の奴、今日でアタシの手によって少女を卒業してワンランク上の階段を登れるんだ。さぞ本望だろうよ」 


 振り向いて逃げようとする小夏の首をかなめは押さえつけた。アメリアはすばやく小夏が手にしている水風船を叩き落した。


「あっ!」 


「ったく糞餓鬼が!」 


 かなめは小夏の顔面をつかんで締め上げた。アメリアは小夏の両脇を押さえ込んでくすぐった。

挿絵(By みてみん)

「くすぐったい!死んじゃう!アタシ死んじゃう!」 


 小夏は笑いながら叫んだ。彼女の同級生たちはじっとその様を見つめていた。


「神前、少し聞きたい事が有るが、あんなテレビで見るいじられキャラが売りのお笑い芸人がされるようなことをされているようにしか見えないことで喜ぶ日野少佐のどこが変態でマゾなんだ?ただ小夏は普通にくすぐられているように見えるのだが。それに日常的にこんなことをしているのなら変態では無くただにどこにでもいる馬鹿と呼ぶのが正解だと思うのだが」


 純粋無垢で淫靡に汚れたかえでの望む世界を知らないカウラは誠に向けてそう尋ねた。


「そりゃあ人前で西園寺さんがかえでさんにしているようなことを小夏ちゃんにしたら二人は即巡回している県警のお巡りさんに逮捕されるからですよ……まあ、公衆の面前であれをやったら公然猥褻罪ですからね……ってカウラさんも西園寺さんがかえでさんに毎月している異常な変態行為を僕に説明させるようなことをしないでください!あの二人は好きでやってますけど僕にはそう言う趣味は無いんで!」


 誠はかえでが喜んで見せて来る自分のかなめに調教されている場面の動画をかえでが是非見てくれと何度かそのデータの入ったチップを押し付けて来るので興味半分に見ていたのでそう答えるしかなかった。


「そうか……日野少佐は犯罪行為に手を染めているのだな。島田ばかりでなく西園寺や日野少佐まで犯罪者とは……うちが『特殊な部隊』と呼ばれるのも当然だな。これはクバルカ中佐にも新たな頭痛のネタが増えたとこぼしている訳だ」


 カウラは純粋なカウラなりに納得しているようだった。『性犯罪者の西園寺さんやかえでさんと同じような説明した瞬間、僕が社会的に死ぬ』……誠はその未来図を鮮明に思い浮かべた。


 誠はかえでの調教風景を具体的に説明せずに済んだことにほっと胸をなでおろしていた。

挿絵(By みてみん)

「おい、オメー等。いい加減遊んでないでパーラ達の手伝いに行けよ。手が空いてんだろ?社会人なら子供の相手より仕事を優先しろ。市からの協力要請とは言え一応仕事は仕事なんだ。それに特にアメリアはそのことを口実に好き勝手した口だろ?この時代行列も一応は仕事だからこなす。そして映画の方も市からの協力要請で仕事なんだからこなす。仕事は頼まれたら時間が有ればやってのけるのが社会人だ。そこんところ理解しとけよな」 


 小夏の友達に隠れていた小さい上司のランが声をかけた。だが、かなめとアメリアは小夏への制裁をとめるつもりは無い様だった。


「まあ、アメリアが人の話を聞かねーのはいつもの事だし、西園寺は馬鹿だから理解能力ゼロってことで……仕方ねーなあ。カウラ、神前。行くぞ。アイツ等に関わってるとこっちも馬鹿になる」 


 そう言うとカウラと誠の前に立ってランは参道を下っていった。


「姐御!見捨てないで下さいよ!全部小夏が売って来た喧嘩を買っただけなんですから!」 


 小夏をしっかりとベアクローで締め上げながらかなめが叫んだ。


「西園寺。小夏は中学生だろ?かまうからつけあがるんだ。そんなもん大人なら無視しろ、無視」 


 そう言いながらランは立ち去ろうとした。かなめとアメリアは顔を見合わせると小夏を放り出してラン達に向かって走り出した。


「遅いですよ!クバルカ中佐!」 


 叫んでいるのは司法局実働部隊の運用艦『ふさ』の総舵手のルカ・ヘス中尉だった。いつもの愛車の低い車体で知られたの白と黒のツートンカラーの『ハチロク』の窓からロングの銀色の髪を北から吹き降ろす冷たい風にさらしていた。その遺伝子操作で作られた髪の色が彼女もまた『ラスト・バタリオン』であることを示していた。


「アメリアさん……頭からびっしょり水を垂らして……寒中水泳でもしたいんですか?いくら元芸人とは言えそこまで行くと完全に身体を張りすぎでしょ?」 


 後部座席から顔を出す技術部整備班長島田正人准尉の姿が見えた。彼と付き合っているピンクの髪のサラ・グリファン中尉は車内から手を振っていた。島田の言葉にむっとするかなめだが、アメリアが肩に手を置いたので握ったこぶしをそのまま下ろした。


「おい、ルカ。何人乗れるんだ?この車」 


 広い後部座席を背伸びをして覗き込もうとするランだが、その自称124㎝で誠がどう見てもそれより10㎝以上低い身長でも限界があった。ルカのハチロクは五人乗り。だが乗りたい人間は六人以上いた。


「今日は峠を攻める日じゃないので後部座席もつけてますから一応5人乗りですけど?」 


 ルカの言葉にランは指を折った。乗りたい顔ぶれは、明らかに定員オーバーだった。


「ルカとサラ、それにアタシと小夏にひよこ……五人乗り、乗りたいのは六人以上定員オーバーだな。県警には最近日野絡みで借りが多いんだ。定員オーバーでそのまま職務質問だなんて、これ以上の面倒ごとは御免だ」 


 指を折りながらランはちらりと後部座席の島田に目をやった。


「運転手のルカ、サラ、アタシ、小夏、ひよこ。……で、もう満席だ。となると島田……オメーはどうする?」


 ランは非情に自分の言うことなら何でも聞くヤンキー島田に向けてそう言い放った。


「俺は降りるんですか?じゃあ市民会館までどうやって行けばいいんですか?歩くんですか?あそこまで結構ありますよ」 


 後部座席から身を乗り出して島田が叫んだ。


「オメーのはあそこだろ?」 


 ランが指をさす先には技術部火器管理担当の西高志兵長のおんぼろの軽自動車が止まっていて、すでに助手席には女子の隊員の制服姿のアン・ナン・パク軍曹が座っていた。


「それなら私もそっち行くわね!」 


 そう言ってサラが降りた。だが島田は小さい西の車の後部座席が気に入らないのか、しばらく恨めしそうにランを見つめた後、静かに車から降りた。


「残りはカウラの車だな。頼むわ。アタシ等は日野と渡辺が来るのを待ってるから……アイツ等野外で興奮して変態行為をしているな。どんな行為かは知りたくもねえが、あの二人のことだから男が群れてることで盛りがついて変なことをしているんだろ。後で修正してやる」 


 そう言いながらランは明らかに低い車高の車に乗り込んだ。思わず笑いそうになったかなめをその普通にしていても睨んでいるように見える眼で睨みつけた後、ランはそのまま後部座席にその小学生のような小さな体をうずめた。


「じゃあ……ってタオルはダッシュボードに入れてあったよな、アメリア」 


 手に車のキーを持っているカウラが髪の毛を絞っているアメリアに声をかけた。


「ああ、持ってきてたわね。じゃあ急ぎましょう」 


 そう言うとアメリアは小走りにカウラの『スカイラインGTR』を目指した。


「西園寺さんも……」 


 誠が振り向こうとするとかなめは誠の制服の腕をつかんだ。


「神前……」 


 しばらく熱い視線で見つめてくるかなめに誠の鼓動が早くなるのを感じる。だが、かなめはそのまま誠の制服の腕の部分を髪の毛のところまで引っ張ってくると、誠の制服で濡れた後ろ髪を拭き始めた。


「あのー」 


「動くんじゃねえ。ちゃんと拭けねえだろ?確かにサイボーグのアタシはこのくらいじゃあ風邪は引かねえが濡れてると冷たくて嫌なんだ。少しの間だ、我慢しろ」 


 誠は黙って上官の奇行を眺めていた。


「なにやってんのよ!そんな誠ちゃんの制服で拭くなんて……こっちにちゃんとタオルあるから!」 


 奇行に走るかなめを見つけてカウラの車にタオルを取りに行ってきたアメリアが叫んだ。仕方なくかなめは誠から手を放すとカウラの車に向けてまっすぐ歩き始めた。


「それにしても、アタシとアメリアはセットで雑に扱われてねえか?特にあの餓鬼!いくら副隊長で上司だからって威張るんじゃねえよ。何が34歳だ!どう見ても8歳じゃねえか!餓鬼は餓鬼らしく大人しくしてろってんだ」 


 そこまで言ったところでランのことを思い出して、かなめは右手を思い切り握り締めた。


「まあ良いじゃないの。あのおちびちゃんもその銃が怖くて隊では誰も逆らえないかなめちゃんを上から目線で注意することでなんとか威厳を保っているんだから。あの姿のおかげで司法局の偉いさんに舐められっぱなしでストレス溜まってるのよ。『身体強化』の法術でその偉いさんもランちゃんがその気になれば次の瞬間にもこの世の人ではなくなっているというのが間違いないのが分かってるだけに、ランちゃんには階級をかさに偉ぶられるのが気に食わないんでしょ?それより誠ちゃん。さっきので制服の袖、油臭くなってない?」 


 そう言いながらアメリアは誠の腕を持ち上げた。


「油ってなんだよ?アタシはロボか?」 


 いつもなら食って掛かるところだが、かなめは黙ってカウラの『スカイラインGTR』の助手席を前に倒して後部座席に滑り込んだ。


「殴らないのか?」 


 カウラはそう言いながら誠とアメリアが乗り込んだのを確認するとエンジンをかけた。


「餓鬼とは違うからな。それより時間がねえんだろ?急げよ」 


 そう言いながらかなめはシートベルトを締めた。確かにランが正式配属になった去年の晩秋から、かなめが誠を殴る回数は確実に減っていた。車は駐車場から出て、石畳の境内をしばらく走った後、駅に続く大通りに行き着いた。


「いつもの市民駐車場でいいでしょ?あそこはいつでも空いてるし」 


 そう言うアメリアにカウラは頷いた。


「市民会館か。そう言えば場所は知ってるけど入ったことないな……どんなところなんだ?」 


 カウラはそう言って後部座席の隣に座っている誠を見つめた。


「僕は西園寺さんにお願いしてチケットを取ってもらってアメリアさんと一緒に一度行ったことがありますけど……普通ですよね、アメリアさん。典型的な市が作った箱もの施設って感じの建物」 


 誠の言葉にアメリアは黙ってうなずいた。それを見てカウラが怪訝そうな顔をした。


「カウラ誤解すんなよ。アタシがあそこに行ったことがあるのは神前とアメリアの為にアイドル声優のコンサートチケットをアタシが確保しておいたことがあっただけだ。それに当然小夏も一緒だったからな」 


 ハンドルをカウラが握っていると言う事実がかなめを正直にした。節分の祭りを見に来た観光客でごった返す駅から続く道を進み、銀座通り商店街を目指した。


「そう言えば今日は歩行者天国じゃないの?市民会館前の道。じゃあ、国道から直接市民駐車場と言うわけにはいかないわよね。となると車じゃ回り道しないと行けないわね」 


 そう言うアメリアにカウラはにやりと笑みを浮かべた。いつもの道の手前で車を右折させ路地裏に車を進めた。


「市役所付近の道路状況は既に把握済みだ。私が想定したルートなら大丈夫だ。市民会館から少し離れた市民駐車場で道も狭いが通行止めではない。普段は高校の通学路で私は自転車が多いから使わないんだがな」 


 車がすれ違うのが無理なのに一方通行の標識の無い路地裏を進んだ。アメリアとかなめはこれから起きることが予想できた。


 軽トラックが目の前に現れた。今乗っているのが西の軽自動車なら楽にすれ違えただろう。あいにくカウラの車は幅のある普通自動車の『スカイラインGTR』である。カウラはため息をつくとそのまま車をバックさせた。軽トラックのおじいさんはそのまま車を近づけて来た。


 結局、もとの大通りまで出たところで軽トラックをやり過ごした。最短を選ぶのが正しい……ハンドルを握るカウラの中では、それが揺るがない。


「この道、どう見ても車がすれ違うなんて無理よね……次にまた車が来たらバックして元に戻るの?それより車がすれ違えるような広い道を大回りすればいいじゃないの……きっとその方がきっと早いわよ」 


 呆れたように言うアメリアだが、意地になったカウラは再び車を路地へと進めた。


「また対向車が来たら逆戻りよ……ねえ、私たちいつ着くの?」


 目を血走らせるカウラを横目にアメリアが大きなため息をついた。



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