第6話 公金と裏金と『魔法少女』
「しかし、今度の『アレ』……本当に市の上映許可、出たんですか?まさか担当者に隠れて『監督再編集版』とか言い出して、危ないカットを盛ったりしないですよね?アメリアさんならやりかねないんで。問題のシーン……主に西園寺さんと、日野少佐と、渡辺大尉が絡むところですけど……あれ、どう見ても『セクシービデオの特撮でしか興奮しない人向け』の衣装レベルでした。しかもあの『釣り部』の撮影監督、アングルが色々あったって言ってましたよね?もしアレを連続で流したら、怒られるのは絶対こっちです。僕、アメリアさんの『面白ければ全てよし』で後から揉めるのは勘弁です」
上着の襟が裏返しになっていたのに気づいた誠がそれを直しながらそう言った。誠の『アレ』と言う言葉に自然とカウラの笑いが引きつったものになり、そのままアメリアに視線が向いていた。
カウラの視線で『アレ』が何かを悟ったアメリアの顔が明らかに不機嫌そうになったので、誠は自分の言葉が足りなかったことを悟った。
誠の『アレ』という言葉に、カウラの笑いが引きつった。視線が、すっとアメリアへ向く。
『違う、そっちの『アレ』じゃない……!確かにアメリアさんや西園寺さんや特に日野少佐や渡辺大尉が『アレ』と言った時は僕の『アレ』のことだけど今は関係ないんですよ!カウラさん!』
誠は自分の言葉が足りなかったことを悟った。
「いえ!映画を作る発想自体は良いんです。危ないシーンさえ抑えれば、誰も文句は……」
誠は息を吸って、早口のまま続けた。
「ただ、主役が小夏ちゃんなのが……そもそもあの子、隊員じゃないじゃないですか。これは市からの協力要請ですよね?それに、協力金だけじゃ足りない分、島田先輩の『地球圏の金持ちに高級車を売った金』が回ってるんでしたよね?正規の取引だって書類にしてある……っていうのも、隊長が『それっぽく整えた』って聞きました。そこに、うちが毎月大金を落としてる店の看板娘が出てくる。公金が一部でも入ってる以上、特定の店の宣伝に見えたらアウトです!僕が言いたいのは、そういう『公務員的にまずい形』になってないかってことです」
アメリアの顔がさらに威圧的な表情へと変わる、それを見て言葉をどう引っ張り出そうかと誠の頭は高速で回転し始めた。
「言いすぎました!訂正します!あの映画、すごいです!アメリアさんの才能、出てます!……だから、その目やめてください!」
身の危険を感じた誠は必死になってアメリアに言い訳をした。
「……つまり誠ちゃんは『あの作品には致命的な問題がある』と言いたいのね?でも、作品の中に月島屋の名前は出してない。小夏ちゃんを『月島屋の看板娘』として売り出す表現も入れてない。それでも問題があると言うなら……どこ?具体的に言ってみて。あれは私が三日で書いた……じゃない、私が苦労して作った傑作なの!そして私は天才!今回で才能が全部開花したのよ!マスコミが来てるかもしれないんだから!」
アメリアはそう言うと着替え終わったばかりの誠の両脇をくすぐった。
「くすぐったいですよ!アメリアさん!悪かったです!訂正します!あれは傑作です!出演している僕が言うんだから間違いありません!」
なんとかアメリアの許しを請おうと誠は必死になって心にもないことを口にした。アメリアはようやく納得したように誠から手を離した。
「そう、それで良いのよ。ちゃんと天才である私を認めれば許してあげるわ。あとは観客の反応を見るばかり……それとも何?誠ちゃんはかえでちゃんが最初に提案してきたかえでちゃんとの濡れ場が上映時間の90%を占めるポルノの方が良かったの?まったく『許婚』らしくよく似てるわね、考え方が。まあ市のチェックの段階で没になってやっぱり私の作品が採用されることになるのは目に見えてるけど」
誠は『許婚』である露出狂のかえでの話をされることがアメリアには弱点と認識されていた。
「嫌です!かえでさんは露出狂だから裸を見られるのは大好きでしょうけど……と言うかあの人に任せると無修正で本番アリのとんでもないセクシービデオを市民会館でちびっ子も目の前で堂々と流すことになりますよ!しかもあの人は相手役は僕以外は認めないとか言い出すんですよ!そんな公衆の面前で童貞喪失なんて僕は嫌です!確かに島田先輩のコレクションの中にデビュー時初体験物の新人女優ものがあるのは知ってますけど僕は今回特別手当も何にも出てないんで!」
誠はかえでの変態性は良く分かっていたのでそう言った。先ほど知らされていたが、今日のかえでは下着を着ていない。そのことを想像すると誠の妄想力にさらに歯止めがかからなくなってきた。
「そうでしょ?そんな淫らな妄想駄々洩れのかえでちゃんの野望を防ぐためにも立派な作品を用意する必要が有ったの。お子様も鑑賞可能な健全無比な作品をね。そのくらいのことは大人なんだからちゃんと理解してちょうだい」
得意げなアメリアに誠はあの作品が本当に健全と呼べるものなのか疑問に思っていた。
「あー!こんなところにいた!」
小夏と同級生達が神前達の前に立ちはだかった。
「小夏ちゃん。誠ちゃんが少し話したいそうよ。あの作品の主人公が小夏ちゃんにはふさわしくないって言うのよ……なんとか言ってちょうだいよ。むしろ自分が男優として出演する日野少佐主演のポルノの方が良いとかまで……酷くない?」
そう言ってアメリアは軽く小夏の頭を叩いて立ち去ろうとした。
「兄貴、そりゃあないんじゃねえですか?アタシだって一生懸命演じたんですよ。それを今更アタシの演技が大根だなんて。それにあの装置を使えばどんな大根役者も一流の演技が出来るからってアタシは出たんですよ。そりゃああんまりじゃねーですかい、兄貴。それに市民会館でポルノ上映なんかしたら大問題ですよ。その辺まで考えているんですか?中学生にここまで言われるなんて、兄貴は小学生並みの知能ですね……それじゃあまるであのヤンキーの島田班長じゃねえですか!」
小柄な小夏はいつもかなめに向ける敵意のこもった目で誠をにらみつけた。小夏の目が、かなめに向けるやつと同じ種類の光を帯びた。
誠は本能的に『これは詰む』と悟り、アメリアの背中を追った。
「別にそんなこと言ってないよ!それにあの撮影システムを使うとどんな大根役者でも見られる演技が出来るようになるって……いや、なんでもないです!それに僕はポルノが良いって一回も言っていません!全部アメリアさんの捏造です!」
そう言うと誠は小夏から逃げるようにしてアメリアの後に続いた。
「待ってくださいよ!アメリアさん!カウラさん!僕を一人にしないでください!なんであの作品の責任を僕一人に押し付けて二人は逃げるんですか!アメリアさんは監督でしょ?カウラさんもヒロインで出てたじゃないですか!僕は引き立て役の端役なのに作品の責任全てを押し付けて逃げるなんて二人とも無責任すぎますよ!」
誠は慌てて二人を追って走り出した。振り向けば小夏達も走ってついてきた。一本の参道の両脇には店が並び、広場には屋台が出ていた。誠とアメリアのいつもの馬鹿な絡みを黙って見守っていたカウラは珍しそうにあたりを見渡した。走りながら、誠の頭の片隅に……カウラとアメリア……彼女たちの『生まれ』がよぎった。
「カウラちゃん。こんなのもう別に珍しくないでしょ。私達ももう慣れてきても良い頃よ。戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』。戦うことと地球のアーリア人の優越を示すための繁殖人形として作られた私達でも、その感覚は普通の人間よ。戦うためだけに存在するわけでも、党が規定した優越人種の子供を産むためだけに存在するわけでもない。もっと人生楽しみましょうよ。お店が一杯ある。みんな笑顔。それがお祭りってもの。そのくらいもう慣れてくれても良いと思うんだけど」
そう言うアメリアに追いついた誠は少し心が動いた。アメリア、カウラ。二人とも普通にこの世に生を受けた存在では無かった。
全地球圏とかかわりを持つ国家が争った第二次遼州大戦。その中で国力に劣る遼州星系外惑星の国家ゲルパルト第四帝国が発動した人工兵士製造計画。それがアメリア達、『ラスト・バタリオン』を生み出した。戦うため、人を殺す兵器、そして兵士を産むための機械として開発された彼女達だが、結局大戦には間に合わず戦勝国の戦利品として捕獲されることになった。
この誠が生まれ育った国、東和はその戦争では中立を守ったがそれゆえに大戦で疲弊しなかった東和は戦勝国の多くが発行した戦時国債を東和が引き受けた代償として彼女達を引き受けることを東和は提案された。遼州系が地球圏に発見されて以来一度として戦争をしてこなかった東和は『モテない宇宙人』である遼州人の国なので『悲劇的運命を背負った愛を知る地球人の遺伝子を継いだ美女数万人が黙っていてもやってくることになる』という提案に逡巡する政府の背中を国民が押す形となり、東和政府は最大級のゲルパルトの『ラスト・バタリオン』製造プラントを引き受けることになった。
そんな悲劇的な生まれの経緯を持つ『ラスト・バタリオン』の二人のことを考えていた誠だが、ゲルパルトで戦時中にロールアウトして実戦を体験して、時に『戦場の地獄』や『人として扱われない女の悲劇』を語る時もある割に、今ではすっかり東和色に染められたアメリアはいつの間にかニヤニヤ笑いながらお面屋の前に立っていた。
「ねえ、誠君。これなんて似合うかしら。面白いと思わない?どう?」
そう言ってアメリアは戦隊モノの仮面をかぶった。妙齢の女性がお面を手にしてはしゃいでいるのが珍しいのか、お面を売っているおじさんも少しばかり苦笑いを浮かべていた。
「あのなあ、アメリア。一応お前も佐官なんだからそんなもので喜ぶのは考えものだぞ。私もこういう店には慣れてきた。そう言う物は子供の買うものだと言うことも分かっている。その態度が私を社会環境に適応させるという名目による貴様の趣味であることくらい私にももう十分に分かっているんだ。ふざけるのもいい加減にしろ」
説教を始めようとするカウラの唇に指をかざすとアメリアは大きく首を横に振った。
「違うわよ……市民とのふれあい、協力、そして奉仕。これが新しい遼州同盟司法局の取るべき道なのよ。そんな対象年齢層とかを考えて屋台でお買い物なんてしてたらつまらないでしょ?もう少しカウラちゃんも羽目を外すことを覚えなきゃ!いつまでたっても少女の心を持った存在でありたい……それは人造人間とか地球人とか遼州人とかは関係の無い女の持つべき当たり前の生き方だと思うの!だから私はここに『永遠の17歳を宣言するわ‼』」
アメリアがまた間違った方向で演説を始めたと呆れていた誠の目の前で、アメリアに向って飛んできた水風船が顔面にさく裂した。その投げた先には両手に水風船を買い込んだ小夏が大笑いしている姿があった。
アメリアの小夏を見る様子は誠から見ても笑顔のまま目が笑っていない。かなめ、カウラ、アメリアの三人の個性的な上司のうちでいちばん怖いのは……笑顔のまま、子どもみたいに容赦がないタイプだ。誠は改めて確信した。




