第65話 すべてが終わったのか、それとも……
誠の体が光り、シルクハットと全身タイツの変態ユニフォームから散歩をしていたときの私服に戻った。誠はアメリアの指示で自分でデザインしたほぼ変態以外の何物でもない格好から解放されて安堵の笑みを漏らした。
ようやく爆笑モノの誠の格好から普段の誠よりよりおしゃれな姿の誠に戻ったのを確認するとカウラは笑顔で誠に歩み寄ってきた。
「戻ってきてくれたのね……誠二さん。確かに……あなたは戦う人なのは分かったわ。でも私の愛は変わらない。貴方がどんな苦難に陥っても私は見守ることしかできない。でも、こんな二人が出会ったのも運命でしょ?それをすまないの一言で済ませるなんて無責任な人じゃないのは私も分かっているわ。だから置いていくなんて言わないでね……なんだか今の誠二さんを見ているとどこかに行ってしまいそうで……」
カウラはそう言うとそのまま誠の手を握った。そこにはなぜかカウラの本心のようなものが有るように誠には感じられた。ただ、現実のカウラは戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』であり、まさに『戦う女』なのに対して、誠は法術でようやくランに『普通の兵隊なら瞬殺できるけどそんなの法術師なら当たり前』と評されるレベルでしかない。
そして肝心のシュツルム・パンツァーの法術兵器を使用しない戦闘ではカウラに圧倒されてばかりの落ちこぼれパイロットだった。そんな自分がこのような言葉をカウラに言われることに誠は違和感を感じていたが、このセリフを決めたアメリアはいずれカウラにすべてにおいて誠が上回る存在になることを期待しているような気がしてそこだけはこの無茶苦茶な物語を作り上げたアメリアに感謝していた。
「すまない。すべて僕が一人でケリを付ければよかった話なんだ。僕にはやるべき事が有った。僕一人ではできないから君の妹やサラさんの力を借りた。その為に君の母さんを殺してしまった。それは許されることではない……謝って済むはずもない……僕にここに居る権利は無いのかもしれない……ただ、僕の君への愛は本物だ……それだけは信じて欲しい……僕の愛する人は君以外には居ない……それだけは事実なんだ……それだけを覚えてもらって僕は立ち去るべきなのかもしれないね」
誠は自分で台詞を言っていてこんな自分勝手な男はこちらからお断りだと思って苦笑いを浮かべそうになった。
「いいえ、違うわ!誠二さんは母さんを救ってくれたのよ!あれは母さんの意志なのははっきり私にも通じたわ!誰も悪くは無い。小夏やサラさんを魔法少女にしたのも誠二さんを助けるために自分の意志で選んだことなんでしょ?それならその責任は誠二さんには無い。悪いのは機械帝国。私も戦うわ……確かに私には魔法の力は無いけれど……出来る限りのことはする!教えて!私のできることを!」
誠の言葉にカウラは首を振った。そして次の瞬間にはカウラは誠の胸の中で泣き崩れていた。実母を失い、その実母の望みを果たすことを血の繋がらない後妻の娘である小夏にさせるしかなかった自分の無力さ。カウラの傷心は心底染みるものだった。実戦においても誠に活躍させ、そのフォローはサイボーグで人間の常識を超えた戦闘能力を持つかなめに頼らざるを得ない電子戦担当で式とフォローがメインの第一小隊小隊長であるカウラの心の叫びに重なって聞こえた。もし、カウラの同僚がサイボーグのかなめや法術師の誠ではなくゲルパルトの一般の元地球人の部隊であったなら訪れることのない無力感に二重に苦しむカウラに誠はどんな声をかけて良いのか役を超えて悩んでいた。
「母さん……お母さん……私に力が有れば……誠二さんや小夏達みたいな力が有れば……きっと助けられたのに……でも……私は負けない……そして小夏も負けないわ。だから安心して眠ってね……」
肩を震わせて腕の中で泣いているカウラの緑色のポニーテールを誠はなだめるようにして撫でた。だがシーンはすぐに別のところに切り替わった。
小夏とサラは爆発したリンのいた場所を調べていた。その表情には母を失った悲壮感よりも機械帝国に対する怒りからくる激しい憤りのようなものが見て取れた。
「これ……もしかしてお母さんの一部……お母さんの心……」
そう言って小夏が取り上げたのは一輪の真っ赤な薔薇の付いた小枝だった。それまで厳しかった小夏の顔が崩れ、自然と涙がこぼれ始めた。燃え跡の匂いがするのに、花だけが香る。
『おい!なんであの爆発でなんで爆発で薔薇の小枝が無傷なんだ?ちょっとおかしくない?物理的にあり得ないだろ!上級者過ぎるだろ!ってアメリアさんだからな。ご都合主義はあの人の十八番だ。最初にあの人のエロゲの台本を散々見せられた時はあまりにご都合主義が凄すぎて唖然としたもんな……まあ、エロゲはご都合主義が無いと成立しない物語しか売れないから当然と言えば当然だけど……アメリアさんエロゲに毒されすぎですよ』
誠は引きつりそうになる頬を震わせてカウラを抱きしめていた。だが、一抹の不安を感じて振り向くとブーツが目の前にあった。
顔面にめり込んだロングブーツの甲に跳ね飛ばされてカウラを置いたまま誠はぶっ飛ばされた。蹴り飛ばしたのはレザースーツに身を包んだキャプテンシルバーこと私立探偵西川要子役のかなめだった。明らかに『女王様』としてM男の誠を蹴る機会をうかがっていたかなめの表情がありありと見えた。
『なんで……こんな……西園寺さん……私情で僕を蹴ったり殴ったりするのは現実世界だけで勘弁してもらえます?西園寺さんが男を虐めることが何よりも楽しみな『女王様』なのは十分わかってるんで』
バーチャルシステムでなければ完全に首が折れていた蹴りに誠は顔と首を押さえながら立ち上がった。
「こいつはすまねえな。感傷に浸っている暇の無いはずの王子様が怠けてるんで、つい修正を加えちまった。当然の話だな。戦士に涙は無用だ。戦いには愛など不要!『戦う女』であるアタシにはそんな感傷に浸る貴様が許せなくなった。個人的な感情に囚われているようじゃ戦いには勝てない。『戦う女』は常に先を読む……それだけの話だ」
そう言ってかなめはにんまりと笑いながら泣き崩れていたカウラをにらみつけた。役を忘れてカウラはかなめをにらみ返した。
二人の間に流れる不穏な空気にいつも機動部隊の詰め所で座って仕事をしている時に昼の出前をどこに頼むかで言い争いをする二人が思い出されてきて誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「お姉さん……これ」
そう言って小夏とサラがカウラに先ほどの薔薇の小枝を渡した。カウラはしっかりと枝を手に取り涙した。
「機械帝国の鬼将軍と呼ばれた機械魔女メイリーン。あっけない最期だったな。自分の作った魔人に裏切られるとは。まあ魔人なんぞの下級生物を使う奴らしい最後と言えるか……劣った有機生命体を利用しようとした奴の自業自得と言えるか……自ら戦わず策を弄して勝とうとした所詮は戦士にあるまじき行為を取った当然の報いだ」
そう言ったかなめにカウラは平手を食らわした。
「それだけ?あなたはそれだけなの?お母さんは殺されたのよ!それに下級生物?あなたも味方になったとはいえ所詮はあの女と同じ機械なのね!人の心なんて分かりもしないくせに……あなたにそんなことを言う権利なんてないわ!あなたに誠二さんを責める権利は無い!『戦う女』?笑わせてくれるわね!あなたはただの『非情な女』よ!あなたもあの機械帝国の死んだ将軍と同じ!人の心が分かってない!そんな自分勝手な人に誠二さんは渡せないわ!」
台本どおりの台詞だと分かっていても、口に出すのが嫌だった……明らかにカウラはかなめへの日頃のうっぷんをこの演技に寄せて吐こうとしている。だが、言った瞬間、かなめの目が変わった。誠はこのままいつものかなめ対カウラの私情丸出しの口喧嘩が始まるのではないかと恐怖に震えた。
『おいおい、なんでかなめさんが機械帝国とつながってること知ってるんだよ!おかしいだろ?さっきまで小夏とサラさんが魔法が使えるのも知らなかったのに!それにそんなに機械機械言ってるとサイボーグ扱いされるとすぐキレる西園寺さんの本音が出て本当にキレますよ、カウラさん!その言葉は西園寺さんには禁句ですから!』
だがそんなツッコミをするまでも無くかなめの表情が明らかに本心から出てくる怒りで満たされているのが誠にも分かった。本物のサイボーグであるかなめ。彼女を機械呼ばわりする台詞は初めからあった。カウラはそれを正確に読んだだけだった。それでもかなめの逆鱗に触れたことだけは誠も分かる。そのまま誠は引きつった笑いを浮かべながら二人の合間に立った。
「止めるんだ!二人とも。そんなことをしても春子さんは帰ってこないんだ!それに戦う相手を間違えている!憎むべきは機械帝国なんだ!僕達が争っている暇なんか無いんだ!」
誠はとりあえず二人がアドリブ連発で罵倒合戦に突入することだけは避けようとアメリアの台本を忠実に読み上げた。
『まあこれはお話だけどね。かなめさんもカウラさんも熱くなり過ぎよ。カウラさんももう少しかなめさんが自分のサイボーグの身体にコンプレックスを持っていることを理解してあげなきゃ。もう二年になるんじゃない、二人の付き合いも』
春子は淡々と役を終えて茶々を入れた。
『お母さんは黙って』
『ハイハイ』
的確過ぎる春子の言葉を役に集中しているらしい小夏は一言で遮った。
急に怒りをみなぎらせていたかなめが噴出した。家村親子のやり取りがつぼに入った、そんな感じだった。さすがにここはアメリアか新藤が止めるだろうと誠は思ったが二人はそのままシーンを続けることを選んだようだった。
「そうね、私にもできることがあれば協力するわ。……ごめんなさい、混乱してるの。あなた、誰なのそれよりあなたは誰?やたら態度が大きくてお姫様気取りでどこかで見たような気がするんだけど分からないの……あなたは誰?」
カウラの一言で全員の目が点になった。そしてどさくさ紛れにかなめへの日頃の不満を織り交ぜるカウラの演技に誠は演技賞を贈りたくなった。
『知らないでビンタしたんですか?ちょっと順番間違えてませんか?それとさっき機械帝国と西園寺さんがつながってるとか、西園寺さんが人間に見えるけど実は機械魔女だとか言ってましたよね?アメリアさん……台本に矛盾が多すぎますよ。なんとかしてくださいよ……それがアメリアさんにはツボなんでしょうけどそんなことを理解する観客なんて居ませんよ』
まだ止まらないシーンに呆れながら誠はカウラとかなめを見ていた。
「私はこの子達と志を同じくする者。機械帝国を滅ぼすための正義の使者。キャプテンシルバーとは私のことよ!」
かなめは自分としてはかっこいいつもりで誠からしてもダサい名乗りを恥ずかしげも無くやって見せた。
「あっ。ダサ!」
小夏も誠と同意見だったので当然の様にそんな台詞が自然と口から出た。
「おい!小夏!今、何言った?何言った?え?かっこいいだろうが?今のどこがダサいんだ?アタシにも分かるように説明しろ、な?」
かなめの叔父の嵯峨譲りのネーミングセンスの無さには定評があるが、こうしてかなめの口から出てくるとさらに違和感が漂っていた。小夏は変身を解かずに鎌を掲げてかなめとの間合いを詰めようとする。それを見たかなめは右手に持っている銀のコードを掲げた。
銀色の光とともにビキニの水着のようにも見える体と西洋の甲冑を思わせる兜をかぶったキャプテンシルバーの姿に変身するかなめ。手には銀色の鞭が握られていた。
「お?戦闘態勢になりやがったな!やろうってのか?外道!良い度胸だ。受けて立ってやる!」
そう言って小夏も杖を構えた。二人はいつも月島屋で展開している口喧嘩の延長をこの映画の中でやろうとしているのが目に見えて分かった。この二人が出会えば間違いなく喧嘩を始める。アメリアもそれは分かっているらしくその光景の使えるところだけは使うという方針でカットはいれずに新藤に進行を指示しているようだった。
「二人とも!喧嘩は駄目よ!」
サラが慌てて二人の間に立った。その言葉に我に返った小夏は手にした鎌を消して普通の中学生らしいセーラー服に戻る。かなめも鞭を納めて革ジャンにジーンズと言う普段のかなめと同じ格好に戻った。
「じゃあ後で訓練を施してやろう!お前も一緒にな!機械帝国最強のアタシの攻撃を受けきれるようになれば貴様も一人前の『魔法少女』だ。その時はアタシも認めてやる!」
そう言ってかなめはすぐに手を胸の前でクロスして魔法を使って消えた。かなめはどうやら自分がアメリアのおもちゃにされているという自覚を感じて逃げとして台本を利用したのだろう。誠はただ目の前の出来事を呆然と見つめているだけだった。
『西園寺さんは……逃げた。台本を盾にして。確かに今回の演技はカウラさんすら暴走してたけど』
誠は、ただ立ち尽くしていた。
この作品はより『特殊な部隊』の関係者以外は楽しめない方向へと向かっている事だけは間違いないと誠は確信した。




