第64話 秘密が崩れる時
「小夏……でもあなた!その姿は……教えてちょうだい!いったいあなた達は何者なの?お姉ちゃんにも分かるように説明してちょうだい!」
魔法少女のコスチュームに身を包んだ小夏に驚いたように抱きかかえられながらカウラは驚いた表情を浮かべていた。そして彼女の視線の前ではぴっちりタイツ姿のマジックプリンスに変身していた誠の姿があった。誠はカウラには全くファッションのセンスは無く、清潔ささえあれば大丈夫な質なのは知っていたので全身タイツにシルクハットと言うどう考えてもおかしな格好をしている誠に一切疑問を感じていないことが唯一の救いだった。
そう思っていた誠だが、カウラの顔をよく見ると誠のシルクハットに全身タイツと言う罰ゲームのような姿を見て明らかに噴き出しそうになるのをこらえているのが分かり誠は赤面してしまっていた。とりあえず誠から目を逸らすと彼女の前に立つ二人の妹役、小夏と上空での戦いを切り上げて姉を守るべく降り立ったサラに目をやった。
「あなた達……」
必死に吹き出しそうになりながらもここは真面目に演技をしようとしているところがいかにも与えられた仕事はちゃんとするカウラらしいと誠は思って感心していた。これがかなめだったら誠の衣装を見た瞬間に腹を抱えて大爆笑してアメリアのストップがかかるところだろう。
冷静なカウラらしくここは戸惑って平静を失った演技をしなければならないというように息を飲むような顔をして誠達を見回していた。
「そう!私とお姉ちゃんは選ばれたんだよ!あの、機械帝国の手先を倒すために!その為に魔法の力を手に入れたの!そしてその魔法を使ってこの世界を守らないといけないの!分かって!おねえちゃん!」
そう言って小夏は杖でリンを指し示した。カウラは驚きながら後ずさった。
「嘘でしょ?なんであなた達なの……他にいくらでもその素質がある人が居そうじゃないの……そして誠二さん……その姿は何?そしてさっき『マジックプリンス』って呼ばれてたけど……あなたは何者なの?教えて……教えてちょうだいよ!」
喉が鳴った。息が浅い。手が震えているのに、誠のタイツ姿が可笑しくて……カウラにはそれがいちばん怖かった。カウラは噴出す危険を避けるために伏せ目がちに誠の手の中に飛び込んだ。
「これも運命なんだ。僕はそう言う星の下に生まれ、そして君と出会ってしまった。本来なら戦う僕は人を愛する資格などないかもしれない。騙していた。君を巻き込みたくなかった。でも……好きになってしまった。許さなくていい。恨んでもいい。僕には君を愛する資格はそもそもなかったんだ。それにこれまで……すまない、相談もできなくて……本当は君を巻き込みたくなかった。ずっと平和な日々が続くと信じていた……それは僕の甘さだ。僕は君に甘えていたんだ。戦士失格と笑われても仕方がない」
そんな二人の光景に微笑を浮かべた小夏とサラはそのまま視線をメイリーン将軍と怪人姿の春子に向けた。
「ふっ!所詮はあの餓鬼では時間稼ぎもつとまらんかったわけだ。良いだろう!行け!ローズクイーン!」
どう見ても場違いな露出の鎧のビキニアーマー姿のリンが小夏達を指差すと、地面から蔓を抜き取った春子はそのまま鞭のようにしなる蔓で二人を襲った。
「舐めてもらっては困るわね!私にそんな攻撃が効くものですか!」
そう言うとサラは蔓に向かって鎌を振り下ろした。だが、それは完全に読まれていた。サラはそのまま死角から延びてきた蔓の一撃で空中から投げ落とされた。
「お姉ちゃん!」
空中でもう一方の蔓と間合いの取り合いをしていた小夏の視線がサラに向いた一瞬。今度は小夏に蔓が絡みつき、そのまま堤防に叩きつけられた。
「小夏!サラさん!負けないで!」
妹達の劣勢を見つめてカウラは叫んだ。
「ふっ。たわいも無いな!この程度の敵にてこずるとは!あの亡国の姫君の程度が知れるわ!このまま何度となく地表に叩きつけてその身体を木っ端みじんにしてくれるわ!」
リンが高らかにそう叫んだとき、土埃の中で、桃色の光が一瞬だけ瞬いた。叩きつけたはずの小夏がリンの前に現れその頭に杖の一撃を加えた。
「なに!先ほどの一撃で斃れなかったというのか!そんな……信じられん!」
勝利を確信したリンは慌てて体勢を立て直した。その前に着地してひざから崩れ落ちたような格好で呆然とした表情で目の前の戦いを見つめていたカウラを守るように小夏は立ちふさがった。
「許さない!あなたはあんなに一生懸命なランちゃんを笑った……あの子は自分の国を守るために必死になって戦っていた……所詮機械の心しか持たないあなたには分からないでしょうね……自分が守るものがある者の戦う強さと言うものを……そもそもその恰好を人前で晒している時点で人間失格なのは間違いないけど!」
小夏はそう言ってリンをにらみつけた。どさくさに紛れて日頃月島屋で酔って全裸になった誠をリンがかえでに無断で襲おうとしていた話は聞いていたので、小夏もついリンの変態性を弄りたくって仕方が無かったのだろう。その表情は迫真の演技で、誠も拍手を送りたくなった。
「許さない?それこそお笑い種だ!貴様等のような下等な有機生命体にそのようなことを言われる筋合いはない!アイツが一生懸命?当然だろう!私達と同じことをなそうとすれば必死になっても仕方の無いことだ。生身の身体を持った有機生命体に出来ることなど限られている。必死になっても我々の足下にも及ぶことはあるまいて。それを知ってまだ抵抗するか……まあ無駄な足掻きだがな」
そう言ってリンはあざ笑いながら小夏に叩かれた頭部を撫でた。
「オイル!……もしかして……」
リンは驚愕して顔を引きつらせた。その迫真の演技に誠は唖然とした。
『おい!オイルなのかよ!もしかして油圧シリンダーとかで動いてるの?いつの時代?しかも今まで気付かなかったの?神経とかどうなってるの?アメリアさん……もう少し設定は細かくやりましょうよ。まあ、アメリアさんのことだからこれは全部ワザとでそんなツッコミ待ちなんだろうな。でもそんなツッコミ僕ぐらいのマニアじゃないとしませんよ』
油を払うようにして手を振ったリンに狂気の表情が浮かんでいる様が見えた。
「貴様!私の美しいボディーに傷をつけるとは……許さん!」
誠はそんなリン達に思い切りツッコミたくなった。だがここでツッコんでもアメリアの思うつぼだと思い直して誠は台詞を繰り出そうとした。
「小夏、だめ!その人に逆らっては!」
再び杖を構えようとした小夏に叫んでいたのは倒れたまま上空を見上げているカウラだった。その言葉に小夏がためらった。
「そうだ!この改造植物魔人ローズクイーンには貴様の姉のカウラの母、南條春子を素体として使っているからな。人の心とかを持つ貴様等には手も足も出まい!まあ、もはやその言葉すら届かぬまでに徹底して洗脳・改造してやったがな!」
そう言って舌なめずりをするリンに誠はドン引きした。普段はかえでの世話をして少し控えめに見えたリンが天性のサディストであることを確認した瞬間だった。
「どうするの!小夏ちゃん。ここで止めないと!この街が……この世界が……本当に機械帝国に征服されてしまうわよ!」
空中には鎌を構えるサラが浮かんでいた。小夏もサラも手詰まりと言うようにリンを見つめていた。
「カ……ウラ……」
カウラを見つめていた怪人ローズクイーンが搾り出すようにそう言った。すぐに鞭のような両腕から生える蔓が痙攣を始め、もがき苦しみ始めた。
「なに!何が起きた!どうしたと言うのだ?まさか記憶が?そんなはずが……私の技術は完璧のはずだ……あり得ん!断固としてあり得ん!これが貴様等の力などと言うことを私は絶対に信じないぞ!」
突然の蔓がすべて消えていき攻撃の意思を無くしたように見える春子の状況にリンは戸惑ったような声を出した。それを見た小夏がリンに突進した。
寸前で止まった小夏が杖から放たれた火の玉をゼロ距離で発射した。腹でそれを受ける形になったリンが吹き飛ばされた。その後ろに待ち構えていた小夏が振るう鎌がリンの右肩に突き立った。
「なに!下等生命体が!ローズクイーン!」
リンの声に一人もがいていたローズクイーンがメイリーン将軍のところへ飛んだ。
だが、彼女はそのまますべての蔓をリンに絡めた。ローズクイーンは明らかに自らの意志でリンを絡めとろうとしていた。
「何をする!私の言うことが聞けないというのか!私に逆らうのか!創造主である私に逆らうことの意味は分かっているのだろうな!」
リンは脱出しようともがいた。だがもがけばもがくほどその蔓に生えた棘がリンの身体を傷つけ、深く突き刺さった棘のせいで脱出が難しくなっていく。リンは笑っていた。痛みなのか、歓喜なのか、もう判別できない笑みで。そして全身タイツ姿の変身後の誠に寄りかかるようにして立っているカウラに春子は笑顔を向けた。
「カウラ。ごめんね」
そう言って春子は涙を流した。小夏とサラは同じように涙を浮かべているカウラを見つめた。
「せっかく会えたのに……こんなことしかできなくて……」
はっきりとした意志を持った言葉でローズクイーンである春子は娘に向ってそう言った。棘だらけの顔が、ほんの一瞬だけ『母の顔』に戻った。
「そんな!お母さん!待っててね!今助けるから!」
小夏の言葉にローズクイーンは静かに首を横に振った。
「無駄よ。メイリーン将軍の言う通り私の心は改造されてしまった。こうして私の意識が表に出ているのにも制限がある。私の心があるうちに……意識があるうちに小夏とサラさんの力で私ごとメイリーン将軍を消し飛ばすのよ!私はもう戻れない。だから『私が決める』この悪魔を道連れにして二人の未来を拓くのが私の母としての意志よ!小夏!撃ちなさい!」
アメリアとしては感動のシーンなのだろうが、アニメにうるさい誠としては今一つ納得のいかないシーンだった。
『ひどい話だな。自分の娘じゃない方の子供に人殺しをさせる?アメリアさん、ツッコミ期待のストーリーを狙いすぎですよ。これって市からの依頼の事業でしょ?もう少し親子愛をストレートに描いても良かったような気がするんですけど……本当にアメリアさんは好き勝手やってるんだな……アメリアさんも子供がいるって確か言ってましたよね?一度もあったこと無いらしいですけど。だからですか?』
そう苦笑いを浮かべている誠は当然画面に映らなかった。
「小夏!サラさん!母さんを救ってあげて!今しかないのよ!母さんが母さんでいられる時間は!その間に母さんを元の母さんに戻してあげて!」
カウラの言葉に小夏とサラは静かに頷いた。
「やめろ!貴様等!こんなことを……母親もろともと言うのか!そもそもこんなところで私は朽ちるわけには!」
焦ってもがくリンだが、がっちりと蔓に生えた棘が彼女の機械の身体に食い込んでいて身動きが取れなくなっていた。
「あなた……!許さない!」
小夏が展開する巨大な魔方陣から火炎がリンと春子に襲い掛かった。
「くー!グワー!機械帝国!万歳!」
お約束の台詞を吐いてリンはひときわ派手に爆発した。粉々になったメイリーン将軍とローズクイーンの花びらの降り注ぐ中、そして気づいたときには立ち上がっていたカウラはそのまま誠前まで歩いてきていた。
気づけばカウラは、誠の前に立っていた。……笑うべきか、泣くべきかも分からない顔で。恐らくアメリアは画面を見て大笑いしている事だけはシリアスキャラを演じている誠にも想像がついた。
そしてその隣では銃を持ち出してきたかなめがアメリアの前で実弾入りのマガジンを装填してアメリアをいつでも射殺できるような体制になっていることまで想像できてしまう自分がいかに『特殊な部隊』に毒されているか実感する誠だった。




