第63話 夢の初デートはバーチャルで
「それじゃあ、今日も張り切ってはじめるわよ!カウラ、誠ちゃん。準備お願い!なんと言っても恋とは無縁の遼州人の観客を意識したデートの場面ですもの!貴方の地球人の血を引いている『ラスト・バタリオン』としての才能に期待しているわよ!同じ『ラスト・バタリオン』の先輩として恥をかかせるんじゃないわよ!」
アメリアは誠が『モテない宇宙人』として妙な意味で地球人達に馬鹿にされている存在で、自分は地球人の遺伝子で作られた『モテない宇宙人』では無いということに誇るような口調なのが誠には正直腹が立った。
「私とデートした時も誠ちゃんはまるでそんな地球人の女子なら当然求めるホテルデートなんて頭に無かったんだから!いきなり『ドライブしましょう』とか言って東和でも一、二を争う汚染沼の印藤沼の湖畔に指そうなんてまったく遼州人がモテないのは当然よね」
誠はあの誠自身はデート認定していないあのアメリアが好き勝手遊んだだけのひと時を蒸し返してそう言った。
「当然この設定ではカウラと誠ちゃんはホテルデート経験済みという設定で!遼州人にはありえない設定だけど私は『ラスト・バタリオン』で地球人の血を引いてるからそんなことは関係ないの!」
アメリアの自分勝手な宣言に誠はあきれ果てていた。
「遼州人はデートなんて見合いの間にしかしないものね。まあ私は結婚相談所でなんとか最初のデートまでこぎつけても分かれてすぐに交際終了の連絡が入るから、それからどう遼州人がデートをするのかなんて知らないけど。まあいいわ!カウラちゃんには初めての男として誠ちゃんに接する!それが一番大事!その点を留意して演技するのよ!」
アメリアはそう言って目の前のカプセルを指差した。その隣で小夏とランがニヤニヤ笑っていた。ここがこの物語の役でいう所のヒロインの南條小夏の腹違いの姉、南條カウラと神前寺誠二のデートの場面である。確かに、恋愛結婚率が0.01パーセントにも満たない遼州人にとってデートは憧れではあるが、敷居の高い自分には縁のない世界の話だった。そして恋とは全く無縁なパチンコ依存症のカウラにアメリアはなんでそんな無茶な注文を付けるのか誠は不思議に思っていた。
「ちょっと待って、アメリアさん。誠君、凄く顔色悪いじゃないの?二日酔いなのはいつもの事として……誠君。なにかもの凄いショックを受けるようなことでも誰かに言われたんじゃない?違う?」
春子のその一言は非常に助かるものだった。誠は天使を見るように春子を見つめた。先ほどかえでに自分がリンによって強制的に夢精させられた上にその精液をかえでがおもちゃにしている事実を知らされた時のショックから誠はまだ立ち直れないでいた。だが、春子は手にしていた袋から一つのオレンジ色のものを誠に差し出した。
「あのーこれは?」
春子が手渡したのは誠の好物の一つだった。
「干し柿よ。二日酔いには効くんだから。アメリアさんもさっき食べてたわよ。ショックを受けていることについては忘れなさい。もしよければ今日はカウラさんと二人でうちに来て悩みを聞いてあげるって言うのはどうかしら?カウラさんも職場の人間関係で色々悩んでるって以前言っていたし、ちょうどいい機会よ……初めての男女関係での悩み。私ならちゃんと聞けるわよ。新さんにそのことを話したら最後だからそれだけは止めておいた方が良いわよ」
いかにも楽しそうに誠が相談に来て自分の悩みを聞いた瞬間に大爆笑した後、トンデモナイ解決策を提案してきてさらに事態を悪化させようとする『駄目人間』嵯峨の『すごくいい笑顔』が誠にも想像できて苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「春子さん。その話はしない約束ですよ!私にもプライバシーが有るんです!」
春子の提案に慌てたようにカウラは顔を赤らめながらそう言った。誠はそのカウラの様子と春子の提案がなぜカウラと誠の組み合わせなのかを不思議に思っていた。
そんな疑問は別にして、誠は手にした干し柿を手に、誠はため息をついた。遼州人にとっては無縁なデートのシーンがこれから誠を待っている。遼州人らしく恋愛と言う感覚に恥の意識を持っている誠はそのシーンの撮影から逃げられない以上、時間を稼ぐように、ゆっくり干し柿を口に運んだ。
干し柿は二日酔いには効果が有った。ただ、先ほどのかえでの爆弾発言から、かえでから誠に送られてくる動画に出て来る白い液体の正体を知ってしまった誠は、甘さの向こうに別の吐き気を覚えた。そしてかえでが時々『君の白い液は最高だよ』とか『毎朝飲んでいるのが僕の健康法なんだ』などと言っている時点でかえでは終わっていて、そんな終わっているかえでが母公認の『許婚』である事実とかえでがそれを使って何をするか分からないことに恐怖を覚えていた。
「はい、誠ちゃん!ちゃっちゃと食べる!撮影行くわよ!はい!スタート準備!」
妙に高いアメリアのテンションに押されて誠は仕方なくカプセルに入った。かぶったバイザーの中には大きな川の堤防の上、見晴らしの良い光景が広がっていた。
風にエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせるカウラ。
誠はその姿を見て胸が熱くなるのを感じた。
ゆっくりと流れる二人だけの時。誠は笑顔で自分をちらちらと見つめて来るカウラを遠慮がちに見ながらこれがいわゆる誠が思い描いていた女性との『デート』と呼ばれるものなのだとしみじみ実感していた。
『初デートなんだ……以前、アメリアさんと一緒に行ったあれはデートと言うよりただ遊んでただけだもんな。今回は設定も『デート』ってことになってる。しかもこの『特殊な部隊』で一番まともなカウラさんが相手……悪くないかも……でも僕は『モテない宇宙人』である遼州人だからな。リアルなデートとは一生無縁に過ごすことになるんだろうな。そう思うとかなり憂鬱になるような……』
誠は不埒なことを考えることによってかえでから与えられたトラウマをなんとか忘れようとした。
『誠ちゃん、元気そうね。しかも顔がにやけてるわよ。カウラが相手だとそんなにうれしいんだ。私とデートした時はそんな顔しなかったのに』
明らかに嫉妬に満ちた調子でアメリアが誠に語り掛けてきた。
「そんなこと無いですよ!二日酔いも良くなりましたし!そのせいです。それに秋にアメリアさんと車で出かけたのはデートと言うよりただ単に有給を消化しただけですよ!あれはデートとは呼びません!」
『私はデートだと思ってるんだけどな……まあ良いけど……じゃあ、続きをお願いね』
アメリアの指示が出たので誠はカウラのか細く冷たい手を握ってデートらしさを演出することにした。
『それじゃあ行くわよ!スタート!』
アメリアの声に肩を寄せ合ってカウラと誠は手をつないでいかにもデートらしく歩いていた。秋の堤防沿いを歩く二人にやわらかい小春日和の風が吹いた。男と女が手をつないで歩く。東和では大体こういう二人連れは見合いの数日後の結婚を前提としたお付き合いをしている二人に決まっていた。
「久しぶりね、こうして二人で歩くの……あの日もこんな感じで……」
川面が陽に光り、二人の影が並んで伸びた。そう言いながらカウラは髪を掻き揚げた。誠は笑顔を浮かべながらカウラを見つめていた。
「そうだね、いつまでもこういう時間が続けばいいのにね……」
そう言って歩く二人。どこまでも空が高かった。
そして同時に脳裏でついこの情景をアメリアと同じテンションの嫉妬に狂った残酷な笑みで銃を探しているかなめのことが誠の脳裏に浮かんだその瞬間だった。
そこに明らかに誠が考えるデートの雰囲気をすべて破壊するようなに、不気味な高笑いが響いてバックに怪しげな戦闘シーンを予感させるBGMが流れ始めた。
折角のデートシーンがやたらと短いのはアメリアの嫌がらせに違いないと思いながら誠は台本の通りに身構えた。
目の前に黒い渦が浮かび上がり、そこにいかにも悪な格好の機械魔女メイリーン将軍役の渡辺リン大尉と緑色の不気味な魔法怪人と言った姿の物体が現れた。
「逢瀬を楽しむとはずいぶん余裕があるじゃないか!マジックプリンス!そしてその思い人よ!ただ、その時がいつまでも続くと考えるとはよほどの間抜けとしか言いようがないな!」
そう言って杖を振るうリンの顔がやたらうれしそうなのを見て噴出しそうになる誠だが、必死にこらえてカウラをかばうようにして立った。
「何を言っているんだ!僕は貴様の事など知らない!」
ここではカウラは誠の正体を知らないと言う設定なので、誠はうろたえたような演技でリンを見つめた。
「なに?どう言う事なの!誠二さん」
カウラが誠に尋ねてきた。しかし、そのカウラもリンの隣の魔法怪人が顔を上げたことでさらに驚いた表情を浮かべることになった。
「お母さん……」
緑色の肌に棘を多く浮かべた肌、頭に薔薇の花のようなものを取り付け、その下に見えるのは青ざめた春子の顔だった。
「……カウラ……イヤ!貴様は敵!倒すべき敵!……母……そんな……」
春子こと魔法怪人ローズクイーンがそう言うと地面から薔薇の蔓を思わせるものが突き出てきて誠とカウラの体を縛り上げた。
「残念だな南條カウラ!貴様の母はもう死んだ!今ここにいるのは魔法怪人ローズクイーン!機械帝国の忠実な尖兵だ!心も体もすべてを機械帝国に捧げた戦士!忠実な僕の一人にしか過ぎん!」
いかにもうれしそうに叫ぶリンに呆れつつ誠はカウラを助けようと蔓を引っ張って抵抗して見せた。
「どういうことなの?誠二さん……キャア!」
実生活でも聞いたことが無いカウラの悲鳴に一瞬意識を持っていかれそうになる誠だが、やっとのことで役に入り込んで巻きついた蔓の中でもがいた。
「説明は後だ!とりあえず逃げよう!」
誠はなんとか細めの弦を引きちぎると、カウラに絡みつこうとする蔓をなぎ倒してその手を握り走り出した。
追って来るだけではなく、地面からもあちこちから新たな蔓が伸びてきては二人の行く手を遮ろうとする。
決意を込めた視線をカウラに向けて誠はそんな障害物を避けつつカウラを引いて走り続ける。
突然正面に生えてきた蔓を避けてカウラを庇った誠と目があった瞬間カウラはいつものカウラでは見ることができない驚いたような表情で誠を見つめていた。
「誠二さん!本当なの!あの怪物が母さんだなんて……私は信じないわ!」
カウラはじっと誠を掴んで離れない。怯えて見えるその表情。これも逆の立場は実戦で何度か経験したが、抱きしめたら折れそうな繊細な表情を浮かべるカウラにはいつもには無い魅力を感じてしまった。
『ここがクライマックスよ!誠ちゃん、デート慣れしていない遼州人だからって少しでも二人が恋人に見えない様に私が感じたら手加減せずに駄目出しするからね!』
アメリアの声で我に返った誠は真面目に演技に集中することにした。
「おのれ、メイリーン将軍!僕たちが人目につかないタイミングを狙っていたな!確かにここならば人気も無い。僕が助けを呼ぶことも無い。だが、それが逆に貴様の命取りとなる!ここならば僕が魔法を使っても誰にも迷惑は掛からないからな!」
誠は何とかカウラを見つめていたいと言う欲望に耐えて、視線を敵に向けた。上空に滞空して見下すような視線を落としながらリンは高笑いをした。そしてその隣で地面に両腕から伸びる蔓を操っている怪人役の春子が見えた。
『アメリアさん……人気が無いからって暴れたらだめでしょ。魔法使いなら結界を張って周りから自分を見えなくするとかそう言う芸当が有っても良いと思うんだけどな。まあ、このアメリア監督は『派手に見えること』が正義なんだろうな。結界は地味で嫌いなんだろう。クバルカ中佐は誰から吹き込まれたか分からない……いや、確実にそう吹き込んだのはアメリアさんだけど……魔法少女になるためには必要な能力だと信じて必死に毎日結界を張る練習をしているんだよな。クバルカ中佐が結界を張れて本気を出していいのなら……たぶん地球圏に一人の生存者もいないだろうな。クバルカ中佐はいつも『あんな人殺しが大好きな地球人は滅んで当然だ』とか、『アメリカ大統領?殺してほしけりゃアタシに言え。2秒で殺してやる』とか言ってるものな。クバルカ中佐が結界を使えたらマジで地球圏は中佐が言ってる通り3年も経てば中佐に滅ぼされるぞ』
誠は魔法少女の戦闘にはお約束の結界を張らずに公衆の面前で行われるシュールな戦いを見ながらそう心の中でツッコんだ。春子が全身の棘を立ててにらみつけたと思うと一陣の風が吹いた。両手を掲げて魔方陣を展開するがすぐに破られた。そして二人は完全に蔓に捕まってしまった。全身の衣服に蔓に生えた棘が刺さり、次第に赤い血が滲み出した。
「誠二さん……」
額から血を流しながらカウラは誠に手を伸ばした。誠は手にした小さなペンダントを握り締めながら悩んだ。
「くそ!このままでは!まずい。俺が吊られたら、カウラは守れない……彼女は……僕に関わったゆえに苦しむ必要のない人間なんだ……なんとかしないと……」
突然春子の右腕の蔓が伸ばされた。その一端が誠の左肩を捉え、棘が肉へと食い込んだ。そして誠の腕の皮膚を引き裂いた部分から吹き出た血でカウラは頬を濡らした。誠はぎりぎりと蔓は誠の左腕にめり込み上空であざ笑う怪人役の春子に吊るされようとした。
その時突然、蔓の根元に光が走った。
「何!」
勝利を確信して上空から逃げ惑う誠達を嗤って見ていたリンの表情が驚きに満たされた。その周辺を目にも留まらぬ速度で飛んでいる光る弾、マジックボールを操っているのはサラだった。牽制で放った魔力弾でリン達を翻弄した彼女はそのまま鎌で魔力弾に対抗して伸ばされた太い蔓を次々と切り刻んでいった。
「大丈夫!お姉ちゃん!」
上空で暴れているサラに変わりカウラの後ろには魔法少女の衣装の小夏が立っていた。
「何!何が起きてるの!」
カウラはいかにも信じられないことが起きていると言うように小夏とサラの行動を見つめていた。
「これだけじゃ終わらないんだからね!」
小夏はそう言うと魔力弾で誠に絡みついた蔓を撃ち抜いた。
蔓はあっという間に消し飛び、なんとか誠も地面に放り出された。
「来てくれたのか!君達が!」
すぐさま立ち上がった誠は隣に倒れこんで震えているカウラを支えながらそう叫んだ。震える肩を抱き寄せた瞬間、誠の手の中でカウラの指が小さく握り返した。カウラの目には戦うことを決めた妹の小夏を見つめる熱い視線が籠っていた。




