第62話 いつものふりして出勤
「大丈夫か?神前。貴様はいつも西園寺の罠にあっさりとかかるんだな。昨日もビールにラム酒を仕込まれて……何度同じことを繰り返せば気が済むんだ?そんなもの一口飲んでみたら味で分かるだろ?それとも西園寺の罠にわざとかかっているのか?そんなに西園寺に気を使って何が楽しい?」
カウラがそう言ったのが当然だと誠も自分で思っていた。頭痛と吐き気は、今朝、かなめにたたき起こされたときから止まることを知らない。こうしてモニターを見ていてもただ呆然と文字が流れていくようにしか見えなかった。
「おい、医務室行った方がいいんじゃねえの?それにしてもオメエの学習能力の無さは島田並みだな。毎度同じ手に引っかかって……まあ、その度にオメエご自慢の立派なアレが見たいからアタシもやってるんだけどな。それとアタシに気を使って毎回引っかかってるならやめてくれ。……まあ次からはもっとバレねえ酒を選ぶけどな」
昨日も誠のビールにラム酒を加えて誠を潰した張本人であるかなめは他人事のようにそう言った。
「誰のせいでこうなったと思って……」
とぼけた顔のかなめに恨み言を言おうとして吐き気に襲われて誠は口を覆った。
「すみません、昨日飲みすぎちゃって……トイレ行ってきます」
そう言って誠はとりあえずトイレで一回胃の中の物を吐き出そうと思った。
「お疲れ様です!」
元気良くそう彼らに言いながら部屋に入ってきたのはアンだった。『男の娘』らしくいかにも女子の制服が似合うのが誠には妙に気になったが、18歳らしく烏龍茶だけを飲んで思う存分焼鳥を食べていたアンは元気そのものだった。そしてその手にはなぜか誠の痛い絵のマグカップが握られていた。
「神前先輩。これを飲んでください。昨日は先輩の立派なモノを見ることが出来て僕もうれしかったです!アレを僕が受け止める日が一日でも早く来る日を僕は待ってるんです!どうすればアレがあんなに大きくなるんですか?生まれつきですか?あんなに大きい人は僕も見たことが無いですよ」
アンが差し出すのは渋そうな色の緑茶だった。普段ならアンの怪しい瞳と言葉の内容が気になって手を伸ばさないところだったが、今の誠にはそんな判断能力は無かった。
「僕はそれがコンプレックスなの!中高生時代にはそれで散々虐められてきたんだから。まあ、お茶をくれたのはありがとうな、しかし渋いな」
そう言いながら誠は一口茶を啜るとため息をついた。
「おい、これじゃあ仕事にならねえな。寮で寝てた方が良いんじゃねえのか?」
明らかに足元がふらついている誠に向けてかなめがそう言った。
「だから西園寺。こうなったのは誰のせいだとさっきから聞いてるんだ私は!貴様のような下心満載で神前を潰すような奴と一緒に飲みに行った私が馬鹿だった!これからは西園寺が飲みに行くときはひとりで行け!神前をこれ以上巻き込むんじゃない!」
カウラは無視されてさすがに頭にきて怒鳴った。それがきっかけで二人はにらみ合った。女性上司の対立も、今の誠には些細なことに過ぎない。絶え間ない吐き気と頭痛にただ情けない笑いを浮かべることしかできなかった。
「みんないるわね!」
そう言って元気良く部屋に飛び込んできたのはアメリアだった。今朝、同じように二日酔い状態でカウラの車に乗り込んだはずのアメリアがやたら元気良くしていた。その姿を見て誠は戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』として製造されたがゆえにやたら回復力だけは早いアメリアの体質をうらやましいと言う表情で見上げた。
「なに?誠ちゃんまだ潰れてるの?私みたいにすぐに元気になる体質じゃないとこの『特殊な部隊』では生きていけないわよ♪いくら自分のモノがでかいからってあんなにみんなに見せびらかしてたら、そのうちそちらに自信の無い整備班の誰かに刺されるわよ。男の嫉妬って意外に怖いんだから!」
昨日の帰りにはカウラにおんぶされていたほど酔いつぶれていたはずのアメリアの元気さに誠はあっけにとられた。
「アメリアさん。なんで平気なんですか?昨日の帰りは僕と大して変わらない状況だったじゃないですか」
そう言うのが精一杯と言う調子で言葉を吐き出す誠の背中をアメリアは景気よく叩いた。思わず吐きそうになりながら再び誠が口を手で覆った。
「はい!病は気からよ!気合があれば病気なんてすぐ治るわ!私には今やるべき事が有る!そのことを完遂するまでは倒れてなんて居られないわ!」
ハイテンションにそう言うとアメリアは高らかに笑った。
「オメエは一年中病気だろ?テンション的にも性的にも……オメエに市からの依頼と称して珍妙な格好をさせられるアタシ等の身にもなってみろ」
そうつぶやいたかなめをアメリアはにらみつけた。だが、アメリアの手に台本のようなものが握られているのを見てかなめは露骨に嫌な顔をした。
「オメエが元気ってことは、昨日の続きをはじめるとか言うことか?また面倒なことになりそうだ」
そう言うかなめに顔を近づけていくアメリア。かなめはその迫力に思わずたじろいだ。
「あたりまえじゃないの!監督としてクランクアップまで見届けて編集作業も締め切りまでに終わらせる!当然の話じゃない!」
アメリアはそう言うと再び第一小隊のカウラ、かなめ、誠の顔を見回した。
「さあ!今日も張り切っていくわよ!移動、開始!」
誠はそんな元気がどこから出てくるんだろうと不思議に思いながら部屋を出て行こうとするアメリアを見つめていた。
「本当にやるんですか?僕は体調が悪いから辞退するって訳にはいかないですかね?」
力なく誠は立ち上がった。世界がぐるぐる回っていた。
「諦めろ。ああなったアメリアは誰も止められねえよ」
そう言ってかなめは立ち上がって開いたドアを支えていた。カウラは心配そうに誠の肩に手を当てた。
「大丈夫か?なんなら無理しなくても良いんだぞ。まずは体調が大事だ。次に仕事が大事だ。映画の撮影などと言うものの優先順位はその下も下の最下位と言って良い」
そう言ってカウラはエメラルドグリーンの瞳を向けた。思わず自分の頬が染まると同時に、かなめとアンから殺気を帯びた視線が来るのを感じてそのまま部屋を出た。
「あれ?女将さんじゃんよ、あれ。今日もアメリアに呼び出されたんだ。毎度ご苦労なことだな」
かなめの言葉で二日酔いで視界のぼやけている誠は昨日、撮影に使った会議室に紺色の留袖姿の家村春子が入っていくのを知った。
「また呼び出したのか?本当にアメリアは遠慮と言うものがないな。春子さんもいくら常連客の頼みとは言え毎日夜遅くまで店を切り盛りしてその後でこんな朝早くから隊にやってきていては身が持たないだろうに」
カウラは呆れながら誠を見つめてきた。立ち上がってしばらくは胃の重みが消えて楽になって誠はそのまま先を行くかなめについていった。
「あ!」
女子トイレからの突然の声に誠が目を向けた。そこには中学校の制服姿の家村小夏がいた。
「ヘンタイ!」
誠にそう言うと小夏は会議室に駆けていった。それを見てかなめはにんまりと笑った。
「小夏ちゃんにも僕はなんかしたんですか?言ってくださいよ。もうこれ以上恥ずかしい思いをするのは懲り懲りなんですから!」
何を言い出すか分からないかなめから目を背けてカウラを見つめた。
「貴様は小夏にまで汚いアレを見せつけて威張り散らした。普段のストレスが原因なんだろうな。貴様は脱ぐと私達でなく下の立場の連中をターゲットにアレを見せようとする。以前、西園寺が言っていたが貴様にはまだ『奴隷根性』とやらが残っているのかもしれないな」
カウラは見下すような口調で誠に向けてそう言った。
「ああ、またですか……はあーあ。僕としてはそんなつもりは……って素面の時に言っても仕方ないですね。これからはビールに変な味がしたら気を付けるようにします」
大きなため息をつくと誠の足取りはさらに重くなった。さらにさっきは楽になった胃が別の意味で重くなるのを感じた。
「でもいいじゃねえか。アタシとしては貧弱な男のアレを見るよりは神前のでかいアレを見る方が好きだぞ。まあ、一番見たがってるのはかえでだがな……アイツがオメエを男の中で唯一生存権を認めているのはアレが自分の満足できるレベルだからだ。あの変態には男の価値はその大きさ以外には何もねえ」
仕掛け人のかなめは相変わらずご機嫌でそう言った。
「お姉さま。僕を呼びましたか?」
下ネタに走る姉に突っかかって来たのは他でもないかえで本人だった。隣にはいつも通りかえでの愛人であるリンの姿もある。
「いやあ、昨日また神前の野郎が脱ぎやがった。オメエも見たかったろ?神前のアレ」
いやらしい表情でかなめは妹に言い寄った。
「僕は見慣れていますから。以前、リンを神前曹長の部屋に深夜に訪問させまして、眠っている神前曹長に医師としての見地から研究しつくした技術を使って性的に一番興奮した状態のアレの姿を3Dで写真に撮ったものを使ってうちに再現した模型が有ります。それにその際に神前曹長の精液も出てしまったので、それを大量にバイオテクノロジーで量産して……それを僕の中に大量に注入して腹部が膨らむくらいになるくらいの状況になるのが最高の楽しみです」
誠は自分が明らかに青ざめていくことを自覚した。恥ずかしいを通り越してかえでとリンのやっていることは明らかに性犯罪である。そしてその模型と自分の精液の使用目的をかえでが毎週送ってくる動画で知っていた自分に唖然とした。
「テメエは何してるんだ!リンもだ!それに培養したコイツの精液を何に使ってる……ってそれは言うな。大体オメエの考えることは分かる……変態だな、我が妹ながら。それと神前のアレの模型は大量生産してるんだろうな?まあ、それは少し許してやるとして……それ、処分しろ。オメエには自分のクローンを政敵の婿養子の気に入った人妻に産ませてその貴族を追い落とすために使って大問題になった前科がある。それを使ってオメエが何をするかは私にも予想がつかねえ……今すぐそのプラント破壊だ」
かなめもあきれ果てたようにそう言いながら誠のアレの模型の事については興味が有る様だった。
「神前曹長。毎朝、アレを飲むのが僕の健康法なんだ。直接飲める日が来るのを楽しみにしているよ」
固まっている誠の耳元でかえでは優しくささやいた。
そんなあまりに理解不能なかえでの発言に呆然としている誠の前に法術特捜の部屋から出てきたのは茜だった。その後ろにいつもおまけのように付いているカルビナ・ラーナ巡査の瞳に軽蔑の表情が浮かんでいるのを見て、さらに誠は消え去りたい気分になった。
「お仕事お疲れ様。それにしても皆さんお忙しいことですわね」
上品に笑う茜だが、そりの合わないかなめは鼻で笑うとそのまま会議室へ消えていった。
「しかし、よくあれだけのデータを東和警察から持って来られましたね。去年私が北豊川トンネルの落盤事故の資料を探しに言ったときは体よく断られましたから……何かコツでもあるんですか?」
カウラの言葉に茜は他意がないと言うようににっこりと笑った。その物腰はあの『駄目人間』の典型である司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐の娘であるということを忘れさせるような優雅なものでいつも誠は不思議な気分になった。
「まあそれだけ法術と言う存在を明らかにする必要性が高まっていたと言うことが原因かも知れないですわね。もしお父様が『近藤事件』で神前さんの力を引き出して見せなくても、誰かが表ざたにすることは東和警察も覚悟をしていたんだと思いますわ」
そう言って相変わらずかえでの毎日自分のアレを飲んでいる事実に呆然としている誠は褒められたと言う自覚も無くただ照れ笑いを浮かべていた。
「でも、神前曹長のおかげで私達法術特捜はこの人数でも十分活動可能な状況を作り出すことができましたし。そこだけは幸運と言っても良いんじゃないかしら。それにしても神前曹長。顔色が悪いですわよ。昨日も飲み過ぎですか?お酒は飲まれるものではありませんよ」
茜はそう言って誠の額に手を当てて熱を測った。誠の二日酔いはかえでの衝撃的な犯罪行為の自白で冷めていたので茜の何も知らない態度に驚いたように飛びのいて見せた。
「どうなさったのかしら?急に飛びのくなんて……私なにか誠さんを驚かすようなことをしました?」
何も知らない茜は不思議そうな顔で誠を見つめた。
「いや、たぶん神前は別の事でショックを受けて立ち直れない状況にあるのだと思う。確かにあのような扱いを受けてすぐ立ち直る人間はうちの隊では島田くらいのものだ。寝ているところをかえでの命を受けたリンにいきなり侵入されて強制的に夢精させられたなどと言うことはあまり褒められたものでは無いからな」
先ほどのかなめとかえでのやり取りをすべて聞いていたカウラはそう言って誠の代わりに茜に事情を説明した。
「……また西園寺家ですのね……お父様と言い、かなめお姉さまやかえでさんの私には理解できない貞操観念はどうにかしてもらわないといけないですわね。義基おじさまや康子おばさまの放任主義にも困ったものです」
あの『究極の駄目人間』の父の嵯峨に毒されず、『女王様』のかなめや数々の性的問題行動でその有能さにもかかわらず甲武海軍の中枢を追われたかえでとは違い茜のそちらの方の常識は誠のそれに近いかなりノーマルなものと言えた。
ただその誠から見て普通の茜の感覚をかなめが嫌味を込めて『鋼鉄の処女』と読んであざ笑っているのだが、かなめのやっていることが誠には異常そのものに思えていたので誠はそういう時のかなめの茜の悪口は聞き流すことにしていた。
「まあ、あの西園寺家の姉妹のすることに一々目くじらを立てていたらここでは生きていけませんわね。すべて忘れる事ですわ。犬に噛まれたとでも思いなさいな……と言ってもあの二人に目を付けられた時点で誠君の人生は終わったのかもしれないけど」
そう言うと茜はラーナをつれて司法局実働部隊の隊長室に向かった。
「まあ、西園寺は日野少佐が来てからさらに異常な方向に向いてきているからな。神前。気を許すんじゃないぞ。貴様の人生が終わられているとこの隊の命運も尽きる」
カウラがそう言うと歩き出した。誠も吐き気を抑えながらその後に続いた。
「早くしなさいよ!ダッシュ!」
会議室のドアから顔を出すアメリアの声が廊下一杯に響いた。今日も『いつものふり』をして、地獄に向かって走った。




