第58話 無難な役を自分に振る人
『カット!まあ……なんというか……かなめちゃん……』
多趣味なアメリアは、かなめやランの考える『ヒーロー像』自体は分かっていたのだろう。
だが、それをかなめが一切ひねらず、そのまま全力で演じるとは思っていなかったらしい。
糸目の奥には、すでに諦めの色が浮かんでいた。
「あ?何が言いてぇんだ?アタシの演技に文句が有るみてえだな。大根だと言いてぇのか?臭いと言いてぇのか?それともかえでやリンみたいに意地でもポルノにしようとしているとでも言いてぇのか?アタシの色気は生まれつきだ!エロく感じるのはその野郎の煩悩のせいだ!アタシは自然に振舞うだけで色っぽくなっちゃうんだから仕方ねえだろうが!そんないつでも濡れ場に発展しそうな役にかえでやリンを置いたりアタシが鞭うたれて痛めつけられることで快感を得るような癖に目覚めさせるような配役したのはテメエだ。監督だろ?責任取れよ。後で顔を貸せ、射殺してやる」
手を引いたかなめが明らかに不機嫌そうにつぶやいた。
『私が指摘したいのはそっちの方じゃないってことは……たぶん甲武で生まれ育ってそれ以外の映画と言えば戦争映画しか見ないかなめちゃんに理解しろって方が最初から無理だったのかもしれないけど。まあ、良いわ。甲武のお姫様のセンスはそれと言うことにしておいてあげる。それとかえでちゃんとリンちゃんには役に入るたびにポルノ禁止って強く言ってるのにそうなっちゃうのはあの二人が勝手にやってることで変態なんだから仕方ないじゃないの。それじゃあ次のシーンね。今度は私も出るから』
次の小夏の中学校の担任役でアメリアが登場した。新藤はテキストで『分かった』と返事を出した。恐らくはアメリアは監督としてはそう言ってはいるものの、本音ではかなめの鞭うたれて快感にもだえる演技や格好をつけたつもりが時代遅れを通り越して何を考えているのか分からないような怪演に大笑いをしているんだろう。そう思うと誠はかなめに同情してしまった。
『じゃあ皆さんはご自由にどうぞ……かなめちゃんは自重』
「うるせえ!」
かなめの捨て台詞が響くと素早く周りが暗くなった。そしてしばらくたって再びカメラ目線に誠の視界が固定された。そこには小学校。特に誠には縁の無かったような制服を着た私立の中学校の教室の風景が広がっていた。小夏は元気そうに自分のスカートをめくろうとした男子生徒のズボンを引き摺り下ろした。そして彼とつるんで自分を挑発していた男子生徒達を追いかけ回し始めた。
『小夏ちゃん……』
あまりにはまる小夏の行動に誠は自然とつぶやいていた。
チャイムが鳴る。いかにもクラス委員といった眼鏡をかけたお嬢様チックな少女が立ち上がるのを見ると騒いでいた生徒達も一斉に自分の机に戻った。
その時ドアに思い切り何かがぶつかったような音が響いた。そしてしばらくの沈黙の後、その長身ゆえに平均身長が低い遼州人の国の東和の学校らしく180㎝あたりまでしかないドアの上端に頭をぶつけたアメリアが額をさすりながらドアを丁寧に開いて教室に入ってきた。
「先生!いつもそこで頭ぶつけて……馬鹿になっちゃいますよ!」
先ほど小夏にズボンを下ろされていた男子生徒が指をさして叫んだ。周りの生徒達もそれに合わせて大きな声で笑い始めた。それが扉を開かずにクラスに入ろうとして額をぶつけた音だと言うのが分かり誠の頬も緩んだ。
「本当に!みんな意地悪なんだから!先生がここに来たら注意の声をかけてくれても良いんじゃないの?」
アメリアはしなを作りながらよたよたと教壇に向かった。なぜか眼鏡をかけているのはお約束ということで誠は突っ込まないでいるつもりだった。それ以上に自分への配役があまりにも無難なアメリアに対して怒りを覚えていた。
『アメリアさん……今回の映画はうちを笑いものにする為に作っているという作為が見え見えですよ……それなのになんで一番安全な席に座ってるんですか……監督だからって自由すぎでしょ?自分だけは一切火の粉を浴びるつもりが無いという本音がまるわかりです!僕たちの……と言う過去の状況とアメリアさんの各役者への嫌がらせの意味が分かってる僕の気持ちをどうしてくれるんですか!』
誠は他の連中には露出狂じみた役や暴走気味の役ばかり振っておきながら、自分だけはそんなものを一切背負う気がない。アメリアのその『この映画は自分が面白ければそれで良いんだ』というすがすがしいまでのアメリアらしい自分勝手ぶりが見て取れるような気がしていた。
「はい!静かに!礼!」
委員長の言葉で生徒達は一斉に礼をした。
「着席!」
再び生徒達は一糸乱れず席に着いた。雰囲気的にはエリート子女向けの私立中学と言った感じのピリッとした緊張感がそこにあった。大学以外は公立学校で過ごしてきた誠はその一糸乱れぬ行動をする生徒たちが存在する光景に少し違和感を感じながら目の前の中学校の教室を見つめていた。アメリアの知識は脳へのプリンティングで得ているはずなので彼女の学校のイメージが良く分かった。
「皆さん!数学の宿題はやってきましたか!」
アメリアはいつものように明るい口調で生徒達にそう語りかけた。別に普通に先生をしている。誠はそもそもアメリアの役をアメリアが演じる必要なんてないような気になってきた。この程度のセリフを言うだけのモブの先生役なら新藤がAIと映像技術を駆使すれば数分で作れるようにしか見えない。
「はーい!」
元気な中学生達。中央の目立つ席についている小夏も元気に答えた。
『やっぱり小夏ちゃん、はまりすぎ……って本当に中学生なんだから当然か。でも小夏ちゃんも公立中学のはずだからこの雰囲気は居づらいだろうな……この国ではお金持ちか島田先輩みたいなヤンキーしか子供を作らないから公立と言えばヤンキーしかいないんだよな。僕の学校も男女ともにヤンキーしか居なくて……毎日のようにパンツを脱がされて『馬』とか『パンツを履くとき折り曲げる』とか虐められたっけ』
リアル中学生である小夏の少し緊張したような姿にとリアルに中学生時代の悪夢の日々を思い出していた誠は苦笑いを浮かべた。
「そう!みんな元気にお返事できましたね!じゃあ早速これから書く問題をやってもらうわね♪」
そう言ってアメリアは相変わらずなよなよしながら黒板にチョークで数式を書き始めた。
『黒板ねえ……確かにうちの中学も黒板浸かってたけど、地球じゃモニターを使って授業をしてるんだよな。まあ、東和はどこまで行っても20世紀末の日本を再現した国だから。映画を見てる人も東和人だから自然に受け止められるだろう』
東和の20世紀へのこだわりにツッコミたい衝動に駆られる自分を抑えて誠はアメリアの後姿を眺めた。
『おい、神前』
出番の無いかなめが呼びかけてきた。
『東和もまだ甲武みたいに黒板使ってるのか?』
かなめは甲武育ちなので東和の事を良く知らないので誠に尋ねてきた。
『東和は20世紀に拘る国なんで公立の学校は黒板を使うように法律でそう決まってるらしいんですよ。甲武も黒板なんですか?活字の読めない西園寺さんの事だから寺子屋みたいに一人一人筆で書いてると思ってました』
かなめの筆文字は黒板では再現できないだろうことを思い出して誠はそう答えた。
『甲武を舐めるな!甲武は『大正ロマンの国』だ!黒板くらいある!まあ、アタシは黒板の字が読めなかったから成績は最悪だったけどな!』
かなめはまったく自慢にならない自慢をさもそれが当然のようにして見せた。
『なるほど……生身の隊長が常に学校では首席で、電子の脳の西園寺さんの成績の話が出てこない理由が分かりました』
納得したようにそう言うとかなめは黙り込んだ。10問の数式を書き終えたアメリアは満面の笑みで振り向いた。
「じゃあ、この問題を誰にやってもらおうかしら?」
アメリアがこう言うと一斉に手を上げる子供達。だが、小夏は身を縮めてじっとしていた。
「あら?小夏ちゃんどうしたの?」
ついアメリアがそう言うと周りの生徒達が小夏に目を向けた。
「あ!こいつ計算苦手だからな!」
「そうだよ!南條は数学できないからな!」
二人の男の子がそう言って笑った。それを見て怒ったように頬を膨らませた小夏が手を上げた。
「そんなこと無いよ!先生!私を指名してください!」
勢いよく立ち上がる小夏にアメリアは困ったような顔をした。
「良いの?本当に」
「大丈夫です!」
そう言うと小夏はそのまま黒板に向かった。背の小さい彼女は見上げるようにして一番最初の数式を見つめた。そしてゆっくりと深呼吸をした。
『これって設定上は苦戦するはずだよな。アイツは神前と同じで典型的な理系脳だから簡単に解いちまうぞ。そしたら後々設定と矛盾することになるんじゃねえのか?』
小夏は理系教科は学年トップをいつも取っていると母親の春子が自慢するような理系女子だった。しかも、典型的な理屈で殴るタイプの誠よりも文系の成績もはるかに良いようで、典型的な国立大学受験向きの成績の持主だった。
『そうですね……でも小夏ちゃんはいつも月島屋でお客さんの相手をして空気を読むのを覚えてますから。僕よりは上手く数学苦手キャラを演じられると思いますよ……一桁の割り算すらポケコン頼りなのに理系大学を卒業した島田先輩をよく観察してますからただその真似をすればいいだけですから』
かなめの言葉に誠も余裕を持って小夏の方を眺めた。理数系の小夏にとっては暗算で解けるレベルだった。彼女はゆっくりとチョークを手に持った。
『分かるものを分からない演技をするのは難しいだろ?確かに島田が電大を出ているのは『特殊な部隊』の七不思議のひとつだが。あの雌餓鬼にそんな器用なことが出来るのか?』
小夏の動きが止まったのを見てかなめの口が重くなる。
しばらく経つ。そしてチョークを手にした腕を持ち上げる。
『大丈夫なんだろうな』
小夏は一瞬だけ黒板に触れたがすぐに手を引っ込めた。
『おい!』
その姿に誠とかなめは同時に突っ込みを入れていた。
誠は黒板の前で困った顔をしている小夏を見て問題を読み始めた。答えはすべて5。第一問さえ分かれば他の問題もすべて答えられるものだった。ただ、理数系の小夏にとっては暗算で溶けるレベルなだけにそれが気になって仕方が無かった。
だが、小夏は困った顔でアメリアを見つめた。誠はここまではおバカキャラを上手く演じている小夏に感心していた。
「あらー南條さん、分からないのかな?」
アメリアは冷や汗を流しながらヒロイン南條小夏役の小夏を見つめる。小夏はすぐに隣にあった椅子を指差した。
「先生!届かないからこれを使って良いですか?」
「良いわよ!」
さすがにこの問題が分からないわけが無いだろうとアメリアはほっとしてそれを許可する。小夏はそのままその椅子を運んでくると一番上の問題の下にそれを置いた。
小夏はそのまま問題と見詰め合った。
『アメリアが簡単すぎる問題を出したから怒ってるんじゃねえの?アイツにもプライドくらいあるだろ?叔父貴と違って』
かなめはそう言ってあまり仲の良くない小夏を気遣った。
『アメリアさんは『ラスト・バタリオン』だから学校とか行ったこと無いですからね。先生がどういう物かはたぶんアニメでしか知らないと思いますよ。でも、ロールアウトした時から大学の数学科でやるような高等数学がスラスラ解けるんですから。ある意味羨ましいですけど』
小夏はしばらくうなった後、すらすらと答えを黒板に書き始めた。あまりにも自然に書き続ける様は最初から答えなど分かっていたというようにしか見えなかった。
『あーあ、不自然。これまずいんじゃないですか?』
小夏が楽しげに中学生としては結構難しい数式の答えを書いていく有様に誠は呆れた。
『所詮は中学生だ。分かる答えは書きたくなるんだろ?あれだけためたから勉強ができないキャラはクリアーしたんだぞってな感じで』
かなめはそう言って乾いた笑いを漏らした。そのまま小夏はすべての解答に5と言う数字を書き込むと意気揚々と自分の席に戻った。
「凄いわね小夏ちゃん!全部正解よ!」
アメリアは明らかに不自然な小夏の行動をとがめるわけにも行かず歯が浮くような白々しさでそう言ってのけた。
「すげー南條。お前いつ勉強してたんだ?」
「何よ!あなた達が勝手に思い込んでいただけじゃないの。ねえ、南條さん」
明らかに小夏の間違いを期待していた男子に言い返す女子。いかにも中学校の教室の雰囲気が出来上がって誠はなんとか胸をなでおろした。
「はい、全部正解ね。では次の問題を……」
アメリアが次の問題に手を伸ばした、その瞬間だった。
開け放した窓から、教室の空気ごとひっくり返すような突風が吹き込んできた。
教室は教科書やプリントが舞い上がり、生徒達は混乱に陥った。
「なに!なんなの?」
そう叫んでアメリアは教卓にしがみついた。そして風にまぎれるようにして周りの中学生よりさらに幼く見えるへそだしルックの赤をベースに黒い模様に彩られたドレスの『魔法幼女』が現れた。
「これがこの世界の人間の学校か?ここは。実につまらぬものを教えるところだな……粛清だ!」
窓の外には満面の笑みを浮かべた司法局実働部隊副長、クバルカ・ラン中佐の勇姿が画面を埋めた。
『ああ、乗ってるねえ、ランの姐御!さすが『真紅の粛清者』の二つ名は伊達じゃねえ!確かにあの目で『粛清だ!』って言われたら怖いもんな』
かなめの言うとおりライバル魔法少女を演じるランの表情は異常に生き生きとしていた。
『ああ、ランの姐御は結構単純なところがあるからね。さすが『義理と人情の二ビットコンピュータ』。部下の手前、やるとなったら徹底的にやらねえと気が済まねえってところなんだろうな。ご愁傷様……とか言って常に魔法少女の変身をやるために一生懸命ランの姐御の魔法のステッキの『関の孫六』を振り回して練習しているくらいだからな。変身なんて言う法術はねえってその専門家のひよこもいつも言ってるのに』
かなめの言葉に、誠達は妙に納得してしまった。
「何!あなたは誰!」
持ち前の体力で風を防ぎきった小夏がランの前に立ちふさがった。
「ふっ!キャラっトなっちゃん!貴様のことは聞いているぞ!まず手始めに貴様から血祭りにあげてくれる!死にゆく貴様にアタシについて知る必要はねー!」
そう叫ぶとランは手を前方に差し出した。そこには青龍刀のような剣が現れた。ランはそれを手にするとその刀の刃を軽く舌で舐めた。
『小夏のあだ名だ。誰が付けたんだよ……たぶんアメリアさんなんだろうけど……べた過ぎるだろ……』
誠は苦笑いを浮かべながら画面を見つめていた。
「あなたは……何者!」
小夏がそう言うと手に小さなペンほどの杖のようなものを握り締めて叫んだ。
「へー。いい度胸してるじゃねーか……。でもなあ!何度も言うように死に行く定めの雑魚に名乗る名はねーんだよ!」
ランはそう言って小夏に手にした鎌を振り下ろした。だが、小夏の手のペンの大きさの杖が瞬時に実物大の杖のような大きさになり、それを握った右手に展開した魔方陣でその一撃を小夏は軽くいなした。ランの振り下ろした鎌の切先はそのまま滑り落ち、床板が割れて、刃がめり込んだ。
『クバルカ中佐……手加減してるな?中佐ならあのくらい一瞬で真っ二つなのに』
誠は魔法少女を演じるに渡り実生活の自分よりデチューンしなければならないことに愚痴を言っていたランを思い出して苦笑いを浮かべた。




