第57話 役と現実のあいだで
誠は台本を見た。いかにもありがちな王子の独白だ。
自分みたいな気の弱い人間が、絶対に言わない台詞ばかりだった。
アメリアはきっと、法術師として目覚めた誠ならこう言うべきだと思っているのだろう。
だが、もともと自己肯定感の低い誠には、そのどれもが重すぎた。
……それでも、言うしかない。誠は腹をくくった。
「この世界の人間には魔力が無い。だからこそ機械帝国はこの世界に目を付けた。まあ、そう言う私もそれゆえにここは安全だと思って逃げ延びてきたのだが……それが連中の野心に火をつけた訳だ。そう言う意味では僕がこの世界を危機に瀕するような目に遭わせるきっかけを作った人間なのかもしれない。そのことを考えると心が痛む。あの時の、取り返しのつかなさだけが、まだ胸の奥に残っている。それに魔力を持たない人間を巻き込むことはあまりに危険が大きすぎる。それに自分に力が無いことを知れば愛する人の力になれない無力感に苛まれて苦しむことになる」
誠はまるで自分が『光の剣』を使うことで宇宙では遼州人だけが法術と呼ばれるどう考えても魔法世界の人間が持つような力を持っていることを知らしめたことを思い出し苦笑いを浮かべた。ランに命じられたとはいえこれまでなかった力を使ってしまった……あのときの、取り返しのつかなさ。
誠はあの『人外魔法少女』のランですら過ぎた出来事はどうしようもないということを思い出してそんな感傷に浸っていた。
「王子。確かにそれは事実ですが、機械帝国が次々とその魔力を持つ人間の居る世界も科学と魔力の融合により生み出された力によって次々と併合して支配しているのは事実です。この世界に魔力を持つ人間が少ないと知れば連中がこの世界に対して野心を隠さないのは間違いないことになるのかと……」
頭を振って明石はそう言ってサングラスに手をやった。明石も誠の境遇を察していかにも誠を思いやるようにそう言って笑った。
「この世界に魔力を持つ人間が少ない。なら、私と小夏は選ばれた存在なのね。でも、そんな野心をむき出しにする機械帝国はどんなに魔力を持っていようが平気で蹂躙し支配してきたんでしょ?そうなれば、カウラさんは自分の無力さを知ってショックを受けて誠二さんと距離を持つかもしれない……いいえ、むしろ自分が足手まといになるのではと思って思い悩むことになるのかも。カウラお姉さんは一途だからきっとそのことに苦しんで自分が足手まといになると言ってきっと無茶をするわ」
サラはそう言って明石の言葉に同意するようにうなずいた。
「そんな!サラお姉ちゃん!何も知らないでいるなんて!私達が守ってあげればいいじゃないの!その為の力じゃないの?私はそう思ってこれまで修行に耐えてきた!この世界の力なき人々を私が戦って守る!そして機械帝国もその野心を止めて分かり合える世界を作る!私はその為に戦うのよ!」
小夏はストローから口を離して明石に向かって叫んだ。
「それでも誠二お兄ちゃんいいの?何も知らないで好きな人が戦いに赴くなんて私は嫌だよ!力が無いのなら力がある人が守る!それが当然なことなんじゃないの?私にも力がある。お兄ちゃんにも力がある。ならばその力を心で支えてくれるためにカウラおねえちゃんにすべてを話して心の支えになってもらえばいいのよ!」
そう言う小夏が演技と言うより本音を言っているように見えて誠は地で微笑んでしまった。
「小夏。全て君の言う通りだ。力があるからその力に責任をもって戦いの先頭に立つ。それが僕や君の定めだ。ただ、その結果がどうなるかは誰にもわからない。科学と魔力の融合を発明した機械帝国は強大だ。そう簡単に勝てる相手では無いよ。ただ、僕もいずれは訪れる最終決戦の時にはその事実を言うつもりさ。彼女は察しがいい。いずれ僕や小夏が、自分の力ではどうすることもできない敵と戦っていることにも気づくはずだ。でもしばらくは時間が欲しいんだ」
静かに隣で自分を見つめて来る小夏の頭に誠は静かに手を伸ばした。
「その時はすべてを話すつもりだ。それまでの間待っていてほしい……機械帝国はまだ動いていない。ただいつ動き出すかは僕にも分からない。その時が来たら僕も覚悟を決める。思う人がいるこの世界を守るためにこの地を僕の決戦場にする。その覚悟だけは決めているつもりだ」
そう言って誠はコーヒーを啜った。彼の言葉にうなずきながら小熊のグリンは小夏を振り返った。誠は自分の言っている台詞が本来普段いうべき言葉だとアメリアが考えているのだろうと思いながら、そのアメリアの要らないお節介が妙にむずがゆかった。
「それに小夏、僕達の戦いは一人の意思でやっているわけでは無いんだ。機械帝国は全世界、いや異次元も含めた領域を支配をしようとしているんだ。個人的感情ははさまない方がいい。僕が戦いに赴きこの世界を死地と定めたのはカウラが居るからだが、君達は僕が負けたとしても戦い続けて欲しい。機械帝国に支配された世界の惨状を知る僕から君達に言えることはそれだけだ。最後まであきらめなければいくら強大な敵でも倒せる。その想いと心を小夏は持っている。でもそれだけじゃ何も変わらないんだよ」
ちっちゃなグリンのその言葉に小夏は寂しげに小夏の真剣そうな目を見つめ返した。
「確かに僕は君ほど強くないのかもしれない……魔力や戦闘経験は君よりはるかに上だが、その心……戦いにはその強い心が大事なんだ。その心を君は持っている。ならば僕は君にすべてを託して全力を尽くして戦える」
手のひらサイズの熊が、やけに重い言葉を吐く。誠はグリンのアンの声色で放たれる言葉が明らかにアメリアの『誠死ね』的なセリフにうんざりしながらもそれを顔に出さずにそう語った。
「でも……」
戸惑う小夏に誠は厳しい顔をして視線を向けた。
「確かに君の心は強い。ただ、その心の強さが個人的感情で終わるならその強さは逆にもろさに変わる。そんな個人的感情に左右されるなら君の協力は必要ない。やはり先ほどの言葉は撤回だ。普段の生活に戻りたまえ。君が考えるほど魔法の戦いは甘いものでは無い。この世界の兵器を使った戦いとさして変わらない厳しいものだ。その戦士としての自覚を持てないようならこれからの戦いでは君は僕達の重荷になる」
そう言ってグリンはカウンターから飛び降りた。
「どうするつもり?一人で戦うなんて無理だよ」
悲しそうに叫ぶ小夏の肩にやさしく手を伸ばしたのは明石だった。
「いつかは小夏にも分かる日が来るはずだ。今は黙っていておいてあげてくれ」
そう言うとにっこりと笑う明石だが、その表情が明らかに無理をして作り出した硬いものだったので誠は思わず噴出しそうになるのを必死でこらえた。
「分かった。感情じゃない!正義でもない!ただ不条理を許せないという怒りを抱えて私は戦うよ!それがどんなに辛いものだとしても!でも私達だけで戦える相手なの?」
小夏は不安を抱えながら誠に向けてそう語りかけたその時だった。
ハーモニカの旋律が、場違いなほど気障に店内へ流れ込んできた。
「ふっ、子供の癖に戦況分析は得意のようだな。敵は強敵、自分はまだ未熟。それを分かっているのなら戦士としての資格はあるのかもしれないな……これはこちらの陣営についたアタシの勘だが、この餓鬼はこの世界を機械帝国から救えるかもしれない」
そんな女性の声が聞こえた後、部屋にハーモニカの旋律が自棄に長く鳴り続けた。
その展開に誠は本気でどんよりしていたが、そこで登場してきた人物にその気持ちを伝えた瞬間にはこの世の人ではなくなることを知っていたので黙っていた。
「誰だ!」
明石のはいつの間にか開いていた窓に身を任せている革ジャンを着たテンガロンハットの影に向かって叫んだ。
「危ないところだったな。私が機械帝国の手先の時代なら貴様等の命はすでに無かった……油断大敵……まるで油断だらけだな。あのメイリーンが自分の魔力を過信している馬鹿でなければ等に貴様等は死んでいた。少なくともこのキャプテンシルバーが機械帝国のあの暴君の片腕だったらこの機会を逃がすことは無い」
そう言ってジャンプして誠達の前に現れたのは、予想通り前のカットでぼろぼろにされていたキャプテンシルバー役のかなめの姿だった。いつもの黒い革ジャンの下に黒いタンクトップを着てダメージジーンズという姿。まるでいつものかなめそのものである。あえて違いと言えばいつもぶら下げている茶色い愛銃XDM40の入ったホルスターの代わりに丸く束ねた鞭を巻いていることと、いつものお気に入りの古びたギターではなくハーモニカを手にしているくらいの違いだった。
『こてこてだよ!たぶん西園寺さん本人はかっこいいつもりなんだろうけど……これじゃあ西園寺さんが登場した瞬間に爆笑モノだよ!甲武国の映画のセンスは大正時代並だって聞いてたけど、こんななの?日本の大正時代の映画って?確かに……クバルカ中佐に『これは地球の20世紀の記録映像だ』と言われて見せられた昭和の戦後直後の映画のヒーローって『なんでそこにいるんですか?』ってとこにいて必ず気障なセリフを吐くのは知ってるけど……たぶんこの西園寺さんの演技はクバルカ中佐好みなんだろうな』
そんな誠の心の叫びを無視してかなめは立ち上がるとハーモニカを吹き始めた。
「機械魔女キャプテンシルバー。君が来てくれたのか!」
誠はとりあえず台詞を言った。かなめはハーモニカを吹くのをやめ、手にしたテンガロンハットを入り口にある木製の帽子掛けに投げる。投げた帽子は無駄に綺麗な軌道を描いて、帽子掛けにすっぽり収まった。
そして素早く誠の前に立つと誠のあごの下をつかんで顔を上げさせた。
「私は必ず借りは返す主義なんだ。力ならいくらでも貸すつもりで来た。それに貴様の言った償わなければならない罪とやらを確認したいと思ってな。そのすべてを見るためにここにやって来た」
そう言ってにやりと笑うが、タレ目のかなめがそう言う表情をするととても色っぽいことに誠は気がついて頬を染めた。
『やめて。西園寺さん、時代が三回くらいズレてる!これを見て喜ぶのは東和では頭の構造がクバルカ中佐と同じ人だけだ!』
誠は以前、興味本位でかなめに手に入れてもらった、甲武で人気の無声映画のヒーロー登場シーンのお決まりのパターンを知っていたので、それが全く東和では受けないこと理解して脳内でそうつぶやいた。そしてその趣味がランの趣味とあまりに一致していたことに愕然としたことも思い出した。
「マジックプリンスとか言ったな。私に惚れると火傷するぜ!」
そう言ってかなめは颯爽と誠の隣に席を取り、ぴったりと誠に胸を密着させてきた。
誠はいつもカウラの車の後部座席でかなめにすり寄られてばかりいるのでなぜか隊への出勤風景を思い出していた。
『ああ!駄目だ!西園寺さん完全におかしな方向に向かっちゃってるよ!確かにかえでさんとリンさんみたいに無理やり成人向けに持って行くよりはましだけど!甲武の映画のスターってみんなこんなセリフを吐いてるの?あそこは映画と言えば時代劇で、『サムライ』が活躍してるってアメリアさんが言ってたけど……時代劇の世界ってこんななの?違うよね?だっておかしいもん!絶対こんなんじゃないよね?僕も東和のテレビの時代劇は母さんが見てるのを横から見てたけどこんなんじゃなかったよ?あまりにベタ過ぎて見てて子供も言葉を失うレベルだよ!』
誠の焦りと恥ずかしさでにじんだ汗を、かなめはまるで別の意味に受け取っているようだった。
「マスター。とりあえずワイルドターキー。12年物で」
かなめはおそらく喫茶店でなくバーのつもりでそう注文した。
「あのー…キャプテンシルバー。うちは喫茶店だからアルコールは無いぞ……うちは『月島屋』じゃない。帰れ」
暴走するかなめに明石は呆れた顔で答えた。さすがにここに来て自分の勘違いに気づいたかなめはすごい勢いで顔を赤く染めていった。
「まあいい。これだけの戦力が集まったんだ!」
かなめは恥ずかしさをごまかすように大声でそう言った。彼女は手を差し出して周りの人々を見つめた。
かなめの殺意すら感じるような視線におびえた誠は反射で彼女の手に自分の手を重ねた。さらに小夏、サラ、明石、その上にグリンまでも手を伸ばして重ねられた手のひら。
「必ず機械帝国の野望を砕いて見せるぞ!」
そう叫ぶ明石に一斉に声を張り上げる誠達だった。
『この顔ぶれ……何が出来るんだよ。小夏ちゃんは中学生だし、サラさんは『ラスト・バタリオン』なのに女子高生並みの体力だし、明石中佐は……まあこの人は戦力になるな。でも役的には戦わないんでしょ?西園寺さんは戦力には成るけど暴走ばかりだし。せめて僕がなんとかしないと……アメリアさん……観客は良いですよ?このメンバーが何者か知らないから。でもそれを知っててこんな気分になる僕の気持ちも考えてくれても良いんじゃないですか?』
物語の中にいるはずなのに、誠の頭から『現実』は離れてくれなかった。そもそもこの物語は、日頃の『特殊な部隊』の連中の暮らしを知らないと楽しめない。
そんな感想を、誠は胸の奥にしまい込んだ。




