第56話 アジトはなぜか喫茶店
『じゃあちょっと待ってね。色々準備が有るから』
そう言ってアメリアの姿が消えた。誠は不安になってバイザーを外してカプセルから身を乗り出した。
部屋を飛び出していくアメリアの後ろ姿が見えた。そして、身を起こした誠に気づくと、ニヤニヤ笑いながら近づいてきたのは小夏だった。
「誠の兄貴、かっこよかったよ。気に入ってもらえたでしょ?アタシのデザイン。ちょっと工夫してみたシルクハット、なんとも個性的でよかったよね?」
小夏はそう言って笑うが、誠は引きつり笑いを返すことしかできなかった。
「あははは……」
誠は一度、乾いた笑いを漏らしてからようやく言葉を継いだ。
「そうだね……良かったね……」
自分でも明らかに中学生に向けて世辞を言っていることに誠は情けなさを感じていた。そして誠としては、自分の趣味でこの作品を子供に見せられない方向へ引っ張ろうとするかえでとリン、さらにそれに乗っかる気満々のかなめの今後が気になって仕方なかった。
「それにしても映画を撮るのって本当に面白いわね。やっぱり新藤さんはこの関係の仕事に戻った方が良いんじゃないの?こんな楽しい仕事他に無いじゃない……ああ、新藤さんには釣りが有ったのよね。釣りより楽しいことは無いのよね」
同じくカプセルから起きてきた春子が画面の修正をしている監督に声をかけた。
「いやあ、いろいろとあの世界にも傭兵稼業と似たような……いやむしろより質の悪いしがらみがありましてね。それにあの仕事は売れてなんぼの世界ですよ……水商売って言葉の語源は江戸時代の歌舞伎が売れれば何百万両と稼げるのに売れなければ大赤字で一座全員が首をくくることになるって話から来てるんで。ちょっとした映像作品でも発注元の担当者の機嫌が悪くなったら次の仕事は来ない。そんなシビアで結構厳しい仕事なんですよ。まだ仕事を選ばなければ数合わせの仕事はいくらでもある戦争屋の方がまだ気が楽だ。それに今は司法局の一員としてその契約の条項の中にいろいろと副業に関しては制限がありまして……なかなか。それに釣りに比べたらこんなことはただの時間の無駄です。釣りこそ一生を賭けるに足る趣味ですよ」
そう言って照れ笑いを浮かべると新藤は再び手元のモニターに目を移した。新藤はどこまでも釣り師だった。
「おう、ワシの出番か?」
アメリアが戻ってきたがその後ろには禿頭を叩いている明石の姿があった。
「でも喫茶店のマスターって似合いすぎますよね、明石さんは……なんか元傭兵の過去のある喫茶店のマスター。ピッタリですよね。そのサングラスも様になってますし」
先ほどのハンター。その正体は機械帝国の脅威を知って戦う喫茶店のマスター。そんなありきたりな設定だが誠はなぜか納得していた。
「なんじゃワレは。ワシは味とか分からんぞ。コーヒーなんぞインスタントしか飲まんからな。むしろ茶と言えば嵯峨の親父の領分じゃろが。ワシも餓鬼の時はうちの檀家の公方様の茶を入れる手伝いをさせられたのが今でもトラウマになっとんねん。人の気に入るコーヒーを入れるなんざワシにはでけへんわ」
戻ってきたアメリアの言葉を軽くいなすと明石はアメリアが指し示すカプセルに大きすぎる体をねじ込んだ。
「はいはい、小夏!!サラ出番よ!」
鋭いアメリアの言葉に小夏とサラも首をすくめながらカプセルに寝転がる。誠も体を横たえて再びバイザーをかけた。
視界が開けると、深い木目のカウンターと古びた棚、磨かれたコーヒーカップが並ぶ喫茶店の風景が広がっていた。
『もう少し明るい雰囲気の方が小夏ちゃんには合うんだけどなあ』
そんなことを思いながら誠は喫茶店のカウンターに腰をかけていた。自分の格好を見ると数年前の大学時代を感じさせるさわやかなシャツを着ているのがわかった。こういう役はさわやかな青年が似合うと思っているのでとりあえず笑みでも浮かべようとするがどこかぎこちなくなる自分を感じた。
そこに突然、バイザーの隅に、外のアメリアの声が割り込んだ。
『ああ、誠ちゃん似合うわね。いつもこういうかっこうすれば良いのに。いつも野暮ったいコートばかり着て……どうせバーゲンで買った安物でしょ?あの四大公家の末席のかえでちゃんの『許婚』なんだから、ねだればブランド物のジャケットくらい買ってくれるわよ、きっと』
春子は一目見ただけで、誠の普段着のくたびれ具合を見抜いていた。アメリアがいつもの誠の残念なまでに野暮ったい姿を思い出させるように言った。
『そうよね。いつかは言おうと思っていたんだけど、神前君は何年着てるの?あのコート。ところどころシミが浮いてるわよ』
そう春子に言われると誠もただ苦笑いを浮かべるしかなかった。確かにあのコートは高校時代から着ているのでもう6年以上着ていることになる。次の給料で温かいダウンジャケットでも買おうと誠は心に誓った。
「しかし……なんでワシが……」
カウンターの中にはエプロン姿の明石がいかにも不満そうに立っていた。二メートルを超える巨漢が小さいカップを拭いている光景は明らかにシュールだったが、誠は黙っていることに決めた。
『じゃあ、行くわよ!シーン12スタート!』
アメリアの声で明石はにやけた顔をやめて真剣にカップを拭き始めた。
「マスター。君が見つけた少女達は信用できるのかな?この戦いには信用できる仲間が必要なんだ。心と心が結びついた時、魔法は真の力を発揮する。そのことはマスターが一番わかっているはずだ」
一口コーヒーを飲んだ後、誠はそう言った。実際にコーヒーの味がするわけではないが、明石ならきっと渋いコーヒーを入れそうだと思って少し口を引きつらせた。
「王子。心配するのも分かるが信じること無しには何もはじめられないですぞ。それにあなたが助けたと言う魔女にしても私達の脅威になるかもしれないですし。むしろ信用と言うことを考えればあなたの方が無茶をしているように私には見えるがどうでしょうか?」
そう言って明石は手にしたカップをカウンターに置いた。相変わらず標準語を無理してしゃべっている明石の語尾に噴出しそうになりながら誠は我慢を続けていた。そして『特殊な部隊』の女子の間では『王子』と言えばかえでということになっているので、あの男女を惹きつけてやまない美貌の持主のかえでと自分が同じポジションにいることに違和感しか感じなかった。
「とりあえず会うことが一番でしょう。何事も会って話してそれから始まる。人間関係とはそういうものです」
これも関西弁のアクセント。しゃべる明石に違和感を感じながら誠はそのまま入り口を見つめる彼に目をやった。
「こんにちはー」
ドアを開け、小夏は元気そうに挨拶をした。そしてサラがその後ろにおどおどと付いてきた。誠は中学生指定と思われる皮のカバンを手にした小夏のあまりにも自然な姿に目を奪われていた。
「お姉ちゃん!早く!」
小夏は振り向くと店の外に向けてそう叫んだ。
「でも本当に良いの?あれ、誠二お兄さん」
小夏に呼ばれて店に飛び込んで来たサラは明らかに明石と同じ場所にいる誠の姿に戸惑っていた。
「やあ!」
自分でもこういうさわやか系のキャラはできないと思って笑顔が引きつった。口角を上げたつもりだったが、自分でも分かるくらい不自然だった。設定では遠い親戚で大学に通うために彼女の家に下宿しているという無駄な設定がある割には同居人に挨拶するとは思えない引きつった自分の頬に冷や汗をかいた。
『こういう役なら島田さんにでも頼んでくれよ。あの人ヤンキーのくせに笑顔はさわやかなんだよな……まあ、普段はうんこ座りして人を見ると眼を飛ばすことしかしないけど』
心の中では明らかにすべる光景が想像できて誠の頬がさらに引きつった。店の雰囲気も、明石の渋さも、それなりに様になっている。様になっていないのは、どう考えても自分だけだった。
「お兄ちゃんが居るのなら大丈夫だよ。いつも優しいお兄ちゃんが居るんだもの!この店もきっといいお店よ!」
小夏は能天気にそう言い放った。いつもかなめと言い争いをしている計算高い焼鳥屋の看板娘の姿はそこには無かった。
「小夏!そう簡単に大丈夫なんて言わない方が良いよ。それに呼んだのはあの頭の……あっ」
サラはつい禿と言おうとしたことに気づいて口に手を当てた。明石は余裕のある笑みを浮かべてみせた。いつもは『大将』だの『兄貴』だのと持ち上げている明石を禿呼ばわりしたことが相当気まずいようで小夏はうつむいたまま店内に入ってきた。
「いらっしゃい、お嬢さん達。そして小熊さん」
誠は女なのにどう見ても爽やかな美貌の好青年にしか見えないかえでを参考に自分の出来る限りのさわやかさを演出しようと必死だった。その結果、それは妙にひきつった硬い表情になってしまった。
「ばれていましたか。さすがと申しますか、なんと申しますか」
そう言うと小夏の下げたカバンからグリンが頭を出した。しばらく頭を出して明石を見つめていたが、グリンはすぐに苦しそうな顔で小夏を見つめた。
「小夏!できればカバンを開けてもらいたいんだけど。このままじゃカバンから出られないよ」
カバンのふたの下でうごめくぬいぐるみの小熊の姿は誠から見ても少し不気味だった。
「ごめんね!今すぐ開けるから!」
そう言うと椅子に黒い鞄を下ろしてふたを開けた。そのままカウンターに上った手のひらサイズの小熊のグリンが不思議そうに誠を見つめた。そして、次の瞬間、そのぬいぐるみの表情は明らかな驚きに包まれることになった。
「もしや……あなた様は……」
驚いた表情の小熊の姿があまりに滑稽に見えたので誠は吹き出しそうになるのを必死にこらえた。特にそれがアンの声なだけに余計に誠のツボに入るものだった。
『アンの声で『ぬいぐるみ』が敬語を使う……これはアメリアさんの僕に対する嫌がらせなのか?それとも僕にちょっと僕が望まない関係を望んでやまないアンに対する牽制なのか?』
誠は『あまりに魔法少女が似合いすぎて使わない』とアンを配役しなかったアメリアがこんなところでアンを使って来る真意を疑ったが、どうしようもないので、誠は演技を続けるしかなかった。アンの声でそんなふうに恭しく言われると、内容よりそちらの方が気になってしまう。
「久しぶりだね、グリン。元気そうじゃないか。あの戦いを切り抜けることが出来たとは聞いていたが、ここまで回復しているとは僕もうれしいよ」
誠がそう言うとグリンは平身低頭した。その様に小夏とサラが驚いているのがわかった。
「お兄ちゃん……もしかして知っているんですか?グリンのこと。でも何で?」
小夏が神前寺誠二役の誠とグリンを不思議そうに見比べていた。
「小夏ちゃん。この人が魔法の森の王子『マジックプリンス』様だよ!」
グリンの言葉に小夏は一瞬素に戻った。その目は明らかに誠を見下しているような色を湛えていた。だが隣に師匠と仰ぐ小夏の演技と言うよりただ単に楽しんでいる姿を見て役に戻った。
「それじゃあこのおじさんも……」
小夏はそう言って無理のある作り笑いを浮かべる明石に目をやった。
「彼はこの世界の人間だが、僕の秘密を守ってくれることとこの世界に僕を導いた恩人だ。彼が僕をこの世界にかくまってくれていてね。君の家にお世話になるのにもいろいろ手を尽くしてくれたんだ。そして今では機械帝国の脅威を知って協力をしてくれている」
誠の言葉に時々呆れている地を見せながらサラが明石を見上げた。明石の妙に不自然な標準語の語尾だけ妙に丁寧なのが余計に怖い印象を誠に植え付けた。
「お二方、飲み物は何にする?」
相変わらず明石は変なイントネーションでしゃべった。
「じゃあ私はオレンジジュース!」
「小夏ったら遠慮くらいしなさいよ!」
小夏がうれしそうに叫ぶのをサラは止めようとした。いつもの光景が展開されて誠は噴出しそうになった。
「いいんだ、気にしないでくれたまえ。これからは一緒に戦う仲間になるんだから」
「神前寺さん、いや殿下の言うとおりだ。僕もいずれは連絡を取らないといけないと思っていたんだ……しかし殿下がこんな身近に……」
グリンの言葉に不信感をぬぐいきれないもののこれ以上意地を張れないと思ったようにサラがカウンターに座った。
「じゃあお嬢さんは……」
「ホットミルクで」
つっけんどんに答えたサラに笑みをこぼすと明石は飲み物の準備を始めた。
「でもカウラお姉ちゃんは知ってるの?」
明石がテーブルに二つのグラスを置いた。小夏は目の前に出されたオレンジジュースを飲みながら誠を見つめた。
「知らないだろう。多分教えない方が良い。その方が良いに決まっている。この戦いは厳しいものになる。無用な心配はかけたくない」
その言葉に、誠は思わず、
「いや……」
と口を開いた。だが、明石の咳払いがそれを遮った。
誠は口をつぐんだ。どう考えても、その『知らない方がいい』の中に巻き込まれているのは自分の方だった。




