第55話 予定外の再登板
しばらくの沈黙。
詰め所には、キーボードを叩く音も、アメリアの甲高い声もない。ようやく昼休みらしい静けさが戻っていた。
腹の中がおはぎで満たされた誠は窓から注ぐ初冬の柔らかな日差しを見ながらゆったりと伸びをした。初冬らしい、乾いた青空だった。窓越しの日差しはやわらかく、腹いっぱいのおはぎで火照った身体にちょうどよかった。隣の席ではカウラが頬杖を付いて端末のモニターをいじっていた。
「ようやく静かになりましたね」
そう言いながらアンはうどんを啜っていた。
「戻ったで……うどん来とるか?」
小用から戻って来た明石は早速置いてあった自分用の大盛のぶっかけうどんに手を伸ばした。
「でも明石中佐はうどんが好きなんですね……しかも冬だというのに冷やしぶっかけうどん……お腹は大丈夫なんですか?」
話題を振った誠に明石はうどんをすすりながらうなずいた。
「まあな、甲武軍では麺類は絶対に出えへんからな……縁起が悪いんやて。遼帝国軍がうどんが無いと戦えへんて散々ごねてあっちこっちで同盟を結んどる甲武やゲルパルトに対して反乱起こしよったさかいに麺類見ると戦争に負けるちゅうジンクスがあるんや。甲武人やてうどんぐらい食うがな。まあ遼帝国人のうどんへのこだわりにはとてもかなわへんけどな」
明石の語気が強くなった。その様子から明石もかなりのうどん党であることが想像がついた。
麺類と言えば遼帝国の人間の専売特許と遼州星系では言われていた。先の地球との大戦では戦闘中だろうが平気で戦闘をやめてうどんを茹でたと言う都市伝説があるほどうどんとの組み合わせで語られる遼帝国軍である。その同盟国として苦戦を強いられた甲武軍にうどん禁止と言うような風潮があってもおかしくないと思いながら、乾いた笑いを浮かべ、誠は消えている画面を戻そうとキーボードを叩いた。
……反応がない。
仕方なくリセットしてみる。それでも反応がない。
「モニターが切り替わらないのか?西園寺の奴がBIOSの設定まで変更したとか」
焦ってぱちぱちとリセットボタンを押す誠の姿を見てカウラがそう言った。
「そうすると技術部の情報士官の人たちを呼ぶか、西園寺さんじゃないと直らないってことですか?技術部の人達は島田先輩の間食禁止令で飢えてますよ。今更余計な仕事を頼んだら嫌な顔されますよ!」
泣きそうな顔で誠はカウラを見つめた。
技術部の士官があてにならない以上、他に策はなかった。
茜の顔が脳裏に浮かんだ。提出期限を過ぎた言い訳が通じる相手ではない。
「じゃあ西園寺さんに設定を戻してもらいに行ってきます!」
そう言って誠は詰め所を後にした。
廊下に出ると冷たい風がおはぎの食べ過ぎで火照った身体に堪えた。
「寒いな……しかし、西園寺さん、さっきのアレで変なスイッチ入ってないよな……自分が調教した日野少佐的な方向で?この部隊だんだん名実ともに『特殊な部隊』になっちゃってるな……この部隊が『特殊な部隊』と呼ばれる理由のかなりの部分は、西園寺家絡みだ。養子の隊長。西園寺さん本人。そして西園寺さんが調教した日野少佐。……いや、アメリアさんというそれ以上の問題児がいるから、西園寺家だけのせいでもないんだけど」
誠は独り言を言いながら相変わらずあの撮影をしている第四会議室の前にたどり着いた。そこでは運航部の女性士官達が雑談をしていた。
「ああ、アメリアさんを呼びに行かなくてもいいわよ!誠ちゃんは自分から来たから!」
その中で明らかに一回り小さい小夏が誠に手招きをしていた。
「小夏ちゃん、一体……」
誠はそのまま急に歓迎ムードになった女性士官達の前を小夏に引っ張られて部屋に入った。
「おう、来たか」
そう言って首の周りにいくつもの配線をまわした首輪のようなものをつけた新藤がキーボードを叩く手を止めて誠を見つめた。
「あれ?昼休みじゃないんですか?」
「なに間抜けなこといってるんだよ。こう言う人様にあまり顔向けできない仕事はさっさと片付けるに限るだろ」
そう言いながら新藤がキーボードを叩くと再び目の前のカプセルのふたが開いた。先ほど誠が入ったカプセル。それを顎でしゃくりながら、新藤はニヤニヤ笑った。
「またやるんですか?僕は締め切りの決まってる仕事がしたいのに……」
誠は恨みがましい目を新藤に向けた。
「どうせあっちで見てたんだろ?この中に入って見てても同じじゃないか」
新藤と目配せをした小夏が誠にヘルメットをかぶせた。仕方なく誠は顔まで覆うヘルメットを再びかぶるとカプセルの中に寝転がった。
誠の被ったバイザーの中に先ほどかなめが鞭打たれていた洞窟が見えた。
『かなめちゃん!準備できた?』
いつの間にか監督の椅子に座っていたアメリアの得意満面の声が響いた。誠はサブモニターで自分の姿が黒いマントにシルクハットを被る変な仮面をした魔法使いになっていることに気づいた。
「アメリアさん!いきなりですか?台本ではここは西園寺さんが一人で脱出するんじゃなかったでしたっけ?」
誠は聞いてない自分の出番にカプセルの内部に投影される最新台本を読み直し始めた。
『良いのよ、アタシもここは誠ちゃんを出した方が盛り上がるんじゃないかなあって思ってたところに新藤さんがこっちの方が盛り上がるからって言ってたし』
アメリアは台本の急な変更を新藤のせいにした。
『なんだよ俺のせいかよ。大体、西園寺が言い出したんだぜ、自分と神前の絡みが少ないのはどうかって』
ひげ面の新藤はそう言ってすべてをかなめのせいにした。
『言ってないって!なんでアタシがそんなことを言わなきゃなんねえんだよ!第一、これはお遊びだろ?なんでそんなことにアタシが関心を持つんだよ!』
かなめがいかにも不服そうに毒づいた。モニターの下には変更された台本がある。誠の目は思わずそこに吸い寄せられた。そこには手枷で拘束されているかなめを誠の役『マジックプリンス』が助けると言う筋書きが書いてあった。
『なんだよ名前の変更無しかよ!『マジックプリンス』。まんまじゃん!もっとひねれよ!』
頭の中でそう思うものの、のらりくらりかわして自分の意見を通すと言う術を嵯峨から一番良く学び取っているアメリアに言うのは無茶だと思って誠は口をつぐんだ。
『じゃあ、行くわよ!ハイ!』
さすがに飽きたというような調子でアメリアがシーンの始まりを告げた。
誠は黒の全身タイツに重心が高くて落ちそうなシルクハット、さらに引きずりそうになるほど長い黒いマントと言う奇妙奇天烈な格好で堂々と洞窟を歩いていった。その先には痛めつけられて弱ったかなめが手枷で吊るされていた。
衣装の一部が裂け、人工皮膚の下の金属がのぞいていた。明らかにやりすぎと言うか本当に子供にこれを見せるのかと突っ込みたくなる衝動を抑えて誠は手にした杖の一振りでかなめを吊っていた鎖を切った。
「な……なんだ……貴様は?」
かなめは力なく頭をもたげながら搾り出すようにして言葉を発した。いつも見慣れた強気一辺倒のかなめから想像も付かないような弱々しい姿に誠は台本通りに自分ではイケテルと思う流し目をかなめに向けた。明らかに噴出しそうな顔が一瞬浮かぶが、かなめは何とか我慢して痛めつけられた女性幹部の演技を続けた。
「動くんじゃない。今、修復魔法をかけてやる」
そう言って誠は傷ついているかなめの体に手を伸ばした。ぼんやりと淡い桃色の光を放つ手に撫でられると、わずかに発光しながら内部の機械が露出していたかなめの体が修復されていった。
「私を助けるだと?私はもはや無用な機械だ。もはや用済みの機械の私を助けたところでなんになる。機械帝国では不要な機械は処分されるのが掟だ。このままメイリーンの欲望のままに破壊されるまで痛めつけられるのが私の定めなんだ。機械帝国で製造された機械としてその機能を全うした。それだけのことだ」
そう言って笑うかなめの頬を誠は平手で打った。
「機械だろうが生物だろうが存在するものに無用なものなどないんだ!それに勘違いしてもらっては困るな!君には償わなければならないことがある!それを償ってもらうために私はここに来たんだ!」
そう言うと誠は再び修復魔法をかなめにかけた。その言葉に笑顔を浮かべかなめは素直に誠の手に傷口を晒した。
『いや無理だろ。西園寺さんが素直とか……ここで手枷をぶち破って殴りかかってきてこその西園寺さんだろ?』
そう叫びたくなる欲求を抑えながら胸を切り裂いていた鞭の跡に手を伸ばした。
突然かなめが体を倒してきた。すると修復魔法をかけていた誠の手がかなめの豊かな右の乳房にかぶさった。明らかに狙って身体を預けてきたのだと分かって、誠の背筋に冷たいものが走った。
「あっ……」
おもわずかなめが声を漏らした。誠は慌てて手を引こうとした。だが、かなめの腕がそれを許さなかった。かなめは明らかに監督としてこの場面を見つめているアメリアを意識してそんな行動に出ているのが明らかに分かるので誠はなんとかその状況から脱しようと手を引こうとするがかなめはサイボーグの怪力でそれを許さない。
『あー!西園寺さんやばいよこれ。アメリアさんが見てるんでしょ?しかも僕の机のモニターつけっぱなしだからカウラさんが……いや!かえでさんに殺されるよ僕!』
一瞬で何重もの恐怖が誠の頭を駆け巡った。かなめはうれしそうな顔をしながらその手を放し、静かに立ち上がった。
「貴様……私をまだ必要とする者とは貴様のことか?」
そう言ってかなめは誠をにらみつけた。明らかに悪役の女怪人と言う姿だが、妙に似合っているので誠はつい彼女に見とれてぼーっとしていた。
「気に入った。どうせ捨てられた命だ。力を貸すのも悪くはないか」
なぜそうなるのか誠には良く分からないがアメリアの脳内世界では助けられた以上、助力するのは当然と言うストーリーが出来上がっているらしいと分かった。
「ああ、君にはするべきことがあるんだ。力を貸してくれ」
そう言って誠はあまりにも直球な感じでつけられているマントを翻した。次第に自分の体が消えていくという奇妙な感覚に興奮している自分を押さえ込んだ。
「貴様!名は!」
「私はマジックプリンス!正義と真実の男!」
『おい!どこの多良尾判内ですか!俺は!』
ランに無理やり見せられた映画のヒーローの名前を想像しながら、今度はカメラ目線になってかなめを見つめる。かなめはじっと手を握り誠が消えたあたりを眺めた。
「マジックプリンス……ああ、覚えておこう。その名を」
そう言うとかなめも小走りで素早く洞窟を脱出した。その様を見ながら誠は突っ込みたかった。
『おい!戦闘員は?下っ端は?監視はどうした!……ああ、そうか、島田先輩が駄々をこねて整備班員の協力を拒んでるんだったよな。まったく島田先輩にも困ったもんだ』
誠は端役が少ない原因が要するにこの撮影に一番の大所帯である整備班が島田の変な気まぐれで協力的で無いことであることを思い出した。
目の前が暗くなり一幕が終わったことを告げた。
「あのー、アメリアさん?」
恐る恐る誠はしゃべり始めた。一応、アメリアは上官である。しかも自分が面白いと感じたら絶対に譲らない彼女である。
『はい、なんでしょう?』
サブモニターに映るアメリアの満面の笑みがあった。
「僕の格好ってこんなに間抜けでしたっけ?もう少し尖った肘とか、胸のあたりにシールドみたいなのをデザインして格好良くしてみたつもりなんですけど。あと、なんでシルクハットを被ってるんですか?あれは明らかに邪魔ですよ」
その言葉にアメリアの笑みが大きく見える感覚に誠は囚われた。
『ああ、それねデザインしたのは小夏ちゃんだから。それにこれは魔法少女モノよ!野郎が目立ったら意味ないわ。それに魔法少女を助けるキャラにはシルクハットは欠かせないって小夏ちゃんが言ってたから私もその方が面白そうだから採用したのよ』
あっさりとアメリアは答えた。小夏が後ろでガッツポーズをしている。周囲の運航部の女性隊員たちが面白がるように拍手していた。
『良いんだよ、どうせやるのはお前さんなんだから。まあ一部。ぶーたれてる奴もいることだしさ』
「新藤さんまで……」
誠はこのまま部屋に帰りたくなったが、帰ればカウラとかえでによる血の制裁が待っていると気づいて踏みとどまった。
『じゃあ次は女将さん……いえ、春子さんの場面ね』
アメリアの声に誠は思わず身を乗り出した。
誠の悪ふざけの落書きだったはずの魔獣が、春子の顔を得た途端、妙に生々しい存在感を持ってカプセルの中で目覚めの時を待っていた。
春子の役、魔獣ローズクイーンのデザインは誠がしたものだった。はっきり言って悪ふざけに過ぎなかったと自分でも思った。頭に薔薇の花のような冠を被り、両手から蔓のような鞭が生え、全身が緑色の素肌のような格好にところどころに棘が映えた姿である。正直、エロゲ系RPGの敵モンスターみたいだなあと思いながら書いた落書きをどうアメリアが使うのか予想が付かなかった。
そして画面が開いた。中央でリンは腕組みをして、人が入るほどの大きさの透明なカプセルを見上げた。顔のアップでの怪しげな笑みに誠は背筋が寒くなるのを感じた。
『うちの女性陣は何でこういう悪役やらせると映えるのかな……うちの女子で正義の味方が出来そうなキャラってカウラさんと……あと、単純なサラさんと常識人のパーラさんくらいだな、うん』
これは絶対に口にはできないと思いながら誠は目の前の光景を眺めていた。
『ふっ。やはり所詮は出来損ないの試作品か。まあいい時間稼ぎになっただけましというところか……』
メイリーン将軍ことリンはそのまま目の前のカプセルを見上げた。そこには全裸の女性のようなものが入っていた。
『え?』
誠は目を疑った。それは彼がデザインしたまんまの魔獣ローズクイーンの姿だった。ローズクイーン役の春子は眼を開き、これもまた悪そうな笑みを浮かべてリンを見つめる。
『やっぱ怖いよ、うちがらみの女の人!』
カプセルの中でいかにもらしい口元に笑みを浮かべる春子を見ながら誠は画面を見つめた。
『さて、あとはあのはねっかえりの王女様がどれだけの成果を上げるか、楽しみだねえ。貴様もそう思うだろ?』
再びリンはとてつもなく悪そうな笑みを浮かべた。それに答えるようにして春子が舌なめずりをしていた。そして再び画面が暗くなった。
『アメリアちゃん、こんな感じで良いの?』
うれしそうに春子はアメリアに演技の感想を尋ねた。モニターにその姿は映ってはいないが彼女が非常に楽しんでいることだけは誠にもよく分かった。
『お母さん凄い!私達もがんばりましょう!』
『当然よ!』
小夏とサラが割り込んできた。誠はただカウラとかえでの制裁が怖くてじっとして周りの人々から忘れられようと気配を消していた。
余計な一言を口にした瞬間、次に制裁を受けるのは自分だと誠にはよく分かっていた。




