第48話 魔法少女を夢見る『男の娘』
『これであなた達は立派な魔法少女で……』
そこまで言ったところでぬいぐるみのように見える小熊は力尽きたように倒れこんだ。
「おい、ここで死んじゃうのか?どうすんだよこれから!投げっぱなしか?きっかけを作ったのはこいつだろ?だったら責任を取れよ。ああ、うちにも近藤の野郎の命を奪った後で責任を取らずに吐くだけ吐いて意識を失った馬鹿が居たな……神前、オメエのことだよ!」
かなめはあまりに唐突な展開に驚いてそう叫んだ。 自分をにらみつけてくるかなめの迫力に負けて、誠は怯んだうえに、かなめの言うことが事実そのものでその事実が自分の重荷になっているだけに誠には何も言い返すことが出来なかった。
「いちいちうるさいですよ。西園寺さん!静かにしてください!これからが物語の重要な展開になるんですよ!ちゃんと集中して見られないじゃないですか!静かにしてください!それと神前先輩を虐めるのもいい加減にしてください!だから『本物ぶってる大人』は駄目なんです!」
そんな声に驚いてかなめはアンを見てみた。アンはまじめな顔をして画面に釘付けになっていた。その瞳には娯楽に飢えた少年の目があった。思えば少年兵である彼にとってこうして動く物語を見ること自体が重要な体験である。この前も西のゲームを見ている時もひたすら画面に目を凝らすアンにいかにも娯楽に飢えている少年の目を誠はそこに見た。
「おい、アン……」
最上級の貴族以外は政府が認めた映画しか見られない環境に育った最上級の貴族そのものであるかなめはアンの真面目な表情に正直引いていた。アンは先ほどから瞬きも忘れたように画面を見つめていた。
「静かに!これからが物語の重要な部分になりそうなんです!僕の勘がそう言っています!」
まばゆい光がふっとしぼみ、次の瞬間には、先ほどよりもずっと頼りない大きさの小熊が床に転がっていた。アンに注意されてかなめは仕方なく画面に目を移した。その目の前では、光を放つ小熊の姿が映し出されていた。次第にその光は収まり手のひらサイズに小さくなった小熊がそこにいた。誠にとっては魔法少女のマスコットのお約束だが、こういう画場を初めて見るアンは驚愕の表情を浮かべてその様子を見守っていた。
『グリン君!』
そう言って小夏は小熊を両手で持ち上げた。小熊はゆっくりと目を開いた。そしてそのあまりにも熱中して画面を見つめているアンに恐怖のようなものを感じて誠とかなめはただ黙り込んだ。
『そんな……死んじゃ嫌だよ……』
そう言う小夏の手の中でグリンは力なく微笑んだ。
『小夏……僕は生きているよ。君達に力を与えるためにこの世界で身体を維持する力を使ったから小さくなったんだ。大丈夫、気にしないで』
小さくなったまま力を使い切ったらしく口以外ろくに動けないグリンは小夏を慰めるようにそう言った。
「良い奴ですね!グリンは!まったく……三人目の魔法少女か……出たかったな……僕も……あんなフリフリのかわいらしい衣装……そしたらきっと神前先輩も僕の事を見直してくれると思うんだ……出たかったな……やっぱり男は出られないのかな……でも化粧とかはひよこさんの相談で安くていいものを使ってるからちゃんと少女っぽく演じられると思うのに……それとも監督のアメリアさんに嫌われてるのかな、僕。アメリアさんは神前先輩のことを好きだから……」
アンは思わず右手を握り締め目を潤ませた。アンの反応の異常さに思わず誠はかなめを見た。
「まああれだな。ベルルカンは戦争ばっかで子供向けのアニメとか少ないからな。そもそもテレビの放映がされている国がほとんどない。テレビ局やラジオ局は格好の狙い目だからな。だからベルルカンの失敗国家じゃテレビ局やラジオ局は奪い合いの最前線の一番危ない場所だ。アタシもベルルカンでの任務の際には出来るだけ近寄らねえようにしてた」
どこかアンを避けるようにしてかなめはそうつぶやいた。
「それにベルルカンの失敗国家の民兵共の娯楽と言ったら男同士で掘りあうぐらいしかないからな。まあ、アンは東和に来ても掘られてるけど。それにしてもアメリアの奴、なんで三人目の魔法少女にアンを起用しなかったんだ?そんなに神前がアンに取られるような見せ場を与えたくなかったのか?その割にはアタシやカウラには役を振ったな……神前。オメエそっちの気があるのか?これはBLに詳しいアメリアがオメエをそう見ているっていう何よりの証拠だ。正直に吐け!」
かなめのアンの見方は別として、誠もアンを魔法少女に起用しなかった理由は分からなかった。
「アメリアさんは意外とBL関係には詳しくないですよ?確かにコレクションはしてますけど、僕が絵師として出会った女性の中にはもっと詳しいというか……自分は女だからモテないと本気で信じている人もいたくらいですから」
誠はにらみつけて来るかなめの迫力に負けて言い訳がましくそうつぶやいた。
「いいえ!これは僕に対するアメリアさんの嫌がらせです!僕がいつ神前先輩を手に入れてしまうか心配で仕方ないんです!アメリアさんは僕に嫉妬しているんです!そうに決まってます!アメリアさんは自分に彼氏がいないのに僕に彼氏が居るのが気に食わないんです!その為の嫌がらせです!」
アンはかなめに向けて静かにそう言った。その口調には押さえているもののアメリアに対する激しい怒りがこもっていた。
「嫉妬ねえ……確かにアメリアは戦地で慰安婦扱いされていた時以来男は居ねえ。それに対してアンには今現在彼氏がいる。それにその男のものでは物足りねえという感じでいつでも神前を奪う気満々だ。ああ見えて、アメリアは結婚相談所に登録して百名近くと見合いして全部断られた経験がある。なるほど、アンよ、それは中々いい見立てだぞ……ただ、神前にはオメエの上官のような趣味はねえ。残念だったな。アメリアに取られるくらいならアタシがもらう」
その高身長と出産経験があることからハイスペック男子から自分と同スペックの見合い相手にすべて断られたアメリアのことを思い出してかなめは納得したようにうなずくとアンの肩を叩いてその推理を讃えた。
二人の邪推に呆れながら誠はそのまま画面に目を向けた。
『グリン君!』
小夏の声にピクリと手のひらサイズの熊が動いた。そのまま手足を動かし、グリンは自分が生きていることに気づいた。
『ごめんね小夏。どうやら魔力が何者かに吸収されているみたいなんだ。僕達はその存在を魔力に依存している。だから元の大きさを保つことが出来ないんだ』
小熊はそう言うと立ち上がって小夏を見つめた。
『でもそれじゃあ……』
不安そうに小夏の姉の親友という設定のサラと一緒に、小夏は小熊を見つめた。
『大丈夫。僕の見立てに間違いは無かったよ。見てごらん、君の姿を!』
二人は小夏のものらしい簡素な姿見に自分の姿を映した。
『えー!これかっけー!最高!グッド!イエーイ!』
そう言って小夏は何度も決めポーズをとり暴れ回った。さすがのサラもこれには驚いて小夏の頭の上に手を載せた。動けなくなった小夏がじたばたと暴れる様。誠は頷きながらそれを眺めていた。
『カットー!喜びすぎ!ってかそこ喜ぶところじゃない!驚くの!驚いて!』
跳ね回る小夏をアメリアが怒鳴りつけた。サラはと言えばそのまま疲れたというように座り込んだ。そして画面にモニターが開いてアメリアの顔が写った。気が付けば画面にはバイザーの映像が監督のアメリアを映すモードに切り替わっていた。
『まったく……小夏ちゃん!そこはまず驚いて、そこから戸惑いながら二人で見詰め合う場面だって言ったでしょ?はい!やり直し!』
アメリアはここは監督らしくあまりにシュールな小夏の喜びようを窘めた。
「馬鹿が!人を単細胞扱いしている割にこういうところが抜けてるんだよな、小夏の奴は!アメリアもあんなのをヒロインにするから悪いんだ。単純にランの姐御が真正『魔法少女』として普通にしててもランの姐御が出来ることを普通にやって敵を無双する魔法少女モノにすればよかったんだ。そうすればランの姐御の機嫌もよくなるし、何よりうちの宣伝になる」
かなめはそう言うと立ち上がった。
「どうしたんですか?」
いい場面で誠に質問もせずに立ち上がるかなめに不審に思って誠はそう尋ねた。
「タバコ吸ってくる。アタシにこういうバイオレンスの無い映画は刺激が足りねえんだ。バトル系とか言う割に戦いまで時間かかりすぎだろ。飽きてきたわ」
そう言ってかなめは手にしたタバコの箱を見せた。誠はすぐに画面に視線を戻した。
「まったく、神前はああいうのにしか興味ねえのかな。純血の遼州人の考えることは理解できねえな」
かなめはポツリとつぶやいて出て行った。誠がカウラを見ると、呆れたとでも言うようにため息をついていた。
『わあ、なんで?これがもしかして……』
画面が切り替わり撮影が再開したようだった。かなめが居なくなったのを良いことにアンはさらに顔を突き出してきた。誠は少し椅子を下げるが、下げた分だけアンはばっちりと誠の端末の画面の正面を占拠してしまった。
『そうだよ。君達は選ばれたんだ。愛と正義と平和を守る戦士に!』
グリンの声に小夏とサラの表情は一気に明るくなった。
『じゃあおねえちゃんがキャラットサラで私がキャラットなっちゃんね』
『なによそれ』
本心から呆れたような表情でサラは小夏を見つめた。
『名前よ!無いと格好がつかないじゃん!』
そう言って小夏はサラの手を握り締めた。それを見つめて無言で頷いているアンに誠は明らかに違和感を感じた。
『さあ……機械帝国を倒すんだ。君達の力をもってすればアイツ等だってきっと倒すことが出来る!』
グリンは力の入らない口調でそう言葉をつむいだ。小夏はそんなグリンを厳しい視線で見つめた。隣に立つサラはそんな小夏を不安そうに見つめる。小夏の表情にはどこかさびしげな影が見えた。そして誠は引き込まれるようにして小夏の言葉を聞くことにした。
『違うよ、それ』
小夏はポツリとつぶやいた。それまで騒がしかった空気が、その一言でふっと薄くなったように感じられた。突然音楽が流れ始める。悲しげでやるせなさを感じる音楽にあわせて小夏は遠くを見つめるように空を見つめた。
「新藤さんの即興かな?いや、これはアメリアさんの台本にあったな。……やたらと友達が増えていく系魔法少女モノ。まあ、定番なんだけどね」
魔法少女アニメには造詣の深い誠はアメリアの台本にあった一節を思い出してそう言った。彼女の涙に濡れる顔が画面に広がった。
『確かにグリン君が言う通りかもしれないけど。確かにあの魔女はグリン君の大事な魔法の森を奪ったのかもしれないけど……。でもそう言う風に自分の意見ばかり言っていても始まらないんだよ』
『そんなことは……あいつは森の仲間を殺したんだ!そして次々と世界を侵略し……』
激高するグリンを手にした小夏はそのまま顔を近づけた。
その小夏の目には小夏の持てる最大限の優しさがあふれていた。
『でもぶつかるだけじゃ駄目なんだよ。相手を憎むだけじゃ何も生まれないよ!』
小夏は優しい口調ながら力強い調子でそう言った。
「やっぱり出た!お前はいったいいくつなんだ展開!子供はそんなこと言わないだろとかツッコミ待ち展開!僕こういうのが好きなんだよな!」
誠が手を叩くが、さすがにこの誠には付いていけないというようにアンはそんな誠を生温かい目で見つめていた。
『理解しあわなきゃ!気持ちを伝え合えなきゃ!そうでないと……』
『小夏!そんな呑気なことが言える相手じゃないんでしょ?世界の危機なんでしょ?』
そう言ってサラは武器である魔法の鎌を構えた。
『アタシは戦うよ!守るものがあるから!』
そう言ってサラは小柄な小夏の頭を叩く。だが、釈然としない面持ちで手のひらサイズの小熊を地面に置くと杖を構えた。
『じゃあ、誓いを立ててください。必ず悪を退けると!』
『ええ!』
サラは元気に返事をして鎌をかざす。そしてそれにあわせるように小夏も杖を重ねる。
『きっと倒してみせる!邪悪な敵を!』
『いつか必ず分かり合える日が来るから!』
小夏とサラの言葉で部屋が輝き始める。
「小夏ちゃんのアドリブか。アメリアさんが駄目出ししなかったけど……後で台本変更があるかもしれないな」
誠は画面の中で変身を解いて笑う小夏とサラを眺めていた。




