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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と魔法少女  作者: 橋本 直
第十三章 『特殊な部隊』とクランクイン

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第46話 物語は芋虫とともに始まる

 そこには食事を取る小夏たちが映し出されていた。まるでスナックを食べるように小夏たちは芋虫を口に運びながら朝のごく普通の一般家庭のような会話をしている光景が繰り広げられている。その食べているものが芋虫であること以外に何一つおかしなところがないのが、逆に誠には違和感しか感じない光景にしか見えなかった。

挿絵(By みてみん)

 どんぶりの中では、白く太った幼虫が照明を受けてぬらりと光っていた。


『マジ?あれ本当に旨いの?見た目は完全に『カブトムシの幼虫』だけど……バーチャルで味って分かるのかな?豊川の市の施設で放映するんでしょ?見るのは僕と同じ東和生まれの遼州人なんでしょ?全員が軍の関係者のレンジャー資格持ちってわけでもないんでしょ?観客がこの光景を自然に受け止めると、アメリアさんは思ってるの?自分が面白ければそれで良いの?』


 誠はカプセルの中で目の前のある一部を除けば普通でその一部が著しくおかしい朝の食事風景を眺めていた。その光景を見れば見るほど誠のあまり強くない胃腸から食道へと逆流する気配が感じられる。


『あの人……やっぱり壊れてるな……あの人に助言をした姉弟子の放送作家の人もたぶんアメリアさんと長年付き合ってるくらいで放送事故連発のバラエティー番組を作ってるくらいだから……類は友を呼ぶってこういうことを言うんだろうな……この珍妙な光景はどっちのアイディアなんだろう?』 

挿絵(By みてみん)

 小夏達がおいしそうに芋虫を頬張る姿に誠は背筋が寒くなった。そしてこれをいずれ見せられる豊川の住人達も同じ感想に至るだろうということを想像してアメリアの意図が本当に分からなくなる誠だった。


「じゃあ行って来るね!」 


 普段の食事の時と変わらず一番多い量を真っ先に食べ終えた小夏が椅子にかけてあった学生かばんを手に走り出した。


 そのまま誠はカメラを移動させて小夏を映す画面を見続けた。


『私の名は南條小夏。遼東学園中等部2年生。どこにでもいる普通の中学生だったんだ』 

挿絵(By みてみん)

 小夏の声で流れるモノローグ。小夏はいつもかなめを見つけて怒りの表情を浮かべて箒を片手に走ってくる時のような陸上選手のようなスマートな走り方ではなかった。


 小夏は明らかにアニメヒロインのような内またの乙女チックな走り方をした。


 その露骨に少女を意識した走り方に誠は笑いをこらえながら小夏を映し出す画面を見つめていた。


「おはよう!」 


 バス停のようなところで小夏を待つ中学生達の姿が映った。見たことが無い顔なのでおそらくは新藤の作ったAI製のモブキャラなのだろう。


 そこで誠は、ようやく周囲の景色に目を向けた。


 水を張った田んぼの名残や、電柱に絡んだ細い配線まで、それらしく作り込まれていた。


 住宅と田んぼが交じり合う風景は見慣れたもので、背景の細部にまで行き届いたこだわりに、新藤のやる気を強く感じた。

 

『この豊川付近には学費の高い私立中学が存在しないよな……この付近の金持ちが良く私立と言えば、千要の二校はどっちも付属中があったような……』


 誠自身も公立中学しか言ったことが無いので私立のお金持ちの中学の格好をしている小夏の姿には違和感しか感じなかった。


『はい、カット!』 


 アメリアの声で画面が消えた。バイザーを外す誠の前で小夏達は起き上がった。

挿絵(By みてみん)

「兄貴、なんで食べないの?あれ美味しいんだよ!一年ほど前にランの姐御の親友のシャムというランの姐御の友達の姐御より少し年上くらいの人がお土産に持って来た時に食べたけどあの時以来の美味しさ!あの……なんと言うかなあ似た感じで言うと栗の風味のブドウを食べているような感じ?ちょっと口の中で動くのが不気味だけどいわゆるキモカワって奴だよ!東和じゃ味わえない食感なんだから食べてみればよかったのに……食わず嫌いは良くないよ!」 


 小夏は開口一番そう言って拗ねた。そこにはいかにも懐かしい味に酔いしれる少女の笑顔が見て取れた。


「でも、小夏ちゃん。映画の出だしであんなものを食べるところを見せられる観客の気持ちにもなった方がいいよ。実際に食べてみたことがある人はその味を想像できるかもしれないけど、豊川の一般人がそんなことができると思う?……まあ仕組んだのはアメリアさんだけど……あの人も一体何を考えてるんだ?これじゃあ冒頭から観客ドン引きだよ」


 誠はただ愛想笑いを浮かべるだけだった。小夏は芋虫を食べるポーズをした。その手つきに先ほどの芋虫の姿を重ねて誠は胃の中がぐるぐると混ぜられるような感覚がして口に手を回した。


「あのさあ、俺もう良いかな?どうせ俺の出番はここくらいでしょ?俺こういう狭いところはどうにも苦手なんだ……米軍の人体実験施設で全身固定されて生体解剖された時のことがトラウマになってるの。分かるかな?」 


 そう言うと嵯峨はヘルメットを外して起き上がった。


「ああ、お疲れ様です。しばらく出番はなさそうですからしばらくは仕事をしていて大丈夫ですよ。まあ、隊長に仕事が有ればの話ですが……どうせタバコが吸いたいんでしょ?いつも通りタバコを吸いながら風俗情報誌でも読んでいてください」 


 アメリアにそう言われて嵯峨はカプセルから出て立ち上がって伸びをした。そして誠の方に目をやると例の芋虫を食べるポーズをして見せた。


「神前。レンジャー資格は取っといた方が後々楽だぞ……資格手当も付くし。それに俺もランもいずれ神前にも取ってもらうつもりだから。その時は覚悟しとけよ。レンジャー資格の最終課程は遼帝国中部の山岳地帯の森の中であれと捕まえた蛇をカレー粉でまぶしたのを焼いた奴を食って二週間生き延びるんだ。それはそれは辛い試験になるんだぞ。そん時は覚悟してちゃんと食うんだぞ」 


 嵯峨はそれだけ言って誠の肩を叩くと部屋を出て行った。


「しばらくは小夏ちゃんだけのシーンなんだけど……」 


「僕はちょっと……気分を変えたいんで……あと素人考えかもしれませんけど、さっきのアレ。……慣れない人が見たらトラウマになりますよ」 


 誠は自分の顔が青ざめていることを自覚しながらアメリアに声をかけた。


「そんなに嫌な顔しないでよ。普通の家庭風景じゃ面白くないから私なりのお遊びをして見せただけじゃないの。その程度で引くような客ならこっちから願い下げだわ。まあ良いわ。これからランちゃんとかえでちゃんたちのシーンを撮るから呼んできてよ」 


「おい、上官にちゃん付けは無いんじゃないの?」 


 そうツッコミを入れる新藤はずっとバイザーをつけたままだった。首の辺りに何本ものコードをつないだ状態で口だけがにやけたように笑っていた。新藤も副隊長で時々『釣り部』の監視に出かけることのあるランのちっちゃいのに偉そうで言ってることが極端な割に単純と言う姿を想像してにやにやと笑っていた。


「はい、それじゃあ呼んで来ます」 


 誠はそう言ってよろよろとカプセルだらけの部屋を出た。


 アメリアに言われるままに倉庫を飛び出す。


 脳裏には再びどう見ても『カブトムシの幼虫』を上手そうに食う小夏たちの映像がへばりついて離れない。


「これ、今夜の夢に出ることは確定だな」


 なんとかあのトラウマから逃げ出そうと誠は走ってそのまま本部棟に駆け込んだ。


 そのまま勢いよく二階に駆け上がり、法術特捜の分室や冷蔵庫と呼ばれるコンピュータルームを通り過ぎて機動部隊の部屋に戻った。


 青い顔をして何かに怯えているような誠があわただしく飛び込んで来た様子にランやかえでは物珍しそうな顔をしていた。


「クバルカ中佐!日野少佐!渡辺大尉!出番ですよ」 


 誠は机に向かって事務仕事をしているランに声をかけた。


「面倒くせーな。まったく。イメージだけ撮って後は全部AIにやらせるとかできんじゃねーのか?どーせアメリアの奴がそれじゃー安っぽく見えるから駄目だとか駄々こねてるんだろ?あー、面倒くせえ。『魔法少女は実在のランちゃんより弱くないと物語が成立しないから気を付けてね』とか言いやがって。アタシは『人類最強』を売りにしてんだ!魔法少女は普通の地球人より圧倒的に強いんだろ?なんでアタシが役の中ではそんな地球人より圧倒的に強いはずの魔法少女を弱い魔法少女として演じなきゃいけねーんだよ」 


 そう言いながらランは椅子から降りた。彼女の幼児のような体型では当然足が届かず、ぴょいと飛び降りるように席を立った。


 こんなランの何気ない『ちっちゃくてかわいい』ところが誠のツボだった。


「なんだ?神前。文句でもあるのかよ」 


 すっかり『萌え』の対象として自分に視線を向けて来る誠にランが不思議そうにらんだ。実際何度見てもそんな態度のランのかわいさに、抱きしめたくなるのも仕方のないことで両手がふるふると震えた。そんな誠の様子を見て噴出しそうになる渡辺の口をかえでが押さえていた。その様が滑稽に見えたらしく噴出したアンをさらにランがにらみつけた。


「そう言うわけでは無いんですけど……というかこれまで中佐が言ったことが全部できると仮定すると中佐一人で敵を瞬殺しちゃうんで物語が成立しなくなるんで。その辺は考えていただかないと……」 


 口を濁す誠を慣れているとでも言うようにランは右手を振りながら扉に向かった。その後ろをかえでとリンが静かについて行きドアを閉める直前でじっと大きめに見える目で部屋をくまなく眺めた後戸を閉めて姿を消した。


「神前先輩、どうでした?撮影は」 

挿絵(By みてみん)

 自分の椅子に腰掛ける誠に手にコーヒーを持った女子隊員の制服姿の『男の()』であるアンがすり寄った。アメリアの『アン君が魔法少女しちゃうと似合いすぎて面白くない』という我儘でアンは今回役が無いのでいかにも退屈そうにアンは大きくあくびをしていた。


「ああ、俺が出る幕も無かったよ……ただ単に食事をしておしまい。これなら別に僕が行く必要なんてなかったんじゃないかな」 


 誠は自分が虫を食べられなくて撮影がストップした話などは省略してアンに虚勢を張って見せた。


「おう、神前。アンに対するときは俺でアタシ等には僕か。微妙な言い回し……もしかして神前もかえでみたいな両刀使いなのか?いずれはアンのケツを狙ってるとか……神前のデカいのをアンは…………アイツ、最近『入るように』練習してるとか言ってたよな。神前、アンを襲うのはその練習が終わるまで待ってやれよ」 


 それまで呆然と目の前のモニターを眺めているように見えたかなめがにやけながら二人を見つめた。そこにアメリアのような腐った妄想が広がっているのがわかってさすがの誠も動揺した。


「何を言うんですか!西園寺さん!僕は女性にしか興味が有りません!」 


 タレ目を見開いているかなめに、誠は思わずそう叫んでいた。


「そうですよね。僕は男ですものね……神前先輩も女の子の方が良いんですよね……どんなに思っても無駄なんですよね……毎日先輩のものが入るように訓練しているんですが……でも僕は諦めませんから」 


 どこか覚悟を決めたようにそう言い切るアンの後ろから鋭く光るかなめとカウラの視線が誠に突き刺さった。


 自分でアンに火をつけておきながら勝手に嫉妬しているかなめにかかわるのを避けるように誠は端末を起動させた。誠はとりあえず先日、法術特捜からの依頼を受けた仕事の続きをすることにした。法術との関係が疑われる事故や犯罪のプロファイリング。写っているのは不審火の現場。これ以外にも三件あった。


 法術特捜の主席捜査官の嵯峨茜の誠達へ出されたこうした宿題は分量的にはたいしたものでは無かったが、その意味するところは実戦を経験してきた誠にも深刻であることが理解できた。無許可の法術使用、特に炎熱系のスキルを使用したと思われる事件の資料。無残に焦げ付いた発火した人々の遺体ははじめは誠には目を向けることもできないほど無残なものだった。


 そんな事件のファイルを見ながら誠は鑑識のデータを拾い報告書の作成を始めた。だが、すでに提出を終えているかなめは暇そうに部屋を見回して誰かに絡もうとしていた。


「いつもながらこういうのを見てると僕も責任感じちゃいますよね。それまでは遼州人にはこんな力があるなんて偶然で使っちゃった人がいるくらいだったのに、『近藤事件』以来自分もできるんじゃないかと実際に想像してみたら実際に出来ちゃってこんな事件まで起こすようになる……複雑な心境です。そう言えば、西園寺さん、コーヒー飲みます?僕、さっき撮影と称するアメリアさんの悪ふざけで嫌なものを見せられたんでこう立て続けに正視に耐えないものを立て続けに見せられると精神が疲れてきちゃったんで……何なら僕が淹れて来ますよ」 


 先ほどの芋虫を食うことを強制されたことや目の前の焼死体の写真にうんざりした誠はそうかなめに声をかけた。


「別にいらねえよ……、神前。そこの資料は同盟司法局のデータよりも厚生局の資料を見てから書いたほうが正確になるぞ。あそこは今は違法法術研究事件のおかげで人員の総入れ替えで秘密資料なんて引き継ぎで穴だらけ状態だからな。結構、詳しい資料まで見られるんだ。たぶんもうそろそろ人員体制も整うだろうから今のうちだけの裏技だけどな……正規の法術適応者の能力に関する調査関連はあそこの正しいお仕事だったからな。と言っても一般市民にはそのあまりに無残な有様が犯罪を誘発するということであの事件以前は極秘扱いだったけど、今はシステム関係の引き継ぎとかしてるみたいで極秘資料が司法局のサーバーを経由すると丸見え状態なんだ。後々使えるデータもあるかも知れねえから法術関連のデータで気になるものが有ったら今のうちの落としといたほうが良いぞ。厚生局を引き継ぐ西モスレム側のシステム管理者が着任したらたぶんこの裏技は使えなくなるからな」 


 かなめの言葉に誠はそのまま厚生局の法術事故の資料のフォルダーを開いた。


「ありがとうございます……ああ、あそこは法術犯罪のケースのまとめ方がうまいですね。しかもあそこの本来の業務である医学的見地からの参考文献とかの引用もあるんで色々使えますからね。ありがとうございます」 


 そう言いながら誠は資料に目を通した。


「まったく暇でしょうがねえな。こういう時に限って司法警察の連中の下請け仕事も無いと来てる。こういう時に派手な出動が有って映画撮影自体がパーになれば気が楽なのに。アタシ等は何時から映画撮影スタジオの住人になったんだ?アタシは軍に入った覚えとそこからこの『特殊な部隊』に出向した覚えはあるが、芸能事務所に入所した記憶はねえぞ」 


 かなめは退屈そうにくるくると椅子を回転させた。


 そして沈黙が部屋を支配することになった。ただキーボードを叩く音、画面が切り替わるときの動作音、そして端末の放熱ファンの音だけが響いていた。


 さっきまでの撮影騒ぎが嘘みたいに、部屋には端末の熱っぽい空気だけが残っていた。



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