第42話 泥酔の後始末
駐車場の舗装のアスファルトの冷えが靴底越しに伝わってきた。
そこは繁華街に突然現れたと言うような空き地を利用した駐車場だった。そこでは不釣り合いに見える銀色のカウラの『スカイラインGTR』が一際目に付いた。周りに止められたファミリーカーや営業用のワゴンに比べて重厚な銀色の車体で迫力のある姿はひときわ目を引くものだった。
その手前で座るカウラは冬空の中で親にしかられて外に締め出されたような寂しい雰囲気をまとっているように誠には見えた。
「とりあえず着きましたね。西園寺さん?さっき話してましたけどいつ頃運転代行は到着するんですか?」
誠は携帯端末をチェックしているかなめに声をかけた。とりあえずカウラがうずくまって大人しくしていることを確認したかなめは安心したように誠へと振り向いた。
「アタシの仕事に抜かりがあったことがあるか?……すぐ来るって話だったけど遅いな!」
間が持たないというように腕の時計をにらみながらかなめがそう言ったところで運転代行の白い軽自動車が駐車場の入り口に止まった。
「神前、そいつから鍵を取り上げろ。コイツは今はただの酔っ払いだからうっかりして落とすといけねえ。いつもならそんなことはあり得ねえが今は違う。何しろこいつの車、オートロックなんてもんはねえ。鍵がなきゃ面倒なんだ。先に回収しろ。とりあえずそいつの上着のポケットを漁って取り上げろ」
かなめの言葉に従って、歩道との境目に生えた枯れ草を引き抜いているカウラに誠は近づいていった。カウラはじっとしゃがみこんで雑草を抜いてはそれを観察していた。そんな彼女に鍵を渡してくれと頼もうと近づく誠が彼女の手が口に伸びるのを見つけた。
「カウラさん!そんなの食べないでください!お腹壊しますよ!」
そのまま駆け寄ってカウラの手にあるぺんぺん草のような雑草を叩き落した。突然の行為にびっくりしたように誠を見つけたカウラはそのまま誠の胸に抱きついた。
「しんぜんー!しんぜんー!やっぱりあのスケベなかえでが良いのかー!わたしじゃダメなのかー!かえでやかなめみたいにたくさん男を弄んだ人間が好きなのかー!」
カウラは叫びながら強く誠を抱きしめた。まるでサバ折りを食らったように背骨を締め上げる。戦闘用人造人間として生を受けたカウラの抱擁は通常の女子には不可能というか遺伝子操作を受けていない誠にとっては攻撃技以外の何者でも無かった。背骨が軋むような痛みに、誠は思わず息を詰めた。
「違います!今はそう言う話じゃないんですよ!」
誠は腰に走る痛みに耐えながらカウラの上着のポケットから車の鍵を探した。
ようやく白い軽乗用車に乗って現れた代行業者の金髪の青年と並んでやってきたかなめに助けを求めるように見上げた。
「いいご身分だな、神前。テメエにはかえでと言う『許婚』が居るんじゃないか?それを他に女を作って人に見せつける。オメエは本当に遼州人か?遼州人は『モテない』ということで地球圏の金持ちがナンパや逆ナンの為に相当数この国に入国している噂はアレはデマか?まあ、遼帝家は後宮に女を囲って子供を作るのが仕事だからな。その血が出たってわけか。まったくアタシとしてはやってらんねえよ」
そう言って笑うと、かなめはカウラが誠に抱きついて離れようとしないのを止めもせずにそのジャケットのポケットに手を突っ込んであっさりと車の鍵を探り当てた。
「じゃあ、オメエ等そこでいちゃついてろ。アタシはカウラの車で寮に一人で帰るから……代行に運転させてな。夜中にいちゃつくのは良いが、風邪ひくなよ、こんなところでやってたら警察が来るからそっちも気を付けろ……ランの姐御のネゴがあるからそれこそかえで並みの扱いを受けることになるがそんなことはアタシの知ったことじゃねえ」
そのままかなめは立ち去ろうとした。彼女なら本当にこのまま帰りかねないと知った誠はしがみつくカウラを引き剥がそうとした。
「待ってください!西園寺さん!この状態でどうするんですか!タクシーを呼べとでも言うんですか!」
本気でこのまま帰りそうなかなめに向けて誠はそう叫んだ。
「いやなのら!はなれないのら!かなめやかえでやあめりあにはやらないのら!しんぜんはあたしのものなのら!」
カウラが持てる力を振り絞って暴れた。彼女が今のように本当に酔っ払うと幼児退行することは知っていたが、今日のそれは一段とひどいと思いながら誠はなだめにかかった。
「おい!乗るのか乗らないのかはっきりしろよ!そこで盛りたいんなら……って、そういうことしても文句言われねえラブホ、この駅の近くにねえんだよな。まったく郊外の車社会にもいい加減にしてほしいな。その割に飲酒運転は取り締まるって飲酒運転を助長して検挙者を増やして成績を上げたい警察の陰謀なんじゃねえの?」
カウラの『スカイラインGTR』の助手席からかなめが顔を出した。
「そんなこと言って……カウラさんは今酒で自分を失っているんです!こんな状況でそんなことをするほど僕は落ちぶれてはいません!」
その一言を最後に急にカウラの抱擁の力が抜けていった。見下ろす誠の腕の中でカウラは寝息を立てていた。
「いつの間にか……カウラさんが寝ました……それはそれで問題ないですよね?」
誠はころころ変わるいつもと違うカウラの態度に振り回されながらそう言った。
「そんなの見りゃわかる!背負ってこい!なんとか座席に押し込んでそのまま寮まで帰るぞ!」
かなめはまるで手伝う気などないと言うようにそう言った。
「まったく便利な奴だ。神前、とりあえず運んで来い」
苦笑いを浮かべるかなめに言われて誠はカウラを抱き上げた。細身の彼女を抱えてそのまま車の助手席に向かった。
「本当に寝てるな、こいつ。まったく便利な奴だぜ。それにしてもさっきはこいつ妙なこと言ってたな。神前は自分のもの?なんだよ、コイツはテメエに気が有るみてえだぞ。良かったな、かえでの変態以外の選択肢が出来て。しかも男女とも経験豊富なかえでと違ってカウラはまだ何色にも染まってないから自分の好きに染められるんだぞ?どう仕込もうが自分の思うがままだ。カウラは上官の命令には絶対服従だからな。オメエが未来の夫としてその上官役をやればいい……アタシには出来ねえよ、そんなこと……」
苦笑いを浮かべたかなめが助手席のシートを持ち上げて後部座席に眠るカウラを運び込んだ。
「お前が隣にいてやれよ。手伝わなかったせめてもの詫びだ。それにカウラもそれを深層心理じゃ望んでいるってことだ。いつもは鉄面皮で隠してはいるがな……こんなに人から分かりやすい行為の方向も珍しいんだが……恋の感情を持たねえ純血の遼州人のオメエには性欲が限界に達するまでそんなことは理解できねえんだろ?」
そう言ってかなめは誠も後部座席に押し込んだ。そしてそのままかなめは有無を言わせず助手席に座った。
「運ちゃんやってくれ頼むわ」
そう言って金髪の青年に声をかけた。その声が沈うつな調子なのが気になる誠だがどうすることもできなかった。カウラは寝息を立てている。引き締まった太ももが誠の足に押し付けられた。助手席で外を見つめているかなめの横顔が誠にも見えた。時々、彼女が見せる憂鬱そうな面差し。何も言えずに誠はそれを見つめていた。
「大丈夫なんですか、あの方は?かなり酔ってるように見えるんですけど……病院とかの方が良いんじゃないですか?あの様子……正直かなりヤバいですよ」
さすがにカウラの様子が気になったのか金髪の運転手が誠に尋ねてきた。確かに息をしているのが不思議なほど静かなカウラを見慣れない人が見たらそう言う反応をするだろうと隣の誠は苦笑いを浮かべた。
「ええ、いつもこうですから……慣れてますんで。まあ、いつもはこのデカい野郎方がこんな状況になるんですけど。そっちがこうなる時はいつも救急車読んでますけど病院まで行ったことはまだないんで」
そう答えるかなめにあわせるように誠は照れながらうなずいた。車内にはアルコールと冬の外気と、言葉にしづらい気まずさがこもっていた。
だがそれっきりいつもならカウラが居ない誠と二人っきりの環境ではマシンガントークでカウラをこき下ろすかなめがそのまま外を流れていく町並みに目を向けて黙り込んでしまった。気まずい雰囲気に金髪の運転手の顔に不安が見て取れて誠はひたすら申し訳ないような気持ちで早く寮に着くことだけを祈っていた。
豊川駅前の繁華街から住宅街へとカウラの『スカイラインGTR』は走った。つかまった信号が変わるのを見ると金髪の運転手は右折して見慣れた寮の前の通りに入り込んだ。
「ちょっとその建物の入り口のところで止めてくれるか?」
かなめはそう言うと寮の門柱のところで車を止めさせた。そしてそのままドアを開くと降り立って座席を前に倒した。
「おい、神前。そいつ連れてけ」
表情を押し殺したような調子でかなめが誠に告げた。
「カウラさん、起きてください……着きましたよ」
そう耳元で告げてみてもカウラはただ寝息を立てるだけだった。誠は彼女の脇に手を入れて車から引きずり出した。
「まったく幸せそうな寝顔しやがって……まったくどんな夢を見ているのやら」
呆れたような表情でかなめはそう言ってそのまま車に乗り込んだ。隣の駐車場にゆっくりとカウラの銀の『スカイラインGTR』が進んでいった。誠はそれを見送るとカウラを背負って寮の入り口の階段を上った。
考えてみれば時間が悪かった。カウラの自爆で『月島屋』をさっさと引き払った時間は9時前だった。到着したのはほぼ全隊員が起きていて暇を持て余している時間帯だった。
まずい時間に帰ってきてしまった。
煌々と玄関を照らす光の奥では談笑する男性隊員の声が響いてきた。足を忍ばせて玄関に入り、床にカウラを座らせて靴を脱いだ。
カウラを萌えの対象としてあがめる『ヒンヌー教徒』に見つかればリンチに会うというリスクを犯しながら自分のスニーカーを脱ぎ、カウラのパンプスに手をかけた時だった。
「おっと、神前さんがお帰りだ。やっぱり相手はベルガー大尉ですか、隅に置けないですね」
突然の口に歯ブラシを突っ込んだ技術部の伍長の声に誠は振り向いた。いつの間にか食堂から野次馬が集まり始めている。その中に菰田のシンパであるヒンヌー教団の信者達も混じっていた。
『ヒンヌー教』の開祖菰田邦弘主計曹長に見つかれば立場が無いのは分かっている誠はカウラのパンプスに手をかけたまま凍りついた。
「オメエ等!そんなにこいつが珍しいか!」
そう怒鳴ったのは駐車場から戻ってきたかなめだった。入り口のドアに手をかけ仁王立ちして寮の男性隊員達をにらみつけた。さすがに誠の事が嫌いなヒンヌー教徒達も敵とみれば容赦なく発砲するかなめが相手ではどうすることもできなかった。助かったと言うように誠はカウラのパンプスを脱がしにかかった。
「なんだ、西園寺さんもいたんじゃないですか……」
眼鏡の整備班の伍長の言葉を聴くとかなめは土足でその伍長のところまで行き襟首をつかんで引き寄せた。
「おい、アタシが居るとなにか文句があるのか?え?」
すごむかなめを見て野次馬達は散っていった。首を振る伍長を解放したかなめがそのままカウラのパンプスの置くところを探している誠の手からそれを奪い取った。
「ああ、こいつの下駄箱はここだ」
そう言って脇にある大きめの下足入れにパンプスを押し込んだ。
「神前、そいつを担げ」
そのまま自分のブーツを素早く脱いで片付けようとするかなめの言葉に従ってカウラを背負った。完全に死んだように動かないカウラを軽々と背負う誠を振り返ったかなめの目は妙に冷たく見えた。
「別に落としても良いけどな。と言うかむしろ落とせ。コイツは恋愛禁止令下にあるオメエに恋心を抱くと言うちっちゃい姐御に逆らう不埒な奴だ。神前、落とせ。アタシが許す」
ふざけたことを言いながらスリッパを履いて振り向いたかなめを見つめた後、そのまま誠は階段に向かった。
食堂で騒いでいる隊員達の声を聞きながら誠はかなめについて階段を上った。そのまま二階のカウラの部屋を目指す誠の前に会いたくない副寮長の菰田が見回りでもしているとでもいうような格好で立っていた。
「これは……」
何か言いたげに菰田は誠の背中で寝入っているカウラを指差した。
「なんだ?下らねえ話なら後にしろ!射殺されたいなら別だが」
かなめの高圧的な調子の言葉に菰田は思わず目を反らすとそのまま自分の部屋のある西棟に消えていった。かなめは自分の部屋の隣のカウラの部屋の前に立った。
「これか、鍵は」
そう言うと車の鍵の束につけられた寮の鍵を使ってカウラの部屋の扉を開いた。
閑散とした部屋だった。電気がつくとさらにその部屋の寂しさが分かってきて誠は入り口で立ち尽くした。机の上には数個の野球のボール。中のいくつかには指を当てる線が引いてあるのは変化球の握りを練習しているのだろう。それ以外のものは見当たらなかった。カウラがはまっているパチンコの台だが、結局寮は狭すぎるので別に部屋を借りてそちらに置いてあるらしいと誠は聞いていた。だが、それだけにきれいに掃除されていて清潔なイメージが誠に好感を与えた。ある意味カウラらしい部屋だった。
「布団出すからそのまま待ってろ」
そう言ってかなめは慣れた調子で押入れから布団を運び出した。これも明らかに安物の布団に質素な枕。誠は改めてカウラが戦うために造られた人間であることを思い出していた。
「ここに寝せろ……それ以上の事は考えるなよ。変なところが立ったりしたら射殺する」
かなめの言うことにしたがって誠はカウラを敷布団の上に置いた。
「なあ、オメエもこいつのこと好きなのか?少なくともカウラの深層心理にはオメエの事が深く刻まれているらしい。それはアタシにも分かる」
掛け布団をカウラにかぶせながらかなめは何気なく聞いてきた。その質問の唐突さに誠は驚いたようにかなめを見上げた。
「嫌いなわけないじゃないですか、仲間ですし、いろいろ教えてくれていますし……でもそれを愛とか恋とか言う物かと言うと僕には良く分かりません。僕は所詮は遼州人なんで」
かなめが聞いているのはそんなことでは無いと分かりながらも、誠にはそう答えるしかなかった。




