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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と魔法少女  作者: 橋本 直
第十一章 『特殊な部隊』と我儘姫

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第39話 フラッシュバックする過去

「じゃあちょっと……探してきますね。待っててください」 


 そう言って頭を下げると、誠はそのまま部屋を飛び出した。

 

 この場で一番下っ端の自分が行くしかない。そう思うと、ため息をついている暇もなかった。


『西園寺さんの行きそうなところ……どこにいるんだろう?』 

挿絵(By みてみん)

 誠には、どこにも心当たりがなかった。かなめはそのきつい性格からあまり他人と行動することが少ない。カウラやアメリアと一緒に居るのはだいたいが成り行きで、誠も時々いなくなる彼女がどこにいるのかを考えたことは無かった。


「とりあえず喫煙所か射場かな。西園寺さんと言えばタバコと銃だから……さすがに西園寺さんの好きな酒には、さすがに昼間っからは手を出さないだろうから月島屋に直行ってことは無いと思うけどな」 


 そう思った誠はそのまま管理部のガラス張りの部屋を横目にハンガーの階段を下りた。整備員の姿もなく沈黙している05式を見ながらグラウンドに飛び出した。


 誠の予想通り射場では連続した銃声が響いていた。誠はそのまま隊舎裏手の射場に向けて駆け出した。積み上げられた廃材の山を通り抜け、漫画雑誌が山と積まれた資源ごみの脇をすり抜けた。さらに暴発に備えて設置された土嚢の山を抜ければそこは射場だった。

挿絵(By みてみん)

 射撃レンジでは、弾を撃ち尽くし、拳銃のマガジンに次の弾を込めているかなめの姿があった。いつも通り慣れた手つきで新品の40S&Wすみすあんどうぇっそん弾を一発ずつ確かめるように空のマガジンにかなめは込めていく。どう話を切り出せばいいのか迷う誠の視界に、隣のレンジで珍しくリボルバーS&WM317の射撃訓練をしている法術特捜首席捜査官の嵯峨茜警部の姿があった。


 今日は法術特捜の訓練日らしく、隣のレンジも埋まっていた。茜の隣では茜の助手のカルビナ・ラーナ巡査が自前のSIG232を一発ずつ確かめるように撃ち込んでいた。


 銃声は一定だった。焦りも乱れもない。ただ、整いすぎているぶんだけ、かなめが平静ではないことが逆にはっきり分かった。


 一心不乱で弾を込めているかなめに気づかれたくなくて、誠は忍び足で茜のところへ寄った。


「ああ、誠さん。いいところにいらしたのね。隣のかなめお姉さま……本当に何があったんですの?ぶっきらぼうな表情で弾をたくさん持ったかなめお姉さまがいきなり自分の銃を撃ち始めて。アレじゃあまるで弾を捨てているみたいだわ。お金の無駄ですわよ」 

挿絵(By みてみん)

 不審そうに誠を見つめる茜の視線が誠に向けられた。


「ちょっとアメリアさんにいじられてああなってしまいまして……いつもの事と言ってしまえばそれまでなんですけど……茜さんにまで心配させちゃってすいません」 


 申し訳ないというように誠は頭を掻いた。茜は腑に落ちないと言うように首をかしげた。


「そうですの……ふーんまあ、このイベントには一切かかわらないと宣言した(わたくし)に助言ができないことは間違いないけど。それにしてもこの部隊の人はみんな情緒不安定みたいだわね。見ていてこっちまでおかしくなってきますわ。警察学校にいた頃よりも、その前に風俗街で弁護士として相談を受けていた頃よりも、ここで一時間過ごす方がよほど精神が削られますわ。」 


 そう言う茜の視線には愛用の銃、スプリングフィールドXDM40に弾丸を込め終えたかなめの姿があった。すばやくマガジンを銃に差し込んだかなめは一服したように周りを見て、そこに誠がいることに驚いたような表情を浮かべると、そのまま銃のスライドのロックを解除して弾薬を装弾してから彼に向かって歩いてきた。


 射場には、金属の擦れる乾いた音だけが続いていた。


 かなめは顔を上げず、ただ一発ずつ弾を押し込んでいく。


 射場には火薬の匂いが薄く残り、冷えた空気が頬を刺した。


 かなめの指先だけが、そんな寒さと無関係みたいに迷いなく弾を扱っていた。


 それから、ようやく口を開いた。


「なんだよ。射撃訓練の余剰分はアタシの給料から天引きってことで話はついてるんだ。いくらアタシが銃の訓練で戦闘能力の維持を計ろうがアタシの勝手だ文句あるのか?それ以前に今月の射撃訓練の弾にはまだかなり余裕があるからな……ただの残弾消化だ……一々神前に文句を言われる筋合いはねえ!」 

挿絵(By みてみん)

 口元を震わせながらかなめは強がって見せた。枯れ木を吹き抜ける風が身に染みる初冬の空の下、上着をレンジの端に置かれた弾薬庫に引っ掛けた彼女は、上着の下にいつも着ている黒のタンクトップに作業用ズボンと言ういでたちで誠の前に立っていた。


「一応、今日は僕達はアメリアさんの暴走を防ぐために来たと思うんですけど。銃を撃ちに来たわけじゃ無いですよ。今のところは目的は達成できてますけどアメリアさんのことだからこれから何をするか分かりませんよ?」 


 誠はかなめの機嫌を損ねないように恐る恐るそう切り出した。


「はぁ?あのアホの監視とか言いながらアイツにいいように使われるなんてするために来たんじゃねえよ、アタシは。あいつがアホなことしてうちの部隊に迷惑をかけないかどうか監視しに来たんだ!監視だからアイツが変なことをしないように見えてたからそれで良いんじゃねえの?そりゃあ絵が描ける神前はアメリアにはアイディアを形にできる腕が有るんだからせいぜいアイツに利用されればいい。アタシにできる事なんて何もねえよ。アイツはかえでと組んで飛んでもねえことをする様子は今のところねえ。それだけ確認できればアタシとしては十分だ。それだけ分れば後はアタシにする事なんかねえ!」 


 そう言うと、かなめは射撃レンジで愛銃の銃口をターゲットに向けた。そしていつものように数秒で全弾をターゲットの胸元に叩き込むと空のマガジンを取り出した。


「そうですの。じゃあここで無駄に弾を消費するのは目的とは反しているわけではなくて?さっさとクラウゼ中佐の監視にお行きなさいな。あの人は私がこれまで男性とお付き合いをしたことが無いことを知ると、それはまたまるで甲武の世話焼き婆みたいにいろんな結婚相談所のパンフレットを取り寄せて私の机に置いておくのよ。そんな何をするか分からないあの人を止められるのはかなめお姉さまだけなんじゃないかしら?」 


 不意を突かれた茜の一言にかなめは戸惑ったように視線を泳がせた。


「アイツ、茜にもそんなことしてたのか……自分は結婚できねえけど人にはそれを押し付ける……まるでランの姐御だな。それに茜が言うんじゃ仕方ねえな。ちょっと待ってろ、片付けたら行くから。確かに茜の言う通りアメリアを放置しておくとろくなことが起きねえ。やっぱりしっかり見張ってアイツとかえでが変なことをしねえか見てねえと保護者としては失格だな」 


 かなめはまるで子供のように口を尖らせながら自分が使っていたレンジにとって返した。かなめは保管庫に掛けていた上着を着込み、素早くガンベルトを巻くと、空になった拳銃のマガジンをテーブルに置いた。


 その動作を一通り見ていた誠はそのまま彼女の隣に座った。かなめは相変わらず拗ねた子供のような表情で、誠に視線を合わせようともせずただ弾薬の入った箱から40S&W弾を一発ずつ取り出してはマガジンにこめていった。


 その隣のレンジに置かれた丸椅子に腰掛けた誠は黙ってその様子を見つめていた。


「オメエもさ……」 


 突然いつもの棘のあるような言葉の響きとは違う力の抜けた調子でかなめが話を切り出した。いつもならタレ目で馬鹿にしたように誠をにらみつけるはずのかなめが悲しそうに自分の手元を見つめていた。


「どうせ、『許婚』のかえでやカウラやアメリアがいいんだろ?アタシなんかこの『機械の身体』だ。作りもののお人形だ。人形の相手なんかつまらねえだろ?どうせ抱くなら生身が良いんだろ?言ってみろよ、正直なところ。本音で行こうや、お互い……」 


 誠はただ黙って一発ずつの弾丸を見極めながらマガジンに装弾するかなめを見つめていた。そんなことをかなめが口にするとは思っていなかった。


 いつも騒がしくて、乱暴で、勝手で、そのくせ強いと思っていた相手が、急に別人みたいに見えた。


 皮肉めいた笑みを浮かべるかなめの乾いた笑顔を見ると誠の喉が、きゅっと鳴った。人工筋肉の強化が進んでいる今、か細い女性のように作られているかなめの体はいかにも脆く儚げに見えた。人工筋肉で補強された身体だと分かっているのに、その時のかなめは妙に細く、妙に傷つきやすいものに見えた。


「いいんだぜ、私みたいな作り物の体の持ち主なんかに関わるのはごめんなんだろ?それにオメエも知ってるだろうが非正規部隊の女工作員の仕事なんて……あの仕事は体を売って何ぼだ……ハニートラップに情報収集として娼婦に身をやつすのがアタシに与えられた任務。今のオメエはそこでアタシが何をしていたか知っている。そんな女に貞操観念にうるさい遼州人のオメエが嫌な目を向けても文句は言えねえわな」 


 最後の言葉を飲み込んだかなめは装弾を終えたマガジンを握った拳銃に叩き込んだ。そして誠を濁った目で見つめた。誠は配属直後に起きた『近藤事件』の後、隊の人間の素性についてネットで調べて見たことがあった。


 ランは10年前の遼南内戦での輝かしい功績が目に付いた。敵対する遼南人民軍の飛行戦車やシュツルム・パンツァーの5割をラン一人で堕としたというのは脅威とも言えた。撃墜総数1000機を超えるというのはほぼ地球人には不可能な数字と言える。そんな経歴を見渡してみてもかなめの情報はほとんど見つけることができなかった。


 そんな誠はある時アングラサイトでかなめの情報を拾った。


 それを見つけたのは偶然だった。先輩の島田が誠には刺激がきつすぎると言われたアングラサイトのパスワードを押したことを誠は今でも後悔している。島田に『見るな』と言われたのに、誠は島田の馬鹿な話と軽く見て好奇心で踏んだ。それはランダムで再生していたアダルトサイトだった。無修正の動画の波に東和でこのようなものを流して法律的にどうなのかと思っていた中に一件の動画を誠は見つけた。


 そこに五、六人の怪しげな男にかこまれている女の姿があった。一人の男が画面を拡大しようと手をカメラに伸ばした瞬間、胸をさらけ出している女に手を伸ばした男が悲鳴を上げ、画面が真っ赤な血に染まった。


 返り血を浴びて画面に映し出される女の顔。それはどう見てもかなめだった。誰が何のためにその動画をサイトに乗せたのかはわからない。だが、5年前には甲武陸軍の特殊作戦集団の一員として東都にいたと言うことは同盟厚生局の違法法術研究の摘発の際にかなめの口からも知らされていた。それは間違いなくかなめ本人だった。


 当時、甲武軍は財政の危機に直面していたとされている。遼帝国からの薬物や違法採掘資源の密輸ラインが寸断されたことで新たな活路として失敗国家がならぶ大陸ベルルカンからのルートが開拓された。その非合法物資ルートをめぐり裏社会や非正規活動の資金を稼ぐためにさまざまなシンジケートと甲武軍を始めとする遼州圏や地球圏の非正規部隊が抗争劇を繰り広げたことは誠もニュースで散々聞かされたものだった。


 そんな血に彩られた東都湾岸地区のシンジケート達の攻防、俗に言う『東都戦争』にかなめが関わるとしたらあの動画のようなことを彼女がしていたとしても不思議ではない。そう考えると誠はかなめのことは何も知らないころに気づいた。


 弾を撃ち尽くすとかなめはどこかさっぱりした表情で誠に目を向けてきた。そこにはいつもの能天気で陽気なかなめの姿があった。


「まあ、終わっちまったことをグダグダ言うのは、アタシらしくないって言いたいんだろ?ならそれでいいや。じゃあ、オメエの望み通りアメリアの奴が暴走しねえか監視に行くか……特にアイツとかえでが絡むとアタシには最悪の組み合わせだとこの数か月で理解できたところだしな……ぼんやりしてんじゃねえよ。行くぞ!神前!」

挿絵(By みてみん)

 かなめは銃を手にすると空の銃弾のケースを射場の隅のゴミ箱に捨てた。かなめの顔にはそれ以上口を開けば、もっと別の何かまで零れそうだったのかもしれないというような戸惑いが誠にも見て取れた。


 誠は、いつもの調子に戻ったかなめの背中を見つめた。


 さっき聞いた言葉をどう受け止めればいいのか分からないまま、それでも結局いつものように、その後ろを追って歩き出した。


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