第38話 出来上がってしまった台本
運航部の詰め所に入ると、意外にもアメリアは暴走していなかった。
ただひたすら自分の端末に張り付き、『今は作業中だから近寄るな』というオーラを発しつつ、時折こちらを見るだけだった。
かえでやリンも、いつものアメリア主催のお笑いライブのために衣装を作り慣れている運航部の女子達に感心しているだけで、自分の衣装をもっと過激にしろと要求したり、誠達が慌てて止めに入るようなこともなかった。
ただ予想していた通り運航部の詰め所のすべての机の上には布、型紙、糸、接着剤、発泡スチロールの切れ端まで並び、もはやそこは艦の運航部というより学園祭前日の衣装部屋にしか見えなかった。
「すいません、僕達アメリアさんを疑ってたみたいで……アメリアさんは意外に普通に映画を作るつもりなんですね。疑った僕達が悪かったです」
運航部でただ作業を続ける女子隊員を見つめながらそんな言葉を言った誠はドアを開けて飛び込んできた人物を見てこれまでの言葉を訂正したい衝動にかられた。目の前に立って金色の飾りの付いた杖を振り回しているのは誠達のたまり場の焼鳥屋『月島屋』の看板娘家村小夏である。彼女が着ている白とピンクの鮮やかな服をデザインしたのが誠だけに、それが目の前にあるとなると急に気恥ずかしさが襲ってきた。
誠がその眩しさに気を取られていると、もう一人、さらに視界の端で赤と黒の衣装が揺れていた。
「おい、神前。アタシはこれでいいのか?デザインで見るのと実際来てみるのじゃ偉く違うんだな?着てみると恥ずかしさ倍増だぞ?いつも目をかけてやっている上官にこんな格好をさせて何が楽しい?」
黒っぽいその小さな肩を覆うような上着とスカートの間から肌が見える服を着込んでいる少女に声をかけられてさらに誠は驚いた。その少女、クバルカ・ラン中佐は気恥ずかしそうに視線を落とすとそのまま空いていた針作業中の運航部の女子の一人の席に座った。
黒と赤を基調にした小さな上着とひらひらしたスカート、そして手にした鎌型の杖。どう見ても落ち着かない格好なのに、それがラン本人の幼い体格と妙に噛み合ってしまっているのがまた厄介だった。
「もう作ったんですか?今朝からまだ4時間もたっていないですよ……あの人達。器用と言うかなんと言うか……確かにゲリラライブのコントの衣装とかいつも自作してますからね。慣れてるんでしょうけど。ちょっと慣れすぎですよ。いっそのこと放送局の衣装係にでも転職した方がいいんじゃないですか?」
誠は運航部の人々の勤勉さにあきれ果てた。布も型紙も針も手元に揃っていて、誰が何を担当するかまで最初から決まっていたような動きだった。誠には、いつこの部屋がそんな工房になったのか見当もつかなかった。
そして誠の机に置かれたラーメンを見つめた。
「あ、もう昼なんですね。皆さんもう昼は済ませました?僕は寝てたんでまだですが」
そう言う誠に白い目を向けるのは彼の正面に座っているかなめだった。
「オメエが医務室で寝ている間に済ませたよ。いつもの中華屋だ。五目麺で良いよな?多分もう伸びてるんじゃないのか?」
かなめの言葉に誠はそのまま運航部の女子隊員の一人が運んで来た丼のラップをはずしてラーメンを食べ始めた。汁を吸いすぎた麺がぐにぐにと口の中でつぶれるのがわかった。
「伸びてますね。おいしくないですよ」
「それだけじゃないだろうな、一水軒か。あそこ。……味が落ちたな。この前親父が引退して息子に店を譲ったろ?親父の時と比べて塩味がきつすぎる。なんでも多けりゃいいってもんじゃねえんだ」
そう言いながらじっとかなめは誠を見つめていた。隣の席のカウラも誠に付いていたために冷えたチャーハンを口に運んでいた。食事を終えたのかランは退屈そうに歩き回りながら鏡を見つめたり、衣装を手にしたりして時間を潰していた。
「おい、神前。なんとかならねーのかよ!実際着てみると恥ずかしさ倍増だぞ!着てれば着てるほど恥ずかしくなってきた!」
運航部の中を衣装を着て手に鎌のような杖を持って歩き回っていたランがさすがに恥ずかしくなってきたというようにそう叫んだ。
「僕はアメリアさんの原画の詳細を描き込んだだけなんで僕が決めた衣装ではありません!だから全責任はアメリアさんにあって僕の責任じゃありません!」
麺を啜りながら顔を向ける誠にもともと目つきの悪いランの顔が明らかに敵意を含んで誠をにらみつけていた。誠はひたすら全責任を負うと言ったアメリアに責任のすべてを押し付けた。
「えー!ランの姐御!とってもキュートですよ!」
「そうだ!かわいいぞ!」
いつもは犬猿の仲の小夏とかなめがはやし立てた。それを一瞥した後、ランのさらに凄みを増した視線が誠を射抜いた。
「でも、このくらい派手じゃないと……僕としてはクバルカ中佐ならこれは嫌がるとは思ってたんですけど、今回は市民との親しみを深めるのが目的なんで中佐の趣味はそちらの方に行くとテーマが滅茶苦茶になるので割り切って無視しました。どう見てもやくざにしか見えない魔法少女なんて子供の夢を壊すじゃないですか。ほら、子供に夢を与えるのが今回の映画の趣旨ですから」
誠は自分がデザインした以上、その程度のフォローは入れないとと思い必死の思いでそう言った。恥ずかしいと言いながらも、ランは鏡の前を何度も往復していた。気にしていない人間の動きではない。
「まあ、演じている二人はどう見ても自分が子供だからな」
かなめのつぶやきにあわせてランが手にした鎌のような刃を付けた杖の先を思い切りかなめの頭に振り下ろした。鎌の部分が外れ刃が落ちてあっさり杖は原型を失った。
「ああ、この杖強度が足りねーな。交換するか?それとも西園寺の頭が石頭過ぎるのか?」
ランは平然とそう言うと落ちた鎌の部分を拾い上げた。
「おい!糞餓鬼!何しやがんだ!基本デザインはアメリアだ!運航部部長の席で作家を気どっているあのアホに文句は言え!」
真っ赤になって迫るかなめを落ち着いた視線でランは見つめた。二人がじりじりと間合いを詰めようとしたとき、急にアメリアが部長席から立ち上がった。
その瞬間、それまで衣装の話でざわついていた部屋の空気が一度だけ止まった。
「はーい!こんどは完全版の台本できました!」
アメリアの軽やかな声が響く。全員が彼女のほうを向いた。
「ちょっと待て、いくらなんでも早すぎるだろ?それにアタシ等の意見もだな……」
ランは暴走するアメリアをなんとか押しとどめようとそう言ってアメリアの前に立ちはだかった。
「さっきからその道のプロである『釣り部』の新藤さんが協力的だったから。やっぱりあの人こういうこと慣れてるわね。あの人、結構有名な特撮番組の特殊効果とかを担当しててこういう作品作りには慣れてるから。それにしてもさすがプロは違うわ。今回は誠ちゃんが嫌がったプロットを組み合わせたら結構面白く出来たから。今、印刷しているけど……ああ、サラ! パーラ! ほら、暴走を心配してた三人分は、もう冊子にして持ってきてくれてたのね……気が利くわね♪」
そう言ってサラとパーラが手にした冊子を誠、かなめ、カウラに手渡した。
その表紙を見てかなめは明らかに不思議そうな表情を浮かべた。
「題名未定ってなんだよ。こういうもんは最初に題名を決めるもんだろ?内容なんて後からでもどうにでもなる」
受け取ったかなめがつぶやいた。
「プロットを組み合わせただけだからしょうがないのよ。なに?それともかなめちゃんが考えてくれるの?和歌をたしなみ、源氏をそらで言えるお姫様でしょ?」
アメリアが目を細めるのを見てあからさまに不機嫌になったかなめは仕方なく台本を開いた。
「役名は……ここか」
カウラはすぐに台本を見て安堵したような表情を浮かべた。一方のランは台本をちらちら見ながら深刻な表情を浮かべていた。彼女は興味がなさそうなカウラから台本を奪うとしばらく台本を自分の机の上に置き、首をひねり、そして仕方がないというようにページを開いた。
「ブラッディー・ラン。血まみれみてーな名前だな。アタシの過去を知ってる人間からすれば当然の名前か……これも宿命って奴か」
ランは諦めたように大きなため息をつきつつそう言った。
「いいじゃねえか。……勇名馳せる中佐殿にはぴったりであります!」
いやみを言って敬礼するかなめをランがにらみつけた。そして誠も台本を開いた。
『マジックプリンス』
誠はまず自分の目を疑った。だが、そこには明らかにそう書いてあった。そしてその下に『神前寺誠二』と名前が入った。
「あの、アメリアさん?」
「なあに?」
満面の笑みのアメリアを見つめながら誠は言葉に詰まった。
「僕もアレに変身するんですよねえ?デザインした僕が言うのもなんですがアレはシュールすぎますよ。それにこの名前なんとかなりませんか?そのまんまですよ」
誠はシルクハットに全身マントと言うどう見ても不審者にしか見えないアメリアのキャラクターデザインをそのまま作画した自分をそう言いながら呪った。
「そうよ!子供向けに分かりやすくしたのよ!配慮してるでしょ?子供向けにしろってみんなが言うんだもの」
あっさりとアメリアは答えた。昨日調子に乗ってデザインしたあからさまにヒロインに助けられるかませ犬役。そして自分がその役をやるということを忘れて描いた全身タイツ風の場違いなシルクハットの男の役である。誰がどう考えてもいい気分で演じられる役ではない。
「ざまあみろ!調子に乗っていろいろ描くからそう言う目にあうんだよ!」
かなめが誠の肩を叩きながら毒を吐く。その後ろで魔法少女のコスチュームのままランが大きくうなずいていた。
「じゃあ私の憧れの人が神前の兄貴なんだね!もしかしてそのままラブラブに……」
そんな小夏の無邪気な言葉が響き渡るとアメリア、カウラ、かなめ、三人の女性の顔色が青くなった。そんな空気を完全に無視して小夏は誠の腕にぶら下がる。口元を引きつらせながらアメリアはそれを眺めていた。
「あ!そうだった!じゃあ台本書き直そうかしら」
そう言ってアメリアがかなめの手から台本を奪おうとした。かなめは伸ばされたアメリアの手をつかみあげると今度は小夏の襟をつかんで引き寄せた。
「おい、餓鬼は関係ねえんだよ……ってカウラ!」
小夏の言葉にいったん青ざめた後に、頬を真っ赤に染めて誠を見つめていたカウラがかなめに呼びつけられてぼんやりとした表情でかなめを見つめていた。
「オメエが何でこいつの彼女なんだ?」
かなめがカウラを指差した。誠は台本の役の説明に目を落とした。誠は一瞬、文字の並びを見間違えたのかと思った。だが、何度見てもそこにはそう書いてあった。
『焼鳥屋『月島屋』の看板娘・家村小夏……台本上の役名は『南條小夏』……『南篠』いかにもアメリアさんが好きそうなキャラ設定だな。そしてカウラさんが『南條カウラ』、ヒロイン『南條小夏』の姉。まあ、無難なところだろ。アメリアさんはカウラさんには絶対に活躍させたくないだろうからいても居なくてもいい役を振ったんだな。そして、『南篠小夏』の父、『南條新三郎』の先妻の娘。って設定細かすぎ。腹違いの姉?2時間の映画でそれを説明……たぶんできないな。それとも本気でシリーズ物にでもするつもりか?それでカウラさんの役の『南篠カウラ』は大学生であり自宅に下宿している苦学生『神前寺誠二』と付き合っている……これってもしかして僕の役?僕がカウラさんの彼氏役?この設定……日野少佐は知ってるのかな?知ってたらあの人キレるぞ。それに西園寺さん……まあ、あの人は単純だからアメリアさんの口八丁で何とでもなるだろう』
誠は台本の配役の欄を見ながらそんなこと考えつつ自然と誠の目がカウラに行く。カウラもおどおどしながら誠を見つめた。まるで自分が悪いことでもしているかのように、カウラは落ち着かない目で誠を見返した。
「アメリア。さっき自分が神前の彼女の役やるって言ってなかったか?何を気を使ってるんだ?全権を握っているのはオメエだろ?そんな暴挙に出ればすべてをアタシが破壊する口実が出来たのに」
大声で叫ぶかなめに長い紺色の髪の枝毛をいじってアメリアは無視していた。
「そうよ、そのつもりだったけどどこかの素直じゃないサイボーグが反対するし、どうせ強行したら暴れるのは目に見えてるし……誠ちゃんがまた頭を強打したら大変だし……」
とりあえず色気の無いカウラを誠の彼女役にしておけば問題ないと言うアメリアの計算に誠はあきれ果てていた。
「おい、誰が素直じゃないサイボーグだよ!」
叫ぶかなめを全員が指差した。ランに助けを求めようとするが背の低いランはかなめの視界から逃げるように動いた。
「神前!テメエ!彼女持ちなんてこの恋愛結婚率0.01パーセントの国で大層なご身分じゃねえか!」
かなめは何を言ってものらりくらりとかわして来るアメリアではなく標的をいつもアメリアの台本でエロゲームのキャラデザインをしている誠に向けてきた。
「なんで僕なんですか!西園寺さん八つ当たり先として僕を利用するのはいい加減止めてください!」
いつもストレスのはけ口にされている誠はずるずると後ずさった。かなめはアメリア達から手を離してそのまま指を鳴らしながら誠を部屋の隅に追い詰めていった。
「オメエがはっきりしないからこうなったんだろ?責任とってだな……」
そこまで言ったところでかなめの動きが止まる。次第にうつむき、そのまま指を鳴らしていた手を下ろしてかなめは立ち尽くした。
「あ、自爆したことに気づいたね。それにしても誠ちゃんがなにすればかなめちゃんは許すのかなあ」
小声で小夏がランに話しかけた。その間にも生暖かい二人の視線に目が泳いでいるかなめが映っていた。
「そうだな……なんだろな」
「本当に素直よねえ、かなめちゃんは。だから面白いんだけど」
かなめは何か言い返そうとして、しかし言葉が出なかった。
次の瞬間、台本がアメリアの顔面へ飛んだ。
「まったく!やってられるかよ!」
そのままかなめは走って部屋を飛び出していった。
「あーあ。怒らせちゃった。どうするの?アメリアちゃん。このお話、かなめちゃんの役はやっぱりかなめちゃんじゃないと似合わないわよ?かなめちゃんをなだめなきゃ多分この作品は間違いなく失敗するわね」
駆けつけたサラの言葉にアメリアは台本をぶつけられて痛む頬をなでながら苦笑いを浮かべた。
「市からの委託事業の一つだからな。一応これも仕事だぞ。神前、迎えに行け」
小さな魔女の姿のランがそう誠に命令した。小悪魔チックな少女が軍の制服の誠を見上げて命令を出すと言う極めてシュールな絵に見えたが、誠には拒否権が無いことに気づいた。




