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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と魔法少女  作者: 橋本 直
第十一章 『特殊な部隊』と我儘姫

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第37話 医務室から始まる悪い予感

 誠が意識を取り戻してまず見上げた天井は、ただ白く、何もない天井だった。そこは『特殊な部隊』の医務室のベッドの上だった。


 さっきまでの発泡スチロールの屑と黄色い歓声の世界が嘘のように、医務室は静かだった。

挿絵(By みてみん)

「大丈夫か?当たったものから考えれば大丈夫だと考えるべきなのだが……しかし、非番の日に医務室に運び込まれるなんて正直洒落になってはいないぞ」 


 のぞき込んでいるのはカウラだった。半分呆れたようなその表情に誠は照れ笑いで返した。


「みなさん来てください!誠さんが起きましたよ!」


 看護師のひよこが医務室の奥へ声を張る。


 誠は首に違和感を覚えながら、ゆっくり身を起こした。


 首を少し動かすだけで、筋に鈍い痛みが走った。


「首やっぱり痛みます?軽い捻挫だと思いますけど無理はしないでくださいね。頭の方は大丈夫そうなので、隣の工場の病院で検査する必要までは無さそうです」 


 そう言うひよこの表情は諦めにも近い顔をしていた。


 白い机の上には医療用の記録端末と、法術論文の束、その脇に場違いなくらい可愛らしい表紙のポエムノートが並んでいた。


「僕は……どうしてここに居るんでしょうか?なんだか前後の脈絡が良く分からない……というか衣装づくりを見ていたはずですよね?僕達は。それがなんで僕が何かで頭を強打して気絶するという展開になるんですか?僕は何か悪いことでもしたんですか?」 


 誠は飛んできた茶色い巨大な塊に押しつぶされて意識を失ったことを思い出した。


「アメリアさんが衣装の骨格に使うとか言って、巨大な発泡スチロールの塊を買い込んで運航部の隅に並べてるんです。それが珍しかった西園寺さんが、遊び始めて……。当たったのが発泡スチロールの柱だから大事にはならなかったですけど、誠さんももう少し危機感を持ってください。もっと緊張感を持っていないと戦場では命とりですよ?」 


 ひよこが苦笑いを浮かべながらこぼした。最近わかったことは予算の都合で医師は隣の工場頼みで専任の医師がつかないことがひよこには不満のようだった。


 誠が『光の(つるぎ)』を使って法術の存在が公のものとなって以来、彼女には看護師の仕事以外に法術関連の資料の収集や研究データの照合の仕事も割り当てられていた。


 運用艦『ふさ』には医師が常駐している。


 だがその男もまた『釣り部』の一員で、嵯峨の「釣りをしている時間を勤務時間に含める」という条件に釣られて志願した人物だった。


 当然、『釣り部』の勤務規則が適用されないこの本部に詰める気などない。


 時々、整備中に怪我をする整備班員達の世話ばかりでなく法術関連の資料の整理など、誠が来る前の体制とは全く異なる勤務に明け暮れるひよこには彼女が忙しくなるきっかけが自分であるだけに同情せざるを得なかった。


「湿布は……ここか。ひよこ、これを貼ればいいんだな?」 


 カウラは薬品庫を慣れた手つきで開けた。


「それにしても映画ですか……楽しみですね。どういうストーリーなんですか?子供も楽しめる作品にするとか言ってましたけど……アメリアさんに私の役を聞いたんですけど、アメリアさんは私には法術に関する最新の研究論文を隊長に説明するための報告書作成の任務とかがあるとか言って気を使っていただいて今回は協力しなくていいって言うんです……アメリアさんは本当に気が回る人なんですね。感謝です」 


 そう言うとひよこは席に戻って端末を開き難しそうな研究論文を解析する業務を再開した。


「そう言えばひよこさんには弟さんもいるんですよね?今回は魔法少女モノなんですけど……まあ、アメリアさんの作るものですから男の子でも楽しめる作品になると思いますよ」 

挿絵(By みてみん)

 首筋にカウラにシップを貼られてベッドから降りた誠はワイシャツの襟を握りながらそう言った。弟の話と聞いてひよこは難しい論文を読むのに飽きたというような顔で明るい笑顔を浮かべて振り向いた。


「ええ!作るのは子供向けですよね?楽しみだなあ……弟も連れてきていいんですよね?私のお給料では西さんみたいにゲームを買ってあげることもできないんで」 


 家族の話を振られてひよこがうれしそうに笑った。


「まあアメリアの作るものだから子供向けというより大きなお友達向けだな。あまり子供に勧めたい内容の物をあのアメリアが作るとは思えない。アイツには子供がいると聞いているが子育てをした経験はないからな。子供のことを考えるという発想はアイツには無いだろう」


 カウラの言葉にひよこは理解できないと言う顔で首をひねった。


「『大きなお友達』って言葉を時々あっちこっちで聞くんですけど、それってどういう意味なんでしょう?うちは貧乏なんでテレビが無いんです。そう言う言葉が有るのは知ってるんですけどその意味がいまいちわからなくって……」


 ひよこの一家はひよこの給料と母親の遺族年金で公団住宅で生活している。弟の学費もあり、決して豊かな生活とは言えないものだった。


「子供向け作品を、子供以上に熱心に見る大人の観客のことだ。 で、そういう層を狙った作品は、衣装や演出も『そっち寄り』になるまあ、あれだ。かなり大人の観客を意識した衣装の女性キャラクターが多く出てくる作品なんだ。あんな際どい衣装のキャラが沢山出て来る映画など子供に見せるものでは無い。残念だが、弟のためを思うなら今回の作品は弟には見せない方がいいと私は思う」 


 カウラはそう言いながら首をさらけ出す誠のどこに湿布を張るかを決めようとしていた。


「際どい衣装って……かえでさんの好きそうな衣装ですか?あの人、何度もそんな格好で外をうろついているところを警察に捕まってその度にクバルカ中佐が謝りに行ってるんですけど。そんなの上映して平気なんですか?去年がひどかったからってやりすぎですよ、それは」


 ひよこも常識人なのでカウラの言葉にすぐさま常識的な返答を返した。


「その点はアメリアも考えている……というか私が意地でもアメリアの暴走は止めてみせる。だが、アイツが台本を書く魔法少女を主題にした映画になるということは決まってしまったものは仕方がない。あとはアメリアの監督としての手腕と社会一般に許される常識を理解しているという前提で何とか……なるわけないな。と言うかアイツの作る映像の主たるものはアダルトゲームだからな。当然内容もその傾向が強くなる。困ったものだ」


 カウラもひよこにそう指摘されてしまうと、アメリアに常識的な展開を期待することを完全に諦めていた。


「何度も聞きますけど、去年のは受けなかったって聞いてますけど……カウラさんそんなにひどかったんですか?私は今年の4月に配属になったのでその酷い映画は見ていないんです。そんなに言いたくないほど酷かったんですか?お願いしますよ、教えてくださいよ、その内容」 


 ひよこも今年の春から隊の所属になった新人だった。それを見て誠は同意するようにうなずいてカウラの方に目をやった。


 そこまで言われると、逆に見てみたくなる。


 どこまで徹底すれば『そこまでつまらない映画』が作れるのか、作る側としては妙に気になった。


「そんなに去年のは酷かったんですか?」 


 追い打ちをかけるような誠の問いにカウラの顔が引きつった。乾いた笑いの後、そのまま目をそらして乾いた笑いを浮かべながら口ごもった後、ようやく話し始めた。


「確かに去年の作品はひどかった。我々の任務を映像化したわけだが……」 

挿絵(By みてみん)

 思い出すだけで胃が痛むのか、カウラの声は本気で重かった。


「まあつまらなくはなるでしょうね。訓練とかはまだ見てられますけど、東和警察の助っ人とか……もしかして駐車禁止車両の取締りの下請けの仕事とかも撮ったんですか?でも市の委託事業でしょ?しかも隊長はそんな依頼は受けたくない。だったら教育番組みたいな『お巡りさんのお仕事』的な作品を取ればそんなの学校の授業でもないと見たくないですからつまらなくなりますよね?」 


 誠がそこまで言ったところでカウラはしばらくためらった後、表情を押し殺した顔で誠に言った。


「確かにそれもほんの一瞬映ったが……内容の半分以上を火器管理担当の仕事だけに絞り込んだんだ。しかも長回しでそれを一時間半映した」 


 誠はしばらくそれが何を意味するかわからずにいた。


「それがどうして……」 


 そう言う誠を見てカウラとひよこは顔を見合わせた。


「連中は小火器管理を担当しているだろ?そしてうちの部隊の銃器の多くが隊長の家から持ってきた骨董品を使ってるわけだ。銃は動作部品の集合体で常に整備やメンテナンスが必要になる。ただ、そんなものを題材にすればミリタリーマニアが飛びついてきて大人気になるからそれはそれで隊長の意図するところではない。そこで隊長は、市の担当者への嫌がらせとして、アメリアに火器管理担当の業務の中でも一番退屈な部分だけを延々と流す作品を作れと命じたんだ」 


 そう言ってカウラは腰の拳銃を取り出した。M1911。二十世紀初頭にアメリカの銃器開発者ジョン・ブローニングが開発した商品名称『ガバメント』で知られた傑作拳銃だと銃にはこだわるかなめから聞かされていた。誠はベッドの横に置かれたジャケットと、その隣に下げられた自分のショルダーホルスターに目をやった。そこにあるのはモーゼルモデルパラベラムピストル。こちらにいたっては二十世紀初頭の名銃、ルガーP08のコピーである。


「さっきも言ったがが銃は動作部品の集合体だ。ちょっとしたバランスで誤作動を起こすからな。弾薬も使用する銃にあわせて調整したものが必要なんだ。特に貴様のモーゼルモデルパラベラムはかなり神経質な銃だ。弾薬も使用する銃にあわせて調整したものが必要なんだ。市販品の一般的な9ミリパラベラム弾を使おうものなら、かなりの確率で薬莢が割れたり引っかかったりする誤作動を起こすだろうな。神前も連中から同じ9ミリパラベラム弾を使用するアメリアのP7M13の弾と混ぜるなときつく言われているだろ?」 


 カウラはそう言うと誠のモーゼルモデルパラベラムを手に取りマガジンを抜いた。手にした弾薬を誠の前に見せ付けた。


「確かにあの人達に渡された弾の薬莢には必ず傷がありますね。これは市販の弾じゃないですよね?薬莢を再利用しているんですか?」 


 誠の目の前の弾丸の薬莢には引っかいたような跡が見えた。


「ああ、これは一回使用した薬莢を回収して雷管を付け直して再生したものだ。いわゆるリロード弾という奴だ。神前の銃を市販の同じ規格の弾薬で発射したらどうなるかは担当に聞いてくれ」 


 そう言ってカウラは再びマガジンに弾薬を押し込もうとするが、その強すぎるマガジンのスプリングでどうしようもなくなった。カウラはいったん手にした弾丸を誠に渡して力を込めて弾丸を押し、ようやく隙間を作って装弾した。


「もしかして……その弾と火薬を薬莢に詰める作業を、延々と?」


 誠がそう言いかけると、カウラは苦々しくうなずいた。

 

 誠はその映画の事を想像した。延々と続く薬莢を詰め替える作業。呆れ果てて出て行く観客。まさにそこは地獄絵図だろうと想像がついた。


「延々一時間半。薬莢に雷管を取り付け、火薬を量って中に詰め、弾丸を押し込んで固定する。それだけの作業を映し続けたんだ。観客はまるでベルトコンベヤーの前で仕事をするパート従業員の気分が味わえたことだろう。いくら無料でも、パート従業員は、そのことで給料が出るから、そこにいるだけで無賃金でそんなものを延々と見たがる人間がいるわけが無い」 


 カウラが苦々しげにつぶやいた。確かにそのような映画は見たくは無かった。しかも一応司法局実働部隊の仕事のひとつであることには違いないだけに誠も頭を掻きながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。


 観客席に座っていた者たちは、次第に自分が映画を見に来たのか、それとも工場実習にでも参加させられているのか分からなくなっていったことだろう。


「それは私も見たくないです。じゃあ、話題を変えて今年の映画の方に戻しましょう。聞いてなかったんですけど、そのテーマはどうなったんです?ファンタジーとか、弟が好きなんです!いくら際どい衣装が多くても、ファンタジー世界ならよくある話ですから!エルフとか出てきますよね?当然ここは東和で法術の国ですから魔法なんかも出てきますよね?たのしみだなあ……」 

挿絵(By みてみん)

 純粋無垢なひよこは嬉しそうに誠に尋ねた。


「確かに魔法は出てきます。魔法少女モノに決まったんですよ、アメリアさんが言ってた案が通ったんです。しかもアメリアさんの案だとかなりバトル系の色彩が強い作品になりそうです」 


 誠の言葉にひよこの目が点になった。


「クラウゼ中佐のアイディアが通ったんですね?うちは弟はサラさんのロボットものの方がよかったんですが……まあ、女の子向けと言うのもアリかもしれませんね」 


 ひよこは一言そう言ってため息をついた。カウラは黙ってマガジンをはずした誠の銃を点検していた。


「はあ、小夏ちゃんがヒロインでライバルがランさんだとか。それと、なんだか知らないけど、アメリアさんがロボットも出すって言ってましたから期待していてください」 


 誠の言葉にひよこは理解に苦しんでしばらく考えた。


「そう言えば、私は『釣り部』にうち専属のお医者さんが居るのでそちらに誠さんの法術能力のデータのやり取りをしているから聞いてるんですけど、『釣り部』の中に元映像作家だった人が居たような……本職は傭兵だったらしいですけど。多賀港で対テロ対策の警備任務や場合によっては艦内に侵入した敵部隊に対応する任務の人達の中にそう言う人がいたような気がしたんですけど……あの部署は元傭兵の人が多くて。元傭兵の人は大概戦いがあるとき以外の何かの職を持っているものなので、その人は映画関係の仕事をしていたとかいなかったとか……」 


 戸惑いながらひよこはそうつぶやいた。


「そんな人がいるんですか?『釣り部』に?確かに釣りって結構お金のかかる趣味ですからそれなりに色々手に職を持っている人も多そうですけど」 


 誠は『ありとあらゆる世界から釣りで人生を誤ったその道のプロ』が集まる艦船運航部こと『釣り部』の存在を思い出した。


「私も又聞きですけど傭兵だって戦争が無い状態でも暮らしていかなければならないですから。それに命を懸けてる釣りにどれだけの金がかかるか……それなりに稼げる仕事じゃないと生きていけないってことですよ……その人サイボーグらしいですから。義体の維持に結構お金ってかかるじゃないですか?保険が利く普通の人の体力しかない義体じゃなくて戦闘用の義体となると自費扱いになりますし。西園寺さんは甲武貴族のお金持ちだから別ですけどそんな傭兵の人は相当副業とかで稼ぎが無いととてもメンテナンス費用が稼げないみたいですよ」 


 カウラが誠の首に湿布を貼るのを見終わるとひよこはもう仕事をするのは諦めたというように端末の横に置かれたポエムノートに目を向けた。


「お二人ともまた西園寺さんを放置しておいたら大変ですからもう行っても大丈夫ですよ。半日くらいは首筋をひねってるんで多少の違和感はあるかも知れませんが私のヒーリング能力を使うほどは痛めていないので」 


 ひよこの言葉を背中に受けると誠はすばやく置いてあった勤務服の上着とベルトを手にした。


「あのーカウラさん……」


 誠の一言に納得したようにカウラは白い病室のカーテンを閉めた。


「ひよこ、何度も言っておくがアメリアの馬鹿が作るんだ。作品の内容については期待はするな。関わらなくって本当に良かったという作品が出来る事だろう」


 カウラは最初からアメリアが映画作りの中心になった時点ですべてを諦めていた。 


「違うベクトルで見に行きたくなくなる作品になるでしょうね、市民の人達には。一部のコアなマニア……アメリアさんのゲームのユーザーとかは見たがるかもしれませんが……私は見たくありませんが」 


 ひよことカウラが外で愚痴をつぶやいている間にジーパンを脱いで勤務服のスラックスに足を通した。急ぐ必要は無いのだがなぜか誠の手は忙しくチャックを引き上げボタンを留めベルトを通した。そして上着をつっかけて、ガンベルトを巻くと誠はそのままカーテンを押し開けてため息をついているカウラとひよこの前に現れた。


「お大事に」


 そう言うとひよこは机の上のポエムノートを手に外の景色を眺めていた。誠達はそのまま一礼して医務室を出ると一路アメリアとかなめが居るだろう運航部の部屋へと向かった。

挿絵(By みてみん)

 どうせろくなことにはなっていない。


 それでも行かないわけにはいかないのが、自分の損な役回りだと誠は思った。



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