第36話 制裁と改変の応酬
それまで静かにしていたアメリアが、満面の笑みを浮かべて歩いてきた。
アメリアは何も言わず、かなめと誠が覗き込んでいるモニターを一瞥すると、そのままキーボードを叩き始める。
画面に映し出されたのは、薔薇をモチーフにしたと思われる女性怪人だった。
両手は蔓のように伸び、全身は棘に覆われ、やたらとボディラインの出る全身タイツ姿。さらに頭には薔薇の花が咲いている。いかにも特撮モノに出てきそうな、典型的な『女性怪人』だった。
ひどく哀愁を漂わせる怪人の姿をかなめがまじまじと見つめた。
「おい、アメリア!それ誰がやるんだ?……絶対断られるぞ!まさか、アタシの怒りをもっと恥ずかしい格好で相殺しようって腹か?そんな手に乗るかよ!」
誠の首をギリギリとそのサイボーグの怪力で締め上げながらかなめは諭すようにアメリアに語りかけた。
「ああ、これはもう本人のOKとってあるのよ!かなめちゃん……自分の衣装がひどいひどいって言うけどこれに比べたらずっとマシでしょ?だったら納得してあの格好しなさいよ!これは監督としての命令!私の命令は絶対!分かった?」
何を根拠にしているのかよくわからない自信に支えられてアメリアが笑った。呆れて手を離したかなめから解放されて、誠は冷や汗をかきながらもう一度アメリアの指差す画面を覗き込んだ。そこにはほぼ全裸の薔薇の女怪人が映し出されていた。誠が冗談で描いた怪人キャラの中でも一番恥ずかしそうなものをアメリアはチョイスした様だった。
「これ、配役は月島屋の女将さん……つまり小夏ちゃんの母親ですよね?僕は冗談のつもりでデザインしたんですけど……本気でそれを使うつもりですか?正気ですか?アメリアさん。こんなの、市の人が見たら一発アウトでしょ?」
誠は恐る恐るそう言ってみた。その言葉にかなめももう一度モニターをじっくりと見始めた。両手からは鞭のような蔓を生やし、緑色の甲冑のようなものを体に巻いて、さらに頭の上に薔薇の花のようなものを生やしていた。
「おい、冗談だろ?小夏のかあちゃんがこれを受けたって……本人がOKしても小夏が断るだろ。アタシだってお袋がこんな格好して映画に出るなんて言ったら止めにかかるぞ……というか泣くぞ?」
かなめはそう言うと、再び『怪人薔薇女』とでも呼びたくなるようなコスチューム画像を、しげしげと眺めていた。
「そんなこと無いわよ。小夏ちゃんには快諾してもらっているわ、本人の出演も含めて。『うちのお母さんがノリノリなら別にいいよ』って感じだったわよ。小夏ちゃんが主人公だって言ったら全部任せるからよろしくねってことだったし」
そのアメリアの言葉がかなめには衝撃だった。一瞬たじろいた後、再びじっと画面を見つめた。そして今度は襟元からジャックコードを取り出して、端末のデータ出力端子に差し込んだ。かなめは普段、こういう『脳直結の小細工』を嫌うはずなのに脳に直接リンクしてまでデータ収集を行う姿に誠もさすがに呆れざるを得なかった。
「本当に疑り深いわねえ。まったく……!」
両手を広げていたアメリアの襟首をかなめが怒りに任せて思い切り引っ張り、脇に抱えて締め上げた。
「なんだ?北里アメリア?小夏の中学校の先生で……カウラと誠をとりあっているだ?結局一番普通の役は自分でやろうってのか?人には女怪人だのビキニアーマーだのさせといて、自分だけ眼鏡の先生役か?ふざけんな!テメエは『ラスト・バタリオン』だ!普通の人間より頑丈に出来てる!多少痛めつけても死にはしねえだろ……これからその身勝手にアタシが制裁を加えてやる!別に文句はねえよな?アタシも元プロのSMの『女王様』だ。どのくらい痛めつけたら客が引くかは心得てる……タダで良い思いが出来るんだ。感謝しろ」
かなめはアメリアの頭を右わきで抱えてギリギリと締め上げた。
「ちょっと!待ってよかなめちゃん!そんな……痛い!『ラスト・バタリオン』は隊長やランちゃんや島田君のような一部の遼州人と違って不死人じゃないから死ぬのよ!無茶をしたら。そんなに力を入れたら……痛い!痛いって!」
誠もカウラもかなめがそのままぎりぎりとアメリアの首を締め上げるのを黙ってみていた。
「僕は助けませんからね。アメリアさん、調子乗りすぎですよ。ここまで来たらデザインした僕でも責任は取れません」
明らかにやり過ぎと分かるかなめの制裁だが、誠には自分勝手を繰り返すアメリアを助けるつもりは無かった。アメリアがかわいそうだとは思わなかった。むしろ、ここ数日自分が振り回され続けたことを思えば、少しは締め上げられて当然だとすら思えた。
「アメリア……自業自得だな。西園寺、気のすむまでやっていいぞ。神前の恋人役など私にはまだ早い。そう言う意味でも徹底的にやってくれ」
あきれ果てた誠とカウラはアメリアがかなめにヘッドロックを掛けられている様子を黙って見守っていた。咳き込みながらも、アメリアの目だけはまだ死んでいなかった。
こういう時に折れないからこそ、厄介なのだと誠は改めて思った。
「なんでよ誠ちゃん!カウラちゃん!助けてくれてもいいでしょ!この人でなし!うっぐっ!わかった!かなめちゃん!わかったから!」
そう言うとアメリアはかなめの腕を大きく叩いた。それを合図に、かなめがアメリアから手を離した。そのまま咳き込むアメリアを見下ろしながらかなめは指を鳴らした。
「おう、わかったか。人がどんなに恥ずかしい気持ちかわかったみてえだな?それでどうわかったのか聞かせてくれよ。オメエとアタシの役を交換するか?それともアタシの衣装のデザインを大幅に変更するか?どっちか選べ」
かなめはそう言うと青くなり始めた顔のアメリアを開放した。誠とカウラは画面の中に映るめがねをかけた教師らしい姿のアメリアを覗き込んだ。自分で人を弄るのは好きだが、自分が弄られる側に回るのは我慢ならない。その単純明快な怒りが、今のかなめを突き動かしているように誠には見えた。
「でも……そんなに長い尺で作るわけじゃないんなら別にいらないんじゃないですか?アメリアさんのキャラ。魔法少女モノに学校は必要不可欠ですが、先生に焦点を当てた魔法少女作品なんて聞いた事が有りませんよ。そもそもアメリアさんのキャラは事前の打ち合わせ通りAIでデザインしたキャラに自動で演じさせれば済むんじゃないですか?」
誠は正直モブキャラに過ぎないこのアメリアのキャラは要らないと思った。
「そうだな、別に学園モノじゃないんだから、必要ないだろ?少女だから学校に通っている設定の為だけに存在する存在だ。ストーリー上の必要性はゼロだ。そもそもそんなキャラクターをわざわざ人が演じるものなのか?エンターテイメント系の技術はこの20世紀末の世界が永遠に続くと思われている東和でも地球並の技術でコストカットしてその分を宣伝等に回していると聞くぞ。そうなれば一番先に切られる役がこの役だ。そんなものはAIにでもやらせておけばいい」
誠とカウラはそう言ってアメリアを見つめた。アメリアも二人の言うことが図星なだけに何も言えずにうつむいた。
「よう、端役一号君。めげるなよ」
がっかりしたと言う表情をアメリアは浮かべた。その姿を見てかなめはそう言って悦に入った表情でアメリアの肩を叩いた。
「なんだ西園寺。アメリアと役を交換するんじゃなかったのか?AIでもできる役なら貴様も気楽だろう。それを降りると真っ先に言いださないということは……もしかして……気に入っているのか?さっきの痛い格好。貴様はあの私が着るのをためらうようなボンテージ姿で変態マゾ男を痛めつけていくことに快感を覚える人間だったな。そう考えればあの格好を受け入れるのも当然の結論なのかもしれない」
今度はカウラがかなめをうれしそうな目で見つめた。
「別にそんなんじゃねえよ!それよりかえではどうするんだよ……あいつは出るんだろ?オメエの配役だと今回の悪の首領的立場だろ?アイツにはどんな恥ずかしい格好させるんだ?アイツは恥ずかしければ恥ずかしいほど喜ぶから存分に恥ずかしい格好をさせちゃってくれ。と言ってもアイツは自ら衣装が恥ずかしい格好じゃないと文句をつけて意地でも恥ずかしい格好にしたがるからな。その点はどうするんだ?監督殿」
かなめはアメリアに向って無責任にそう言った。 布の裁断音、発泡スチロールを削るざりざりした音、時折上がる黄色い歓声。
巡洋艦級運用艦のブリッジクルーの詰め所とは思えない空気が、部屋を満たしていた。
「あ、お姉さま!いらしてたんですね!僕ならここにいますよ!」
部屋の隅、部屋の隅では、運航部の隊員と一緒に型紙を作っているかえでとリンの姿があった。二人は別に服を脱いで変態行為にふけっている訳でもなく、ごく普通に針作業を進める運航部の女子隊員を補佐するべく細かい鎧のような衣装の部品を取っては渡すというような作業に集中していた。
「かえで……妙になじんでるな。まあかえでが女学校時代はいつもあんな感じで女子に囲まれて暮らしてたらしいからな。まあ、そこではそんな女にことごとく手を出して修学院女子高等部に進学できなくて自由がモットーの本来武家貴族のお大名の野郎が通うそもそも殿上貴族の子弟なら男女関係なく受け入れる高等予科学校に進学したんだから当然と言えば当然か。普段は平然を装って、心が動いたところで行動に移す。それは昔からか……まあ、これまでこのアメリアの部下達に手を出さなかったことだけは褒めてやる。だが、オメエの悪行はアメリアを通じてここの全員に知れ渡っていたからな」
あまりにもこの場の雰囲気になじんでいるかえでとリンの姿にかなめはため息をついた。同性キラーのかえでは配属一週間で運航部の全員の胸を揉むと言う暴挙を敢行した。相手が男性隊員なら、階級に関係なく『軟派野郎』へ制裁を加える島田にぼこ殴りにされるところだが、同性そしてその行為があまりに自然だったのでいつの間にか運航部にかえでとリンが常駐するのが自然のように思われるようにまでなっていた。
かえではいつもの貴族趣味を封印してまるで仕立て屋の下働きのような作業を嬉々として行っていた。それに無表情でリンは従っている。
「かえで、本当に楽しそうだな。まあ、かえではどんなに恥ずかしい格好をさせられても気持ちよくなる変態だからな。まあ仕方がねえだろうな……今作ってるアタシの衣装より神前のキャラ設定の段階で数段恥ずかしい格好がアイツを待っているからな……それがアイツには快感なんだろうけど」
呆れながらかえで達をかなめは見つめた。誠とカウラは顔を見合わせて大きなため息をついた。運航部の女性隊員達がかえでの一挙手一投足に集中している様を見ると二人とも何も言い出せなくなった。
「アメリアさんはいるか?」
ドアを押し開けたのは島田だった。
「なに?ちょっと忙しいんだけど、私の案に一々文句を言って来るかなめちゃんの愚痴を聞き続けるせいで」
部屋で一人わめき続けているかなめを指さしてアメリアはそう言った。
「こいつのせい?全部自分で撒いた種だろうが!」
怒りに震えるかなめを指差しながらアメリアが立ち上がった。
「情報将校達が用事だって。なんでも今回の映画で色々機材の調達について話したい事が有るんだと。連中、アメリアさんの望んだ機材を全部抑えたそうですよ。でも、こんなことで俺が稼いだ『福利厚生予備費』を使うのは止めてくださいよね……まあ、アメリアさんに何を言っても無駄なのは分かってるんですが」
技術部の貴族階級と呼ばれている5人の情報将校達が画像処理を担当するだろうと言うことは誠もわかっていた。演習の模擬画像の処理などを見て『この人はなんでうちにいるんだろう?』と思わせるほどの見事な再現画像を見せられて何度も誠はそう思った。
「ああ、じゃあ仕方ないわね。とりあえず撮影機材の最新鋭のモノの実力を確かめる方が今の時点では重要だわ!かなめちゃん!あとでお話しましょうね」
アメリアはニヤニヤと笑いながら出て行く。だがかなめはそのまま彼女を見送ると端末にかじりついた。
「そうか、連中を上手い事使えばいいんだな……ストーリーを奴等を通じて改変する。連中は好奇心を満たすと称して色々悪事をしてそれをと公家にランの姐御に自慢してほとんどの悪事はアタシの知るところだからそれを外部に漏らすと脅せばいくらでもいうことは聞くからな。我ながら良いアイディアだ」
そう言うとかなめはすぐに端末を見つめてニヤリと笑った。彼女の目の前ですさまじい勢いで画面が切り替わり始め、それにあわせてにやけたかなめの顔が緩んでいった。
「何をする気だ?貴様のことだ、ろくなことをするわけが無い。そう言う意味ではアメリアと同類だ」
カウラの言葉にようやくかなめは自分が抜けた表情をしていたことに気づいて口元から流れたよだれを拭った。
「最新機材は地球のエンタメみたいにほぼAI管理のキャラを使って地球圏の『超富裕層』の見てくれだけが自慢で他に何のとりえもないセレブが自己満足だけの為に市民に強制的に見せてる映画と同じ技術で作られるんだろ?だったらそんなシステム系の技術者ならいくらでもアメリアの原案に対して技術仕様の確認が入ることになると思ってさ。そうなればすべての情報は電子化されているはずだろ?そうなればこっちも……」
かなめは手近にあった端末のジャックに首筋に指したコードをつなぐとにやけた顔で何かを始めたのが誠には理解不能な領域に達していた。
「なるほど、確かにAIがAIを管理する地球圏とは違い、東和ではAIは基本的に人間が管理する。そうなれば連中のようなシステム系の人間を使って差し替えで対抗するのか?西園寺にしては冴えたやり方だな。私も協力しよう」
カウラはそう言うとキャラクター設定の画像が映し出される画面を覗き込んだ。
「じゃあ、私はもう少し……」
カウラは自分の役のヒロインの姉の胸にカーソルを動かす。カウラのまな板の胸が誠の見ている前でみるみるそれなりに普通の胸へと変更されていった。
「カウラ。気にするのはまずそこか?やっぱり胸が無いのが気になるのか?」
生ぬるい視線をかなめが向けるのを見てカウラは耳を真っ赤に染めた。
「違う!空手の名人と言う設定がとってつけたようだから、とりあえず習っている程度にしようと……人の話を聞け!」
かなめはラフなTシャツ姿のカウラの画像の胸を増量した。画面には、かなめ級に盛られたカウラが表示されていた。カウラとしては『設定の整合性を取った』つもりなのだろうが、かなめから見ればどう見ても私情だった。
「これくらいで良いか?ちなみにこれでもアタシより小さいわけだが」
そう言ってかなめはにんまり笑った。かなめの顔を見た瞬間、誠は直感した。
ここにこれ以上いても、自分にろくなことは起きない。
誠はいたたまれない気分になってそのまま逃げ出そうと、じりじり後ろに下がった。誠は左右を見回した。とりあえず彼に目を向けるものは誰もいない。
誠はゆっくりと扉を開け、そろそろと抜け出そうとした。
「何してんだ、神前」
突然背中から声をかけられた。そこには島田がぼんやりと誠を見つめていた。
「ああ、島田先輩。僕はこの女子高の文化祭直前みたいなきゃぴきゃぴした雰囲気がちょっと居辛くて……僕の高校は都立の理系に特化した進学実験校だったんで女子がほとんどいない環境だったんで……」
誠はとりあえずこの学芸会のような部屋から抜け出す口実を考えていた。
「そうなんだ、でもそこに立っているのは危ないな」
島田はただぼんやりと誠に向けてそう言った。
誠が島田の言うことの意味が分からず立ち尽くしていると、突然、発泡スチロールの塊が頭を直撃した瞬間……誠の視界は闇に閉ざされた。




