第35話 現物化する悪夢
「西園寺。いくらなんでも貴様は強引すぎる。貴様の気持ちも分からんでも無いが、アメリアは悪気があってあの格好をお前にさせるわけでは無いんだ。これはあくまで映画作成の為だ。ただ、やりすぎなのは事実だから、貴様がアメリアに制裁を加えることは見逃してやろう。ただし、穏やかにやれよ。あくまで穏便にだ」
カウラはアメリアにじりじりと迫るかなめを見ながら、そう言ってカウラはなんとかその場をなだめようとした。
「分かってるよ……ってなんで神前までいるんだ?オメエは悪くねえだろ?全責任は監督である自分にあるってアメリア本人が言ってるんだ。アタシの怒りの対象はあくまでアメリアだけだ。オメエまで責任を感じる必要はねえだろ?」
アメリアの隣に誠が立っているのを見つけたかなめは不思議そうな表情で誠を見つめた。
「一応、デザインしたのは僕ですし。西園寺さんがそこまで嫌がるとは予想していなくて……少し責任を感じてます」
そんな誠の言葉を聞いてかなめがヘッドロックをかけた。
「おう、じゃあアメリアと一緒にオメエも責任取るためについて来い。痛い格好だったらアタシは降りるからな!それとかえでのおまけのリンはいっそのこと二人の望み通り全裸にモザイクってのはどうだ?それなら衣装を考える必要もねえしアイツも喜ぶ。オメエもデザインする手間が省けるから一石三鳥だ」
そう言ってかなめはずるずると誠を引きずって機動部隊の詰め所の出口に向かった。
「西園寺!いくら神前のデザインが気に食わねーと言っても殺すんじゃねーぞ!あと、日野と喧嘩してもオメーじゃ日野には勝てねーからその辺は理解しとけよー」
気の抜けた調子で、ランは相変わらず書類に目を通しながら、やる気無げに彼らを送り出した。そして三人が部屋を出て行くのを見てランは大きなため息をついた。
そんなランに見送られ、かなめに率いられた一行は運航部の部屋へと向かった。
遠慮なくかなめがその部屋の扉を開けた。
扉を開けた瞬間、誠は一歩だけ足を止めた。
布の匂い、段ボールの粉、発泡スチロールの白いかけら、女子隊員達の甲高い声。
そこに広がっていたのは、どう見ても司法局実働部隊の運航部ではなく、文化祭前日の女子校の教室だった。
「まったく、なんでこんなことになったんだ?こんなんだったら、去年みたいに『真実のドキュメンタリーを突き詰める』方向でよかったんじゃねえのか?劇映画なんざ……女学校の学園祭以来だぞ。もっとも、アタシは不良で知られてて、誰も関わろうとしなかったから一切関係なかったがな。連中は二十七世紀にもなって八ミリフィルムで撮るとか言い出すし、意味が分からねえから関わらずに済んでよかったと思ってたのによ。それよりなんでこの連中はこんなに楽しそうなんだ?いつもはあれほどアメリアのコントの衣装をいかにも嫌々作っている感じなのに……コントと映画って似たようなもんだろうが」
かなめは不機嫌そうにそうつぶやいてカウラに目を向けた。 カウラは初めて見る『文化祭的雰囲気』が理解できずに去年の作品を思い返すことに集中して目の前の現象を全く理解していなかった。
「去年のあれか?あんなものを観客に2時間も見せ続けるつもりか?あれは一種の観客に対する虐待だぞ?私はその虐待に関わりたくはない。多少物語という観客が喜ぶような要素があっても何も悪いことではない。市民に市の文化イベントに参加したい人間は多数いるがその予算製作過程で交わされた文書を全部見せられるというイベントが有ったら誰も客が来ない。そう言うことだ。それより私の目の前で繰り広げられているこの浮かれた状況について説明してくれ。私には理解不能だ」
愚痴るかなめをカウラが諭した。だがかなめは振り返ると不思議なものを見るような目でカウラを見つめた。
「去年のあれってなんですか?僕は去年の映画を見ていないんで分からないんですけど」
誠は着任が今年の夏なので、隊の皆が悪夢のように語る去年の『市案件映画』の内容を知らなかった。誠をじっと見つめた後、かなめの表情がすぐに落胆の色に変わった。そのまま視線を床に落としてかなめは急ぎ足で廊下を歩いていく。仕方が無いと言うようにカウラは話し始めた。
目の前では運航部の女子達の黄色い歓声と色とりどりの歯切れが飛び交う様が繰り広げられている。これはとても司法局の『実力実行部隊』のブリッジクルーで構成された隊員が勤務する職場としてはあり得ない光景だとしか誠には言えなかった。
「神前が知らないのも無理はないが、去年も、実は映画を作ったんだ。市の文化部の依頼でな。東和は何かというと『二十世紀日本の物真似じゃないか』と役所連中に批判されている。だから文化関係にはやたら予算をかけて、『東和らしい文化』を示そうと必死なんだ。当然、文部省の鼻息が届く範囲に市の文化部の連中もいる。だから東和の自治体は、文化振興にはかなりの予算を割いているわけだ。だから私達がここに来たってことで文化人として知られる隊長に連中は目を付けたんだ。それに対する隊長なりの回答が前回のアレだ。司法局実働部隊の活動、まあ市の方が期待してたのは災害救助や輸送任務とかの記録を編集して作った真面目なものってことだったわけだが……それも文化かと言われるとかなり疑問を感じざるを得なかったが、そこで描かれる人のつながりの大切さなどが文化的価値だと市は判断したんだろう」
カウラは明らかに気乗りしないと言う調子でそう切り出した。
目の前ではダンボールを切る女子隊員やなんでこんなものがあるのかよくわからない巨大な発泡スチロールの柱を運ぶ女子隊員が嬉しそうな笑顔で走り回っている。その様子をただ固まって見つめているだけの誠、かなめ、カウラの三人はやけに浮いていた。
「災害救助や輸送任務のドキュメンタリーなんて……軍の装備マニアの人は別としてなんだかつまらなそうですね。観客も見ていて退屈なんじゃないですか?そんなの見せられても」
誠のその一言にカウラは大きく頷いた。
「そうなんだ。とてもつまらなかったんだ。ただ、神前が考えている以上につまらない作品になってしまったのが問題だったんだ。そもそも隊長は市の文化部への嫌がらせをしろ、と隊長は制作責任者に任命した島田へ指示を出した。だから島田は部下に、これ以上ないほど退屈な技術部の仕事を二時間ぶっ続けで撮影し、編集も無しで流せと命じたんだ。アイツは役所とか警察とか権威には先天的に嫌悪感を感じるヤンキーだからな。まあ、そんなアイツが武装警察でその裏方の整備班長をしているという事実がそれ自体が異常とは言えるのだが」
カウラははっきりとそう言い切った。だが、誠は納得できずに首をひねった。
そんな内輪の会話を交わす誠達を無視して運航部の女子達は嬉しそうに衣装を縫う際に使うらしい型紙を切る作業を笑いながら行っていた。
「でもそういう『警察はこんなにも皆さんのために頑張っています』とか訴える広報系のものって普通はつまらないものじゃないんですか?小学校のころ全校集会で役所のお仕事とか近くの食品工場の缶詰の製造現場で働く人たちを描いた映画を見せられましたけどアレもつまらなかったですよ。区報の印刷のしているところとか、困りごとで相談に来た市民の人と話をしている場面とかを学校の授業の一環として1時間見せられるんですよ。本当にあれは退屈でしたから……行政のやる事なんてそんなもんじゃないですか?」
誠の無垢な視線にカウラは大きくため息をついた。彼女は一度誠から視線を落として段ボールや発泡スチロールのかすが散らかる床を見つめる。
「たぶん、神前の見た映画ではそれなりに退屈極まりない業務が世のため人のためになっているかという部分があって、その行政機関は子供たちもその時に出て来る役者やナレーターの演技で子供は騙せると踏んでいたんだろう。まあ、神前は騙されていなかったところから見てそれは無駄だったようだが。ただ、隊長と島田が意図したそれにはそんな視聴者へのサービスすら存在しない尋常ではなく徹底的につまらなかったんだ。おそらく神前はその映画のつまらなさのレベルをまだ理解していないようだ。あれは凄かった。見ていてこんなものを上映して良いのか私も不思議に思えたほどだ」
カウラは力強く言い切った。誠は一瞬その意味がわからないと言うようにカウラの目を見つめた。
華やかな女子達の声が時折落ち着くのはどうやらかえでが何やら口にした時だけらしいと誠はちらちら衣装の山の向うに見える独特の金髪の短髪を見ながらそう思った。
「そんなつまらないって言っても……想像がつきませんよ、市の広報映画よりつまらない映像なんて……普通映像を取る人なら見る人に何か得るものがあるように考えるものでしょ?僕だって絵を描くときはそう言うことを心得て描いてますよ」
誠はカウラがそれほどまで言う映画のつまらなさを想像することが出来なかった。
「まあ神前の言いたいこともわかる。だが、島田がアメリアの監修の下、隊長の指示で『もううちにこんなことを任せたくなくなるほどつまらなくしろ』ってことで、百本近くのつまらないことで伝説になった映画を研究し尽くして徹底的につまらない映画にしようとして作ったものだからな……ナレーター?そんなものをアメリアが『つまらなくしろ』と言われて作る映画に使うと思うか?場面説明?そんなもん楽しませるつもりのエンターテイメント映画だって十分破綻しているのがあるじゃねえか。だからそんなものは必要ねえってアメリアは判断してあの映画を撮ったんだ」
誠はそう言われると逆に好奇心を刺激された。だが、そんな誠を哀れむような瞳でカウラが見つめた。
「なんでもアメリアの言葉では『金星人地球を征服す』や『死霊の盆踊り』よりつまらないらしいって話だが、私はあまり映画には詳しくないからな。どちらも名前も知らないし……ああ、西園寺は戦争映画しか見ないし、神前はアニメか特撮しか見ないからどちらも知らないか。私も知らないがどんな映画か逆に知りたくなるくらいだ」
頭をかきながら歩くカウラ。誠も実写映画には関心は無いほうなのでどちらの映画も見たことも聞いたことも無かった。
「で、どうなったんですか?」
その言葉にカウラが立ち止まった。
「私にその結果を言えと言うのか?上映中、席を立つ客の足音だけがやけに印象に残っていた。そして映画が終わる頃には、会場には誰も残っていなかった。結果として映画終了後には観客は一人も会場に居なかった。あの虚しさは私には表現のしようがない」
カウラは今にも泣き出しそうな顔をした。
「あ、アメリア。帰ってきたんだ。それに西園寺大尉とベルガー大尉と神前曹長まで。みんな手伝ってくれるんだな。ありがとう」
これまで完全に部屋に居るのに無視されてきた誠達の存在に気付いたルカが両手に発泡スチロール箱を抱えていた。それを見るとかなめは駆け足で運航部の詰め所の奥の金色の見慣れた短髪が揺れている衣装の山の向こうに向けて駆けていった。カウラと誠は何がおきたのかと不思議そうに運航部の女性隊員達の立ち働く様を眺めていた。ルカが両手に抱え込んだ発泡スチロールの入った箱を持ち上げてドアの前に運んでいくのが見えた。
「ベルガー大尉。ちょっとドア開けてください。これを抱えたままだとドアの取っ手に手が届かないので」
大きな白い塊を抱えて身動き取れないルカを助けるべく、誠は小走りに彼女の前の扉を開いた。
「なんだよ!まじか?こんなの作ったのかよ!仕事が早いのは感心するが、どうしてこうなった!」
運航部の執務室の中からかなめの大声が響いてきた。誠とカウラは目を見合わせると、立ち往生しているルカをおいて部屋の中に入った。
誠はこれまで逃げていた目の前の現実にルカの声で引き戻されると改めて目を疑った。
運航部のオフィスの中はほとんど高校時代の文化祭や大学時代の学園祭を彷彿とさせるような雰囲気だった。女性隊員ばかりの部屋の中では運び込まれた布や発泡スチロールの固まり、そしてダンボール箱が所狭しと並べられていた。
誠はなんとなくこの状況の原因がわかった。
女子隊員の一人はチクチクと針仕事をしていた。統括管理者で副長を務めるパーラ・ラビロフ大尉と通信主任サラ・グリファン中尉、が仮装用のように見える材料を手に型紙を当てて裁断の作業を続けていた。
「ここは本当に巡洋艦級の運用艦のブリッジクルーで構成された部隊なのか?ここの隊員は全員が戦況を転換させるべく作られた戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』なのか?ある意味その事実がよりこの光景をシュールなものにしている。私も同じ『ラスト・バタリオン』だから学校とやらには行ったことが無いのでよくは知らないが、学芸会とやらを始めるみたいだな……アメリアもよくこんなに準備よく段取りを仕込んだものだ」
思わずカウラがつぶやいた。彼女達は戦闘用の知識を植え付けられて作られた人造人間である。学生時代などは経験せず、脳に直接知識を刷り込まれたため学校などに通ったことのない。何かに取り付かれたように笑顔で作業を続ける彼女達の暴走を止めるものなど誰もいなかった。
そんなハイテンションな運航部の一角、端末のモニターを凝視しているかなめの姿があった。
「おい!神前!ちょっと面貸せ!降りるのは勘弁してやる代わりにデザインしたテメエにその責任を取ってもらう!アタシの気が済むように軍隊式の修正をしてやる!あのデザイン……こいつら、マジで立体化して、等身大の『悪の女戦闘指揮官』を実物で縫ってアタシに着せるつもりだ。そんな辱めを受けるアタシの気分が晴れるようにその原案を考えた人間なりの落とし前の付け方を学べ!人生には落とし前というものがある!ランの姐御がいつも言ってるよな?」
そう言って乱暴な調子でかなめが手招きした。仕方なく誠は彼女の覗いているモニターを見つめた。
その中には、いかにも特撮の悪の女幹部といったメイクを施されたかなめの姿が、立体映像で表示されていた。自分で描いた時は、あくまで絵だった。
だが、立体になって、しかも本気で作る前提で見せられると、話がまるで違う。
誠は初めて、自分がかなめに対してずいぶんとろくでもないものを描いていたのだと実感した。
「ああ、アメリアさんが作ったんですね。実によくできて……」
誠は自分のデザインが形になったことに満足していたが、その態度がかなめの気に障ったようだった。
「おお、よくできててよかったな!でもその原案考えたのテメエだろ?原画の際はそれほどでもないが立体化してこうしてみると完全に気が変わった!でもこれ……もうちょっとなんとかならなかったのか?アタシにこんな恥ずかしい格好をさせるなんてよく考え付くな!この変態!オメエに見せられたアニメにあった典型的なビキニアーマーじゃねえか!この運航部の部屋の女共は実際にこれを作ろうとしている!これを公衆の面前で晒すのか?アタシはかえでじゃねえんだ!大事なところがほとんど隠れてねえSM嬢時代のボンテージの方が、まだマシだ!」
かなめは怒鳴っていたが、その怒りの中に、本気で『これは嫌だ』という色が混じっていることくらい、誠にも分かった。
普段なら下着同然の格好で男子寮を歩き回る女が、ここまで嫌がるのだから、よほどなのだろう。
背中でそう言うかなめの情けない表情を見てカウラが笑っている声が聞こえた。誠は画面から目を離すとかなめのタレ目を見ながら頭を掻いた。
「でもこれ、アメリアさんの指示で描いただけで……。アメリアさん、ビキニアーマー好きなんですよ。僕がいくら露出度の低い案を出しても、OKくれなくて……」
誠の言葉にかなめは失望したように大きなため息をついた。
「ああ、わかってるよ。わかっちゃいるんだが……この有様をどう思うよ」
そう言ってかなめは手分けして布にしるしをつけたり、ダンボールを切ったりしている運用艦『ふさ』ブリッジクルー達に目を向けた。かなめを監視するようにちらちらと目を向けながら小声でささやきあったり笑ったりしている様もまるで女子高生のような感じでさすがの誠も思わず引いていた。
「ああ、一応現物を作っておいたほうが面白いとかみんなが言ったから……はまっちゃって。それに今年の冬のフェスとかには使えるんじゃないの?色々使いまわせる衣装を作るのも便利なモノよ」
にこやかに笑いながらのアメリアの言葉に誠とカウラは大きくため息をついた。だが黙っていないのはかなめだった。
「おい!じゃあまたアタシが冬のフェスの売り子でこのビキニアーマーを着て借り出されるのか?嫌だね!死んでも嫌だ!」
かなめがモニターを指差して叫ぶ。そうして指差された絵を見てカウラはつぼに入ったと言うように腹を抱えて笑い始めた。
「でも僕もやるんじゃないかと……ほら、これ僕ですよ。僕だってリアルにこんなもの作るとは思ってなかったんですよ……って言うか僕のデザインと変わってません?より恥ずかしくなってるような気がするんですけど……」
端末を操作すると今度は誠の変身した姿が映し出された。だが、フォローのつもりだったが、誠の姿はかなめの化け物じみた姿に比べたら動きやすそうなタイツにマント。そして誠のデザインには無かった明らかに戦闘には不向きなシルクハットを被っているのが誠の羞恥心を刺激した。ただ、ビキニアーマーに比べればとりあえず常識の範疇で変装くらいのものと呼べるものだった。これは地雷を踏んだ。そう思いながら誠は恐る恐るかなめを見上げた。
「おい、フォローにならねえじゃねえか!これぜんぜん普通だろ?アタシはこの格好なら豊川工場一周マラソンやってもいいが、あたしのあの格好は絶対誰にも見られたくないぞ!あんな格好で外を歩きたがるのはかえで主従ぐらいのもんだ!」
かなめはいつも寮では寮の男子の目を気にせずにほぼ裸で歩き回っているくせにビキニアーマーに強い拒否反応を示していた。
「それは困るわね!かなめちゃんにはあの格好をしてもらいます!私は監督です!監督の言うことは絶対なんです!」
腕組みしてかなめの前にアメリアは堂々と立ちはだかった。185cmの長身とそのモデルを思わせる迫力のあるボディーは明らかにこの場ではかなめを威圧するには十分だった。
とりあえずアメリアに気圧されたかなめはビキニアーマーの腹いせに軍隊式修正を誠に施そうと彼の襟に手を伸ばした。




