第32話 非番と言うことで
「なんだよ、サラ。来てたのか?まあ、神前の見た目がテレビに出て来る『中学校の給食』ってな感じの飯より旨そうだからな。飯にするぞ、神前。よかったじゃねえか、オメエの代わりに飯を作ってくれる人が居たんだ。オメエの寝坊はこれでチャラだ。サラには感謝しとけよ」
秋も深いというのに黒のタンクトップにいつものように愛銃スプリングフィールドXDM40を差してダメージジーンズと言う姿のかなめが頭を掻きながら現れた。サイボーグの彼女が零下20度でも活動可能な身体を持っているからこそ可能な光景なのだが、本人以外にはただ季節外れの寒そうな女子が歩いているようにしか見えないのをまったく気にしないのがいかにもかなめらしかった。彼女を見つけるとサラはすばやくかなめの手をとって潤んだ目で見つめた。しかし、サラは泣きながら、さっきまでの冷やかしを思い出したみたいに島田を見た。誠は意外にもサラには小悪魔的要素があるのではと直感した。
はじめは何が起きたのかわからないかなめだが、しくしくと泣きながらちらちらと島田を見つめるサラに少しばかり戸惑ったように島田に目をやった。
「おい、島田。なんかしたのか?せっかくのサラの飯に文句でもつけたのか?この彼女いる率ほぼゼロの国でそんなことをする奴は男の風上にも置けねえな!確かにオメエは以前もこの国の女子が自分を『モテない宇宙人』遼州人であるという呪縛からモテないと信じ込んでいる見てくれの良さそうな女に片っ端からナンパして食ってたって自慢してたもんな?その自慢話の詳細についてアタシからこの場でサラに聞かせてやってもいいんだぜ?どうするよ?」
かなめがきつい口調で島田を脅迫するように怒鳴りつけた。
「何もしてねえですよ!それに俺のヤンキー時代から大学時代は黒歴史と言うことで通ってるんですから!それにサラに何かするとしたら西園寺さんでしょ!いつも人を見ると怒鳴りつけて自分の責任を全部他人に押し付けて!俺が何をしたって言うんですか!証拠が有るなら見せてくださいよ!」
一度は威厳を持ち直したかに見えた島田だが、そんな言葉と共にかなめのタレ目に見つめられてはすべては無駄だったと言うように手にしていた竹刀を入り口の元の位置に置いた。整備班員は小声で囁きあいながら上官である島田の萎れた様を生暖かい目で見つめていた。
「まああのタコ明石が遼北の天才女性技術者相手に婚約する世の中だ。別にテメエ等が誰とくっつこうがアタシには関係無いしな。サラ、泣くなよ。あとで島田は締めとくから。島田は銃殺しても死なねえから頸動脈を死なない程度に三時間ほど絞め上げてやる。死んだら意識がなくなるから苦しみを感じないからそんなことをしても蘇る不死人の島田にするだけ手間だからな。そんなことよりまずは飯だ。出来ればこいつの分も」
そう言うとかなめは食堂の奥にしょんぼりとして座っていた誠の手を引いて食堂のカウンターに向かった。厨房にはサラとセットとでも言うように同じ運用艦『ふさ』の副長でアメリアの面倒ごとをすべて押し付けられている苦労人として寮生からは理解されているパーラ・ラビロフ大尉と珍しく普段は下宿をしている豆腐屋の仕込みを手伝っているのでこの時間に姿を見せることは少ない操舵士のルカ・ヘス中尉が味噌汁と鯖の味噌煮を盛り付けていた。
「そう言えば、今日は第一小隊は非番でしたっけ?どうするんですかねえ……非番だから休める……と行くと良いんですがね……。あのアメリアさんがそんな暇な第一小隊を放っておくと思います?あの人、何か理由を付けて早速映画の準備のために西園寺さん達に何か言ってきますよ。俺達は今度来る隊長の専用機がかなりの難物なんでそのことで手一杯なんですよ。そこまで俺は面倒見切れないですからね!」
今度は逆にかなめの足元をすくおうと島田が何か思うところが有るような口調で話を向けた。
「ああ、そうだな。今日はどうするか……なあ、神前。久しぶりにアタシもギターを弾きたくなってきたな。千要駅前のロータリーの所で一日中路上ライブと洒落込むか?一緒に付き合うよな?アメリアのお守りなんか誰がするか!テメエのケツはテメエで拭け!アタシの知ったことじゃねえ!」
ルカから鯖の味噌煮を受け取ってトレーに乗せたかなめが誠を振り返った。誠はかなめの胸の揺れから彼女がブラジャーをしていないことに気づいて頬を赤らめた。
「もし西園寺さんがそうするなら僕も付き合いますよ。僕は楽器は弾けないですけどサクラぐらいにはなるでしょう。僕も予定は無いですし……それに今のアメリアさんに関わるとどんな無理難題を押し付けられるか分かったもんじゃないんで……」
誠は通販で買った地球のイタリア製のイタリア突撃砲『セモベンテ』のプラモを作りたかったのだが、かなめに馬鹿にされるのは見えていたので言い出すのをやめた。
「西園寺さんと神前はアメリアさんを自由にさせておくわけですか……。本当にそれでいいんですかい?アメリアさんは今日出勤ですよ。あの人の事だ、また何をやらかすか分かったもんじゃないですよ……放置しておくと今日はその二人が居ないことをいいことに後々泣くような目に合わせるような西園寺さんの場合絶対に受け入れられない配役や、神前の場合はそれを着せられる本人から一生恨まれるような衣装のデザインとかさせられるんじゃないですか?それでも良いって言うんなら路上ライブも乙な物じゃないですか?まあ、整備班は何より本務であるシュツルム・パンツァーをいつでも稼働状態に持って行けるように仕上げるのが仕事であって、今回もそれを最優先にしろと言う隊長の言葉で今回の映画は出来れば協力してやれという程度の話しですから俺には全く関係の無い話なんですけどねえ」
島田は誠を見つめながらそう言った。その目はアメリアのお守りは誠の仕事だ、という意味を含んでいた。その同情がこもった瞳に誠は少し戸惑った。
「アメリアさんが出勤……あの人の事だ。まともに仕事をするわけがない。あの魔法少女のキャラクター原案とか言って色々面倒な設定のキャラを作りそうですね。そしたら僕がまたデザインをさせられるんだ……それに西園寺さん。また、西園寺さんもけったいな格好の敵役を押し付けられますよ!あの人はエロゲでもヒロインのライバルキャラにエグイ衣装を僕にデザインさせることは一度や二度じゃないですから!どんなデザインをあの人が考え出すか分かったもんじゃないですよ!」
すぐに誠は気がついた。今日は第二小隊が準待機で第一小隊は非番だった。運行部部長のアメリアが映画の筋を決めるとなれば、準待機と言うことで隊にいるだけで暇なかえでにアメリアは意見を求めるのは間違いない。かえでは真正の露出狂である。そのデザインセンスは当然誠にも予想がつく。
その結果、非番明けの誠達第一小隊、特に標的にされそうなかなめにはとても飲めないような衣装をアメリアとかえでがデザインしてきて誠にリアルに仕上げるように命令して来るのは確実だった。
「アメリアさん……絶対まともなストーリーなんて作る気無いんだから。せめて子供が見ても大丈夫な物語にしてくれると良いんですが……今日はアメリアさんが出勤。日野少佐が準待機。最悪じゃないですか。あの二人にかなめさんにかなめさんの許容できるようなキャラデザインを提案するような配慮が出来ると思います?特に日野少佐にはそもそも東和のわいせつ物陳列罪の理解がようやくできたレベルなんですよ?西園寺さん……どうするつもりですか?」
誠のその言葉に顔色を変えたのはかなめだった。手にしたトレーを近くのテーブルに置くとそのまま食堂を出て行った。
「それでお前はどうするんだ?どうせ絵を描くだけだから他人事だと言うことで済ませる気か?アメリアさんと西園寺さん。あの二人を一緒にしておくと何が起きるか分からねえぞ?アメリアさんが理屈をこねてそれを西園寺さんが腕力と銃でねじ伏せて……うちの寮のトラブルのほぼ100%があの二人絡みなんだ。その数が少なくて済んでるのはオメエが居るからだ。だからオメエがなんとかしろ。これは俺の舎弟であるオメエの義務だ!」
他人事のようにニヤつく島田の顔を見ながら誠は苦笑するしかなかった。考えてみれば昨日デザインした時点でかなりおかしな配役になることは間違いないと誠は思っていた。
魔法少女モノと言うことだったが、なぜか特撮モノのようなデザインの衣装を着ているキャラが多かったり、本当にこの人が出てきていいのかと思うようなキャラも数名思い出せた。首をひねりながらかなめのトレーが置かれていたテーブルの向かいに座った誠だが、そこに自室に向かう途中でかなめに捕まったアメリアが耳を引っ張られながら食堂に連れられてくるのが目に入った。
「なによ!みんな見てるじゃないの!それに痛いし!」
アメリアはかなめのサイボーグの腕力に耳を引っ張られる痛みに耐えながら食堂まで引っ張り込まれてきた。
「そんなことどうでもいいんだ!それよりオメエ何考えてる?今日何しようとしてた?下らねえことを考えてるなら今すぐここで吐け!どうせかえでには前もってアタシにどんな恥ずかしい格好をさせようかの悪だくみの前段くらいはしてるんだろ?正直に言え!」
かなめは顔を真っ赤にして怒りに震えてアメリアに迫った。
「良くないわよ!それに私は監督で全責任を負うのよ!その原案についても出来上がってのお楽しみってのもあるでしょ?そんなこと言えるわけないじゃないの!役者は監督の言うことを聞いて黙って演技だけしてればいいの!分かった?どんな衣装だろうと役者ならその魂をかけて演じて見せる!それが役者魂というものなのよ!」
かなめの手を叩いて耳を離させるとアメリアはそのまま廊下に消えていった。食堂の中の男性隊員はただなにが起きたかわからないと言うように口をあけたまま舌打ちするかなめを見つめていた。
「西園寺さん、さっきのはちょっとやりすぎだったような……あんなことされたら誰だってしゃべりませんよ。特に相手はアメリアさんですよ。あの人に暴力は逆効果ですし理屈では西園寺さんに勝ち目なんかないのは分かってることじゃないですか。それにアメリアさんは一度へそを曲げたら、口を割ることなんて絶対にありません!あの人が何か企んでいる時は今洗い場でサラさんと一緒に片付けものをしているパーラさんのように下手に出るしか手は無いんですよ!」
誠は立ち上がって誠の意見にうんざりしたような顔をしたかなめだった。しかし、誠の理屈はこれまでのアメリアの暴走パターンから言って当然至極と言えたのでかなめは立ち上がると去っていくアメリアを追ってり口に向かった。どうにかしろと言うような視線を島田が誠に投げてくるのが誠もどうすることもできずにそのまま食堂を出ていくかなめを見つめていた。
ただすぐにかなめは食堂の入り口まで戻ってくると視線を食事を終えた誠に投げた。
「なんだ?あ?神前はアメリアの……あのアホと露出狂のかえでに台本を公衆の面前で読み上げても平気だとでも言うのかよ。しかも子供が見れるようなものには絶対ならねえんじゃねえか?こんなことならかえでのお望みの実質ポルノに近いような濡れ場ありのベルばらの方がマシだったぞ!」
かなめは捨て台詞のようにそう言うと食堂を出て行った。その様子を見ながらそのまま何も言えずに誠と島田は目を合わせた。
「まあ、アメリアさんもあの人は東和に来てもう17年。しかもそう言うコンプラにうるさい放送業界に知り合いもいるんです。多少は常識がありますから。かえでさんの書くようなエロの面で危ない台本にはならないでしょう。それにかえでさんとリンさんの衣装のデザインも本人の希望を入れて際どくはしましたが、放送できないほどではないので安心してください」
疑い深そうな目で自分を見つめて来る島田に向けて誠は言い訳がましくそう言った。
そこにどうやらかなめとはすれ違ったようで制服姿に着替えを終えたアメリアが食堂に入ってきた。入り口でつかまれていた右耳を抑えて苦痛に顔をしかめていた。
「ああ、痛い。あの馬鹿力サイボーグには加減という言葉は無いのかしら」
一度はかなめから逃げたアメリアだが、タイミングを見計らったように朝食を食べに再び食堂に戻ってきた。一応、上司と言うことで明らかに渋々という表情で奥で洗い物をしてきたパーラが飛び出してきてアメリアの分の朝食が乗ったトレーを置いた。
「ああ、ありがとうね。ああ、パーラは今回は出番なしだから。まあその方が気楽でいいんでしょあなたは?」
早速味噌汁を啜りながらアメリアは隣でアメリアの食事を眺めている青いショートカットのパーラに向けてそう言った。パーラはどうせアメリアが関わるとろくなことに分からないと隊で一番よく分かっている人物だけあってその言葉に安堵の吐息を吐いていた。
そこにアメリアとすれ違って出会えなかったというようにかなめが怒りの表情で食堂に飛び込んできて優雅に食事を続けるアメリアの隣にパーラを押しのけて立った。
「アメリア。最初に確認しておくわ。オメエ等の『多少の常識』ってなんだ?登場人物はすべて18歳以上とか言うことか?観客は子供まで想定に入れてるんだぞ?そんなオメエ等の作る同人エロゲの常識が通用するか!アタシ等は映画を作るんだ。しかも良識のある人が見ても大丈夫と太鼓判を押してもらえるレベルじゃねえといけねえ!オメエ等がいつも作ってる年齢確認ができないと買えない同人エロゲとは話が違うんだ!今日はかえでは準待機だから隊にいるだけで何にもしていねえ。だからアイツは絶対にオメエにあの歪んだ美意識で意地でも台本をエロく改変しようとするのは間違いねえ!そうするとオメエは『面白ければそれで良い』ということでそれに乗る!結果トンデモナイ台本が出来上がる!おい……それが許されると思ってるのか?この東和は『法治国家』なんだ!」
かなめはアメリアがサバの味噌煮に箸を伸ばそうとするとそれを素手で奪って、明らかに苛立ちながら骨ごとバリバリ噛み砕いた。
「全員が18歳以上って……まあ、うちは実際最年少のアンが18歳だから本当にそうなんですけどね……ああ、ヒロインの小夏ちゃんが14歳でしたね。失礼しました」
そう言って全くかなめを無視することを決め込んでいるアメリアとそれが気に入らないかなめの間に流れる険悪な雰囲気をなんとかしようとする島田にかなめが汚物を見るような視線を浴びせた。
「あ、すいません」
島田もその迫力に押されて黙ってパーラの差し出した朝食の乗ったトレーを受け取り誠の隣に座った。
「じゃあアメリアさんについて行けばいいですね。どうせ暇だし……西園寺さん。アメリアさんの暴走を止めるにはもうほかに手段なんかないんですよ。常に監視していて僕がツッコミを入れ続ければアメリアさんはこれはボケなんだと理解して一般にも公表できるような台本を書いてくれると思います……西園寺さんもアメリアさんがキャラの衣装で西園寺さんの気に入らない指示を入れてきたらその度にアメリアさんを注意すればいいじゃないですか」
思わず誠はそう言っていた。かなめの顔が急に明るくなった。
「そうだな、神前。付き合えよ!それとカウラも連れて行けばなんとかなるだろ。アイツはこういう時は汚れを知らない常識人として役に立つ。価値判断の基準として使えるだろ?アイツが見てこれはまともで理解できるというのが世の中で許されているセクシーの限界だ。アイツの脳がオーバーヒートするような内容なら即座に修正すればいい」
簡単な解決策に気づいたかなめは機嫌を直した。そして今度は無視を決め込むアメリアからお茶碗を取り上げて、近くにあった割り箸を割って白米に取り掛かった。誠はようやく騒動の根が絶たれたと晴れやかに食堂を見回した。
その時不意に隊員達の顔が怪訝そうなものに変わった。誠はその視線の先の食堂の入り口に目を向けた。




