第29話 仲間に入れてもらいたい人
「よう!元気か?ちょっと気になって見に来たわ」
いかにも偶然を装うようにわざとらしく入ってきたのは小さい姐御ことクバルカ・ラン中佐だった。誠の隣に座るカウラは意外な登場人物に驚きの表情を浮かべていた。その反対側ではランの行動はすべてお見通しと、ランがこの飲み会に参加するために何か差し入れをしてくるだろうとみているようでかなめが舌なめずりをしながらランを見つめていた。誠にビールを注ごうとしていたアメリアも、完全にランの差し入れを期待しているようで、ランが背後に抱えている包みに目をやっていた。
「なあに?中佐殿もお仲間に入りたいの?隊では『下らねー!』だの、『アタシを巻き込むな!』だの言ってたくせに?それに最初は向こうの陣営につくとか誠ちゃんに言ってたらしいじゃないの?だったら月島屋に行って一緒にどんちゃん騒ぎをしてきたら?ランちゃんは島田君の保護者なんだからあちらの側に行くのが当然なんじゃないかしら?」
つっけんどんに答えるアメリアだが、ランはにんまりと笑うと後ろに続く菰田達に合図した。彼らの手には大量のピザが乗っている。さらにビールやワイン。そしていつの間にかやってきた島田を裏切ったらしい整備班員で野球部の急造キャッチャーこと大野が大量の茹でたソーセージを手に現れた。
大野の思惑はおそらくは野球部でかなめが最近次の正捕手のめどがついたと口にしているところから自分がいつレギュラーを外されるか分からないという危機感を感じて、基本何も考えていない島田よりも野球部監督として独裁を敷いているかなめが属するアメリア陣営についた方が野球部での立場が上がると踏んでいるようだった。
「なんだ。アタシも神前の絵とかでなかなか面白いものを作るじゃねーかと思ってな。それにアメリアはカラオケの度にアタシのツボを突いてくる。アタシ好みの『美空ひばりメドレー』をアタシの前で歌った女はオメー一人だ。そんなオメーを認めているアタシなんだ。アメリアなら今回の市の依頼にふさわしい作品を作れる違いねーと踏んだんだ。その見込みを込めてのアタシの配慮だと思ってくれりゃ、それでいー」
かなめやカウラやかえでの目がピザを見て瞬時に輝いた。食通のランが選ぶピザである。当然、大手チェーンのスラングになるような肥満体製造器に過ぎないピザとは違った、生地から具材まで徹底的にこだわったこの豊川付近でも数少ないピザ専門店の窯で焼いた生地に豪華なトッピングを乗せた本格的なピザだった。アメリアがもう宴会モードで言って良いということでこれ以上こき使われる心配はないと安心していたこちらも島田の無能に愛想をつかして寝返ったパーラはすでに一枚の車エビとアサリを豪華にトッピングした上にバジルを利かせたピザを自分用に確保していた。
「すみませんねえ、中佐殿。で?」
アメリアは相変わらず無愛想にランを見つめた。アメリアはこのランが下手に出ている状況を生かして何とか主導権を握り、今後の映画制作にあたってはランに多少の無茶をやらせようという魂胆見え見えでランに接していた。
「そのー、なんだ。アタシも仲間に入れてくれって言うかなんと言うか……それにだ!日野がこっちについたということはさっきアメリアが言ってたような日野による違法行為をアタシが見逃すわけにはいかねーからな。その監視だ!分かったか!」
その言葉が、明らかにカウラの隣に自然に座っている自分へ向けられていると気づいて、誠は冷や汗をかきながら下を向いて目を背けた。
そもそもランはかえでの法術師としての実力やシュツルム・パンツァーパイロットとしての実力は認めていたが、その変態性には常々誠にも苦言を言ってきたし、かえでがその露出行為や犯罪に等しい女性を誘惑してホテルに連れ込むたびに警察から呼び出されて揉み消しているランがかえでにいい感情を持てというのが無理な話だった。
そしてランに『漢』になるまで恋愛禁止を堅く誓約させられている誠にとってかえでの動画を見る行為は『漢』になるには程遠い行為だと誠も分かっていた。ただ、ランとのその盟約を軽く考えているかえでならすんなりと自分の行動を『許婚同士なら当然のこと』と口を滑らさない保証はない。
誠の背に寒いものが走る中、ランはアメリアに目を向け、かえではランが差し入れたゲルパルト製だと思われる本格的なサラミの乗ったピザに手を伸ばしているのが唯一の救いだった。
とりあえず食においてはランはかえでに自分の気に入ったそれこそ誠の目玉が飛び出すような高級店から庶民的な店まで決して秘密にすること無く惜しげもなく教えてそれを楽しみにしているかえでをその点だけは、ランもかえでを『西園寺と違って日野は味が分かる』と認めていた。
「その割にはなんだか知らないけどうれしそうですね、クバルカ中佐……中佐は『魔法少女』に憧れているんでしょ?変身……できないですものね?中佐は。でも映画の中ならそれが出来る。まあ、リアルの中佐をそのまま再現しちゃうと圧勝しちゃって物語が成立しないんで、かなり中佐の魔法少女はデチューンしますけど良いんですか?」
アメリアはそう言ってランににじり寄っていく。
「なんだよ、クラウゼ。気持ちわりーな。デチューン?ああ、よく島田が言ってる言葉だな。意味は分かる。確かにアタシより強いアニメの魔法少女はアタシも見たことがねー。そのくらいは飲む。まあ、それとなんだ……アタシもたまには一緒に騒ぎたくなることもある……たまには、な。……だからなー……頼むよ……」
ランはどうやらこの会はただ騒ぐためだけの会だと誤解しているようだった。
「でも、クバルカ中佐が来てくれて助かりました。僕の所に日野少佐が送ってくる動画を公表するなんてアメリアさんは言うんですよ。なんとかしてくださいよ」
誠は助けを求めるようにランにそう言った。
「おい、神前。それに日野。まず神前、オメーはその動画で性欲を満たしている訳か……そんな事じゃいつまでたっても『漢』にはなれねーな。それと日野。嫁入り前の女がいくら『許婚』とは言え人前に肌を晒すんじゃねー!神前も当然、そんなものに頼っているうちはいくら『許婚』とは言えかえでとの結婚もアタシは許さねー!神前、いつも言ってるだろ?『漢』になるには心を磨くことだ!そんな性欲に流されるような奴は『漢』じゃねー!『漢』とは背中で語れる存在だ!オメーの背中はただデカいだけだ。そんなんだったらアタシがタニマチをしている相撲部屋の三段目の弱い力士だって十分デカい!だが連中は弱いからその背中は何も語れねえ!勝負の世界、特に相撲の世界で一人前の関取と呼ばれるのは十両以上だけだ!それ以下の銭の取れねえ相撲しか取れねえ人間は所詮は相撲取り志願の素人の集団なんだ!銭が取れる相撲取りは一握り……そいつ等は『漢』だ。アタシはそこまでオメーには良く素質があると見込んでるんだ!だからそんなつまんねーもんで自分を貶めるんじゃねー!」
誠の一言は完全に藪蛇だった。ランは口を真一文字に結んで誠をにらみつけた。
「そんな……男だったら誰だって見ちゃいますよあの動画……それはもう凄いんですから……しかも男女関係は無しですよ。登場人物は全員女子ですから男女の関係を描いたものではないですし……」
なんとか言い訳をしようとする誠だが、語彙の少ない誠にランを説得する良い言葉など浮かぶわけも無かった。
「まあ、良いじゃないですか。クバルカ中佐もそんなに誠ちゃんを虐めないでくださいよ。神前先輩も男なんですよ。クバルカ中佐が来てくれるなら歓迎ですよ!コップとかは?」
誠をにらみつけて明らかに不機嫌になっているランにそれとなくちゃんとしたラン好みのお猪口を差し出したのはいつの間にかこの陣営に属していた『男の娘』のアンだった。今日は夜間中学の日で彼氏と甘いひと時を過ごすはずの日にこうしてここにアンが居る事はアンはまだ誠を諦めていないらしい。そっちの気のない誠は今更アンがこの場にいることに気付いて腰が引けた。
「クバルカ中佐のお酒ですね……一応、島田班長がこの部屋に置いている特級酒ですがよろしいですか?」
すっかり女装が板についた女の子らしいしぐさでアンは慣れた感じでお猪口を差し出すランに器用に一升瓶から酒を注いだ。隊員の私生活は面白がることはあっても一切口を出さない嵯峨と違って、実質上の隊のナンバーワンとしていくらでも口に出すランの態度に誠は肝を冷やしていた。そんなアンを見ながら紙コップからビールを飲んでいた誠に急にアンが一升瓶を手に顔を向けてきた。
「神前先輩!僕の酒を飲んでください!」
大声で叫ぶアンだが、彼は数人を敵に回したことに気づいていなかった。
「どけ!」
思い切ったようにそう叫んだアンを張り飛ばしたのはかなめだった。もうかなり出来上がって理性が飛んでいるのはかなめのたれ目を見れば誠にも分かった。そして誠の手のコップに珍しく自分のラム酒でなくビールを注いだ。
「いつもみたいにラムじゃねえんだ。今日はじっくり飲もうや……アタシにはビールは薄すぎて水にしか思えねえが、オメエにはこれがちょうどいいらしい。これは飲めるだろ?神前でも」
かなめは満足げな表情を浮かべた。そして誠がそのビールに目をやると、かなめは背後でビールを持って待機していたカウラを見つめた。カウラは明らかに失敗したと言う表情を浮かべていた。そして今度はかなめはアメリアを見つめた。その様子を横目で伺いながら、ルカ、菰田と言ったこの部屋に通いなれた面々が手際よく皿と箸とグラスを配っていった。
「みんな酒は行き渡ったかしら?」
あくまでも仕切ろうとするアメリアにつまらないと言った顔をするかなめは、必要も無いのにそれまでラッパ飲みしていたラム酒をグラスを手にしてなみなみと注いだ。
「えーと。まあどうでもいいや!とりあえず乾杯!」
アメリアのいい加減な音頭に乗って部屋中の隊員が乾杯を叫んだ。
「まあぐっとやれよ。どうせ次がつかえてるんだろ?アンには悪いがうちら『特殊な部隊』には神前に近づいて良い順番と言うものがあってな……第二小隊の面々はうちでも最下層……菰田以下の存在というわけだ。まあ、菰田は神前が嫌いだから菰田が神前に酒を勧めることは無いから永遠に順番は回ってこないということだがな」
かなめはニヤニヤと笑いながらかなめの次にカウラが注いだグラスを開けるべくビールを喉に流し込んでいる誠を見つめた。そしてその隣にはいつの間にかビール瓶を持って次に誠に勺をしようと待ち構えるアメリアが居た。
「はい!誠ちゃん」
アメリアは誠の空になったグラスにビールを差し出した。
「オメー等……またこいつを潰す気か?こいつはあんまり飲めねえのは知ってるだろ?確かにいつも潰れるのは西園寺がビールに混ぜ物をするのが原因だけどそれ以前にコイツの肝臓の性能はアメリア以下なんだ。その辺を理解しろよ」
本当に酒を飲んで良いのかと言いたくなるようなあどけない面立ちのランがうまそうに特級酒を飲みながらそう言った。見た目は幼く見えるが誠が知る限りランはここにいる女性士官では一番の年配者である。
「良いんですよ!こいつはおもちゃだから、アタシ等の!」
そう言い切ってかなめはそばに置かれていた元々何がトッピングされていたかが不明というようなほどに唐辛子の赤に染まったピザを切り分け始めた。
「マジで勘弁してくださいよ……ビールで腹がいっぱいな上にそんなものを食えとか西園寺さんは言うんですか?これは完全なハラスメントですよ!いい加減にしてくださいよ!」
かなめとカウラとアメリアに注がれたビールで顔が赤くなるのを感じながらそう言った誠の視界の中で、ビールの瓶を持ったまま躊躇しているエメラルドグリーンの瞳が揺れた。二人の目が合う。カウラは少し上目遣いに誠を見つめる。そしてそのままおどおどと瓶を引き戻そうとした。
「カウラさん。飲みますよ!僕は!」
そう言って誠はカウラに空のコップを差し出した。誠が困ったような瞳のカウラを拒めるわけが無かった。ポニーテールの髪を揺らして笑顔で誠のコップにビールを注ぐカウラ。その後ろのアンは喜び勇んでビール瓶を持ち上げるが、その顔面にかなめの蹴りが入り、そのまま壁際に叩きつけられた。
「西園寺!」
すぐに振り返ったカウラが叫んだ。かなめはまるで何事も無かったかのように自分のグラスの中のラム酒を飲み干していた。かなめも手加減をしていたようでアンは後頭部をさすりながら手にしたビール瓶が無事なのを確認していた。
「西園寺。オメーはなあ……やりすぎなんだよ!」
ランはそう言うとかなめの頭を叩いた。倒れたアンにパーラが駆け寄った。
「アン君……じゃあ氷取ってくるわね!アン君も大人しくしていて!少年兵だったんだからそれとない怪我が後々命取りになるのは知ってるでしょ?ここにはひよこちゃんはいないんだからかなめちゃんもいい加減にしなさいよ!」
こういう時は気が利くパーラはさっと立ち上がるとそのまま部屋を飛び出していった。
「大丈夫?痛くない?」
「ひどいな、西園寺大尉は」
飲み会とあってもいつも通りのトレードマークである医療用マスクを外さないルカに介抱されるアンに差し入れを運んできた男性隊員から嫉妬に満ちた視線が送られていた。誠はこの状況で自分に火の粉がかかるいつものパターンを思い出し、手酌でビールを注ぎ始めた。
「お姉さま。僕も今回はやっぱりかなめお姉さまが悪いと思います!アン、大丈夫そうだな」
「そうですね」
自分の味方になると思っていたかえでとリンが敵に回ったのを見てかなめは表情を曇らせた。かなめは苛立ちながら再びラム酒の瓶をあおった。
「よく飲むなあ……少しは味わえよ」
日本酒党でピザを肴にしてもそれなりに語れるだけの食通……というよりも一つの食材で一日語っても平気な存在であるランはキノコのピザを食べながらのんびりとした様子でこの騒動を見守るだけで口は出しても誠を助けるそぶりも見せない。
「うるせえ!餓鬼に意見されるほど落ちちゃいねえよ!」
ランから文句を言われているかなめだが、そっと彼女は切り分けたピザを誠に渡した。当然あの唐辛子で埋め尽くされた真っ赤に染まったテレビの激辛王番組に出てきそうなピザのひとかけらである。
「あ、ありがとうございます」
誠は受け取っていいものやらどうやら悩みながらもかなめの脇に常にぶら下がっている愛銃スプリングフィールドXDM40への恐怖からそう返した。
「礼なんて言うなよ。そのうちオメエが暴れだして踏んだりしたらもったいないからあげただけだ」
そう言うかなめの肩にアメリアが手を寄せてうなずいていた。その瞳はすばらしい光景に出会った人のように感嘆に満ちたものだった。
「なんだよ!」
「グッジョブ!」
思い切り良く親指を立てるアメリアにかなめはただそのタレ目で不思議そうな視線を送っていた。
「まったく何がグッジョブだよ」
誠は苦笑いを浮かべて注がれたビールを飲み干した。明らかに部隊で根を詰めて絵を描き続けてきた反動か、意識がいつもよりもすばやく立ち去ろうとしているのを感じた。そして誠はそのままふらふらとカウラを見つめる。その目は完全に据わっていた。カウラも少しばかり引き気味に誠を見つめる。ランは誠に哀れみの視線を送っていた。
「あーあ、なんだか顔が赤いわよ。誠ちゃんいつものストレスが出てきたのね」
アメリアはラム酒をラッパ飲みしているかなめを見つめてため息をついた。
「なんだよ、そのため息は。アタシになんか文句あるのか?」
「ここにいる全員が西園寺の飲み方に文句があるんじゃねーのか?それにそのピザ。アタシの差し入れを台無しにしやがって。そんな唐辛子どこにあったんだ?どうせ食堂から運んで来たんだろ?神前、食わねーで良いぞ。それはもう食いもんじゃねー。兵器だ」
開き直るかなめにランの一言突き刺さった。かなめは周りに助けを求めるが、いつもは彼女の言うことにはすべてに賛成するかえでもアンの介抱をしながら責める様な視線を送ってきた。
「ああ、いいもんね!私切れちゃったもんね!神前!こいつを飲め!」
そう言うとかなめは手にしたラム酒をビールだけで半分出来上がった誠の半開きの口にねじ込んだ。ばたばたと手を振って抵抗する誠だが、相手は軍用の義体のサイボーグである。次第に抵抗するのを止めて喉を鳴らして酒を飲み始めた。
「あっ、間接キッス!」
突然そう言ったのはアメリアだった。意外な人物からの意外な一言にうろたえたかなめは瓶を誠の口から引き抜いた。そのまま目を回したように誠は倒れこむ。その顔は真っ赤に染まり、瞳は焦点も定まらず、身体はふらふらと揺れていた。
「馬鹿野郎!神前を殺す気か?ちょっと起こせ!」
蛮行もここまで来るといじめだった。そう思ったランは手にしていたコップを置くと顔色を変えて誠に飛びついた。そしてランは平手で誠の背中を叩いた。
「西園寺!テメーは少し学習しろよ全く!神前、水でも飲むか!おい!そこの!神前が吐くかもしれねえからタライでもなんでももってこい!」
ランはサラを指さしてそう叫ぶ。驚いたアンは弾かれるように部屋を駆け出していった。
「おい、神前!しっかりしろ!まだ胃の中に酒はあるな……何なら吐くか?吐いちまえば少しは楽になるぞ」
そう言ってランは誠の口をこじ開け、無理やり手を突っ込もうとしたが、誠は抵抗して口を開こうとしなかった。




