第26話 こういう時カモにされる人
「アタシがどうしたんだ?神前も命が惜しければアメリアの下らねえおふざけを忠実に再現する必要はねえんだぞ?命が惜しければな……」
そういうかなめをアメリアがにらみつけた。そう言いながらかなめが脇に下げた愛銃スプリングフィールドXDM40を叩くのを誠は見逃さなかった。アメリアは誠が修正した設定画をめくってその中の一つを取り出した。
この段階になってもかなめがアメリアが自分を凝視している理由を理解していないことが誠には哀れに思えてきてかなめを見捨てて作業に集中することに決めた。
「それ、アタシのキャラか? 神前、今アタシを憐れむような目で見たな。しかもそのまま無視しただろ。そんなアタシの感想が欲しいか?アタシとしては別にって感じかな?アメリアのことだから完全にアタシへの嫌がらせの為だけにかえでを超えるアウトをボケとして投入して来ると思ったが……別に?非正規部隊時代に本職のSMの『女王様』時代にはもっと過激できわどい衣装を着てたアタシから言わせるとどうってことねえな。別に驚くほどのことじゃねえ。ただ、こんな格好で戦うという女を見て喜ぶ馬鹿が居る事が信じられないことくらいだ」
そんなかなめの言葉にアメリアは再び厳しい瞳を向けた。一方で、かなめの思いもかけない薄い反応で正気を取り戻して立ち上がったランが作業に集中している誠に縋りついてきた。
「アタシの格好……神前、直してくれよ……もう少しいかにも『魔法少女』って感じで……これじゃあ明らかに敵ってわかり切ってる格好じゃねーか。アメリアが言うには裏切ってヒロインと共同戦線を張るらしいが……それにしても気に食わねえ……もっとなんとかしろよ……」
だがすでにランは先ほどアメリアにちょっと持ち上げられて騙されたことにここでようやく気付いたようでその見た目通りの子供のような駄々をこね始めた。それをアメリアは満足げに見下ろす。
「なんだよ、アタシがテメーになんかしたんか?え?なんでアタシがこんないかにも悪そうな餓鬼みてーな格好しなきゃなんねーんだ?アメリア、アタシに不満が有るなら聞いてやる。言ってみろ。アタシがオメーに何をした?こんな罰ゲームみたいな恰好をアタシがしなきゃなんねー理由を教えてくれ」
ランは最後の抵抗を試みる。だがアメリアの瞳の輝きにランは圧倒されて黙り込んでいた。
「いえいえ、中佐。中佐はかわいらしいからこんな格好をお願いしたいんです。中佐の趣味が着流しに和傘を持って下町を歩くやくざ者と言うことは承知の上でお願いしてるんです。……それでついでと言っては何ですが、お願いがあるんですけど」
その言葉の意味はカウラとかなめにはすぐ分かった。かなめは携帯端末を取り出して、そのカメラのレンズをランに向ける。
カウラは自分が写らないように机に張り付いた。もう完全にカウラはこの場にいるだけの人になり切ることに徹していた。
アメリアはランを今回の選挙戦の目玉に据えてその魅力を引き出すために表情のサンプルを撮ろうとしているのであった。
「なんだ?」
携帯端末で自分を撮影しようとしているアメリアの迫力に気おされながらランは恐る恐る尋ねた。
「ぶっきらぼうな顔してくれませんか?一瞬で良いんです!そんな難しい話じゃないでしょ?お願いですから。ここは部下を立てると思って……笑顔や怒りに震える顔じゃなくっていかにも普段着で『この人が登場します!今は油断していますがやる時はやるんですよ!』的な感じを演出したいんで」
アメリアの突然の無茶な注文にランは呆然とした。
「何言い出すんだ?なんでそんな顔しなきゃなんねーんだ?その写真をどうしよーって言うんだ?アメリア、テメー何を企んでる……言ってみろ?その演出に何の得がある?そうすると選挙でサラに勝てるのか?それにそんな顔はしたくって出来る顔じゃねえ。オメー等が下らねえことをやりてーと言って島田が稼いだ『福利厚生予備費』の出費を頼むときにはそんな顔をするが、それは単なる偶然だ。それとアメリア、その顔、偶然で出る顔じゃねえだろ、それ」
ランは明らかに助けを求めるようにかなめを見つめた。かなめはただニヤニヤ笑ってランの困る様子を眺めていた。
「そうね、ちょっと難しい注文だったかも。じゃあかなめちゃんを怒ってください。いつもみたいに自然な感じで。これなら簡単ですよね?いつもやってることじゃないですか?それを写真に撮りたいんです。ここはぜひお願いします!」
ニヤニヤ笑いながらアメリアと端末のカメラを構えたかなめが明らかに狼狽えているランに近づいて行く。
「は?何言ってんだ?テメー等は?一体何がしてーんだ?そんな写真何に使う?アタシはオメーに協力する義務はねーぞ。部下を立てるって、そんなことしてテメーの何の役に立つんだ?アタシの怒った顔を見て誰が喜ぶんだ?それともアタシがこれまでオメー等の為を思って指導してきたたびにアタシが指導している間もオメー等はそんな好奇の目でアタシを見てたのか?」
突然アメリアに怒れといわれてランは再び訳がわからないという顔をした。
「あれですよ、その写真を参考に、誠ちゃんにキャラデザインしてもらう時に使うんですから。アメリアが怒れというのなら怒れば良いんじゃないですか?私の好きな台でもバトル系アニメの幼女キャラがフィーバー直前で怒りの表情に震えるシーンで確実に球を入れれば五連荘は固いって演出の台があります。別に減るものではないのでそれで良いのではないのでしょうか?」
すでにアメリアの意図を察している上でアメリアの狙いに否定的なカウラまでそう言いながら笑っていた。気の短いランは、周りから訳の分からないことを言われた挙句、レンズを向けてくるかなめを元から悪い目つきでにらみつけた。
シャッターの音がした。かなめはすぐ端末をいじってデータをアメリアに送った。アメリアは何度か端末を覗き込んだ後、満面の笑みを浮かべた。
「これ結構いい感じね。採用!誠ちゃん、今この画像送るから!女将さんのキャラデザインが終わったらルカがキャラの動画を作成しているから小夏ちゃんとの戦闘シーンのイラスト作ってね!それとこれまでルカが作った誠ちゃんのデザイン画を元にした動画の修正もお願い!期待してるわよ!」
アメリアは端末の画面を見て満足げに頷いた。
「なんだよ!いったい何なんだよ!神前!テメーもだ!戦闘シーン?なんで魔法少女モノに戦闘シーンが出て来るんだよ!魔法少女モノと言えば魔法で世界を平和にする穏やかな作品なんだろ?だったら戦闘なんて起きねーじゃねーか!」
ランはたまらずアメリアに詰め寄った。ランのイメージする魔法少女モノは日本の昭和の時代の典型的な少女向けの魔法少女アニメだった。
「ランちゃんそんなに騒がないでよ。静かにしてね!ここは職場だっていつもランちゃんがそう言ってるじゃないの!誠ちゃんの集中が途切れたら台無しじゃないの!」
そう言ってアメリアは誠を一瞥してランの唇を指でつついた。その態度が腹に据えかねたと言うようにふくれっつらをするランだが、今度はカウラがその表情をカメラに収めていた。
ランはただ自分だけがこの部屋でたった一人状況から完全に取り残されて遊ばれている事実にここでようやく気付きつつあった。
だが、かなめは笑っているだけだった。カウラは視線を逸らし、誠はペンを止めない。
この場に、ランを助ける気のある人間はいなかった。
「オメー等!わけ分かんねーよ!オメーの『魔法少女』のイメージはアタシのそれとは違いすぎる!まったくわけ分かんねーよ!」
ランは思い切り机を叩くとそのままドアを乱暴に開いて出て行った。
「もしかして、本気で怒らせた?」
アメリアはさすがに自分もやりすぎたと言う自覚が有るようで、少し控えめにそう言った。
「まあしょうがねえだろ。気の短いあのちんちくりんに理解できねえことを押し付けたんだ。怒らねえほうがどうかしている。とっとと仕事にかかろうぜ」
そう言うとかなめは誠の描いたキャラクターを端末に取り込む作業を始めた。それまで協力する気持ちがまるで無かったかなめだが、明らかに今回のメインディッシュがランだと分かると嬉々としてアメリアの部下を押しのけて画像加工の作業を開始するために端末の前に座っていた。
日頃、ランには一番怒鳴られる回数の多いかなめにとって今回はその鬱憤を晴らす最高の機会と言えた。
そんな騒動を横目に正直なところ誠はかなり乗っていた。
アメリア企画によるエロゲのダウンロード販売期日が迫っての追い込みの時にはアメリアから渡されるネームを見るたびにうんざりしていたが、今回はキャラクターの原案と設定が描かれたものをデザインするだけの作業で、以前フィギュアやプラモデルを作っていた時のように楽しく作業を続けていた。
「神前は本当に絵が好きなんだな。仕事をしている時よりも本当に生き生きしているように見えるぞ」
ひたすらペンタブを走らせる誠にカウラはそう言って呆れたように見つめた。だが、彼女も生き生きしている誠の姿が気に入ったようでテーブルの端に頬杖をついたまま誠のペンタブの動きを追っていた。
「なるほど、これがこうなって……」
ルカは端末に取り込んだ誠の絵を戦闘シーンの動画に加工する作業をしていた。アメリアのエロゲはアニメーションシーンが他との差別化のポイントだが、特にこういう戦闘シーンや日常シーンでの動画の滑らかさには定評があり、それを支えているのが普段は『走り屋』として峠を攻めている運用艦『ふさ』の操舵手であるルカ・ヘス中尉によるものだった。その器用に動画の動きをコントローラーで調整していく様子を楽しそうに見ているのはかえでとリンだった。
企画そのものはろくでもない。だが、キャラクターが形になっていくこの感覚だけは、誠には抗いがたかった。かえでとリンが感心する様を一瞥した後、今度はこれまで描いた絵への細部の修正業務を開始していた。
「そんなに見られると緊張しますね。興味があるのならやってみますか?結構コツが要るんで初めての人には難しいかもしれないですけど」
そんなルカの言葉に、かえでは首を横に振った。
「できないよ、僕にはこんなこと。それと……これ、もしかしてこれ、僕かな」
画面を指差して笑うかえでに思わず立ち上がったカウラはそのままルカの前の画像を覗き込んだ。そこには男装の麗人といった凛々しいがどこか恐ろしくも見える女性が映し出されていた。
「役名が……カヌーバ黒太子。アメリア。悪役が多すぎないか?悪役は全員今回で死ぬんだろ?そんなに死人ばかりだと市の担当者から文句は出ないのか?」
カウラの言葉にアメリアは一瞬天井を見て考えた後、人差し指をカウラの唇に押し付けた。
「カウラちゃんこれはあれよ……凛々しい悪役の女性キャラってそれだけで萌え要素なのよ!それに大丈夫!死人は意外と出ない予定だから!裏切りやフェイドアウトで終わるキャラがほとんどだからその点は気にしないで♪」
アメリアは自信を持ってその歪んだ趣向を吐露した。
「そんなやたらと敵キャラが裏切るとか敵キャラが生死不明で終わるアニメが好きとかお前の偏った趣味なんて聞いてねえよ。やっぱオメエは歪んでるわ。だからオメエのゲームの売り上げはいまいちなんだ」
かなめはアメリアがいつも自作の同人ゲームの売り上げが、人気絵師の誠を擁している割に今一つなのを愚痴っているのを聞き逃してはいなかった。
「そんなこと言うならかなめちゃんはちゃんと出番をたくさん用意するからがんばってね!今回も物語のキーウーマンはかなめちゃんなんだから!この映画の人気をかなめちゃんの演技でカバーしてよ、お願い!」
壁に寄りかかってぶつぶつとつぶやいているかなめにアメリアが笑いかける。かなめはその言葉に頭を抱えてしゃがみこんだ。
「ここにいるとろくなことになりそうにないな。ちっちゃい姐御の気持ちが良く分かったぜ。タバコ吸って来る」
思い直すような表情で立ち上がるとかなめはそう言い残して出て行った。カウラは追った方がいいのかと視線をアメリアに送るが、アメリアは首を横に振った。そしてかなめが放置していった端末を覗いたルカは手でオーケーと言うサインを送っていた。たまたま息抜きに頭を上げていた誠はかなめがなんやかんや言いながら仕事をしていたことに思わず笑みを浮かべていた。
「菰田君!そっちの宣伝活動はどうよ!」
アメリアがまず気になるのはサラの合体ロボの人気の状況だった。菰田の周りにはいつの間にかかえでのベルばら陣営に居た運航部の女子数名が菰田の指導の下電話攻勢にいそしんでいた。菰田はその様子を管理しながらサラの合体ロボ陣営が固めつつある票田の様子を端末で調べていた。
「ええ、まあうちの方の宣伝は順調ですね。あちらもうちと同じでサラさんの絵を使ってキャラクターの設定を始めたみたいですけど俺から見ても神前の奴よりかなり下手ですね。実際、東和陸軍の男性隊員の通信記録でこの件に関するものについてはこちらが有利になっているという傾向が見られます」
菰田は端末の画面とにらめっこをしてそうつぶやいた。
「ちょっと見せて」
アメリアはすっかりこの部屋の指揮官として動き回っていた。誠は再び頭を上げた。さすがに集中力が尽きてアメリアが菰田の端末の画像を見て悪い笑いを浮かべるのを見ながら首を回して気分転換をしてみた。
菰田の前の端末の画面には次々とサラデザインと思われる合体ロボお約束のパイロットスーツ姿の青少年や、敵キャラのデザインが映し出された。どれも誠のアシスタントをしているだけあって誠の絵柄とよく似ていたが、誠の見事なタッチに比べると劣化コピーと言う感じのものだった。確かにこのクラスの絵師なら世の中で絵が上手いと言われる人なら誰でもできるレベルだと見えたし、誠のデザインとは明らかに雲泥の差だとアニメの視聴者でもある誠には言えた。
「これなら勝てるわね。どんな素人が見てもどっちが上手いかなんてすぐに分かるぐらい差が有るわ。それにサラの絵柄は誠ちゃんの女性的なタッチと違って少年向けの絵柄だから。もしこれが遼州同盟加盟国縛りで遼北人民解放軍や外惑星社会主義共和国連邦軍みたいに軍の70%の兵士が『ラスト・バタリオン』という女性の多いところだと危なかったけど……東和軍は男性比率は80パーセント以上!逃げ切れるわよ!」
アメリアはそう言って勝利を確信した。確かに彼女が『東和限定』と言う設定に持ち込んだ理由が良くわかってきた。
「アメリア。貴様は隊長並みの悪人だな。勝てて当然の土俵を用意してから土俵に上がる。そうでなければそもそも土俵にすら上がらずに逃げて帰る。隊長がクバルカ中佐ではなく自分の後任に貴様を押す理由がこのことでよく分かって来た」
皮肉めいた笑みを浮かべながらカウラはアメリアを見つめつつそうつぶやいた。
遼北人民解放軍は敗戦国ゲルパルトから戦闘用人造人間製造プラントを接収しておりそこで製造される兵士は全員女性なので軍隊で女性の占める比率は70%を超えた。同じような事情の外惑星社会主義共和国連邦などでも60%は戦闘用の女性兵士である。そうなると明らかに男性読者がターゲットの誠の女性キャラの人気は落ちることになる。そうなればアメリアの思惑は大きく外れることになるところだった。
アメリアと運航部での彼女の部下であるサラとパーラやルカはその『ラスト・バタリオン』計画の産物だった。他にもカウラやかえでの部下の渡辺リンも同じように人工的にプラントで量産された人造女性兵士である。
先の大戦で作られた人造兵士達は技術的な問題から女性兵士が多く、司法局の配属の『ラスト・バタリオン』の遺産達もほぼすべて女性だった。自らも『ラスト・バタリオン』であり、その考え方を知り尽くしているアメリアに不敵な笑みが浮かんだ。
「サラ……残念だったわね……ここは東和。私達『ラスト・バタリオン』はあくまで社会の異物なのよ……その自覚があるかどうか……それがこのこの選挙戦の勝敗を決めるなんて社会活動が短いサラが理解するのは酷だったかしら?」
勝利を確信した笑みを浮かべてアメリアは菰田の端末に映し出される東和の軍や警察関係のどうでもいい私文の書き込みの中から今回の無意味としか思えない選挙戦に関するものを見て勝利を確信していた。




