第20話 勝てば官軍
ハンガー前には冬の鉄の匂いが漂っていた。
その空気の中で、アメリアだけが妙に上機嫌に見えた。
そのハンガーの前ではちょうど先に車を降りたアメリアが記入を終えた整備班のアンケート用紙をこういう時だけは妙に気が利く西高志兵長から、記入済みのアンケート用紙をまとめて受け取っているところだった。
「早いねえ、なんだ?組織票だな。恐らくは島田が部下を脅して書かせたんだろ。合体ロボと書かねえ奴は根性焼きを入れるとか言ってな。技術部、特に整備班は島田の支配する『ヤンキー王国』だ。奴の言うことは絶対。反論なんて一切不可能な世界だからな。奴がサラの味方をすると決めたら全員が従う。それがあそこのルールだ」
そう言うかなめの言葉に西は引きつった笑みを浮かべているとそこに島田が顔を出した。そしてそのままアメリアに挑戦的な笑みを浮かべて切り出した。
「ああ、アメリアさん。うちは全会一致でサラの案で行くことにしたんで。ロボはなんと言ってもうちの十八番ですんで。シュツルム・パンツァーなんていう人型兵器を扱ってるんだから当然でしょ?当然ロボを活躍させるのが一番のうちの宣伝になるってことになるんじゃないっすか?このテーマを並べてみたら出て来る当たり前の選択じゃないですか?そんな俺の意見に逆らう馬鹿な奴なんてうちには一人もいませんよ……チームワークと統率力がうちの自慢でね。残念でしたね、アメリアさん♪なんと言ってもうちは『特殊な部隊』一の大票田。多数決が民主主義の基本でしょ?」
いかにも強引に事を進める島田らしい良い笑顔を浮かべる島田に誠は言葉が無かった。一方のアメリアはいつものアルカイックスマイルを崩すことが無かった。その様子が島田の気に障ったようで島田はさらに言葉を重ねた。
「アメリアさん。いい加減に負けを認めてくれませんかね?みんなで決めたんならそれに従う。当たり前の話ですよね?」
きっぱりとアメリアに嫌味たっぷりの笑顔でそう言うと島田は足取りも軽くそのままハンガーの奥へと消えていった。
「技術部の組織票か。技術部、中でも島田の部下の整備班はうちでは一番の大所帯だ。これは合体ロボで決まりかな。やはりファンタジーと言うのはありきたり過ぎるのか。小説のジャンルとしては人気が有るのだが。ここは『特殊な部隊』だ。世間一般の常識など通用しないと言うことなのか」
カウラはどういう表情をしていいのかわからないらしく、あいまいな笑みを浮かべつつそう言った。だが、すぐにアメリアの表情は不敵な笑みに変わった。
「おい、アメリア。最大勢力の技術部の組織票……というかその支配者である島田が動いたんだ。諦めろ。オメエが運航部の女芸人達を全員魔法少女にすべてをささげる神前並みの考え方に洗脳しても島田が腕力で築き上げた王国の振るう数の暴力の前じゃどうにもできねえ。それが民主主義だ。決まった以上もうこんな紙捨てても良いんじゃねえのか?やるだけ無駄だろ、投票なんて」
かなめはそのままアメリアの肩に手をやった。
「ふっふっふ……私がそう簡単にあきらめる女だと思わないで欲しいわね、かなめちゃん……それにこの投票を行えるのが『特殊な部隊』の隊員のみって誰が決めたの?それならそもそも別組織である法術特捜の茜ちゃんやラーナちゃんに投票用紙を配った意味……その意味をかなめちゃんはまだ理解していないようね……茜ちゃんもラーナちゃんも『特殊な部隊』の隊員じゃない。でも投票用紙を配った以上、投票をしてくる。だったら、司法局や東和国防軍や東和警察の人達が『ぜひ投票したい』と言って来たらどうするの?同じ司法局の別組織の法術特捜の二人は投票して良くて他は駄目なんてお断りするの?そんなことはできないわよねえ……それにその事実はたぶんラーナちゃんからひよこちゃん、そして西君を経由して島田君の耳にも通っているはず。だったらそれを島田君も認めたということ。何かおかしなことがあるの?相手は私のルールを完全に認めている。だったらそのルールを利用する。これが戦いを勝つために必要なことなんじゃないの?」
声に出して不気味な笑い声を出すアメリアにかなめは少し引いた表情を浮かべた。
「まあ、そんな私の深慮遠謀は別として、かなめちゃんは本当に物事のすべてが分かってないわね。選挙とは最後の票が数え終わるまで結果は分からないものなのよ。まあ、私が仕掛けた仕込みの方は内緒にしておいて、とりあえず機動部隊の部屋まで戻るわよ」
アメリアはそのまま奥の階段へとまっすぐに向かっていった。
「馬鹿だねえ。人数的にはあと数を稼げるのは艦船運用部ぐらいのもんだぜ。アイツ等釣りしか興味ねえからな。なんと言ってもあの艦は『近藤事件』の時も『バルキスタン三日戦争』の時も私室に備え付けのテレビをつけてみたらすでに改造済みで他のチャンネルは一切映らずに釣り番組しか映らないようにできている……しかも全員、釣りの対象が違う。それぞれ自分のターゲットのドキュメントを作りたいってことで、無効票しか期待できねえぞ。そんなところの票を期待して何が楽しいのやら……もう勝負は決まった。諦めろ」
ぶつぶつとかなめはつぶやいた。誠から見てもかなめの言うことが正解だった。それでもアメリアの表情は妙に明るかった。こういう自分が楽しめることとなるとどんな悪だくみもめぐらすアメリアのことである。何をしてくるのか誠には想像もつかなかった。
「はい!管理部は全員一致でファンタジー路線に決めましたので!白石さんも、何とか説得して同意してくれました!他のおばちゃん達も本当はベルばらが良いって言ってたんですけどなんとか押し切りました!ベルガー大尉!褒めてください!」
階段を上りきったところで突然飛び出してきた菰田がいきなりカウラにアンケートを渡した。だが、大勢が決まったと思っているカウラは愛想笑いの出来損ないのような微妙な笑みを浮かべてそれを受け取っただけだった。
「菰田、島田の馬鹿の整備班が全体行動で動いたんだ。今回の映画は『合体ロボット』の熱血暑苦しい展開のテーマで決まりだ。大勢は決したんだ、諦めろ。技術部はうちでは一番の大勢力だ。もうサラの案の合体ロボで決まりみたいだから。それに第二勢力の艦船運用部には、そもそも映画なんていう釣りと何の関係もないことで、統一行動を取る気なんてねえ。アイツ等は釣りしか興味がねえからな。菰田、オメエの行動はいつも無駄に終わるな。ご愁傷様」
かなめは菰田を憐れむような目で見つめながらそうつぶやいた。
その瞬間、ちょうど階段を上りきったところで、機動部隊詰め所の扉が勢いよく開いた。
飛び出してきたサラは、完全に戦闘態勢だった。
「アメリア!ずるいわよ!……票、どこから集めたのよそれ!あんなの有り?反則よ!あんな票どこで集めたのよ!うちの全隊員よりも二桁数が多いじゃないのよ!」
そう言ってサラは息を切らしてアメリアの首にぶら下がろうとした。その表情は怒りと驚きに満ちていて、その様子を見守るアメリアもサラのその顔は予想していたらしく高笑いを浮かべながら彼女を迎えた。
「ふっふっふはっはっはー!まんまと罠にかかったわね!サラ!アンタが間抜けだったということよ!」
大爆笑を始めたアメリアに誠もかなめもカウラも何が起きたのかと戸惑いの視線を笑うアメリアに向けた。サラが両手を大きく広げて威嚇するようにアメリアを見つめていた。その様はあまりに滑稽で誠は危うく噴出すところだった。
「だって同盟司法局本局とか東和陸軍とかから次々魔法少女支持の投票が届いてるのよ!確かに投票して良いのはうちだけって隊長が言ってたわけじゃないけど!最初に投票範囲に他の部隊も含めて良いなんて言ってなかったじゃないよ!卑怯よ!そんなの!」
サラの言葉に誠は高笑いを続けるアメリアを覗き込んだ。
「この馬鹿ついに他の部隊まで巻き込みやがった。事を大事にして何が楽しいのやら。後でどうせこの時は協力してやっただろとか恩を着せられて面倒ごとを押し付けられるのが関の山だぞ。そこまで魔法少女に拘る意味が分かんねえよ。まあ、アメリアは艦長会議とかで本局に出向くことも多いから本局の他の部隊にも顔が広いからな……さて、火の手はどこまで燃え広がるかな。まあ、島田の馬鹿がこの状況を黙って見てるとはとても思えねえがな。アイツは喧嘩となったら絶対勝つ主義だ。今回もこんなことくらいじゃ終わりそうにねえだろうな……サラ、安心しろ。オメエの彼氏の島田は腹の座った男だ。喧嘩のルールがアメリアのような展開になってきたら当然それにカウンターを打ち込むのがアイツの喧嘩必勝法だ。アイツは間違いなく動く……まあ、アタシにはどうでもいいことだがな」
かなめは呆れたようにその場に立ち尽くした。カウラはその言葉を聞かなかったことにしようとそのまま奥の更衣室へ早足で向かった。
「サラはそう言うけどサラも認めた通りあの投票権の範囲って隊長は指定してなかったわよね?そうよ、選挙なんて言うものは結果的に勝てばいいのよ要するに!私の階級と顔の広さは伊達では無いのよ!サラはまだ私が最初に連絡を入れたところの投票しか見ていないみたいだけどこれからもどんどん応援部隊を増やしていく予定よ!同盟機構と東和国内の軍と警察のほぼ全組織に声をかけているんだもの!サラと島田君がいくら頑張っても私に追いつくことなんて考えられないわね!最終的に『豊川支部内の投票結果』として集計するから問題ないのよ!外部票は『参考意見』扱いにしてね♪」
アメリアはそう言うとそのまま誠の右手を引っ張ってカウラに続いて歩き続けた。
「何で僕の手を握ってるんですか?」
突然の状況の変化に誠はついていけない。だが、そんな誠にアメリアは向き直ると鋭く人差し指で彼の顔を指差した。
「それは!誠ちゃんが魔法少女デビューを果たすからよ!やっぱり前言撤回よ!やっぱりキモイ魔法少女を作りたいの、私は。だってその方が面白そうじゃない!勝てば官軍よ!戦争も勝った方が負けた方を裁くもの!だから勝者は何をしてもかまわない!だから私は勝者としてのわがままを通させてもらうだけよ!」
先に更衣室の前で振り返ったカウラが凍りついた。かなめが完全に呆れた生き物でも見るような視線を送ってきた。
誠はなにが起きたのかまったくわからないと言うようにぽかんと口を開けていた。
「前言撤回?今更そんなの辞めてくださいよ!僕が魔法少女なんて絶対駄目です!子供の夢を壊します!せめてアンにしてくださいよ!アイツは年中女装してるし、それも下手なグラビア女子高生よりよっぽど美人に見えるし、でも一応男だし。見た目も誰が見ても少女にしか見えないからホテルに入る時も身分証が無いと入れてくれないし……まあ、ラブホに毎日通ってる魔法少女なんて少年少女の夢を壊すような危険な存在でしかないのは事実なんですけど」
『……って、僕は何を真顔で言ってるんだ……この戦場で鍛え上げられた真正『男の娘』を一般論で語ろうとした僕が馬鹿だった』
アンの爛れた日常を真顔で論じた自分を恥じている誠はアメリアの目を見つめた。アメリアの目は笑ってはいなかった。
「駄目!アン君はどう見ても本物の魔法少女にしか見えないから!アン君を活躍させても普通過ぎて一々テロップに『この人物は男性です』って入れるなんて面倒じゃないの!そうよ!女装魔法少女!すばらしいでしょ?それに誠ちゃんも分かってるようにラブホに毎日通うような尻の軽い魔法少女は必要ないの!純粋無垢な誠ちゃんこそ魔法少女にふさわしいのよ!」
かなめはあきらめの表情で誠の肩を黙ったまま叩いた。誠がそちらに目を向けるとかなめは同情のまなざしを向けながら首を振った。
「え!そうなんだ!誠ちゃんが魔法少女をやるなら仕方ないわね。アン君ならちょっと似合いすぎてて対抗意識が燃えたけど誠ちゃんなら仕方がない……ってわけにはいかないわ!こちらも対抗処置を考えちゃうんだから!」
サラが驚いた後にアメリアへの対抗意識をむき出しにする。誠はその時完全に自分がはめられたことを悟った。そして同時にサラの考えている対抗処置がどんなものになるのか気になるところだった。
もはやこれはテーマ選びではなく、票をどうかき集めるかの選挙戦だった。
誠にはそうとしか思えなかった。
「あのー、アメリアさん。祭りに来た家族が見れるような作品を作らないといけないんですよ?観客に対する嫌がらせに近いような痛い作品を作って恥ずかしい思いをするのは僕達なんですから。僕を虐めるのがそんなに楽しいですか?楽しいんですね?正直なところを言ってください」
誠の言葉に拍手をする音が聞こえた。誠は気づいて左右を見回した。
「オメー等、わざとやってるだろ?神前も嫌がってるだろーが。アタシも神前の魔法少女は見たかねー!」
突然、誠の鳩尾の辺りから声がして視線を下ろした。拍手をしていたのは小さなランだった。そのままアメリアにつかつかと歩み寄った。その元々睨んでいるようなランの目つきがさらに威圧感をたたえて向かってくるので、さすがのアメリアもためらうような愛想笑いを浮かべた。
「あのなあ、こいつが魔法少女って……何度も言うけど少女じゃねーだろ!こいつは!いい加減諦めろ!アメリア!目を覚ませ!アタシ等は市の依頼で動いてるんだ!アメリアの趣味の作品を作ってくれって頼まれたわけじゃねーんだ!ほら、神前。お前も『嫌だ嫌だ』って口だけじゃなくて、ちゃんと拒否しろ!」
そう言うとランは思い切り誠の腹にボディーブローをかました。誠は痛みにそのまましゃがみこんだ。
「なんだ?神前。アタシみたいなちっこいののパンチでのされるなんてたるんでる証拠だぞ!とっとと着替えて来い!こんなんじゃ本当にアメリアに魔法少女にされちまうぞ!このままじゃ本当にアメリアに魔法少女にされちまうぞ。だから走れ。4時間だ。そうすればそれだけ筋力がついて魔法少女から遠ざかる!オメーの為だ!早くしろ!」
しゃがみこんだ誠の尻をランは思い切り蹴り上げた。誠は立ち上がると敬礼をして更衣室に駆け込んだ。明らかに口論を始めたらしい二人を背に、誠は小走りで男子更衣室に飛び込んだ。
更衣室の空気は暖かかった。
だが誠には、それが少しも安堵にはならなかった。
「よう、盛り上がってるな」
更衣室には先客の技術部員のデブ、大野がいやらしい笑いを浮かべながら入ってきた誠を眺めていた。
「そんな他人事みたいに……クバルカ中佐の八つ当たりでこれから4時間走らされる僕の気持ちも考えてくださいよ……」
そう言いながら誠は自分のロッカーを開いた。
「だって事実として他人事だもんな。整備班は今回は今度来る新型の『武悪』の甲武製の効率の悪い非力なアクチュエータや重力制御式推進装置の菱川重工製への乗せ換えの力学計算とかの仕事が有るから映画への協力は免除されてるし。それにアメリアさんが『魔法少女』なんて言い出したらキャストにお前が少女役で出てくるぐらいのことは俺だって予想がついたぜ。あの人はお前をいじるのが趣味みたいなもんだからな。だから絵だけが取り柄のお前にエロゲの原画を描かせてこき使ってるんだ。まったく羨ましいぜ、生涯未婚率80%のこの国で女を選び放題なんていい身分だもんな、お前は。だからたまにはひどい目に遭って俺達の留飲を下げてくれ。まあ、何に決まってもオメエがそう言う役どころになるのは確定なんだけどな。なんと言っても台本を書くのはアメリアさんなんだから。そうなればオメエの扱いが最悪になるのは最初っから分かってることだ」
大野はシャツを脱ぐ誠の背中を叩いた。誠は急いで脱いだシャツをロッカーに放り込むとかけてあるカーキーのワイシャツを取り出した。
大野の言葉に隊の男性陣全員が今誠の置かれた状況を『ざまあみろ』という目で見ている事だけは明らかだと誠は確信した。
誠は最終的には全部の災難が自分に回ってくるのは『特殊な部隊』に配属された時からの運命なのだとあきらめの境地に達していた。




