第19話 壊れた椅子と折れた竹刀
管理部の部屋は暖かかった。
書類と湯気と蛍光灯の光に満ちていて、隣の機動部隊の詰め所とは別の役所にでも迷い込んだ気分になった。
一方で、菰田とアメリアが密談をしている間も隣からはランの怒鳴り声が響いてきた。
「おい、君達。君達はその紙を配りに来たんだろ?だったら人数分俺が預かるから隣の騒ぎを止めてきてくれよ。あの声に一日中責め立てられるとこちらの神経が参ってしまう。今日のクバルカ中佐の説教はいつものそれに増してきつそうだ。一体何が有ったんだ?知ってるなら教えてくれないかな?」
管理部部長の高梨が、誠に手を差し出した。誠は用紙を高梨に渡すと部屋を見回した。白石さんをはじめとするパートのおばちゃん達は年末の業務に夢中で今回の騒ぎとは関わり合いになりたくないと言う意図が丸見えだった。
「かえで君の演じるアンドレ。見てみたいわよね……凛々しくて素敵……」
「そうね、オスカル役のリンさんと二人でなんて素敵じゃない。私好きなのよ、少女歌劇」
「それにしてもマリー・アントワネットが西園寺さんと言うのはどうかしら?あの人粗暴すぎるじゃないの。確かに甲武で一番のお姫様で立場はマリー・アントワネットどころかその母親のマリア・テレジアに近い地位だけど、キャラクターのイメージというか悲劇のヒロインと言うキャラじゃないわよね。演じきれるのかしら?」
「そうよね。似合わないわよね。まあ、あっさりギロチンに掛けられる神前君はそのまんまいつものように普通にしていればいいだけだから良いけど。あの子はもうすでに『悲劇のヒーロー』として扱われてるから。誠君に近づいていく女子は、どこか人格に問題のある人ばかりじゃない?結ばれたとしても、いい運命が待ってるとは思えないのよ。遼州人にも『女難の相』の男っているのね……遼州人にはそんな話は無縁だと思ってたのに」
管理部のおばちゃん達は、すでにベルばら上演決定後の井戸端会議に入っていた。おばちゃん達は先ほどの会議室でのかえでの発言をどこからか入手していたらしくその配役に一々文句を言っていた。
『『女難の相』……遼州人にはありえない人相だと占いの本を見たときに笑っていたけど自分がそうだと言われると少し腹が立つな』
誠は叔母ちゃん達の勝手な発言に怒りを感じながらそんなことを考えていた。まだ投票すら終わっていないというのに、管理部ではすでに次回公演の配役会議でも済んだような空気になっていた。
「あのー白石さん?皆さん既にテーマが決まったこと前提で話してますけど、ベルばらに決まったわけじゃ無いんで。それとそんなに僕がギロチンにかけられるところを見たいんですか?やっぱり僕って影が薄いんですかね?そんなに僕って客観的にみると可哀そうな人に見えます?」
誠は恐る恐る、この管理部の事実上の主であるパートリーダーの白石さんに声をかけた。
「いいのよ、好きに言わせておけば。それにかえで君の事だから絶対リンさんとキスシーンとか甘いシーンがあるでしょ?私としてもそこらあたりを期待してるのよ。かえで君は女心をつかむのが上手いからたぶん映画としても成功すると思うのよね。そう考えてみると一番期待できるのがベルばらだなあって言うのがここでの一致した見解ってわけよ。まあ、菰田君はそれが気に食わないみたいだけど」
パートのおばちゃん達はすでにベルばらに決まったことを前提にして話を進めている。その事実を知った誠は少し焦っていた。
「僕としてはどれに決まろうが仕事に支障が無ければそれで良いんだけどね。まあしばらく俺もまとめておきたい資料とかあるから。とりあえず隣の騒ぎを沈めてくれればそれで良い。それだけが僕のお願いだ。別に役所のこういった事業は『実施した』という確たる証拠さえあれば内容なんてどうでもいいのが実情なんだよ」
誠は高梨のいかにも役人らしい発言にどう反応して良いのか分からずにいた。それでも誠がまだ事態を十分に理解していないと思ったらしい高梨は言葉を続けた。
「豊川市役所も本音では内容なんてまったく気にしていないと思うよ。とりあえず年の頭に立てた文化計画の一つが、確かに実行された。その事実を来年度の市議会に報告できれば、それで十分なんだ。内容なんて気にしてなんかいないんだから。そんなに力なんて入れなくていいよ。お役所なんて所詮そんなもの。効果云々は来年度の議会がそれを評価して市長以下の文化部の幹部が検討して来年度どうするかを決めるというのがルーティーンのお仕事なんだ」
『さすが高梨部長……典型的なエリート官僚。予算が消化されたかどうかだけが問題でそれ以外は関心が無いんだ』
高梨にとっては、映画の出来など本当にどうでもいいのだろう。報告書に一行書ければ、それで役所の仕事としては成立する。誠はその割り切り方に、妙なリアリティを感じた。
誠はあまりにも割り切った高梨の態度に苦笑いを浮かべた。エリート官僚である高梨にとってこの馬鹿騒ぎは仕事の邪魔にさえならなければ別にどうでも良いことの様だった。それに役人の考え方を知り尽くしている高梨から見れば市役所の地方公務員の考えなど手に取るようにわかって当然の出来事に過ぎなかった。
「わかりました!なんとか『やってる感』を演出できるような作品を作るように努力します!ああ、それじゃあ隣の騒動止めに行かないといけないんで!」
アメリアは、高梨の顔を潰さない程度の笑顔を浮かべてそう返した。
『アメリアさん……本当にそれで良い……わけないですよね?高梨部長の前ではこう言っとけば大丈夫っていう計算見え見えですよ。まあ、高梨部長は今回のイベントには一切かかわらないからどうでもいいみたいだけど』
そんな冷めた思いの誠を取り残して、高梨との交渉が成立したアメリアは立ち上がると誠の手を引いて管理部の部屋を出た。
廊下に出たアメリアと誠の前にぼんやりとたたずむのはかえでだった。しょんぼりとした瞳が、アメリアと誠に向けられた。
「また僕だけハブられるんですか……なんだか僕の意見の賛同者はあまりに少ないような気がするんだが……少女歌劇の定番であるベルばらを提案したのは僕としては最高の提案だと思うよ。実際、どんな軍や警察でも女性が多い部隊は遼州圏にも地球圏にも公式には存在しないことになっている。まあ、ハニートラップの専門部隊を地球圏の国では持っているらしいがそんなところだって僕より魅力的な女性は在籍してはいないだろう。しかもそんな部隊は当然秘密裏に活動するからその美女たちも一切表舞台に顔を出すことなどありえない。そう考えれば僕やリンやお姉さま達の美を市民に公開しないのは罪だと考えての僕の提案なんだが……その所を皆さんは理解していないらしいな。その辺には僕は正直哀しみを感じるよ」
かえではかなめにベルばらの意見を拒否されたのが相当ショックのようだった。誠から見れば『戦う女』であることに誇りを持っているかなめがどう考えても守られるだけの弱い女の代表格ともいえるマリー・アントワネットの役など受けるわけが無いことは分かっているのだが、かえでにはそのあたりはよく理解できていないようだった。
「そんなに落ち込まないでよ。選挙は最後の票が明らかになるまで分からないって言うじゃないの。管理部に言ったけどパートの白石さんはもうすっかりベルばらに決まったものだと言う雰囲気で話してきたわよ。支持者はきっと隠れているわよ……確かに一番の票田である整備班は何時もかえでちゃんが汚いものを見るような目で見つめられることにうんざりしているから支援は期待できないし、それと並ぶ大票田の艦船管理部というか『釣り部』は釣り以外には全く関心が無いからどう考えても釣りのシーンがありそうにないベルばらに投票するとは思えないけど」
アメリアはそう言うと、不気味な沈黙に包まれた機動部隊の詰め所へ入っていった。その部屋の中央では天井を見つめてとぼけているかなめがそれをにらみつけるランと対峙していた。
「おう!ご苦労さん」
そんな二人の隣で頭を掻きながら明石はそう言いながら二人を迎えた。だが、機動部隊の詰め所に戻った瞬間、その静けさが逆に不気味だった。その足元には、ひしゃげた機動部隊長用の椅子が転がっていた。さらにその隣には折れた竹刀が放置されていた。
ランとかなめの攻防は説教だけでは済まなかったらしい。
誠は床の惨状を見て、まずそう思った。
「ランちゃんまたやったの?かなめちゃんにいつも『備品は大事にしろ!』って怒ってる本人が怒りのあまり椅子をぶち壊したり愛用の竹刀を折ったりしてたら人の上には立てないわよ?」
アメリアは目の前の惨状にため息交じりにそう漏らした。いつものようにかなめの怒りとランの権威が衝突した結果の惨状に誠はあきれ果てていた。
「おい、アメリア。上官にちゃん付けか?随分偉くなったもんだ。同じ中佐でも軍隊では先に中佐に昇格した者を先任士官として敬うべきものとされているんだ。しかもアタシはここの副隊長だ。運航部の一部長に過ぎねーおめーにそんな口を利かれる覚えはねー!それに椅子を壊したのは西園寺だ!確かにアタシは西園寺が椅子を投げつけてきたときにそれを受け止める時に竹刀を折ったのは事実だがな!」
ランが視線をアメリアに向けた。アメリアは今度は自分に火の粉がかかってくると感じて引きつった笑みを浮かべてランを見つめながら姿勢を正して敬礼して見せた。
「いえいえ、ご自分の身を守ろうとした正当防衛と私は判断いたしました!常に中佐殿の判断は的確であります!」
完全に舐めきった口調でランをからかうアメリアだがランはそうやすやすと乗るわけも無く、すぐに視線を端末の画面に移した。
「楽しみですね!どれに決まるか!」
大判焼きの件でランに徹底的に説教されたことをもう忘れてニコニコ笑いながら、アンはアンケート用紙の裏に絵を書いていた。それはなぜか馬の絵だった。その股間が異様に巨大に見えた。だがそれは、今回のイベントが流鏑馬で馬が出てくるからであって、アンの自分への執着とは何の関係もない。そう誠は自分に言い聞かせた。
「私としてはかえで様の希望に沿うものを願っているのですが、多数決となるとなかなか難しいでしょうね。でも、誰が脚本書くんですか……クラウゼ少佐ですか?そのあたりが私としては不安ですね。かえで様や私の性的嗜好を反映した男性向けアダルトゲームの台本を読ませていただきましたが、いくつか物語に破綻が見られました。今回の映画にもそんなご都合主義的な破綻が見られるようでは観客に与えるかえで様の美しい笑顔の印象が中途半端になってしまいます。そのあたりが少し心配です」
天井を眺めていたリンの視線がアメリアに向かう。明らかにアメリアは自分が書くんだ!と言うように胸をはっていた。
「やはりクラウゼ中佐が書くんですね……。そうですか……そこで質問しますが、かえで様と私の濡れ場は用意していただけるんでしょうね?当然、長尺で複数のカメラアングルから快感に震える二人だけの愛を確かめ合うエロティックなシーンが無いとどのテーマに決まっても観客は満足しないと思うのですが……」
リンの言葉の内容が常軌を逸している割に完全に無表情な事実を見て誠はただ唖然としていた。この主人にしてこの家臣である。かえでが露出狂である以上、リンもまた露出狂だった。
「あのねえ、リンちゃん。一応、市の行事なのよ、これは。別に私が趣味で私的に作っている訳じゃないから私の我儘が通る事にも限界があるの。だから濡れ場無し!ディープキスシーンも無し!それにそんなこと期待して来る観客はこちらからお断りだから!」
アメリアの一言にリンはショックを受けたようにその場に崩れ落ちた。
「この自由の国東和に来れば自由に私の数々の男を翻弄してきた魅惑的な裸体を晒すことが出来ると聞いていたのに……なんてことなんでしょうか?これでは遊郭のある甲武より厳しい性制度がある国では無いですか?誠様……男としてそれでよろしいんですか?もしよろしければこの場で私が誠様の性のはけ口となることは出来ないのでしょうか?ああ、なんと可哀そうな誠様」
「リンちゃん?これは市の行事なの。別にリンちゃんの願望を実現するイベントじゃないの。その点を注意して発言してね?」
アメリアはいつも通り女郎気分の抜けきらないリンは他人事を気取っていたところにいきなり話題を振られて狼狽えた。
「そんな……僕がどうにかできるわけでは無いし……それにそれを可哀そうと言い出したら誰にでも声をかけて来るひよこちゃんやサラさん以外の女子と会話する機会すらほとんどない整備班の先輩たちは全員可哀そうってことになると思うんですけど?」
とりあえずごまかしにかかる誠をリンは冷たい視線で見上げた。
「そのようなあいまいな態度を取られるようでは立派なかえで様の『許婚』にはなれませんよ」
リンが相変わらずの無表情でそう言う姿に誠は正直、『ちょっと日野少佐は変態なんで……』と言いたいところをぐっとこらえた。その態度が気に入らないというようにリンは言葉を続ける。
「まず、かえで様の『許婚』になると言うことは、側室として私共に子を授けると言うお仕事もしていただくことになるのです。日野家はまだ新興の家。しっかりとした家臣団を形成することが誠様に求められているということをしっかり御自覚なさってください」
リンはうるんだ瞳で誠を見つめると吐息を誠の耳に吹きかけてきた。
「側室!そんなことまで決まってるんですか?そんなの聞いてないですよ!」
誠はリンの時代がかった思考について行けずその場に固まった。
「大変だな、神前。まあ、遼帝家の皇帝には後宮があって数千人の女性をそこで側室として囲っていたと言う話だからな。なんでも旧王朝最後の皇帝霊帝の子供は少なくとも300人はいたらしい。まあ、皇帝などと言うものは次の皇帝を作るのが仕事みたいなものだからな。側室の数千人が居たところで何の不思議も無い。神前も遼帝家の出だ。側室が居ても不思議じゃないだろう。ただ、今回のイベントとその話はまったく別の話だ。それは日野と渡辺が勝手に決めたことで市の依頼にそんな話題を出せなどということは一言も頼まれていない」
カウラはただ神前の追い込まれた状況に同情の言葉を漏らすしかなかった。
「僕はベルばらでない限り出ないぞ。それでないと意味が無い。なんでこの美しい僕の肢体を公衆の面前に晒すことが許されないんだ!そんなことは間違っていると思わないか?」
ぼそりとカウラの暴論に唖然としている誠の耳元で色気のある口調で誘惑するようにつぶやくのはかえでだった。
「えー!何に決まってもかえでちゃんが出てくれないと困っちゃうじゃない!どのテーマに決まっても主要キャラに『男装の麗人』としてかえでちゃんには見せ場を用意するつもりで私の中ではイメージが固まってるんだから!それに過度な濡れ場や警察がダメっていう部分のアップを上映するのは露出狂と言って猥褻物陳列罪と言う犯罪になるのよ!いい加減かえでちゃんも分かって頂戴よ。この国にはこの国の法律と常識が有るの。良識ある市民は市民会館で濡れ場有りのベルばらなんて上映できないの。甲武風に堅い少女歌劇のシナリオのままでいいから。変な工夫とか必要ないから。例えベルばらになっても甲武の少女歌劇の台本を取り寄せてそれを軽くアレンジするくらいで済まそうと思っているところなの!まあ、一番それが台本を作る私としては楽と言えば楽だけど……それじゃあ面白くないわね。あんまりはっちゃけると歴史知識の塊のランちゃんがいろいろ言ってきそうだし」
第三小隊の机の一群でポツリとつぶやいたかえでにアメリアがすがり付いていった。アメリアに身体を擦り付けられるとかえでは顔を赤らめて下を向いてしまった。
「犯罪?それならばこの前下野の国立西洋美術館の常設展の中に明らかに僕がすべての人に見てもらいたい理想の股間の花弁を描いたものが堂々と展示されていたよ。それが意味することは芸術であればそんな猥褻物には当たらないということなんだよ。ミロのビーナスしかり、ダビデ像しかり、僕の完璧な肢体を晒すことがどうして犯罪になると言うんだい?それが下賤な猥褻と観客にとられるというのは台本や監督の腕が悪いという意味でしかないと思うよ。芸術の領域にまで至ればすべてが許される。僕は間違ってるかな?」
「はいアウト。今の発言、議事録に残ったら懲戒案件よ?」
そんなアメリアの忠告も無視してトンデモナイ放送事故擁護を連発しそうな勢いで尚も自分の肢体の露出に拘るかえでに視線を向けたのは意外にも明石だった。
「日野、それはちゃうやろ?ええか、よく聞けや」
そう言ったのは黙って静観を決め込んでいた明石だった。こういうことには口を出さないだろうと言う上官の一言にかえでが顔を上げて明石を見た。
「わしらの仕事は何も暴れることだけやないで。日ごろお世話になっとる町の方々に感謝してみせる。これも重要な任務や。それとミロのビーナスもダビデ像も彫刻や。生身とはちゃうで。それに下野のそう言った絵もいわゆる西洋絵画であって映像とはちゃうんや。あれを今でもこの国の日野好みの美女の裸体を『芸術』と称して撮ることを専門としている一流のカメラマンがワレの思うような構図で撮ってそれを出版したらその写真家もワレも即お縄と言うのがこの東和の法律や。それに考えてみいや……ワレは歌舞伎や人形浄瑠璃は平民の見るもんや言うて見向きもせえへんが、歌舞伎に『芋洗い勧進帳』と言う名の知れた名作がある。そこではワレも知っとる『勧進帳』の直後の弁慶の活躍を描くんやが……敵兵の首をちぎっては投げ、ちぎっては投げして最終的にはその首を『芋洗い』と称して杖でどつきまわすという話なんやで?甲武は人気の演目やし、東和でもたまにやる。ただ、それを東和の技術で映画にしてみ?見たいか?それとワシの好きな人形浄瑠璃の近松門左衛門の最高傑作とワシは思うとる『女殺し油の地獄』と言うもんがあるんや。ワレも題名くらいは聞いたことがあるやろ?そのクライマックスシーンの油塗れの油問屋の店の中で極道息子が女を油にまみれて殺すシーン。これは人形浄瑠璃やそれを元にした甲武の歌舞伎でやる分には規制の厳しい甲武のお上も何にも言わへん。ただ、それをリアルに東和の技術で再現したらどうなるか……まず上映不可能やな。ワレの言ってる女の大事な部分を芸術と称して絵に描くちゅうのも大体は古典かそうでなければキュビズムとかいうワシもようわからん芸術家の絵やろ?そもそもワレはこの作品をシュールレアリスムの作品にしたいんか?ちゃうやろ?それと郷に入っては郷に従えいうやろうが。甲武より自由と言うだけで東和には東和の法律と常識があるんや。そこんとこよく考えや」
「そうそう、それもお仕事なんだよー。それと東和の国の法律や常識を守るのも警察のお仕事なんだよー。日野もその辺のところを理解しとけや」
ランが壊された自分用のひじ掛け付きの立派な椅子の代わりに詰め所の脇にあったパイプ椅子に腰かけながら投げやりに言葉を継いだ。
「ですが、僕は……」
かえではそれでもまだ納得がいっていないようだった。
「大丈夫!どのシリーズでも私がかえでちゃんの濡れ場では無くて、凛々しくかっこよく見える誰もがかえでちゃんに惚れるような見せ場を作ってあげるから!かえでちゃんもこれまで女の子を落とす時はいきなりキスしたり全裸になったりしたわけじゃないでしょ?思わずこの作品を見た女の子がかえでちゃんの連絡先を知りたくなるような素敵な配役と台詞を用意するから安心して!そしたらかなめちゃんも喜ぶわよ!惚れ直したって次の日徹底的に虐めてもらえるかも♪」
「喜ばねえよ!それにかえでを調教するのはアタシの趣味だ。そんな事とは関係ねえ!」
かなめが戻っていた自分の席の端末の画面の向こうから顔を出した。だが次の瞬間にはその額にランの投げたボールペンがぶつかった。
「うるせー黙ってろ!アメリアと同じくらいうるせえのは西園寺!オメエなんだ!」
舌打ちしてかなめは顔を引っ込めた。だが一人、まとわり付くアメリアの身体をがっちりと握り締めているかえでだけが晴れやかな表情で何も無い中空を見つめていた。
「お姉さま!かなめお姉さま!僕はやりますよ!お姉さま!」
まず誠が、続いてラン、カウラ、明石。次々と恍惚の表情を浮かべるかえでに気づいた。
「大丈夫か?日野?」
「かえで様……」
明石が不思議そうに恍惚の表情のかえでに声を掛けた。リンは心配そうにかえでを見上げた。
「やります!なんでも!はい!誰もが僕に魅了される濡れ場でない凛々しい見せ場。どんな女性も一目見て僕の魅力の虜になるような完璧な演技!その結果僕を取り囲む若い美女や人妻の群れ!それもまた悪くないものです!」
かえではそう言うとアメリアを抱擁した。
「あ!えー!ちょっと!離してってば!」
抱きしめられて顔を寄せてくるかえでを避けながらアメリアが叫ぶが、彼女を助ける趣味人は部隊にいないことを誠は知っていた。部屋の中の一同は黙ってそのまま押し倒されそうになるアメリアに心で手を合わせていた。




