第2話 歴史マウントは鎧の音
「アメリア。『日の本一の兵』の真田幸村に憧れてる『ふり』して、空気ぶち壊して喜ぶのはいい。でも、ちっとは空気を読め。あそこを見てみろ……アイツ、日本の歴史を完全に誤解してるぞ。そこらあたりの責任はちゃんと取れよ」
かなめは顎で示した。胴丸姿の、浅黒い肌……少年とも少女ともつかない顔立ちの人物を。
第二小隊三番機担当、アン・ナン・パク軍曹。
混迷を極めるベルルカン大陸出身の元民兵で、隊では最年少の十八歳だった。
男なのだが、普段は女装で暮らす『男の娘』として隊でも認知されていた。学校に通った経験がなく、いまは夜間中学に通っている。
そのアンが、若手の西高志兵長と談笑しながら……やけに頻繁に、アメリアを盗み見ていた。
『モテない宇宙人』として知られる遼州人の中にあってアンは彼氏持ちで、夜間中学の後には必ずラブホテルに寄って甘い夜を過ごすと言う、モテない人間だらけの『特殊な部隊』では、稀有な存在だった。
「いいじゃないの。どうせアン君の中では、『サムライ』って『平安の開墾農家が有力貴族や寺社の政治力を背景に、土地の所有権を保証してもらう代わりに何でも言うことを聞く』……そういう約束から生まれて、その後は自称『サムライ』の旧日本軍が終戦を迎えるまで、戦う人間は全部『サムライ』でひとくくりなんだから。そういう教科書通りの雑な理解以上のものを期待するだけ無駄なんじゃないの?」
アメリアはいかにも歴史女子が言いそうなセリフを言い出したので歴史に弱い誠には自分が要するに歴史知識が学校すら通ったことが無いアンと大差ない事実を思い知らされるだけだった。
そんな頭の上にはてなマークが浮かんでいる誠を無視してアメリアは演説を続けた。一人、明らかに他の鎧姿の隊員達とは違う方向性の鎧を着ているアメリアの周りに観光客が携帯端末のカメラを向けているがその行動が逆にアメリアの演説に熱を帯びさせた。
「それにこの『真田の赤備え』は私の趣味よ。他にも武田家の『山県の赤備え』とか、徳川の『井伊の赤備え』とかあるけど、やっぱり『赤備え』と言えば真田じゃないと!まず真田幸村を選んだのは何となく幸村って美少年のイメージが有るじゃない?実際、真田幸村が赤備えで戦った時は50に手が届くオジサンで、大坂城に現れたときは初めて会った豊臣秀頼も幸村が九度山での流罪生活で心身ともに老いさらばえていて年齢以上に老けた80近くのおじいさんに見えたというくらいだったって言うのに。だから、アタシとしてはこの格好で時代行列に参加しているの。ちゃんと歴史の勉強にもなるでしょ?」
アメリアが口を開くたびに誠の脳内で、はてなマークがまた一つ増えた。しかも『幸村=美少年』のくだりは、どこから突っ込めばいいのか分からない。
「それに、私もちゃんと気を使ってるのよ。かなめちゃんの伯父さんの『紅藤太』と呼ばれて『甲武一の兵』と讃えられた西園寺孝基も乗る機体の色は常に赤かった。そしてあの遼帝国南北戦争での最後の戦いでランちゃんに討ち取られた時の年齢は47歳だった。丁度年齢もあってるわ。そんな『紅藤太』と色でインスパイアしてあげてるの。これも甲武一の貴族たるかなめちゃんへの私なりの気遣いってわけ。そんな事も分からないの?そんな気が利く私に対して気を遣われているかなめちゃんにどうこう言われる筋合いはないんじゃないの?」
そう言ってアメリアは自分本位の妙な知識をひけらかしながら鎧をガチャガチャと鳴らしながら誠に近づいた。
周りではメインイベントの歴史行列と流鏑馬を見終えた観光客が鎧兜姿で談笑する誠達に向けて携帯端末のカメラで写真を撮り続けている。アメリアが時々そんな観光客にわざと流し目を送ったりして意識しているのが誠には恥ずかしく感じられて正直逃げ出したい衝動に駆られ続けていた。
「趣味は趣味でいいんですけど……それ自前なんですよね?あの当世具足、値段の桁が『車』のそれですよ。しかもアメリアさん、車はお金がかかって面倒で売ったって言ってたのに。……無駄遣いですよね。感心出来る話じゃありませんよ」
誠は苦笑いを浮かべながらつぶやいた。こうしている間にも周りを取り巻く観光客の数は増え続けている。それぞれに携帯端末でかなめやアメリアを写真に収めて満足して去るその姿を見ながらこの二人には羞恥心というものはないのではないかと誠は疑いの目を向けていた。
「なあに?誠ちゃんは、私みたいなモデル級の美女が同じ車に乗ってくれるのが嫌?私は茜ちゃんみたいに毎日孤独に生きる人生は御免なの。自分で運転するも面倒だし。だからカウラちゃんの車で誠ちゃんと一緒に通勤してるの。それに私は艦長で中佐!あのちっちゃい副隊長と同じ階級なのよ!……ボーナス査定の権限が向こうにあるとか、そこは関係ないことは言わない!私は趣味に生きることを決めているの!鎧兜だって2次元で我慢しないのが私のポリシー!甲武製は安くて質がいいのはこの手の趣味の人なら誰でも知ってる話!これについても隊長の顔で安くなったからなおのことOK!……と言ってもボーナス半期分は吹っ飛んだけどね。でもいいの。趣味のためなら命を懸ける!それが私の生きざまよ!」
アメリアはまた訳の分からないことを絶叫した。
「そんな生き様自慢になるかよ。そう言うのを無駄遣いって言うんだよ……それとオメエは人件費が安いとかアタシの国である甲武を見下したな?つまりその恰好はアタシへの嫌味と解釈しても構わねえわけだな?」
自分の金使いの荒さを自慢するアメリアをかなめはあきらめたように見つめていた。誠は酒とタバコには常に最高級のものを求めて金を惜しまないかなめにそんなことを言う資格は無いと思ってはいたが、それを口にすると後で射殺されるので黙っていた。
「お姉さま……ここにいらしたですね!それに神前曹長まで!お姉さまと『許婚』である神前曹長の凛々しい姿を見られるとは、僕は今、本当に最高の気分だよ!ああ!この姿で二人と出会える!もしこれが真の合戦であれば敵中に斬り込んで討ち死にしても僕には後悔はもう何一つない!」
誠の背後から黒糸縅の渋い大鎧を着込んだ中性的な面立ちの美しい女性士官が突如現れた。かなめの妹にして嵯峨惟基の義娘、実働部隊第二小隊隊長日野かえで少佐だった。ぱっと見は『美しい女性士官』だが、かえではいつもその境界を軽々と越える。その青糸縅の甲冑姿は、まるで一の谷の合戦で敗れた平敦盛を想像させる美しい面差しで場の注目を集めていた。背後で観光客の中でも若い女性客が熱い視線をかえでに投げかけているが、そのような状況には慣れ切っている生まれながらの『王子様』であるかえでには当たり前の光景に過ぎなかった。
誠はかえでの母である西園寺康子と誠の母である神前薫の気が有ったと言うことでかえでの『許婚』にされていた。しかもその誠の母とかえでがかえでの変質的な趣味を薫が興味を持ってしまったため、かえでは両親公認の完全に誠の『許婚』と言うことになっていた。時々、かえでは自分の変態的な欲望を『妻としての務め』と称して母に告白しているところを隊員達が目撃したという情報を誠も耳にしていたが、この前電話を入れたときはその事が逆に薫にかえでを『自分を偽らない正直な女性』という好印象を与えているらしいことに誠は正直衝撃を受けていた。
ただ、誠自身はかえでの性的嗜好が汚物表現や一部明らかに法律に抵触する内容を含むほどのあまりにも変態的なのと、かなめをはじめとする誠の周りの隊の女性陣が全員かえでを『許婚』として認めていないので、なんとかかえでの毒牙から逃れることが出来ていた。
「やはりよくお似合いですね、かなめお姉さま。凄く凛々しくていらっしゃる。公家である僕達がこのような格好をすると言うのも興のあることです。今日は祭りを楽しみましょう!節分と言うのは季節の変わり目……僕とお二人の関係がより進む機会になるというのにはちょうどいい季節だと僕は思っているのですが……」
そう言ってかえでは自然な風を装いかなめに手を伸ばそうとするが、かなめは逃げるように思い切り後ろに身を引いた。その姿を確認するかえでの頬が赤く染まった。
幼いころ、かなめの生まれ持っての『女王様』的加虐嗜好とその後のかなめの住む西園寺御所に居候している甲武でも禁書として超上流の貴族の間だけに読み継がれている作品を生み出した高名なSM小説家の影響で筆舌尽くしがたいプレイを強制されているうちにかえではそれを愛と勘違いしてしまった。彼女は一途にかなめのサディスティックな一面に陶酔している最上限度に振り切れてしまっているマゾヒストだった。
「今日はアタシはその気はねえ。つまり放置プレイの日だ。向こう行けよ。アタシはもうすぐ着替えるんだから……しかも鎧を着てるんだ。ぶっ叩かれるのが大好きなオメエでも鎧越しじゃあ気持ちよくねえだろ?あっちに行け」
誘惑するようなかえでの視線から逃げようとするかなめだが、かえではあきらめようとはしない。
「それなら僕がお手伝いしますよ。ああ、神前曹長の着替えも手伝おう。できれば君の裸体も見てみたいんだ……特に僕が何を見てそして味わうことを望んでいるかは……君も分かるだろ?」
そう言ってかえではかなめの後ろについていこうとした。誠は舌なめずりをしかねないかえでの妖艶な笑みにやられて顔を引きつらせてなんとかその場を逃れようとした。
誠は中学時代は『馬以上の大きさ』や『パンツを履くときは折り曲げているんだろ』ということを日常的に言われて、かえでが『男性の理想』と称するものにはコンプレックスしか持っていなかった。かえでがそのことをコンプレックスから自慢するべきものだと言って誠に言って来る内容を聞くとどう考えても犯罪行為以外が出てこないので、誠はその手のことは、深く考えないことにしていた。
「だあ!かえでは神前から離れろ!かえで、オメエは女に免疫のねえ神前には危険すぎる!神前はカウラとか鎧の脱ぎ方も分からねえだろうから教えてやれ!あと、かえで、さっきも言った通り今日は放置プレイの日だ!節分から盛ってるマゾには最高の御褒美だろ!あっち行け!」
かなめの言葉は冗談めかしているが、声の芯だけは本気だった。そう言うとかなめはかえでから逃げるようにして人ごみに飛び込んでしまった。ガチャガチャと鎧の擦れる音だけが残り、雑踏の中に紺糸縅の背中が飲まれていった。
「神前君。君は付き合ってくれるよね。戦場で傷ついた男女が愛によって結ばれる。それはそれは絵になる光景じゃないのかな?僕達は『許婚』なんだ。今日、僕と君が初めての契りをかわしても何の罰も当たらない。そう思わないかい?ちなみに今日は僕は下着をつけてきていない。早速そこの草むらで……二人っきりで……思う存分愛し合う。ああ、野外プレイは久しぶりだから興奮してきてしまう……」
自分の野外プレイを想像して身もだえるかえでを見て口では笑っていても、背中には冷たい汗が浮いた。かえでと同じド変態だと思われることへの恐怖と、目を奪われる感覚は両立してしまう。かえではそれだからよけい厄介な存在だった。妖しいかえでの流れるような金色の前髪に誠は思わずドキリとしてかえでの言うようにこの場の雰囲気に流されてしまうのも悪くないと思うようにもなってしまう。
さすがにここまで拒絶されるとかえでにも誠の真意は通じたようで、真顔に戻り、付き従うかえでの腹心第二小隊二番機担当の渡辺リン大尉の方に目をやって、手にした弓を手渡した。
「なんだか、堅い顔をしているね、神前曹長。その顔を見ていると身体は君を求めても心の興も殺がれた。今日の所は野外プレイはやめておこう。それより鎧兜の扱い方を分からない隊の面々の世話をするのも僕達の仕事なんだ。君は道場の跡取りだと聞いたからベルガー大尉とクラウゼ少佐の着替えを手伝ってやってくれ。僕はあの観光客気分の連中を何とかする……アンと西……あの二人は本当にろくでもない連中だ。特にアンは神前曹長を狙っているという……『許婚』の僕というものがあり、その僕の部下という立場にありながら許しがたいことだ。それじゃあ、僕は小隊長としての仕事をしてくるよ」
そう言ってかえでは無邪気にじゃれあうアンと西に向かっていった。ため息をついてカウラとアメリアの顔を見た。
「よかったわね、あの変態のかえでさんの誘惑から逃げることが出来て。かえでさんもああ言ってることだし。誠ちゃん手伝ってよ。私も買ったはいいけど脱ぐのが面倒なのよね。まあ、私も戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』で飛行戦車や銃で戦争をする事についてはロールアウトした時から脳に焼き付けられているけど、鎧の脱ぎ方までは覚えてないの。その点誠ちゃんは道場の跡取りなんだから知ってるんでしょ?」
アメリアはそう言うと誠の肩を叩いた。
「そうだな。ここでは邪魔になるだろう。貴様なら気安く頼むことができる。お願いする」
カウラはと言えばそう言うとさっさと着替えの為に建てられた仮設のプレハブに向けて歩き出した。
誠が振り返るとそこにはアンと西の襟首を捕まえたかえでの姿があった。アンは元少年兵でありその俊敏さは隊でも一二を争うほどだが、アンの着ている胴丸よりはるかに重い大鎧を着込んだかえではまるで平安時代にアンを取るに足らない雑兵のようにあっさりと捕まえて打ち取る巴御前よろしく一瞬でアンだけでなくアンと反対側に逃げようとした西までもあっさりと捕まえてそのまま着替え用のプレハブに強引に連れ去ろうとした。何も知らない観光客はその手際のよい組打ちに拍手をおくっている。
「まあ……あれは祭りの趣向の一つと言うことにならないかしらねえ?あれだけ重い大鎧を着込んで遥かに軽い胴丸姿の雑兵二名を捕らえたんだから。それなりの手柄と言うべきところなんじゃないかしら?まあ、かえでちゃん得意の法術を繰り出すまでもなくあっさり捕まるなんて二人ともたるんでるのよ」
誠は力なくうなずいた。
そして……いま一番まともな女性であるカウラの背中を追うしかない、と諦めて走り出した。




