第17話 アンケートと火消し役
「そう言えば今度、二人新人が配属になるって本当か?」
そう切り出したカウラの声に、誠も思わず顔を上げた。
新人。『特殊な部隊』に新しい人間が来ると聞くだけで、嫌な予感と少しの期待が同時に湧く。
「どうせ島田の所の技術部の整備班員だろ?まーこの前実家の農家を継ぐって言うんで辞めた隊員が居たからな。その補充だろ?まあ、野球経験者なら歓迎してやるけどな。特に来年は外野があてにならねえ。島田一人であの広さを全部守れなんて無理な話だ。ちなみにキャッチャーとセカンドのめどがついたのがせめてもの救いだな。あのキャッチャーなら来年こそは3位を目指せる。打倒豊川市役所!映画は譲ってやるが野球は譲らねえからな!それにあの計画が上手くいけば……レギュラーメンバーが居ないゲームでもアタシがラグビースコアーの敗戦記録の載ってるスコアーブックを菰田から渡されるようなことも無くなるから」
かなめのその言葉に興味を失ったアメリアは隣の自分の机のある運航部の詰め所に向かおうとした。
しかし、その運航部の詰め所の前にはすでにいつもなら一歩引いて場を収めるブルーのショートカットが特徴の運用艦の副長でいつもアメリアの面倒ごとを一手に押し付けられているパーラが、今日は最初から前に出ていた。
それだけで、かなめですら愛想笑いに逃げる理由が誠にもわかった。
「アメリア、もう本当にいい加減にしてよね!私は司法局のお仕事のためにこの部隊に居るの!アメリアのお遊びや日常生活のお世話の為に運用艦の副長という職に就いている訳じゃないの!」
パーラとしては精いっぱいの虚勢を張った先制パンチの様だったが、アメリアにはまるで効いてないようでそのままパーラがまるでそこに居ないかのようにその脇を通過して部屋の扉に手をかけた。そのあからさまに都合の悪い事実を無視して通るアメリアらしい態度がパーラの怒りの火に油を注ぐ。
「今回だってそうよ!そんな市から予算が余ったからお願いなんて言う理由で作る映画なんて、それこそこっちも市の担当者と同じように適当に簡単な劇を作ってお茶を濁せばいいだけじゃないの!そんなに力を入れる必要なんてないのよ!うちは確かに暇をしている時が多いけどその分アメリアが『上官命令』とか言ってどう考えてもアメリアの趣味であるいやらしいゲームを作る作業に神経をすり減らす生活なんてもう嫌!面倒はこれ以上御免だわ!」
パーラの声は穏やかだったが、内容だけは完全に戦場の危機管理だった。部屋から顔を出すパーラはもうすでに我慢の限界とばかりに先頭を歩いていたかなめに向けて不満をぶちまけた。さすがに強気で知られるかなめもいつもは穏やかな常識人のパーラの怒りの圧に負けて愛想笑いを浮かべていた。飛び出してきたパーラの剣幕に驚いているカウラの肩を叩きながらアメリアはパーラの小言などまるで気にしていないというように常に『自分の城』と呼んでいる運航部の部屋に入った。実働部隊の次に階級の高い将校が多いことと、部員の全員が女性と言うこともあり、かなり落ち着いた雰囲気の部屋だった。
かつての『ゲルパルト第四帝国』を率いたネオナチ政権の兵士製造計画で製造された戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』の女子隊員のみで構成された運航部の詰め所は機動部隊の詰め所に比べると、空気そのものが柔らかかった。油と鉄ではなく、湯気と紙と化粧品の匂いがする。
誠は飲みに行くときはアメリアから誠達の居る機動部隊の詰め所に来るのであまり入ったことのない運航部の部屋を見回した。誠の目に付くのは奥に置いてある大き目の机。その持ち主が誰かと言うことはその机の巨大なモニターの周りを見れば誠でも一目で分かった。机の上には所狭しと18禁の同人誌やフィギュアが正確な距離を保って並んでいた。
その主の几帳面さと趣味に傾ける情熱を持っている人物は『特殊な部隊』でも一人しかいなかった。乱雑なのに整っている。一見するとただの混沌だが、どこに何があるのかは本人だけが完璧に把握している……そんな机だった。
その張本人であるアメリアは自分の席に急ぎの仕事が残っていないことを確認した。その点はさすがに要領のいい彼女らしいと言えた。同じようなノリの女性とは言えずぼらなかなめにはたぶんアメリアのような責任のある仕事は無理なのだろうと誠はため息をついた。
「誠君たち!ご苦労様ねえ!私もテーマを提案したんだもの!じゃあ私も手伝うわね、配るの!」
そう言って誠の手のプリントをサラ・グリファン中尉は取り上げようとした。そしてその隣では、いつも一緒に行動しているパーラが、誠たちに警戒の視線を向けていた。誠はその圧に負けてその半分以上をパーラの差し出した手に手渡した。
「サラ、私は手伝うなんて一言も……」
「パーラったらそんなに硬くならないで!これもお仕事兼息抜きよ!人生息抜きも必要なのよ!」
他の面々が視線すら合わせない中で、サラだけは本気で『みんなでやれば楽しい』と思っている顔をしていた。元気にそう言って笑うサラを遠くから操舵手のいつも顔の下半分を医療用マスクで覆っていることが特徴のルカ・ヘス中尉が同情の視線で見つめていた。それ以外の運航部の女子はこういうことは全部パーラに任せれば自分にアメリアのまき散らす火の粉を被らずに済むと明らかに必要も無さそうな仕事に熱中しているふりをしていた。
「サラも良いことを言うわね。でも、パーラはこの私の才能が世に出ることに嫉妬しているみたいなのよ……まあ、そこまで言うなら休んでいてくれてもいいんだけど」
そう言ってアメリアは作り笑いを浮かべているパーラを座らせようとした。
「そう?別にたいしたことじゃないから手伝ってあげても……それにアメリアの事だから任せておくと後でとんでもないことになってその収拾に駆り出されるのは私なのよ。だったら最初から暴走しないように監視しておくのが当然のことでしょ。ボヤは火事になる前に消火作業をすれば火事で人が死ぬことなんて無いのよ。アメリアの暴走もこうして未然に監視しておけば後で逃げ出したアメリアの後始末をさせられる私の苦労も減る訳」
誠はパーラの理屈と苦労話を聞きながら『自分の城』に異変が無いかアンケート用紙を手に見て回るアメリアを見つめていた。そんな誠の前に、パーラが淹れたばかりの日本茶を置いた。
「それじゃあお茶くらい飲んで行かない?誠君達にこういうことばかりさせてるのも悪いし……それにうちで一番アメリアの被害に遭ってるのは誰でもない誠君だし」
その言葉にこの部隊には稀な常識人であるパーラは苦笑いを浮かべた。
「別に気を使わなくても……」
カウラはそう言いながら誠の後頭部を叩く。それがお前も同意しろと言う意味なのもわかってきた誠も手を大きく振った。
「そんな気を使わせるなんて悪いですよ。それに、まだ管理部とか配る先が結構ありますから」
誠はとりあえずただでさえ日常的にアメリアと言う神経をすり減らす暴走系上司のフォローを担当しているパーラに同情の視線を送っていた。
「自分さえよければそれでいいっていう感じで行動するアメリアのお守りは大変ねえ。それに機動部隊にはアメリアと匹敵する自分勝手な西園寺さんが居る。誠君。負けちゃ駄目よ!世の中の不条理なんかに負けちゃ駄目!私は見守ってるから!がんばってね!」
そう言うパーラにかなめがアンケート用紙を渡した。そして愛想笑いを浮かべつつパーラに頭を下げる誠を残してアメリアとかなめ、そしてカウラは廊下へと退散した。これ以上運航部の部長のアメリアと機動部隊の爆弾女かなめの『特殊な部隊』の二大問題児を目の前に晒すことでパーラの精神をすり減らす訳にはいかない。それが誠とカウラの一致した意見だった。
「じゃあ、あとは上の機動部隊と管理部だけね……ああ、管理部ねえ……どうせあの菰田君のメタボ腹と陰湿な視線をカウラちゃんが浴びることになるんでしょ?あそこには行かないって線でどうにかならない?菰田君以外の管理部員は携帯端末でパートリーダーの白石さんか高梨部長を呼び出してアンケート用紙を渡せば済むじゃないの」
そう言いながらアメリアはうんざりとした表情で階段を上がった。
「そう言えばよう。ここの階段上がるの久しぶりだな……最近はとりあえずハンガーで機体を見てからそっち経由で更衣室のある二階に上がるから。それだけランの姐御の好きな『常在戦場の心得』が出来てきたってところか?まあ、アタシは何時でもこうして銃を持ち歩いて戦場気分でいるんだがな」
かなめが脇のホルスターの中の愛銃スプリングフィールドXDM40を叩きながらそんなことを口にした。日中とはいえ電気の消された北側の階段には人の気配も無く、初冬の風が冷たく流れていた。日中だというのに薄暗く、足音だけがよく響いた。人の出入りが少ない階段には、空気までよそよそしかった。
「私は時々上るぞ。まあ確かに出勤の時は直接ハンガーに顔を出すのが習慣になっているからな、私達は。西園寺の言うようにパイロットたるもの常に機体の状況を確認するのは悪いことではない。その点ではクバルカ中佐が本移籍になってからはそれだけ気合が入って来たということなのだろう」
カウラもうなずきながらひやりとするような空気が流れる寒色系に染められた階段を上った。彼女達の言うように、誠もこの階段を上ることはほとんど無かった。上がればすぐ更衣室であり、本来ならそれなりに使うはずの階段だった。この階段の前の正面玄関のそばにカウラの『スカイラインGTR』が毎朝止まるのだから、それで通う誠とかなめ、そしてカウラとアメリアにとって駐車場から更衣室にはこちらを使う方がはるかに近道だった。だがなぜか誠達はここを通ることは無かった。
「まあ、それだけ整備の人達とのコミュニケーションが取れているから良いんじゃないの?そう言えば私も誠ちゃんの家にお世話になるようになってからだわね、整備のメンバーの顔と名前が一致するようになったの……それまでは正直整備班のことは全部島田君に丸投げだったし」
『そこまで書いてあるのか……僕の実家に来たことでアメリアさんの暴走を止める手段は僕には無くなったのかもしれない……』
完全に寮を誠の所有物と勘違いしているアメリアに誠は苦笑いを浮かべた。もう誰の味方をしても誰かが面倒を起こす段階に入っている。
「あそこは神前の家じゃねえだろ!ありゃ元は司法局実働部隊の男子寮だ!アタシ等が住むようになったからあそこは『男子寮』じゃなくなったんだ!でもあそこは司法局の資産台帳では『男子下士官寮』ってことになってるぞ?後々問題にならねえのか?」
確かに誠が以前『男子寮』だったはずの今はかなめ、カウラ、アメリアが住んでいるにもかかわらず『司法局実働部隊男子下士官寮』と看板を掲げている事実は消しようのない事実だった。しかし、そんなことで誠としては今さら『男子寮』の定義を問われても困る。アメリアはかなめの突っ込みを無視しながら階段を上りきり、踊り場の前に張られたポスターを見た。
『ストップ!喫煙!ニコチンがあなたの心臓を!』
「かなめちゃんもタバコの吸い過ぎには注意するのよ。かなめちゃんのコイーバクラブもコイーバロブストも元々ニコチンが多い上にフィルターが付いていないんだから。それに吸うかなめちゃんは自分の好きでそうしているんだから良いけど一緒に居るこちらは好きでかなめちゃんの煙を浴びてるんじゃないの。そのくらい分ってるのかしら?」
アメリアはポスターを見てこの中で唯一の喫煙者であるかなめに注意した。
「アタシの身体は便利でね。心臓も、肺も交換可能なんだ。ただ、ニコチンは脳にも溜まるからな。サイボーグの身体も脳を交換するわけにはいかねえからそこんところは注意しないとな。それとオメエ等の健康についてはアタシのような高貴な殿上貴族とお付き合いできる税金みたいなもんだと思え。カウラはおかげでそれなりの財産になるような宝飾品を手に入れた。アメリアのも現在手配中だ。なら当然の出費と思って諦めろ」
かなめは平然とアメリアの言葉を無視して階段を上ろうとする。誠は自分と話をするには税金を払えと言っているようなかなめの自己中心的な態度に改めてこの人は何処までもサディストの『女王様』なのだと確信した。確かにカウラにかなめが送った誕生日プレゼントと称するティアラやネックレスなどの夜会セットの値段を考えればそれでも安すぎるとは言えないのではないのだが、それも強引にかなめが押し付けるようにカウラに送ったものなのでカウラはその言葉に明らかに嫌そうな顔をした。
「貴様の健康は別に気にしていない。問題なのは周りにいる私達の健康の話だ。貴様は喫煙所だろうがそうでなかろうが平気でタバコを吸うからな。周りにいる私達には迷惑なんだ。少しは自重することを覚えた方がいい。地球圏では『超富裕層』の特権階級の人間以外は喫煙すらできない……ああ、貴様はまさに甲武国の『超富裕層』の特権階級そのものだったな。しかし、地球圏の連中は政治を牛耳って部下である非喫煙者の前でタバコをくゆらせている訳だ。私の部下でありながら平気でタバコに手を伸ばす貴様とは意味が違う」
カウラはそう言ってかなめを非難する調子でにらみつけた。
「えらく絡むじゃねえか、カウラ。神前、テメエはどうだ?タバコを吸うアタシの方が色っぽくて素敵だろ?タバコはな、色々理屈はあるがそれを吸うのは一つの哲学なんだ。タバコを吸わねえ人間には哲学がねえ。ヨーロッパの哲学が一気に進んだのは新大陸が発見されてヨーロッパでタバコが普及してからだ」
正直、誠もカウラと同様かなめのタバコの煙には迷惑している側だったが、そんなことを言えば射殺されるので話を合わせることにした。
「ええ、まあ。西園寺さんにはタバコが似合うと僕も思います……ヨーロッパ哲学云々の話はよく分かりませんが」
話題を急に振られて誠はとりあえずうなずいておいた。こういう時はかなめの味方をしておいた方が後々問題にならずに済む。それがこの『特殊な部隊』で誠が学んだ経験だった。
「かなめちゃん。そんなに誠ちゃんを虐めて楽しいの?誠ちゃんも非喫煙者。私達の陣営よ。目で脅して自分の良いように誠ちゃんを使う癖、辞めた方が良いわよ」
話題を最初に振った手前、その矛先が誠に向くのは、さすがのアメリアも少し気がひけたようだった。
「そうだ、西園寺は神前は暴力と権威で脅せばなんでも自分の思い通りになると思っている節がある。暴力で思い通りになるのは暴力を振るわれるのが好きな日野少佐だけで十分だ。それに権威云々はこの東和共和国では意味はない。貴様はこの国では甲武国という同盟加盟国の宰相の娘で有力者ではあるがただそれだけの意味しかない。それ以上のことは何も期待するな」
呆れた表情を浮かべるアメリアとカウラに苦笑いを浮かべながら誠達は男女の更衣室が並ぶ廊下へとたどり着いた。




