第16話 ハンガーの詩人
巨大な格納庫は、機体の影だけが息をしているように静かだった。身を切るような冷たい風が四人を包んだ。
「ねー!ひよこちゃん!暇そうね……看護師のひよこちゃんが05式なんか見上げて何か用?ああ、ひよこちゃんは法術担当者だもんね、誠ちゃんの乙型の微調整とかはひよこちゃんの指導の下、西君が担当してるんだから気になるのも当然かもしれないけど……でもパイロットの誠ちゃんはあげないから!」
本気かどうだかよくわからないいつもの口調でアメリアは冗談めかしてそう言った。いつもは整備班員が行き来するハンガーには人気が無かった。
アメリアは階段の上から一人で誠の機体を見上げている司法局実働部隊付き看護師であり法術担当の神前ひよこ軍曹に声をかけた。
かわいらしいカーリーヘアーを揺らして、ひよこが振り向いた。
「ああ、ちょうどいいポエムが浮かんでそれの言葉をどう選べばいいのか歩きながら考えていたらここにいただけですよ。ちょうど、言葉が降りてきそうで……特に用があるわけじゃありません。それと誠さんのことですけど……アメリアさんは何が言いたいんでしょうか?誠さんは良い人ですけど……それでアメリアさんが気に入っているのは整備班の皆さんも噂になってますから。でも整備班の人達は『神前は遼州人の裏切り者だから近づくな』とか言って誠さんには近づかないように言われてるんですよ。変ですよね、あの人達」
ひよこはアメリアの言葉を聞くと不思議そうな目で誠を見つめてきた。それでもひよこの声には、警戒より先に『心配』が混じっていた。確かに最近ひよこと会う機会が仕事上必要な時なだけのような気がしていたのは整備班の先輩たちが妙なことをひよこに吹き込んでいるのだろうと想像はしていたが、それが事実だと知って、誠は肩を落とした。冗談で済ませてきた類の悪意が、喉の奥に引っかかった。そしておそらくその中心人物が恐らく整備班長の島田であることは間違いないだけあって腕力と度胸と不死の肉体で誠を威圧して来るヤンキー島田と張り合うだけ無駄だと諦めてがっくりとうなだれた。
一方のひよこは誠達を見るとポケットの多い看護師用のカーディガンのポケットから携帯端末を取り出して起動した。
「アメリアさん達が私に会いに来たのはこれの件ですか?映画を作ろうって奴。私は長い物語とか憧れるんですけど、短いポエムしか描けないんですよ。整備班の皆さんはたぶん脚本はアメリアさんが書くぞとか騒いでましたから。映画の脚本とかあの長い物語を一人で考えるんですよね?映画とかでも沈黙しているシーンも全部脚本でその時間とか決めるんですよね?凄い才能ですね、アメリアさん」
ひよこはそう言うと携帯端末に映された今回の映画のジャンル候補の欄を指差した。
「そう、それ!なんと言ってもこれまで7本のエロゲの台本を書いて来た私が今度は映画作成に挑戦というわけよ!まあ、落語家時代の姉弟子の人が私が入って半年で廃業して放送作家になったからその辺の勉強とかいろいろできるから出来は期待して良いわよ♪それこそ『これが自主映画のレベルかよ!』とマニアが驚くような作品に仕上げて見せるわ!もしかしたら単館上映とかの商業上映の依頼が来ちゃったりして♡」
そのままアメリアは誠を引っ張って階段を下りていった。整備員の影が見えないのを不審に思いながら誠は引っ張られるままアメリアに続いて階段を下りた。
「まあ、ポエムの題材を探してひよこちゃんがいろんなところに居るのは普通のことだけど一人でいるなんて珍しいじゃないの。いつも引き連れてる整備班で暇している野郎連中はどこ行ったの?それともこの奥に置いてあるあのこの季節でも暖かいどころかサウナ状態の『武悪』の『法術増幅触媒』の発熱を温泉卵を作る以外の方法でも開発してるの?そもそも、エンジンがデカすぎてまともに動かない機体なんて隊長以外に乗りたがらないのにさらに『法術増幅触媒』の分解作用で、機体の近くが年中80度以上って甲武の兵器開発技術はどこか抜けてるのよね。いっそのこと隣の区画は完全閉鎖して木製の壁で周りを覆ってサウナでも始めたら儲かるかもよ」
アメリアに笑いかけられてひよこは苦笑いを浮かべた。そしてすぐに一階の奥の資材置き場を指差した。……通称『全自動温泉卵製造器』。専任パイロットである隊長の嵯峨が『二度と乗りたくない』と言うゆえにパイロットの居ないシュツルム・パンツァー『武悪』はただの食品製造マシンと化していた。
「サウナですか……私は行ったことが無いですけど、地球圏の国のほとんどと国交のある遼州圏で一番外を回る惑星のラップ共和国ではサウナは一家に一台はあるらしいですよ。うちみたいな公営団地もサウナがあるって素敵ですよね。ああ、話が脱線しちゃいましたね。他の人は射撃訓練の残弾消化が済んでなくて射撃場で銃を撃ってますよ。それと、ここってなんとなく落ち着くんですよね。この部隊ってやっぱりシュツルム・パンツァーの運用を前提とした部隊じゃないですか。その中心にいるって実感できてポエムの良いフレーズが湧くんですよ」
そう言うとひよこは軽く両手を広げた。
「そうなんだ……本当にそれだけ?それだけとは……お姉さんには思えないんだけど……」
アメリアが食いつくようにひよこを見つめた。
「それだけですよ……ってそれに書くんですか?さっきのアンケート。この携帯端末の選択欄を選択すれば投票できますよね?それだったら紙なんていらないしもったいないじゃないですか」
そう言うとひよこは誠の手からアンケート用紙を受け取った。
「そうは言っても叔父貴の野郎がせっかく用意したんだ。無駄にしたら泣くだろ?一応、技術部の面々の分預けとくから。そいつを頼んだぞ。足りなかったらコピーして使え。どうせあの仕事をしないことで有名な叔父貴が珍しく仕事をした証拠なんだ。周知は端末で十分だが、回答は紙で集める。叔父貴が用意した『仕事』を無駄にすると、次から逃げるからな」
かなめの言葉に上の空でうなずきながらひよこは用紙を見つめた。その顔には苦笑いが浮かんでいた。
「コピー機って……第二倉庫の奥でしたっけ?そちらでコピー取ります?」
その隣でひよこの弱りようが分かったというようにカウラがうなずいた。アメリアの視線がカウラの平坦な胸を見つめていたことに誠はすぐに気づいた。
「そんなものは整備班の連中にでも任せておけ。アイツ等も隊長命令とあればそれに従うだろう。アメリア。その自分の胸と西園寺の胸を見つめてから私の胸を見て大きくため息をつくその態度……私の胸が無いのがそんなに珍しいのか?」
こぶしを握り締めながらカウラの鋭い視線がアメリアを射抜いた。
「誰もそんなこと言ってないわよ」
「下らねえこと言ってないでいくぞ!」
そう言うとかなめはひよこに半分近くのアンケート用紙を渡してアメリアにヘッドロックをかけた。
「わかった!わかったわよ。それじゃあ!整備班のみんなによろしくね!特に西君とかにも!」
かなめに引きずられながらアメリアは手を振った。誠とカウラは呆れながら二人に続いて一階の資材置き場の隣の廊下を進んだ。駐車場のはるか向こうの森の手前では島田が旧車のバイクを前にたたずんでいるのが見えた。
「島田の奴。またバイクかよ。そんなに自分のバイクレースに出る映画が採用されなかったのがショックなのか?自分の思う通りに世の中行かないとなるとすぐ何かに逃げるのが大人になり切れねえヤンキーの宿命だな。まあ、バイクを弄るだけならアイツの悪い癖である盗癖みたいに人様に迷惑をかけるわけじゃねえから良いんだけどな」
そう言いながらかなめは残ったアンケートを誠に返した。咳き込みながらも笑顔で先頭を歩くアメリアが資材置き場の隣の法術特捜豊川支部のドアをノックした。
「次は茜か?アイツは『法術特捜』の『主席捜査官』でアタシ等『特殊な部隊』の隊員じゃねえだろ?」
かなめは大きくため息をついた。そして法術特捜の豊川分室となっている部屋の前に誠たちと並んだ。
「貴様には先日の同盟厚生局違法法術研究事件の記憶は消えているのか?同じ難事件を解決した仲間として意見を求めるのは当然の話だ」
しばし静かな雰囲気が流れる昼下がりの隊舎の廊下に立っているカウラはいかにも面倒くさそうなかなめをそうやって呆れた視線で見つめた。
「かなめお姉さまですわね。鍵なら開いてますわよ」
中から良く響く女性の声が聞こえた。かなめを押しのけてアメリアは静かに扉を開いた。嵯峨の隊長室よりも『マシ』であることは四人とも知っていた。茜は呆れた様子でニヤニヤ笑っているアメリアを見つめた。
「本当に好きなんですね……クラウゼ中佐はこういうことが。私としてはもっと司法局実働部隊の機動力の源である運用艦『ふさ』の艦長としての自覚をもって仕事に関係のあることにその情熱を使って欲しいものですけど……」
そう言うと茜はため息をつくと机の上の情報端末を操作する手を止めて立ち上がった。茜は呆れたように、しかしどこか楽しそうに振舞う態度が誠には逆に痛々しかった。
「でもこの映画、節分にやるんすよね」
かなめは茜と彼女の部下のカルビナ・ラーナ巡査の分の二枚のアンケート用紙を茜に手渡した。
「まあ豊川八幡宮の節分祭は千要県では五本の指に入る節分の祭りですから。東都在住の私もよく存じておりましたわ。それに去年からはお父様が流鏑馬をなさることでさらに人出が増えているとか……町おこしには結構なことなんじゃなくって?でも、同じ日にうちに映画を上映しろだなんて……豊川市の予算はそんなに潤沢なのかしら?」
そう言うと茜はかなめから一枚アンケート用紙を取り上げてじっと見つめた。
「茜お嬢さんは時代行列は出るけど映画は……」
誠は父の作ったアンケート用紙を無表情で見つめている茜に尋ねた。
「見ての通り法術特捜は二名態勢。そして三日に一度はこの東和でも法術犯罪が起きておりますの。映画の撮影にお付き合いするような余裕が有ると思いますの?整備班と一緒で仕事優先と言うことで撮影への協力は遠慮させていただきますわ」
誠の出演依頼を茜は即座にはねつけた。
茜のその言葉に誠は不思議そうな視線を送った。
「ああ、神前君は今年がはじめてよね。豊川八幡宮の節分では時代行列と流鏑馬をやるのよ。全部隊長が市から頼まれて去年から始めたことなんだけど」
「流鏑馬?」
東和は東アジア動乱の時期に大量の移民がこの地に押し寄せてきた歴史的な流れもあり、きわめて日本的な文化が残る国だった。誠もそれを知らないわけでもないが、流鏑馬と言うものを実際にこの豊川で行っていると言う話は初耳だった。
「流鏑馬自体は東和独立前後から数十年に一度は他から射手を呼んでやってたらしいんだけど、司法局実働部隊が来てからは専門家がいるから」
そんなカウラの言葉に誠は首をひねった。
「流鏑馬の専門家?そんな人がうちに?一体何をしている人ですか?そもそも馬に乗れる人がうちにいるんですか?うちは競馬場や乗馬クラブとは何のつながりもありませんよ?」
誠は馬と弓と近代兵器がどうつながるのか分からずに一人で混乱していた。
「お父様ですわ。お父様は馬術と弓は小笠原流の名取ですもの。今の甲武の武術の家として知られる小笠原家の当主すらたまに教えを請いに来る程度の腕……というか正直そのまま武術の家ということで嵯峨家ではなく小笠原家を継いでいればよろしかったのに。あそこは礼法の家でもありますから、あの乱れ切った隊長室もより整理された誰もが過ごしやすい環境になったでしょうに」
アンケート用紙をじっくりと眺めながら茜が答えた。あの隊長室の主が、流鏑馬の名取……誠の脳がまた拒否を始めた。
「かなめちゃんのお母さんが西園寺家に養子に来たばかりの時は歩くことすらできなかった隊長の体力づくりの一環として、その小笠原家に何か月か修行に出して弓と乗馬を仕込まれたらしいのよ。隊長はそう言うあまり役には立たないことを覚えさせたら天下一品だから。去年は重さ40キロの鎧兜を着込んで4枚の板を初回で全部倒して大盛り上がりだったしね」
アメリアはそう言うと茜の机の上の書類に目を移した。誠達はそれとなくその用紙を覗き込んだ。
「県警のシフト表ですね。県警は休むわけには行かないから大変そうですよね。たぶんこの時代行列も観光客が集まりそうだから警備にかなり人手が取られそうですね」
誠はその法術捜査の性質上、千要県警など首都圏の警察と連携を取る必要のある茜の仕事ぶりを興味深そうに見つめていた。
「その大変なところに闖入してきていると言う自覚はあるならそれにふさわしい態度を取ってもらわないといけませんわね。それとアンケートは答えますけど映画への協力は法術特捜はお断りします。うちは『特殊な部隊』と違ってそれほど暇じゃありませんので」
明らかに不機嫌そうな茜の言葉に誠は情けない表情でアメリアを見つめた。
「まったくお父様には困ったものです。豊川市役所だってお父様が『どうしても嫌だ』って言えばこんな話は持ってこないのに……お父様は意味のない仕事を作らせたら本当に右に出る人はこの宇宙には誰も居ませんわね」
そう言いながら茜は再びシフト表に視線を落した。
「じゃあ、失礼します」
アメリアを先頭に一同は部屋を出た。
「鎧兜ですか?そんなものがそのなんとか神社にあるんですか?僕は剣道場の息子ですから知ってますけど、鎧兜ってアレはアレで結構な値段がするんですよ?ああ、西園寺さんは伝統にうるさい甲武国の四大公家筆頭ですから自分用のが有ったりするかもしれませんし、西園寺さんの経済感覚からすると大した値段じゃないかもしれませんけど」
誠の言葉を白い目で見るかなめ達。
「あたしンちは公家だ。アタシも『特殊な部隊』の節分祭向けに作ったんだよ。それに隊長室にいつも源平時代を思わせる黒糸縅の大鎧が置いてあるだろうが。あれは叔父貴の私物だよ。嵯峨家は甲武の軍需産業の中心地と言える泉州コロニーを荘園として持っているんだ。だからその意味もあって泉州を所領とする証としてあの鎧が隊長室に置いてあるんだ。まあ、あんな文化財を埃に塗れさせておくのは問題だと思うがな。それに甲武の上流貴族は普通は乗馬くらい出来るし、武家貴族の家の床の間には必ずと言って良いほど鎧兜の一式くらいはあるもんだ。まあ、それはほとんどが戦国時代の鎧である当世具足で、節分祭りの余興の時代行列の時にアタシ等が着る源平時代の大鎧とはかなり見た目が違うがな」
そう言ってかなめはそのまま司法局実働部隊の運用艦『ふさ』のブリッジクルーの待機室に向かおうとする。誠は感心するべきなのかどうか迷いながら彼女のあとに続いた。




