第14話 実質最高権力者の副隊長、全否定
突如会議室の扉が開かれ、ちっちゃな人影がそこに立っていた。
「おい、見た感じ煮詰まってんな。こんなおもしれーことからこのアタシは外すなんてひでー奴等だ。アタシも混ぜろよな」
そう言って乱入してきたのはクバルカ・ラン中佐だった。セキュリティーを上司権限で開けて勝手に椅子を運んできて話の輪に加わろうとしてくるのがいかにもランらしいと言えば言えた。そんなランはしばらく机の上の紙切れをめくってみた後、かなめの操作しているモニターに目をやった。そして明らかに落胆したような様子でため息をついた。
ランが部屋に入った瞬間から……会議室の空気が、いきなり『教導』に切り替わった。
「おい、どれもこれも……馬鹿じゃねーのか?オメー等、年中暇してて遊んでるじゃねーか。野球して、アタシが見るのもおぞましい性的ゲームを作って、街中でギター弾いて、都内の小劇場を借りて素人のお笑いのライブをやってる。それ以外にも年中テレビを見て映画を見てあの寮のアメリアのコレクションが半分を占める『図書館』とか呼んでるエロの巣窟でいやらしいものをさんざん見ている。日野や渡辺は休みの度に都内で劇やオペラやミュージカルに興じている。その結果がこれか?オメー等の日頃の余暇の過ごし方は少し考えたほーが良いんじゃねーのか?発想が短絡的。アタシが観客だったらこんなありきたりのテーマなんざ2分で飽きるぞ」
かなめにランは正直な感想を漏らした。ランの趣味とは明らかに合わない内容のこれまでのテーマからランがそう言うことは誰もが想像していたが、実際にその口から聞かされるとそれぞれに意見を言った人間は冷や汗をかきながら『特殊な部隊』の実質最高実力者の次の言葉を待った。そんな様子を察したランはすぐにいつものその見た目とは正反対な思慮深い目でかなめがいじっている端末の画面をのぞき見た。
「で、サラが合体する巨大ロボット?そんなもん島田にでも頼んで実際に作ってもらえよ。人型兵器で戦ってきた経験の長いアタシから言わせると合体なんて弱点が露骨に分かるようなメカなんて戦場じゃ役に立たねーぞ。弱点もろバレが良い?そりゃあ物語展開的としてはそうかも知んねーけどあの暑苦しい展開はどうにかしろ。見てて反吐が出る」
現場で『合体の手順』なんて始めた瞬間、死ぬ。ランの言葉にはそういう重みがあった。ランの容赦のない言葉にサラのそれまでの得意げな笑顔が固まった。それを無視してランは案をまとめたメモに目を通して苦笑いを浮かべる。
「カウラは剣と魔法のファンタジー?ありきたりだなー、個性がねーよ。現実が上手くいかねー人間ほど現実から逃げて目の前のリアルを否定できる要素を欲しがるんだ。カウラは貯金の金額がパチンコで負けるたびに減っていく現実から目を背けたいだけなんだろ?そんなに現実世界が嫌いでファンタジーが好きなら休みの日はパチンコなんざ行くのを止めて一日中眠って夢でも見てろ」
さらに容赦のない言葉がカウラを襲った。そのランの本音を聞いてカウラのこめかみに青筋が浮いた。
「何々……西園寺が刑事モノ?ただ銃が撃ちてーだけだろ?西園寺の銃の始末書。アタシにとっては拷問に近いんだ。いい加減銃で暴れるのは止めてくれ。それとオメーはどう見ても取り締まる側じゃなくて取り締まられる側だ。身の程を知れ」
常日頃ランの機動部隊長の大きな机の前に呼び出されて説教されることには慣れているはずのかなめは『始末書』の単語だけで目が死んだ。ランは湯呑みに手を伸ばしかけ、やめた。まだ殴り足りない顔だった。
「日野のベルばら?そんなの歌劇場に行けばいつだって見れるじゃねえか。フランス革命は歴史的事実でそれを捻じ曲げたら物語が破綻するからストーリー展開のバリエーションなんてたかが知れてるんだ。それにどうせ配役はアンドレが日野でオスカルが渡辺だろ?濡れ場は禁止だってさっき言ったよな?そんなほとんど歌舞伎みたいに同じ型で芝居をやるんなら誰だって本職を見るのがふつーだろ?あっちは毎日の稽古で鍛え上げられたプロだぜ。下手な演技が目立つだけだな」
ランはあっさりとすべての案をけなしていった。かえでもまた、法術師としては母の康子以外は互角にやれる人間は数人しかいない甲武でも常に最強の法術師の名をほしいままにしてきたうえで、交渉、分析任務においても最高の評価を受けてきたプライドをあっさり一言で粉みじんにされてそれまでの爽やかな笑みに明らかに焦燥の色が浮かんでいるのが誠からも分かった。
「じゃあ、教導官殿のご意見をお聞かせ願いたいものですねえ。そこまでアタシ等の案を貶して見せるんならさぞ立派なアイディアを提案してこの場にいる一同の目を開かせていただけるものかと……まあ、ランの姐御の趣味は任侠映画のそれと決まってるんですけど……正直今時そんなの流行んねえですよ。耐えて耐えて耐えに耐え抜いて我慢できなくなった主人公がすべてをかけて悪党に立ち向かう。アタシ等みたいに最近の若いのはその耐える場面が長すぎて途中で飽きちゃうんですわ。そこまで耐えるんだったら最初っからそいつがすべての元凶なのは分かってるんだから最初の20分の段階で殴り込みをかけて終わるでしょ?今回のは最低1時間半以上って市から指定されてるんですよ。となると前後のエピソードが10分ずつで計40分にしかならない任侠映画なんて没ですよね?それにアタシ等一応警察なんで。やくざが主人公っていくら姐御がやくざが好きでもそれはちょっと我儘が過ぎるような気がするんですけどねえ……」
そんなランにかなめが挑戦的な笑みを浮かべた。普段から、ランは事あるごとに古い任侠映画の台詞を口癖みたいに呟くのだ。そうなるとそれ以外の選択肢は誠には思いつかない。一方のかなめはここで黙ったら、今日の酒がまずくなる。かなめのランを挑発するような笑みにはそんな意味が含まれていた。ランは先月まで東和陸軍の教導部隊の隊長を務めていた人物である。かなめもそれを知っていてわざと彼女をあおって見せた。
そこでランの表情が変わった。明らかに予想していない話題の振り方のようで、おたおたと視線を彷徨わせた。
「なんでアタシがこんなこと考えなきゃならねーんだよ!……悪いかよ。知らねーもんは知らねーんだよ。アタシは仕事第一!仕事あっての人生だ!仕事以外は考えねーことにしている!映画?去年のを見たがちゃんとうちの仕事の紹介をしてたじゃねーか!似たようなのを作ってお茶を濁せばいーんだよ!劇映画なんてプロに任せろ……ってアメリア……目が怖いからこっち見んな」
ランは明らかに動揺してそう口走った。そんなランをいかにも面白おかしい生き物を見るような目で見るアメリアに気付いてランの動揺はさらに加速してサラが運んで来た湯呑の日本茶を一気に飲み干そうとしてその熱さに舌を火傷したように顔をしかめた。
「ほう、文句は言うけど案は無し。さっきの見事な評価の数々はただの気まぐれか何かなんですかねえ……そんな事なら叔父貴を連れてきた方がまだましだ。あの『駄目人間』はかえでの奴のポルノ以外には何の反応も示さなかった。まあ、そんなもん流す訳にはいかねえから黙ってたけど……去年と同じで退屈極まりない作品を作って市の担当者を呆れさせてこんな面倒なことがうちに回ってこないようにしたいということなら叔父貴と言ってることは同じでしょ?だったらなんでここにいるんです?叔父貴はどうせ隊長室でオートレースの予想でもしてますよ。姐御も詰将棋でもしてたらどうですか?」
かなめは得意げな笑みを浮かべた。その視線の先には明らかに面子を潰されて苦々しげにかなめを見つめるランがいた。
「映画作成なんてアタシは専門外だっつうの!そんなに言うんならオメーが仕切ればいいだろ!……確かにオメーの言う通り義理と人情の任侠モノはこのご時世ご法度だし……じゃあ、一応、任侠モノを入れといてくれ。非道な敵の嫌がらせに耐えに耐えて最後は斬って斬って斬りまくる大衆娯楽作品だ。少年達を立派な『漢』に育てようと言うアタシからのプレゼントになるだろう!耐える場面が我慢できねえ?そりゃあそいつがまだ『漢』になり切れていねえからだ!アタシくらいになるとその耐えるということが人の人たるゆえんだと涙を流すことになる!そのくらいにならなきゃ人間失格だ!」
ランの口を尖らせて文句を言う姿はその身なりと同様、小学校低学年のそれだった。
「クバルカ中佐。一応、意見としては採用しておきますけど……それはちょっと……血を見る映画は子供向きじゃあ無いですし、うちは一応警察なんでやくざが主人公等言うのはどうにも問題があると思うんで。じゃあ、仕切ると言うわけで。誠ちゃん」
そう言ってアメリアは誠を見つめた。ランの勝手な暴走とかなめの反論によって中途半端な案を出してお茶を濁すという退路は明らかにふさがれた。薄ら笑いを浮かべるアメリアを見ながら誠は冷や汗が流れるのを感じていた。無難に、子ども向けに。そう思った瞬間、誠は自分が一番危険な手を選んだと気づかなかった。
「それじゃあ戦隊モノはどうですか?僕は子供のころからすべてのシリーズを欠かさず見てるんで……本家は21世紀に終わってしまったらしいですけど、今の東和ではちゃんと続いているじゃないですか。そのシリーズの何かによって世代が分かる。東和ではいい年代理解パラメーターとして便利なんですよ?」
破れかぶれでそう言ってみた。
「いいね!それやろう!」
サラは当然のように食いついた。サラが日曜日に野球の試合に遅刻して来るのが毎週朝に放送する戦隊ものの放映時間の関係であることを知っているこの場にいる全員にはあまりにも当然のことでため息をつくしかなかった。
「おい、オメエのロボットの案はどうしたんだ?一人案は一つだ。合体ロボットは無しか?」
呆れたようにかなめが口を開いた。
「戦隊モノねえ。そうすると男性枠が増えるけど……島田、菰田も入れるか?菰田のメタボ腹を大画面で見るのか?何の拷問だよ、それ」
かなめは明らかにやる気が無いと言うように適当にそう言った。
「菰田がヒーロー?アイツは運動神経ゼロ!ヒーローじゃなくて怪人向き!動きが難しいようなゴテゴテした装備を付けた怪人ならアイツのメタボ腹も目立たなくなるから一石二鳥ですよ!」
かなめの提案に島田は犬猿の仲の菰田を滅多切りにした。
島田のその言葉に急に表情を変えたのは意外なことにかなめだった。
「バーカ。戦隊ものの基本は中心人物のレッドだ。となるとうちの野郎でレッドを張れるのは島田しか居ねえ。島田の馬鹿に英雄なんて務まるわけねえだろ?コイツはただのヤンキーだぜ……敵の戦闘員Aとかで十分だろ?戦隊ものは却下。うちの野郎にそんな甲斐性がある男は一人も居ねえ」
そのかなめの言葉にアメリアが珍しくうなずいた。
「キャストを決めるのは後でだろ。じゃあ……アメリア。貴様はどうしたいんだ?どうせ物語は生まれてこのかた見たことが無いアンに何の案も無いことは分かっているんだから最後にそれなりの提案をできるのは貴様だけだ。貴様は最後にアイディアを言うって言ってたな?言ってみろ」
カウラの質問に自信満々で口を開くアメリアだった。
「まず『萌え』と言うことでランちゃんは欠かせないわね。色は当然ピンク」
「げっ!戦隊モノのピンクはお色気キャラだろ?それこそ、リンとかの方が似合うだろ?」
ランはすぐさま視線をリンに向けた。
「色気と言う意味でかえで様を差し置いて私がそのような……私は辞退します」
激しく首を振ってリンは出演そのものを辞退した。
「ランちゃんの言うことも一理あるわね。でも、リンちゃんが嫌がるなら、こういう役を押し付けるには最適な人材であるパーラに任せましょう」
アメリアは誰もが嫌がることは全部パーラに押し付ければ何とかなると考えている節があるように誠には思えた。
「アイツはなんでもアメリアの面倒ごとを押し付ける対象なんだな」
かなめはそう言うとすぐにアメリアに視線を移す。
「そしてクールキャラはかえでちゃんでしょうね。ブルーのナンバー2っぽいところはちょうどいいじゃないの。それに美形だし……男女を問わず人気が出るわよ。それに影の薄い緑は誠ちゃん」
アメリアはかえでを持ち上げておいて誠で落ちを付けた。
「僕ってそんなに影薄いんですか?そんなに存在感無いですか?アメリアさんもひどいこと言いますね。アメリアさんには僕はそう言う風に見えていたんですね?」
そう言いながら誠は弱ったように苦笑いを浮かべた。さらにアメリアは言葉を続けた。
「そして黄色の怪力キャラは……当然リアル怪力のかなめちゃん!サイボーグの馬鹿力を机を壊す以外に使えるなんて本望でしょう!」
「てめえ、外出ろ!いいから外出ろ!その怪力がどういうものか身を持って体験させてやる!」
そう言って指を鳴らすかなめを完全に無視してアメリアは言葉を続けた。
「なんと言ってもリーダーシップ、機転が利く策士で、カリスマの持ち主レッドは私しかいないわね!」
アメリアは高らかにそう言い放った。誰かが笑うはずの場面で、誰も息をしなかった。場は一気に空気が冷たくなっていくのを誠は感じていた。
『今のアメリアさんの発言に……誰も突っ込まなかった。アメリアさんがレッドで良いんだ……というか提案した僕が言うのもなんだけど戦隊もののレッドが務まりそうな人はうちにはいない……というかそう言う人は他に引き抜かれるよな……』
誠は戦隊ものがやりたいと言い出しておきながら『特殊な部隊』の隊員達のキャラクターでは戦隊もの自体が成立しないという事実にここで改めて気が付いた。
「おい!お前のどこがカリスマの持ち主なんだ?ちゃんとアタシに納得できるように説明しろよ!オメエはただのオタク。それ以上でもそれ以下でもねえ!策士ってただ単に人に面倒を押し付けるのが上手いってだけだろ?それともあれか?オメエの戦隊モノでは敵の軍団に戦隊の面倒を押し付けるお話になるのか?そんな戦隊モノなんて聞いたことがねえぞ!」
叫ぶかなめを完全に無視してアメリアはどうだという表情でかなめを見つめた。
「なるほど、よく考えたものだ。もし神前の意見となったら頼む。それじゃあ……貴様は実際何がしたいんだ?今のは神前の意見だ。貴様の意見では無い。ちゃんと自分が考えたオリジナルのアイディアを言え。この会議が始まる時にはもうすでに決まっていたんだろ?もったいぶらずにいい加減答えろ。市の担当者も納得させて、観客にも受けて、当然うちの『特殊な部隊』な部隊の蔑称も一気に雲散霧消させるような優れたテーマを貴様は提案できると私は考えて良い。それで良いんだな?アメリア?」
カウラは彼女達のどたばたが収まったのを確認すると、半分呆れながらアメリアの意見を確認した。そこにはここまで話題を引っ張って自分のアイディアをひた隠しにしてきた『特殊な部隊最大の問題児』であるアメリアに対するカウラの挑発の色が見て取れた。
アメリアは、糸目の奥で楽しそうに笑った。




